海老原さんのエビフ的人生

作・なかまくら

2021.1.1

 ぼくがその高校に転校していくと、同じクラスに絵にかいたような美人さんがいた。海老原さんだ。そして、江舟という名字のぼくは、彼女の後ろの席になってしまうのだった。そして、ぼくの一風変わった高校生活が始まってしまったので、ここに記録しておこうと思う。



 授業。海老原さんは、小首をかしげて頬杖をついて、板書をノートに写している。2時間目の数学の時間には、「分かる?」と一度学校に不慣れだろうぼくに気を遣ってか、振り返った。これがいけなかった。



 昼休み。まだまだ馴染めていないぼくは、母の作ってくれたお弁当箱の包みを開くところだった。

「おい、エフネっつーの、面、貸せや・・・」

強面の学ラン上級生が、開いた扉の枠に手をかけて・・・こちらを見る目はまさに虎! おいおい、今年は丑年! 1年早いよ虎視眈々! 腰に手を当てた上級生の手が、くいっくいっ! ぼくは狐のようにしおらしく、おずおずと屋上に連れていかれるのだった!



屋上に上がると、そこには5人の男子高校生たちが全国制覇世界征服夜露四苦ぅ、な感じで集まっていた。左から、アホ毛、丸眼鏡、リーゼントカット、発酵食品(納豆を頬張っている!)、大仏と瞬時にネーミング。それを知ってか知らずか、こちらを見る目は厳しい! 何かの気に障ってしまったのだ。これが、転校生に対する洗礼! とある宗教に入信するときは、頭から水を被って己のこれまでの罪を洗い流すという。罪!? 平凡に生きていきたいという罪!? それを罪というのなら、・・・ギルティ。すなわち、罪!?

「おい、エフネ。お前には、2つの選択肢がある・・・」

ぼくを屋上に連れてきたリーゼント=カット先輩は、ヤンキー口調でぼくに迫る。ごくりっ!

「・・・いいか、」

緊張しすぎて、酸素が足りなかった! 酸素! 算数! サンセット! 酸素! 算数! サンセット! 頭の中で夕焼けのサンセット! 護岸堤防の上を走り出すアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏、そしてぼく! ジャージ姿の海老原さんがなぜか自転車に乗って、ぼくたちの後ろからついてきている。運動不足の僕はすぐに息が上がる! そうか、海老原さんか! 海老原さんなのか! 胸がどきどきする! 酸素が足りない! 酸素! 算数! サンセット!

はっと我に返ると、リーゼント先輩は何かしらを言い終わっていたようで、ぼくの返答を待っていた。こいつはマズいぞ! おい、酸素! なんだい、算数? 何と答えたらいいんだ、そう、せーの。



「・・・サンセット?」



「さーせんだとぉ? いいか、お前に与えられた選択肢は、」

あ、もう一回言ってくれるようだ。優しいぞ! リーゼント界の優しさ担当!

「海老原さんの動向を我々に伝えるか、席替えを所望するか、なんだよぉ・・・!」

ぽかんとしたぼく。頷くアホ毛、丸眼鏡、リーゼント、発酵、大仏。そして、・・・サンセット。繰り返し。



こうして、ぼくと海老原さん親衛隊の皆さんのおかしな日々は始まった。

「いいか、海老原さんはなぁ、外見はカリッとしていて、なかなか近づけねぇ・・・だが、中身はたぶんプリッとキューティできっとお人形とかが部屋に飾ってあってだなぁ・・・」

リーゼント先輩が猛烈に愛を語るのだが、丸眼鏡先輩がヤレヤレとそこに口を出す。

「二十六木(とどろき)は、そんなだからフラれるんですよ」

「いや、フラれる未満というか、実際フラれるところまでいけてない」

発酵がチーズを齧りながら、ボソッと言う。ラブレターを書いたところまでは良かった。それをあろうことか、彼女の家のポストに投函しようとしたのだ! しかし、リーゼントに間違いは起こるもの! 海老原家の隣の大仏の家に投函されてしまったのだった! 大仏が開眼したのは、アホ毛曰く、長い付き合いの中で、その時だけだったという。紅葉の綺麗な10月のことだった。秋の川が真っ赤に染まったのは、それはそれは綺麗だったという。なお、大仏様は、普段は心の目で、海老原さんを遠くから御守りしているらしく、それはそれで結構クレイジっている。





さて、文化祭や体育祭、遠足などでは可能な限りの露払いを勝手に承り、毛虫を払い、小石を拾い、飲みかけのジュースの缶で不快な思いをさせてはならんと、拾い上げた。雨にも風にも負けない、丈夫な肉体を保つために、日々のトレーニングを欠かさない。東に困っている海老原さんがいれば、行ってさりげなく海老原さんの友人を助けに呼び、北に悪い人間の噂があり、巻き込まれそうな海老原さんがいれば、親衛隊の筋肉でこれを制した。



ぼくらの中には暗黙のルールがあった。決して抜け駆けはしないこと。それを裏切ってしまえば、大仏の中の大仏様が開眼してしまう。親衛隊の結束は固かった。だから、今から話すこれは絶対に秘密にしておかなければならない。



とある(言えないが)14日のことだ。

「江舟くん、ちょっと数学教えて」

そう言って向かい合わせになったぼくに、彼女は明日の課題の質問をする。

なんてことのない問題を、時間をかけて丁寧に解説する。それが終わると、

「ありがとう、これ、お礼だよ」 そう言って、小箱がプレゼントフォーされる。

「あ、ありがとう・・・でも、これ」 心の目がこちらを見ている気がしてか、すごくドキドキしていた。彼女はカリっとしていて動揺を見せない。

「わかってる。あの、面白い皆さんのことでしょう? だから、・・・内緒ね」

そう言って、唇に手を当てた彼女の顔は少しだけ赤く、たぶんぼくの頬は茹でた海老の尻尾のようになっていた。











>あとがき<

新時代のヒロイン像を模索しました。

エビフ的人生は、エビフライフと読みます。なんでしょうね、エビフライ的人生って。