月がきれいだ

作・なかまくら

2017.11.27

「ああ、月曜日ってさ、月に帰りたくなるよね」

初め、唐突に彼女はそう言った。彼女は今日に限って、浴衣を着てきていたし、僕も血迷って、タキシードだった。自分の意味不明な恰好に気付いた僕たちは、駅のホームで互いをひとしきり笑って、人気のない、小高い山の上の公園を目指した。

夏の夜の生ぬるい空気を切るようにして、階段状に並べられた丸太に足を伸ばしていく。

「草履、大丈夫?」

「あー、火照って、熱い熱い・・・。その恰好こそ、どうなのよ」

ぷぷっ、と、彼女は今日初めて駅で会ったときの可笑しさを思い出したのか、口を丸めた手で押さえて笑った。僕は真顔になって、笑う彼女を見る。すると、彼女はますます笑って、幸せを運んでくれる。彼女は水のようで、僕はそこに佇む一本の木のようだと、感じる。心に彼女の楽しさが染み渡ってきて、僕は遅れて綻んでいく。

ばらばらに解けた金糸を使うなら、贈り物は何だろう、と彼女にぴったりな何かを探してみる。革靴が落ち葉を踏みしめて、その足元を前後左右して、土の上をアリたちが、女王への贈り物をせっせと運んでいくようなそんな気がしてくる。

「すっかり日が落ちたね」

「きれいだね」

「うん、」

この次だ。この次に彼女は、決まってこういうのだ。「月曜日ってさ・・・」

それを合図に、雲間からまんまるお月様が現れて、シャランと錫杖が振られて音をこぼす。彼女の浴衣はあっという間に天衣無縫の羽衣へと着せ変わり、内側から薫風のわき上がるように、ひらひらとその衣のすそを絶え間なくたなびかせていく・・・。

そんな風に彼女が月を見ているから、僕はいつも慌ててこう言うことにしている。

「じゃあ、火曜日はどうしようか」

そう言うと、彼女は急に真剣な顔になって、

「うーん」

と言って、僕はその横顔を見ている。







〜〜あとがき〜〜

長く生きてきたせいか、こういうのが、自然にかけるようになってきたもので、不思議なものです。