神様の化石
現実というやつは、今までに見たもののことを言うらしい。
「いいか、手を触れるなよ」
父さんはそう言って、ネクタイを緩めた。
それから冷蔵庫からプリンを取り出すと、ねじれたスプーンで器用に口に運んだ。
もぐもぐ、もぐもぐ。歯茎はピンク、歯は白く。肌は黒く、髪も黒く。
木製のテーブルの周り、温度を調整した室内には多種多様な植物が生え並び、
それぞれに昆虫や動物が規定され、配置されていた。
「うん」
ぼくはガラスケースの中のそれから目を離すことができなかった。
ぼくの家にやってきたそれは、何色というのはむずかしい光沢で揺らめいていた。それは4足で歩く動物に似ていて、胴体から上に首が伸びていた。足はというと不定形におおよそ4つから6つの範囲でアメーバのように伸長と収縮を繰り返していた。目の粗いポリゴンのような角張った結晶の網膜の中でぼうっと光が動いて、差し出された植物を見たように見えると、そっと口をつける。
すると植物は種に戻った。
*
この星にはかつて神性を司る生物がいたとする。だが、それを証明することはおそらく難しい。しかし、その遺存種がこうして目の前に顕現しているのだとしたら、それはもう、証明するまでもない大発見なんだよ。問題は、この生物が神性をもっているかどうか、それだけになったんだよ。
父さんが同僚にそう話している。
曰く、神性を証明することはむずかしい。
化石として保存されるのはカタチであるからだ。
カタチが表すことは、ひどく表面的だ。
脳のカタチが特異的に心やその感情を作っているわけではない。ぼく達だってそうであることを知っている。
そう思っていることを、みんなそれぞれ、自分だけが知っている。
他人に見せているのはカタチだけだ。
ぼくはガラスケースに湿った呼気を塗り付けると、
『 か み さ ま ? 』 と指で書いた。
それは、ふわふわとガラスケースの中に浮いたままで、しばらくして結晶の網膜に光がぼうっと浮かんで。
乾燥したように、すぐ消えた。
*
月曜日が来ると、友達が来た。
食べかけだったジャンクフードを慌てて食べる終えると、ごくり。
肉厚なハンバーグが喉をザラリと撫でた。身体の中を順に通っていく。
食道、胃、どぼん。たぷたぷ。少し量が多かった朝食の牛乳が胃で自己主張をする。
ショッピングモールのシネコンで映画を見終えて、トイレへ。
身体の中を通り過ぎていく、物質。すいへいりーべ、ぼくの船。
港に船が来航すると、物資が配給される。
にんじん、じゃがいも、たまねぎ、鳥肉、ナスなんかもあるよ。
背骨さん、はいカルシウム。筋肉さん、はいタンパク質。
配給が行き届くと、みんな持ち場に戻ってせっせと身体づくりに励む。
「カレーばかり食べると、カレーの臭いがするようになるんだってよ。某国は国中カレーの臭いらしいぜ?」
カレーハウスの一角では、彼がどこかのネット上の掲示板から仕入れた情報を得意げに話している。
ぼく達の外側で、ショッピングモールの通路を人がひっきりなしに行き来していた。
*
その動物が発見されてからしばらく経つと、ついに研究者達は解剖という手段に踏み出すことになる。
ぼくは飛び起きた。家に曲がっていないスプーンはなかった。
ある時からずっとそうだった。
部屋中のものが思い思いの音を立てて一斉に床に落ちた。
ぼくは汗をタオルで拭って鏡の中に映しだされた自分を確認する。不思議なところはない。目は結晶で出来ていないし、身体はいつだってこのカタチをしている。説明はできないけれど、自分のカタチを確認して、ぼくは枕をかき抱いて顔をうずめた。
きっと神様は、生まれる前に死んだんだ・・・。自分の中の神様をぼくは強く強く、抱いた。
ぼくの夢の中は、化石になる動物たちを思っていた。石を食べると、代わりに肛門からいろいろなものが出ていく。最初に血液と体液。赤血球とか白血球とか、血しょうとか。それからずるずると血管が慎重に引きずり出されて、すっかり涸れた脳髄がくっついてきて。それからそれから、ジャガイモみたいに肺とか、心臓とかが体内からすっかり排出されてくる。するともう、ぼくは意味のない酸素を求める金魚みたいにパクパクパクと石を食べる生き物になる。
気が付くと、ハンバーグで出来ていた背骨のなかの脊髄が、パチン、と石に変わった。
あとがき
なんとなく神様とその喪失について。