文化の灯台

作・なかまくら

2008.11.22

お疲れ様です。アルは詰め所に一言、そう言って、定時の見回りで城壁の上に立つ。

城壁は地続きで荒れた荒野に面している。荒野には焼けて黒ずんだ木が横たわり、点在する赤黒い大地がまるで水溜りのようで、夕焼け色に染められている。その向こうにはうっすらと山々がそびえ、目を凝らせばその向こうに沈みかけている太陽の前を飛ぶカラスの姿までもが見える。アルはその才能を買われ、こうしてここに居る。

「どうした、そんなところで立ち止まって。何かあったか?」

「いえ・・・」

不意に声をかけられて、返事に詰まったアルは、なんとかそれだけを返した。向けば、砦に伸びた長い影の中からひとりの男が顔を出す所だった。

その長い影を作るのは荒地の真ん中に立つ塔。空に聳えるあまりにも高すぎる塔。

何の目的で、誰が、いつ、どうやって建てたのかもわからない。

ただ分かっていることは、誰かがそこに住んでいるということだけ。





「おはようございます。本日もいい天気ですね。しかし、夜は冷え込みますので、多少厚着をしていった方がよいでしょう。では今日も元気よくラヂオ体操、いってみましょう!」

続いて軽快な音楽が流れ出し、朝の大気を響かせる。

この国の朝はそうやって始まる。

老若男女を問わず、朝はこのリズムに合わせて体操をするのが習慣になっていた。ラヂオという言葉の意味は分からなかったが、この体操の名前なのだろうと、それぞれが勝手に理解していた。

「はい。では次は、ミミ子ママの3分クッキング〜♪」

体操が終われば、今度は愉快な音楽が流れ出し、本日のオススメの朝ごはんのレシピが音に乗って、塔のほうから流れてくる。

主婦の皆様は、塔の方を向いてじっと耳を澄ます時間になって、街の喧騒も、一時静かになったものだった。



あの日までは。



「皆様おはようございます!本日は悲しいことに曇り空です。きのこ雲が何本も立ち並び、粉塵が舞い、悲鳴が鳴り響く一日となりそうです」

いつもと違う一日の始まりを、塔のほうから一方的に告げられた。

そうして戦争は始まった。





「しかしまあ、妙な話だよな」

「そうですね」

「なんで戦争をしている?国を守るためか?・・・・・・違うな。お前にも分かるだろう?アルフォード」

「いえ・・・」

「そうか・・・・・・じゃあ、そのうち分かる。ここに立っていればな」

夜の風が砦にふきつけていた。ポツリポツリと明かりが灯り始め、砦の反対側に広がる街では今頃夕食の準備がされているだろう。

「ここは寒いな」

「そうですね」

「しかし、王は寒くないところにいる」

「・・・・・・」

「つまりそういうことだ。王にとっては俺たちは盤上の駒でしかないんだ。能力値を確認し、最適な布陣をとる。最適って言うのは、つまり最も少ない被害で、最大限の損害を相手に与えることなわけだ。つまり、誰かが確実に死んでいるって訳だ」

目の前に広がる荒地には真新しい血肉が重なり合うように倒れており、それをカラスが啄ばんでいる。さらには、やってきた野犬の群れがそれを横取りする。

飛んでいくカラスが去り際にフンを落としていった。

「それで・・・今日はどうしたんです?」

アルは少し身震いをして、手に息をほう、と吐きかけた。

「ああ・・・・・・もう少し回り道したかったんだがな・・・」

「すみません」

「そうだな・・・少し歩かないか?」

「いえ、勤務があるんで」

「城壁の上を一周するだけだ。むしろ、そのために出てきたんだろう?」

「・・・・・・そうでした」

アルは彼に従って歩き出す。砦を半周もすると、温かいお風呂の湯気と、食卓に灯る光がアルには見えた。

「俺、転属になったんだ」

彼は不意に話し出す。

「お前みたいに目はよくないし、そのくせ、ずっと荒地と死体ばっか見てたからさ、未だに独り身でさ。ちょうど良かったんだろうな」

「なあ、王はやられた駒をどうするんだろうな?」

「やられた駒?」

「そうさ。戦場で死んでしまった駒だよ。・・・きっと人員を変えるだけで、同じ駒を使うんだろうさ。・・・・・・そうでなければ、戦争なんて出来るものか」

「そうですね・・・」

「俺にだって夢くらいあった。でも、お前の目でこの国を救ってくれ!そう言われてみれば悪い気はしなかった。・・・・・・お前は生きろよ。・・・俺も出来るだけ長く、生き残るから」

