超人の、超人的所業。

作・なかまくら

 2007.4.8


作・なかまくら
空は…青いねぇ…

どこかの裏路地で意気揚々と野良猫が空を見上げたのとほぼ同時刻。

雲ひとつない晴天に黒点がひとつ。その点は次第に大きくなって…いくつも渡された、建物同士を繋ぐ金網で出来た橋の一番高いものに、黒い物体がぶつかった、

「ぐっ……」

そこで人型である事がようやく見てとれた。
少し速度が緩まったものの、橋を突き破った人型の生物は、音もなく重力に引かれ、加速を開始する……

ガツ。ガツ。ガツ。三回の衝突を繰り返し、

「………がっ……」

アスファルトに背中から叩きつけられ、動かなくなった。

遅れること数十秒。別の人型が腕を組んだまま、先ほどの人型のすぐ横に着地した。稲妻が駆け抜けたように、びくっと上体を起こす一体目…彼こそ魔の王のひとりなのだが…詳しい事情は端折ろう。

「くそっ…なぜ貴様はっ…」
「…やりこみすぎたRPGの主人公みたいに強いんだ、か…」
「―っ!」

あとから降りてきた、軽く今魔の王のひとりの心を読んだ二体目…彼こそがただの超人なのだが…詳しい事情は、やっぱり端折ることにする。

「俺は……世界に干渉してはいけないのだと思う」

超人は、世界を改変することができた。砂漠を森に変えることも。山を消し去ることも。川を作り出すことも。それでも、彼はそれをしなかった。彼もまた、この世界の住人なのだ。

超人は、ぐぐっと魔の王のひとりに近づいた。
「……だが、お前を倒すことは、世界とは無関係に、俺がやりたいから、やるんだ」
「ま、待て。待ってくれ…命だけは」
彼が、力を持った最後の魔の王となったのは間違いなくこの小心な性格のためであった。
「…命。か。命とは…どこからなんだろうな…」
超人は…勇者ではなかったし、正義の味方でもなかった。ただの、迷い人であった。
彼は魔の王の最後のひとりに近づくと、片腕をもぎ取った。

「ぐ…ぐあっ」

うめき声は、取られた為に発せられたものではなく、取られた場所にすぐさま生えてこようとする新しい腕による痛みだった。……魔の王の最後の一人は、宇宙から来た侵略者であった。

「……あんたの、悪行を働く力の全てをここに封印する」
淡々と述べた超人は、ちぎった腕を放り上げ、なにやら、念じた。
腕が中空を回転し、魔の王の生き残りの額にめり込んで、消えた。
後には、魔の王だったものとその額に、アスタリスク模様が残るばかりであった。


それから、

長い年月が経ったらしい。


 かつて。魔の王は名も知れぬ英雄によってすべて滅ぼされ、人類は魔法よりも、科学技術に力を注いでいた。
魔の王の支配の歴史は、新たなる魔の王を生み出しかねない危険なものとして、すべての書物、言い伝えが、世界政府の方針により、抹消された。

長い、歳月がかかった。続いて、いわゆる魔女狩りが、起こった。
魔法を使えるものは、使えないものにとって明らかに恐怖であり、魔の使い手であった。

……そもそも。魔法とは、魔の法である。魔を法に依って駆使することである。

仮に、かつて魔の王たちが魔法によって作ったモンスターと呼ばれるものたちを、『魔物』と呼ぶのであれば、常人にとって、魔を駆使するものたちもまた、『魔者』であり、そこに違いはなかった。

魔法とは、科学とは相容れぬのだ。あらゆる物理法則を無視し、空を飛び、炎を起こし、傷を癒す。
それは、人間の、人間である自然に著しく逆らうことに見えたであろうし、常人にしてみれば、理にかなってなかった……とでもいうのだろうか? しかし、魔法は、世界のバグなのだ。突発的に出現し、発現し、意思というものがそこには感じられない。そんな不確実なものに頼っている限り……つまりは、魔法がある限り、人類は進めないのだ。あらゆる科学が、魔法を上回ることができなかったからだ。

