クワガタヘッドと文学少女
もうずいぶんと昔のことで、その時のほとんどのことは忘れてしまったけれど、
昨日、駅に続く歩道橋を歩いていく若いカップルが、そのお揃いの帽子を被っていたから、不意に思い出したのだ。
そういうものだろう、と、妙に納得した。
そのことを話してみようと思う。
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クワガタヘッドのあの子のことを、山羊ゆう という名前のぼくが気になりだしたのは、その頃のことだ。
あの子の名前はもうすっかり忘れてしまったけれど、ぼくはあの子のことが気になっていた。
あの子はいつもクワガタヘッドで、素敵な焦茶色のクワガタが這いまわるワンピースを着ていて、よく本を読んでいた。
あの子は笑うとツヤのある頬を高揚のばかりに少し赤く染めたり、泣いて涙を流して頬が少し赤く染まったりする女の子だった。
ぼくは、言おう言おう、と毎日もじもじとしていて、ある日の昼休みにそれをついに言おうとしていた。「君のそのキバ、素敵だね」って。
あの子は机の中からこっそり残していたコッペパンと少し難しそうな本をランドセルにしまうところだった。
「―――――」ぼくがその名前を呼ぶと、あの子は少し怪訝そうな顔で、にこりと顔を向ける。
「あのね・・・」うわ靴の先が少しだけ前に進んだとき、
「君のその本、○○○○だね」隣のクラスの男の子が窓枠に腕を乗せこちらを見ていた。
――彼はスマートな笑みを浮かべ、
――あの子はツヤのある頬をポッと染め、走って行ってしまった。
そのあと、あの子は奇麗なクワガタのワンピースを日替わりに幾つも着てきて、たくさんの難しい本を持って図書館に毎日通っていった。
それから、最後にあの、クワガタヘッドを脱いで―――
―――ある朝が来た頃、
知らない女の子が幸せそうに、ツヤのない頬でぼくに笑いかけていた。