新しい元号

作・なかまくら

2019.4.30

もうすぐ弟が生まれる。

随分と年の離れた弟だ。12歳も違う。

弟が生まれたころには、私は、セーラー服というのを着ている。私はズボンが好きだった。スカートはひらひらしていて苦手だった。男子の夢なんて詰まっていなかった。あるのは私の元気な脚と無駄にひらひらとした空気だけ。



学校。ぽたりと落ちる廊下の水道の雫の音。先生の声。もうすぐ元号が変わる。

「班で話し合ってくださーい」 机を騒々しく動かす。

「○○ちゃんのお父さんは一味違うらしい」「へぇ〜え、生まれが古いからね〜」

古いというのは、違うというのは、元号のことを言っているらしい。

元号を何だと思っているんだろう。元号が変わった瞬間に、空の色がこれまで青かったのが当たり前だったのが、黄色いのが当たり前になったりするとでも思っているのだろうか。ドッヂボールで女子はあててはいけないルールが撤廃されると思っているのだろうか。給食の牛乳瓶が、総理大臣が、悲しい顔を気づかれていないと思っているあの先生が、いまだに私の苦手なあのピーマンが、当たり前に変わるとでも思っているのだろうか。

私はもうすぐ中学生になって、少し離れた新しい学校へ行く。知らない校舎、知らない先生、知らない友達。変わらないことはない。お母さんは、弟の世話で大変だろう。お父さんは、いっそうお給料を増やすために働くだろう。私の足元は随分とグラグラとしている。



弟が生まれても、私と弟の間には大きな崖がある。

こっちにおいで! と叫んでも、元号の深い谷に断絶されてしまうかもしれない。私はそっちへ渡ることはできないの。古い人間なのよ、と悲しい顔をして、襲い来る滅びの炎に焼かれるしかないのかもしれない。いいや、その時、私はきっとこう言うだろう。「私はこの元号に生まれたの。あなたはあなたの元号を行きなさい」



そんなことを自由帳に書いて、交換日記で渡したけれど、

「この前授業で習ったモーゼの影響、はなはだしくない?」

と、笑って言われたので、私も笑って、

「未成年はセーフなの。次の元号も私たちの時代になるわ」

そういって、余白に海賊の絵を書いた。弟も、私の隣で、笑っていた。









〜〜あとがき〜〜

元号が変わっても世界は何も変わらないけれど、私はちょっと変わった気がする。

自然じゃないものの感じ。