しかし。いやだから当然なのかもしれないが、魔女狩りはまったくといっていいほど、うまくいかなかった。まず、魔法で変装すれば、まず分からない。尚且つ、見つかったら逃げればいいのだ。彼らは壁抜けだってできるし、透明になることだってできた。

だから、ある意味、油断していたのかもしれない……。

朝焼けの妙に赤かったあの日、悲劇は幕を開けた。

科学が、魔法の供給を絶つことに成功したのだ。後から聞いた話、ただの偶然だった。

科学者たちは、魔法のエネルギーをむしろ生み出そうとしていた……その過程で偶然発見されたのが、魔法の横穴であり、世界にひとつしかないその穴を、ふさぐ蓋を作った。その科学者たちはそれをマンホールと命名した。

……汚いものを地の下へ追いやるものの名として。
これが後に、今世紀最大の発見と呼ばれるようになった。

ともかく、魔法が使えなければ、ただの人であり、体内の魔力をフルに使って、フラフラと宙を進む魔法使い達も、ただの人であった。ただの人ではあったが、それは、彼らを追い詰めるものであり、彼らを、ただの人の仲間として迎え入れるものではなかったのだった。

圧倒的発言力を有していた魔法協議会は、すぐさま世界政府に抗議と…そして保護の申し立てをしたが、そんなこと、聞いてくれるはずもなかった。


そして、超人の彼も、苦しんでいた。彼は、神という存在が仮の姿としてこの世界に残した、からくり人形なのかもしれない。

少なくとも、彼は、不老であり、不死であった。

彼は、首をちょん切られても生き続けるだろう。
彼は、世界が終わるまで生き続けるだろう。
彼は、自身の死を望んでも生き続けるであろう。

そんな確信がかつて、彼自身にあった。

そんな彼が、魔法の類のもので生み出された存在であることが分かったのは、彼にとってはそう昔でないことだった。彼は、その存在を揺らめかせつつ、町から町へ、さまよい続けていた。

彼は、揺らぐ自分の姿を隠すため、全身を覆うマントを羽織っていた。人がごった返す市場の雑踏の中、彼はひとつの声を聞いた。

「魔女狩りだぁ!」

それは、歓喜の声であり、狂気の声であった。

慣れ親しんできた、体内を駆ける魔力とでもいうべき活力の流れを突如絶たれてしまった魔法使い達は、肉体のバランスそのものが崩れかけていた。よろよろと走るその後を、数人の銃で武装した人間が追っていた。

充分近づいたところで、一斉に銃を構えた。見守る通行人は脇にそれて、悪の芽の摘まれる瞬間を、待っていた。

超人である彼は、それを容易に助けることもできた。目にも留まらぬ弾丸時雨が、目にも留まらぬ壁にさえぎられ、めり込んだように、宙に停止した。超人の彼は、魔女にさっと近づくと、その場から掻き消えた。いわゆる、テレポートである。

既にこの世界で、非常に薄くなった魔素を周囲から掻き集めて、彼と…魔女は、二〇キロの距離を超越した。
人気のない裏路地に入り、お互いにフードを取った。まだ若い彼女のほほには、大きさの違う3つの赤い水玉の紋様があった。魔法を使えるものは、その身に紋様が浮かび上がる。だから、ばれる。
かつて、魔法使いたちはその紋様を誇りに思い、今、滅びかけた彼らはそれを苦々しげに見るのだ。