そういって最後に声にならない何かを叫んだ彼はアルににやりと笑って見せた。





「戦争なんて無意味です!戦いをやめてください!戦いをやめてください!はい。というわけで本日のリクエスト曲は反戦からのラブコールです。では・・・どうぞ」



一発の銃声が響く。

音楽が鳴る。

軍隊が人に分かれて動き出す。

遥か向こうの方からも、地響きとも分からぬ轟音が鳴り響いてくる。

音楽隊が演奏に加わる。続いてコーラスが参加する。

トキの声を上げた男の顔が一瞬で吹き飛ばされて、駆け寄った仲間の首の骨を折る。

盾を構えた押し車の覗き穴から銃弾が飛び込んでくる。

一斉掃射で横一線に銃弾が飛ぶ。

音符が入り乱れて、狂ったような旋律が、誰かの心を射抜いたその時

誰かの心臓に弾が混じって鼓動が乱れ、一瞬の後に死に至る。

音楽は鳴り響く。誰かのための鎮魂歌では決してなくて、

手のひらを開く勇気があれば、相手の目を見て、話をする勇気があれば、

世界はこんなにも平和になるのに。

愛と勇気を歌う歌は塔から戦場に降り注いで。

キャッチーなメロディラインが

マシンガンの銃弾にリズミカルに踊る誰かの断末魔を掻き消して。

誰もが勇気を振り絞って、それでも足りない部分は狂気の雄叫びを上げて

頭でっかちに突っ込んでいった。

敵方の一斉掃射が行われる。

銃弾の進行方向に少しばかりの隊の塊があった。

そのひとつの隊列の中に、

彼の姿があった。

突然撃たれたことの驚きだけが、

彼の最後の感情になってしまったように思った。



そして、アルは一度だけ、ゆっくり目を閉じた。







お疲れ様です。アルは詰め所に一言、そう言って、定時の見回りで城壁の上に立った。

夕焼け色に染まった空はいつもどおりの色だけれど、荒地もまた、いつもどおりの色だった。

「アルフォードさん、ちょっとお話いいですか?」

向けばまだ若い後輩の一人が身体を震わせて立っていた。

「ここでいいなら」

アルは自分の着ていた上着を彼にかけた。

「ありがとうございます・・・」

アルは何も言わず彼から少し離れると、再び夕焼けを見ていた。その中に聳える塔は、景色をまるでふたつに分断しているように見えた。

塔からは軽快な音楽が流れ、愛や友情を歌っている。

「アルフォードさんなら・・・あの塔の頂上、見えますか?」

彼は唐突に話し始める。

「いや・・・真下から見上げたら見えるかもしれないが、ここからでは大気が邪魔だ」

「?よく分からないですけど・・・アルフォードさんでも見えないことってあるんですね」

アルは少しだけ笑ってみせる。

「分からない事だらけだよ。目に見えることだけが真実じゃない」

「やっぱりすごいです・・・・・・とても敵いません」

「・・・・・・・・・」

「実は俺、転属になったんです」

「来たばっかりなのに?」

アルはもう何度も繰り返されているそれを同じように繰り返した。

「そうなんです。きっと精神的に弱かったから、ここには向いてないと思われたんでしょうね」

「そうか・・・」

「・・・・・・アルフォードさん・・・どうして塔は、反戦を訴えなくなったのでしょう?」



塔は以前のように戻っていた。朝はラヂオ体操が流れ、メメ子ママの3分クッキングが流れ、それから、優しい音楽が流れる。

「さあ・・・・・・」

「俺、夢があるんです」

「・・・・・・」

「まあ、聞いてください。俺、あの塔に登ってみたいんです、頂上まで登って、誰も見たことのない風景を見たいんです。そのためにはまだ死ねません」

「・・・・・・昔そう言って、別れを告げた人がいたよ」

「その人は・・・どうなったんですか?」

「もう昔のことだからね、・・・・・・忘れてしまったよ」

「そうですか・・・・・・。あの・・・」

「うん?」

「ここから見てると、みんないなくなっていきますよね?命は消費されるものみたいに」

「命は消費されるものだよ。君が生きているこの一秒だって、どくんと心臓が一回分の筋肉疲労を伴って作り出してくれているものなんだ」

「でも、だからこそ、その時間に夢を追いかけるのは無駄じゃないですよね!?」

「夢・・・か」

「俺・・・死にませんよ。俺の夢はこんなくさった現実なんかよりもずっと強いはずだから」

「・・・・・・じゃあ、その上着は、戦争が終わったら返してもらおうかな」

アルは別れの言葉として、それを告げる。

「はい!ちゃんと綺麗なまま、返して見せます」





塔はいつも通りの一日の始まりを告げる。

音楽が鳴る。

塔を見上げる兵士はいない。

塔はそこにあって、それでいて別世界にあるのだとアルは思った。

塔の中にも世界があって、

そこでは戦争が終わったのだろう。

彼らは自分達と違う文化を持っているのかもしれない。

違う夢を持っているのかもしれない。

だから、私たちよりも早く、戦争を終わらせることが出来たのだろう。

では、私たちはあとどれだけ殺しあえば、

本当の私たちを知るのだろう?



アルは一度だけそっと、目を閉じた。









ΘあとがきΘ

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

情熱は突然に、すごいエネルギーを持って僕にぶつかってきます。