「七夕の夜」
作・なかまくら
2010.7.18
「明日一日ダケ寄港スル。ゴ馳走求ム」
電信風にお母さんの携帯電話にメールが届いたのは、昨日の晩。
「タケル、リモコンどこっ?」
「ここ」
飛び上がった母さんが、万が一に備えて笹を用意する僕の隣に座って、いつもは見向きもしないテレビをつけて、チャンネルをめまぐるしく変える。
明日の降水確率は100パーセント。
台風3号が接近中。
週刊タケルニュースです。
台風3.5号が発生。発生場所はうち。黒雲がモクモクと立ち上って、
時々バカヤローって、雷が落ちます。コップが机を叩いて、・・・2,3,4,
「バカヤローっ!!」
大丈夫。雷はそんなに近くないです。
降水確率100パーセントじゃ、ちょっと無理かな。
僕は笹の葉をがさがさと揺らして、傘立てにさす。念のため。
降水確率100パーセントって、周りの空気が全部水になることだって、少し前まで思ってた。そうならいいのにって思ってた。
トクトクトク・・・と、母さんのコップにコーラが注がれる。母さん、明日も普通に仕事なのだ。
しゅわーっと、泡が立ち昇って、空気の中にぽこっぽこっ、と逃げていく。
気付けば僕の吐いた息も、ぽこっと小さなあぶくになって、天井に上がっていくんだ。
父さんは今頃きっと嵐のずっと下の方。海の中を港に向かって潜行中。
100パーセントの降水確率なら、港に寄らずに潜水艦でそのままうちまで帰ってこれる。
帰ってきたら、こぽこぽ笑いながら、母さんと僕とで父さんを迎えられるんだ。
そうしたら、どんなにか素敵だろうに。
+
朝がちゃんと台風を連れてきて、母さんは大学へ。僕は小学校へ。
雨で長靴の中までぐしょぐしょ。歩くたびにがっぽんがっぽん音がして、まるで怪獣にでもなった みたい。
みんなも知ってのとおり、今日は七夕。
教室の窓にはにっこり笑ったてるてるボウズが、インクをちょっと滲ませてごめんって泣いている。
どんまい。
「ああ、今日は織姫様と彦星様は会えないのかなぁ・・・」
誰かがつぶやいて、でもそれはちょっとだけ残念なだけの話。どんまい。
織姫様どんまい。彦星様どんまい。
大学で仕事してる母さん、どんまい。降水確率が100パーセントまではいかなくて海の中で立ち往生してる父さん、どんまい。
自分、どんまい。
そうだ、今日はコーラを買って帰ろう。骨が溶けるかもしれないから、牛乳も一緒に。
僕はがっぽがっぽと帰り道。長靴の中はとっくに100パーセント。クリスマスには雨、降るなよな 、とプレゼントの心配。
雨は夜更け過ぎにすっかり止んで、
母さんはといえば、メールで父さんとお話中。
僕はといえばコーラをコップに入れて、窓からベランダにそろりと降りる。
天の川を挟んで、・・・正直僕にはどの星かはさっぱり分からないのだけど、
たくさんの星が、しきりに輝いている。織姫様と彦星様もそのどれかなんだろう。
そして、きっと今頃、あちこちで光が空を飛び交っているに違いない。
from:母さん
to:父さん
たまにはちゃんと帰って来い!
メールは0と1に変換されて、光の速さで海に浮かぶ父さんに届く。
from:父さん
to:母さん
次こそは必ず! タケルにもよろしく。
父さんからの返事。
それからまた、母さんの返信。
僕はちびりとコーラを飲む。
喉の奥で、しゅわーっとコーラが弾ける音がした。
あとがき
なんとなく、寂しいという感情がはじけた。