「……助かりました」
彼女は礼を述べ、それから、驚いたように尋ねた。

「だ、だいじょうぶですか?……若干透けているように見えるのですが」
超人である彼は、なんでもないんだ、と返し、再びフードをかぶった。
「なんでもないことはねぇだろ」
2人の向いた先にいる、一人の男。彼は茣蓙の上で胡坐を掻き、露店をやっていた。彼の額にはアスタリスクの紋様が見えた。彼は、かつて魔の王の一人と呼ばれた、宇宙からの侵略者であった。
「あんたが、魔力とのつながりを完全に絶っちまったおかげで、魔の王であった俺でもこうして無事なわけだし……あんたには感謝しないといけねぇなぁ…」
にやにやと笑いを浮かべる元魔の王のひとりは、警戒する2人をよそに、がさごそ、と、ダンボールをあさった。
「ほらよ。これをやる……本当は百円なんだが、お二人さんには特別にただでやるよ」
それは、シンプルなスイッチだった。四角い箱に、赤いボタンがついていた。それは、ギャグ漫画でうっかり悪者が押してしまう、自爆スイッチにそっくりだった。

「…これは、なんだ?」
超人の彼は、やや声を硬くして、元魔の王のひとりは、待ってましたとばかりに、その問いに答えた。

「もちろんこの惑星を終わらせるスイッチさ。………お、早速押したね〜、お譲ちゃん」
見れば、超人の彼の隣では、震える人差し指が、スイッチを深々と押し込んでいた。

「なっ!……」
何故だ。超人の彼は、言葉を失い、ほとんど無自覚的に、平手をかました。
沈黙が流れ、

「くっ…くくくっ……」
元魔の王のひとりが、堪え切れずに笑いだした。
超人の彼は、はっと我に返り、自分の手のひらを見て、すまない、とつぶやいた。
魔女である彼女は、赤くなった頬を押さえ、若干怯み気味ながらも、涙を溜めた目で、キッと超人の彼を見上げ、言った。

「……こんな世界なくなっちゃえばいいんです。こんな…辛いことしかない世界…」
言って、愕然としている超人の彼の隣を通り、彼女は元魔の王のひとりの隣に座った。
「……ねぇ、魔王様?教えてください。私はスイッチを押しました。……いつ世界は滅ぶのですか?明日ですか?明後日ですか?」
尋ねる彼女の目は必死で、元魔の王のひとりは、その様子を、かつてを思い出すように見下す目で眺めていた。

「そこのお前!お前にも教えてやる。俺は、このスイッチを10万個作った。そのうちの、100個だ。100個のスイッチが押されたとき、この星を強力な光学兵器が貫くことになる!」

何故……超人の彼は、問う。
「…何故100個、という猶予を人間に与えた?」
破壊することができるのならば、何故…

「……それが、宇宙陪審員たちの決定だからさ。……これはある意味契約なんだ、彼らと、俺との。この星を支配する生命…この場合、人間ということに一応なってるがな…、その生命の、ある一定割合以上が生存を拒否する場合、その星は失敗とみなされ、破壊する――っと、これで答えになったかな?いいよ〜じゃんじゃん聞いちゃってくれ」

「あの〜光学兵器とは実際どんなものなのですか?」
彼女が尋ね、
「ん〜顕微鏡を知っているかな?あれのプレパラートの上に地球が固定されてて、対物レンズが砲身……って感じ。分かるかな?」
元魔の王のひとりは笑い、
「お前はどうなるんだ?」
「俺は、当然その直前に逃げる手筈になってるよ。あ、また誰かが押したね、今。今、98個だから。」
何故…
「何故……」
超人の彼は、問う呟く問う。
すっかり上機嫌な魔の王のひとりは、ん?と耳を澄ませ、聞こうとするが、超人の彼は、誰かに、何かに問うていた。

何故人々は、それを買うのだろう?
何故人々は、それを押すのだろう?

冗談だと思っているからか?

