強くなりたい者達の・・・
「て、めぇ・・・な何もんだぁ!」
スキンヘッドの頭。竜ののたうつ首筋。
身の丈は180cmを超え、両手に銃を持った男が、そう叫んだ。
・・・?
「あ?」
影が返事をする。若干機嫌の悪そうな影は、語尾を上げる。その一言に、ごろつきは震え上がった。
影は軽く身の丈2メートルを超えるにもかかわらず、がっしりとした体躯をほこり、路地裏には、退くしか逃げ場が無かった。
逃げることは恥である。もしカシラにバレでもしたら、指の半分は覚悟して置かなきゃならねぇ・・・・・・が、だ。
スキンヘッドの二丁拳銃男は、威嚇のために左右同時にぶっ放す。影は微動だにしなかった。
ちっ、この俺がびびってるだとぉ!
当たらない弾丸の空薬莢が散らばっていた。
後で拾いに来なきゃならねぇな・・・そうだな・・・拾いに来ればいいんだ。
・・・指の半分だろ?
男はグイと決意の眼差しで前を向いた。
「???」
そこに壁があった。
「ひゃはっ・・・」
男は笑い、陰となっていた男の表情が一瞬だけ見えた。深い傷が刻み込まれたその顔に、その瞳に表情は無かった。その腕がゆっくりとした動作で男に向かって伸びる。それは、いたってゆっくりとした動作であったが・・・男にはそれが避けられる可能性というものが思いつかなかった。
「ひゃはははははは・・・」
銃を乱射し、影の男に直撃した。身体を苦の字に曲げる影の男・・・の瞳に写しだされた無表情に、男は今度こそ逃げ出した。
「・・・必殺・・・・・・」
誰もいなくなった路地裏で。影となっていた男――トロボは呟いた。
「・・・必殺・・・見掛け倒し」
コートの下の防弾チョッキの下から、血が滲んでいた。呟いて、にこりと笑った。穏やかな笑みだった。
来た道を戻り、ひとつ曲がるとそこは行き止まり。そして、世界への入り口。物語への入り口。
守ったのは、一枚の絵だった。
+++
「・・・あ、ありがとうございます」
物陰から出てきたのは少女。手には筆を持っていた。
トロボはそちらを向く。
ひっ、と縮み上がる女の子に、にこりと笑いかけた。
しばらくかかって、トロボは手当てを受けさせてもらうことになっていた。
少女は、パレッタと名乗った。
「本当にありがとうございます・・・こんなことしかできませんが・・・」
さすがに当たった銃弾の数が多かったからか・・・上半身裸になったトロボのがっしりとした体格のそこかしこに青アザがくっきりと残っていた。
「いや・・・食事までもらってしまって・・・あ、できればスープのおかわりが・・・」
トロボは見れば見るほど温和な顔をしていた。だれにもにくまれることも、だれをにくむこともなく。そうやって生きてきたように見えた・・・さっきの光景を見なかったなら。
けれど、
「あ・・・はいっ!」
パレッタは久しぶりかに笑って、スープを取りに走った。まだ、若干怖くはあった。でもそれは大きすぎる手や腕や、そういうものがちょっぴり珍しいからなだけだ。だってこの人はやっぱり優しい人だと思うから。
地面につくくらいの長さのスカートを揺らしながらパレッタが戻ってきたとき、勢いよくドアが開いた。
「パレッタ!」
入ってきた少年が――ビットが見たのは、上半身裸の大男と、大男におずおずと近づくパレッタの姿だった・・・。
「パレッタァァア!」
ビットは顔を怒りに燃え上がらせ、トロボに立ち向かった。パレッタの制止の声はひとかけらも届かず・・・トロボの胸にむしゃぶりついて・・・倒れた。
「・・・あれ?」
冷静さを若干取り戻したビットにとっては信じられない光景だった。無謀なタックルが、身の丈が自分の2倍は軽くあるだろう大男を倒してしまったのだから・・・。
「あれ?・・・パレッタ?あいつらは?絵は?」
あれぇぇ? ビットの頭上を疑問符が左右に揺れていた。
「なにやらワケアリみたいだね・・・」
ビットの下からトロボが声を掛けた。嘲笑するでもなく、わざとらしい深刻さでもなく・・・そんな顔のまま、トロボはそう言った。
瞬時にパレッタの心は決まった。
「実は・・・」
「おい、パレッタ・・・」
「いいの。この人が私たちを救ってくれたんだから・・・」
ビットはふたつ、椅子を持ってきて、パレッタと並んで座った。
++++
かつてこの街には悪い領主がいた。領主は防御を固めるため、と称して城壁を次々に作らせた。事実、作られた城壁によって街に平穏が訪れた。だが、それはほんのつかの間の休息でしかなかった。領主は、領地の拡大を始めたのであった。
