「かなかなしばりと犬」

作・なかまくら

2010.8.27

 

 

 

次に目が覚めると、僕の視界の半分に畳があった。その向こうには乱雑に積み重ねられた週刊少年ジャンプの背表紙が見える。さらにその向こうには長年苦楽をともにしてきたコタツ机が脚を伸ばしている。片脚は半ばから折れて、ガムテープで支えられていた。
ふと気持ちが上向いて、起き上がろうと思い、途端ため息をついた。
ダメだ。動かない。

最近はずっとそうだ。寝ても覚めてもずっと。
もうすぐ3日が経つ頃。異臭をかぎつけて、ハエが音を立てて耳元を優雅に飛んでいった。
見上げた窓の先には青過ぎる空と、白過ぎる雲がすっかり止まっていた。部屋の中には音もないのに、伸びた木の枝がザワザワと葉を重ねて音を立てた。
天井は普段見ているよりもずっと高くて、木目の染みが変わり映えのしない部屋の天気を変えようとしている。

ふと目の前に茶色い毛むくじゃらが姿を現す。焦点が合わさるまでに少しだけ時間がかかって、ワンと吠えた口の中が見える。ピンクの歯茎にとがった犬歯があんにゅいにょきりずらずらりと生えている。しばらくすると何も応えない僕に今度はクゥーン、クゥーンと尻尾を下げてすりよってみせる。

可愛いやつめ早くどこかへ行け。

思いが通じたのか愛犬のジョニーは、開け放してあるトイレの窓からいつもみたいに鈴を鳴らして器用に出て行った。

再び一人きりになって、僕は僕を省みる。
走馬灯ならもう何度か観た。
何がどうなったのか考える時間は充分過ぎるくらいあった。着かけだったYシャツを染めるトマトジュース。それからコンタクトレンズをつけようとして立てた鏡に映る、背中に冗談みたいに突き立っているナイフ。不思議と今は痛くない。理由も実はなんとなく分かってきた。


次に目が覚めると、僕の視界の半分に畳があった。すぐ側にはネズミが一匹横たわっていた。

ジョニー、お前なら大丈夫だ。きっとどこでだって生きていける。飼い主に似ても似つかない優秀なジョニーは、僕の誇りだった。

さあ、空もすっかり赤く染まり、まるで僕は窓から差し込む西日の中に溶け込んでいくように、今日を終える。

かなかなかなと、セミが小学校の泣き虫だった頃の僕みたいに寂しげにないている。


畳の上で、僕はそれをえんえんと聞いていた。

 

 

あとがき

なんとなく、孤独について。