夜空、散らかる

作・なかまくら

2007.9.11

「ちょっと、はやくっ、はやくぅー」
「ま、まってよー」
青みがかったネコが先を走っていた。
「ツツキぃ、見習いが初日から遅刻するなんて普通考えられないよ」
それを追うのは、三角帽子を被った魔女だった。
「だってー、眠かったんだもんしょうがないでしょぉー。ルナ」
いや、まだ幼かった。魔少女とでも言うのか。
トテトテと駆けるツツキと呼ばれた少女のローブが揺れるたびにキラキラと輝く星のカケラが地面に散らばった。
星のキーホルダーが腰のベルトでカラカラと音を立てた。
「いいから行こうよ、ツツキ。師匠が待ってるよ!」
「うん・・・・・・うえっ、食べたばっかで気持ちワル」
「女の子がそんな顔しないの!」
ルナがそんなことを言って、
「それって差別だぁ!」
びしっと指差してツツキが言い返した、それよりも何よりもふたりともそれはもう猛烈な勢いで走っていた。
背中のリュックからはみでた、丸めた星図がそれはもう猛烈に揺れていた。

「あー、見えてきたよ」
「ホント!?よかったぁなんとか間に合うー」
「あ、そこ危ない」
「あうっ」
こけた。いろんなものがばらばらと散らばった。分光器や方位磁針、製図用のシャーペンなんかが落ちて、あたふたとツツキが拾い始めた。
「あああ・・・なにやってるんだか、もー」
ルナがゆったりと近寄ってくる。
「そんなこと言ったってー、ちょっとー手伝ってよ」
「第一いまさらだけどそんな格好で恥ずかしいよ」
ルナが、ぷ、と笑って顔をそむけた。
「だってー・・・」
「そうね、まあかわいらしいから私は好きだけど?」
「「し、師匠!」」
ツツキとルナは、それぞれの師匠を見た。
ふっくらとしたおばちゃんと、その肩に乗ったネコだった。
「『だって、』、なに?」
う・・・と詰まるツツキにルナは笑いを必死でこらえた。
「えーと、なんだかこんな綺麗な星空がつくれるなんて魔法みたいなので・・・・・・それで」
「なるほどね、でも、今日はもういいわ。道具もぐしゃぐしゃになっちゃってるし、時間にもなっちゃってるし・・・そうね、私は教えないからあなたの好きなようにやりなさい」
「・・・・・・はい」
ツツキは沈んだ声でそう答えた。それから、道具を拾うと、とぼとぼと歩き出した。
つまみ付の蓋をひらいて、小箱に手を突っ込んだ。中身をぐっとつかむと、ばっとばら撒いた。
・・・・・・つまんない。ふたりとも同じだった。
「ツツキ、ボクも手伝うよ」
「いいよ、ルナ。悪いのは遅れた私だし・・・」
ばら撒いてもなんだか寂しいカラカラと言う音がするだけで、ツツキはローブのすそで涙をそっとぬぐった。
そうして、一日目は終わった。


「ツツキ、ツツキ!」
「ん?どうかした?」
ルナがこじんまりとしたツツキの一軒家の窓から中を覗くとツツキは、既に魔女のローブ姿で、鏡の前に居た。
足元には昨日より小さく収められた道具が入っていた。
「じゃあ、行こっか」
「・・・・・・うん」
ツツキはちょっと怖がっているように見えた。
「大丈夫。僕も一緒に行くんだからさ」
くるり、その場で回って見せて、ルナは笑った。
「うん、・・・ありがと」

ふたりは空の天井の上に上がった。後は昨日と同じ。でも、今日は歩いて師匠の家に着いた。
「・・・・・・お邪魔します」
「あらあら、今日は早いのね。ちょっとまっててね、今行くから」
そう言って出てきた師匠はとてもいいにおいがした。
「じゃあ、今日は私の星空作りを見てもらおうかしら?」
「はい」

「ん〜ん〜んん〜んんん〜♪」
師匠は鼻歌交じりに小箱から星をつまんで、床にちりばめた。
「・・・・・・すごい」「うん」
ふたりは、こそっとつぶやいた。


「ん〜♪はい、おしまい。今日はちょっと私のお家によってらっしゃいな」
「・・・・・・はい」
身を固くして、ツツキは答えた。

家に入ると、とてもいいにおいがした。
「テイル?クッキー出してくれた?ああ、ありがとうね。うん、おいしく出来たわね」
師匠は先に奥に行くと、ティーカップを持って戻ってきた。他にもお盆の中にはいいにおいを立てていたクッキーがあった。
「昨日紹介し損ねたわね、私の相棒よ。テイルって言うの」
そういって紹介された真っ黒な猫はふいっと身体を翻して椅子についた。
「ごめんなさい、こういう子なの」

そういって、師匠は紅茶を淹れてくれた。
その香りで、急にツツキのお腹がぐぅーなった。
「あぅ・・・」
ツツキは緊張で今日なにも食べてなかったことを思い出した。
「はい、どうぞおあがりなさい♪・・・・・・で?昨日はどう?楽しかった?」
クッキーにぱくついていたツツキは途端に沈んだ顔をした。
「あの、・・・昨日はすみませんでした。星空をあんなぐちゃぐちゃにしてしまって・・・その」
「ちょっと聞いてくれる?ツツキ」
師匠はテーブルの上で腕を組んだ。
「コペルニクスっていう人が昔天動説っていうのを唱えたわ。それによると地球の周りを天が回っているって言うのね」
「でもそれは・・・」
「そう、人間の世界ではそれは間違いってことになってるわね・・・・・・でもね、コペルニクスの天動説の中ではそれがどんなに複雑なもので不恰好なものに なっていたって正しかったの。だからね、本当の間違いなんてないのよ。だから、昨日のあなたの星空だって、あなたが楽しんで作れば、それはとても綺麗な星 空にだってなるわ。・・・・・・私には出来ないような、綺麗な星空がね。期待してるわ、小さな魔女さん?」
「・・・・・・はい!」
「じゃあ、星のクッキーを食べましょうかね」
「いただきまーす」
「はいはい」

夜は更けていく。



〜あとがき〜
そんなわけで、彼女らの物語はもうちょっと書きたい模様。
魔女の宅急便、好きなんですね。