星空の囁き

作・なかまくら

2007.3.4

「…明日、旅立とうと思います」
親友ニョッキが話している。
窓の外で、リクはそれを聞いていた。リクより3ヶ月だけ早く生まれたニョッキは、やっぱり3ヶ月だけ早くこの村を出て行くのだ。

リクは身震いした。

いつかこの日が来てしまうことはリクにだって分かっていたし、そう言うもんだ、と諦めてさえいた。

なのに。

リクは再び身震いした。

雪はすっかりなくなっていたけれど、まだ外は寒かった。

―ニョッキはボクに何も言わずに行く気なんだ

リクにはすぐに分かった。3ヵ月後には自分がそこにいるのだ。だから、よく分かる。
ここでは13才の誕生月に村を出て、各村々の『技術』を伝え歩くことが決まりになっている。そういう約束で、捨て子は村伝いにこの村に連れてこられるのだ。育ててくれるのは隣村の人達であり、食べ物だって、半分は他の村々から分けてもらったものだ。…それだけ期待されているんだ、ボクたちは。

…だから、仕方ない。

リクは服の袖をぎゅっと握った。それから、長い前髪を左右に分けて留めているピンを触った。

…それがどんな親友であっても、決まりには敵わない。

村同士を繋ぐのは獣道だけで、毎年幾つもの死体が見つかるらしい。

だから…もう二度と会えないかもしれない。
もう二度と会えないのなら、変な期待なんか持たなくてすむように、もう二度と会わないほうが良いんじゃないかな?

まだ幼心にそう考えたリクは、ニョッキを避けていた。

「夜がさめないうちに出ようと思ってます」
ニョッキの言葉に、リクはびくりとした。つまり、今夜。


旅立ち方はいろいろだ。去年出て行ったフラムなんかは、遊び仲間をみんな集めて盛大に見送られて出て行った。かと思えば、ニョッキみたいに誰にも知らせず、次の日に初めて出て行った事を知る、なんて事もある。リクも、ちょうど今ニョッキがやっているのと同じように出て行こう、と心に決めていた。こっそりと、出て行くのだ。


明日には、元々ニョッキなんていなかったかのように、みんなが振る舞うのだ。

リクは、暗くなってきた窓の外を見ながら、ひとり自分の微笑を見つめていた。
後ろで笑うチビたちは、まだニョッキ兄ちゃんが明日にはいなくなってしまうことを知らない…

それでも明日、誰もその事を口にしないのだ。口に出さない事が暗黙の掟となっていた。


 ―それは死んじゃった事と一緒なんじゃないかな

リクは、溜息をついた。白くなった窓にさっきまで写っていた自分の顔をなぞるように描いて…ふと思いついて、隣にニョッキの顔を描いた。しばらくそれを見ているうちに、先に描いたリクの顔は消えだし…続いて、ニョッキの顔も消えてしまった。

 ニョッキは…どうして「さよなら」を言ってくれなかったんだろう?

「あれ?」

リクは自分が泣いている事に驚いて、手を当てた。

「リク兄、どこかけがでもした?」

チビたちが驚いて、集まってくる…
「…なんでもないよ。ちょっと目にゴミが入っただけ…」
「なあんだ」「なんだ」
ちらばって行くチビたちを気にしつつ、リクは止まらない涙をそっと拭い続けていた…と、


 外に、人影があった。

―間違いない、ニョッキだ。

リクはそこに掛けてあった、3ヵ月後に旅立てるようにとクリスおばさんが作ってくれた服に袖を通し、「みんなのいえ」を飛び出した。



ニョッキは、リクたちのいるだろう「みんなのいえ」に背を向けるようにして、星空を眺めていた。遠近感なんてそこにはなくて、ただ、星々が天井に張り付いているように見えた。それを習ったとおりに結んでみる。

「むしめがね座。くろでんわ座。いとつむぎ座。……」

ニョッキは何も考えずに次から次へと結んでは呟き、結んでは呟いた。…ふと思いついて、

「…リク座」
親友の顔が夜空に浮かんだ。…うまく笑えなかった

―何の悔いもない、と言えばウソになるけれど…、

ただ、「みんなのいえ」から漏れる光が暖かくて、自分のマフラーの中の暗闇が冷たくて…

「あれ?」

ニョッキは冷たい頬に一筋の温かい物が伝うのを感じた。

「ニョッキ!」

あの声は…
ニョッキはマフラーの端で顔を拭って、親友に背を向けた。

 背中の向こうに、リクはいない。でも、後ろの、すぐ傍にリクが確かに、いる。
ニョッキは、ツーンとする鼻の痛みを必死にこらえた。…ダメだ、ここで泣いちゃ。

「…行っちゃうんだね」
ニョッキには答えられなかった。すごく情けない声になってしまう気がして。
「ボク、考えたんだ」
リクは少しだけ明るい口調で、それがこの静かな夜にぴったりで…星の囁きのようでもあった。
「しっかり言おうって。『さよなら』って。ニョッキは行かなくちゃいけない。でも、左様なら、…仕方がない、と繋げるのはボクたちの勝手」
ニョッキは、うん、と首だけ頷いた。

「さようなら…喜んで見送るよ。またね」

「…うん…」

…ニョッキの肩掛けカバンの中は冷たい地図やコンパスやらでいっぱいだった。
けど、今は、星の欠片が入ってるみたいに…ちょっぴり温かった。

―きっと、声になんて出さなくても、リクには伝わっただろうけれど、

「さようなら…行ってきます」

…言っておきたかった。

「あ……」

きらり。

ふたりの上を流れ星がはしった。

リクはニョッキが

ニョッキはリクが



その流れ星を見ただろうか、と考えた、星空の囁き。









☆ あとがき ☆

なんだか、心がふわあっとすると言うか、なんでしょう?きっと、ちょっぴり童話チックなんです。
そういうの、書けたらいいな、って憧れますね。
多分にありがちな設定ですが、なんと言うか、読むほうも、書くほうも、こういう展開を期待している感があって…それでも読むし、書くって…ホント、不思議ですね。
とりあえずその不思議が解明する日までは、少なくとも頑張りたいですね。