ちがう。心のどこかで、消えてしまえばいいと思っているからだ。
何かいやなことがあって消えてしまえばいいと思っているその心が買わせ、押させるのだ。

そうだと思う、きっとそうだ。

超人の彼の中で、彼なりの結論は出ていた。

「お、99個目。流石だな、あんた。いいタイミングで来たよ。この星で世界の終わりを知ってるやつなんてここにいる三人ぐらいなもんだぜ」

せせら笑う元魔の王のひとりを無視し、超人の彼は納得していなかった。

「俺は…いやだ」
「あんたは、世界には干渉しないんじゃなかったのか?これがこの星の決定だぞ?……まあ、いくらあんたでも。どうしようもないだろうがね……あ、100個目が押された……」

一抹の不安を含んだ笑いで、この星のリミットを告げた。
超人の彼は、跳躍した。

一瞬にして、魔女の彼女の視界から、消えた。

「あー……」

後には、元魔の王のひとりの諦めの声が残るばかりであった。



彼は、虚空を蹴り、さらに加速した。

加速。加速。加速。

異常事態を察知したらしい、世界政府が、申し訳程度に、……おそらくは最大出力の、エネルギーシールドを張ったのが、はるか後方に見えた。
ひとつ、息をした。

…もちろん空気なんてない。気持ちの問題だ。

俺は…と、超人の彼は思う。

機会を与えるものとなるのだ。
世界中の誰もがそれを是としたとしても、俺はいやなのだ。

世界は、人間は、常に自身を破壊するような力を内包しつつ、歩んできた。

そこにどんな意味があるのか。
それとも、どんな意味もないのか。
だが、俺は…機会を与えるものとなるのだ。

世界中が、ここで終わってしまったら、後悔なんてできはしない。失敗は成功の元であり、失敗でないのなら、人はそれを真似ぶことができる。その力がある。だから、俺は是としないのだ。


光量が、瞬間的に増幅する。一方向に進む光の中に、超人の彼は、いた。それは、あまたの望遠鏡によって黒い影としてのみ映った。

同時刻、マンホールの閉じられていた蓋が弾け飛び、穴は、細かな粒子状になって四散した。
同時刻。魔法協議会の生き残りを名乗るものから、『魔法使いが受けた虐殺は、許しがたいものであり、われわれも同じ手法をとらせてもらう』との電文が世界政府宛に届き、
同時刻。元魔の王のひとりは、笑い続け、

同時刻。まだ若い魔女である彼女は、ローブをはためかせ、走り出していた。

手に、魔力の力強い流れを感じながら。



しばらくして、光は収まり世界に日光が再びさしはじめた。



エピローグ


プラスチック製のコップには、水がなみなみと注がれていた。

「はい、お水をどうぞ」
まだ若い魔女である彼女は、にっこりと微笑んで、それを渡した。

戦いはまだ続いている。難民は増え続け、思い出したように魔法使いも再び現れ始めた。
そして、戦禍は拡大している。

あの時、何が起こったかについては少なからぬ憶測が飛び交ったが、的を射ることは今のところなさそうだ。


何故だろう。何も知らないはずなのに。ほんの少しあっただけなのに、
まだ若い魔女である彼女は、知っていた。元魔の王のひとりが話してくれた、超人の彼の話。



少なくとも、彼は、不老であり、不死であった。

彼は、首をちょん切られても生き続けるだろう。
彼は、世界が終わるまで生き続けるだろう。
彼は、自身の死を望んでも生き続けるであろう。

そんな確信が。
いま、彼女にはあった。











あとがき。



や、僕この話個人的には好きですよ。
実はこれ。文学部同期のマリモさんにあげてしまおう、と思っていたほど愛着がなかった話だったんです。
『世界滅亡100円スイッチ』と、いつも通り、ネタのメモ帳にそれしか書いてなかったので、それを、そのまんま送ったところ、僕は、100円のスイッチ予定で、世界を滅亡させるようなスイッチを何でみんな買ってしまうんだ!とか、そっちをメインに書いていくつもりだったので、『スイッチが、100円の方がいいな』というマリモさんと、コラボ(?)みたいな感じになるのかよく分かりませんが、なんか、あげたのに、書けることになったのです(今思えば感謝)どんな話になるかは、やっぱり書こうとして本格的に考えるまでは分からないもので……過去最高にファンタジーになりました。魔法なんて出る予定なかったので。