城壁の外側に新しい城壁を作った。敵が阻止しようとすれば城壁の上から即座に蜂の巣にされた。
街が何度目か分からないくらいの成長を遂げたとき、伝染病がはやった。人々は疲れ切っていた。
そんな時、ふたりの男が立ち上がった。後のパレッタの父親と、ビットの父親となる男たちであった。
男たちは反乱分子を纏め上げ、見事に領主から街を奪った・・・。
十年後、街にはふたつの勢力があった。
++++
「最初は協力して統治していたんだ。親父たちの仲は良かったらしいからな・・・って。あ!あんた!それ!」
ふんふん、と聴いていたトロボは突然持っている器を指差されて、・・・見て、見た。それからビットを見て・・・笑った。
「このやろぅ・・・パレッタのスープは俺だけのもの・・・(はっ!)」
顔を赤くしてビットは黙り込んだ。トロボが柔らかく微笑んだ。
・・・パレッタが知らんぷりして続ける。
「いつの間にか『意見の統合が面倒だから分割して統治しよう』ということになったそうです・・・」
「そして・・・」
ビットが声を落とし、
「そして、街はふたつに割れてしまったのです」
++++
ふたつに分かれた反乱軍のメンバーは、争う方法を求めていた。路地裏の多い町の中で、かち合うたびに小競り合いを起こし、それぞれが大目玉を食らっていた。ある日、誰かが。絵を描いた。
「ここは俺たちの場所だぁ!」
叫んだ男が誰だったのかは分からない。街には城壁がたくさんあった。領主がやたらめったら作らせたからだ。街には絵が溢れた。
街の人々は・・・いや、『も』と言ったほうが正確だろう。彼らも絵を愛するようになっていた。
「くそぅ・・・ここもやられちまってる・・・」
自分に描けないような見事な絵は消さなかった。消せなかった。
町の人の目が、仲間の目が、自分が、それを許さなかった。
街は、いつのまにか明るくなっていた。
++++
「そんな時・・・あいつらが現れたんだ」
「この街を根城にしようって言うことらしいです。私たちの父たちは、すでに戦う力を持ちませんでした」
「だから、その・・・つまり今この街を治めてるのは君たちなのか?」
トロボは丁寧に言葉を選び・・・それでも失敗した気がして尻すぼみ気味に尋ねた。
「はい」「そう」
ふたりが応え、
「まあ、代理に頼んでるんだけどね・・・」
ビットが付け足した。
「あなたが守ってくださった絵は父の最後の作品でした。本当に感謝しています・・・」
その後に続ける言葉を、場にいるみんなが知っていた。知っていたけれど、口にできない一言だった。
「俺にできるのは、『見掛け倒し』だけなんだ。喧嘩したりなんかはできないな、すまないけれども・・・」
口にできない一言だった。知らず知らずのうちに握り締めていたオタマが、パレッタの手からするりと落ちた。
「お願いします!どうか私たちを救ってください。この街が好きなんです!父達の生んだこの街が・・・。あの絵を見てください!あんな美しい絵がこの街には溢れてるのですよ!」
パレッタの差した先にあったのは父の遺作だった。
「そんな街を奪われるわけには行きません!あなたは銃弾を受けたって倒れなかったじゃないですか!それも『見掛け倒し』なのですか?できることをやってください!私にはあなたにお願いすることしかできない・・・の、だから・・・」
ビットが、トロボを睨みながらパレッタの肩を抱いた。
・・・・・・
沈黙を破ったのはトロボだった。
立ち上がったのだ。荷物を持って。防弾チョッキをはめる音がしばらく部屋を揺らした。それから
「・・・この世界に弱い人なんてそうたくさんはいないんだよ、・・・強い人がたくさんいないようにね・・・。ごちそうさま。スープ、おいしかった。また食べに来たいな・・・」
「二度とくるな!」
ビットが叫び、扉がゆっくりと閉じた。
トロボはとある一枚の絵をじっと見ていた。
そして、また歩き出した。
街の中央に立てられたその建物へと向かって、無表情に。
++
旅人がいた。
旅人は私にこんな話しをしてくれた。
風の噂に聞いたことがある、と。
街そのものが芸術みたいな場所があるんだ、と。
そりゃあもうとにかくすげぇんだ、と
まだ若い子がふたり、熱心に働いてるんだ、と。
あとがき
強い。って難しいですよね。
きれいごとですが。