作・なかまくら

2021.7.23

 今日も暑い日だった。休日出勤でがらんとしたオフィスでぽつぽつ、とモニターに電源が点り、カチャカチャとパンタグラフやメカニカルなキーボードを上下させる音が鳴っていた。Yシャツの襟元を開けて、汗を逃がしながら黙々と残務を片付けていった。ひとり、またひとりと消えて、夜になっていた。面倒なことばかりなのだ。気を遣うことも多い。仕事は思い通りには行かない。積極的に動こうという人はいない。そのくせ、自分に少しでも飛沫が掛かろうものなら、激烈に邪魔をするのだ。それで予定よりも随分と難航していた。ようやく今日の船旅を終えて、車に乗り込み、エンジンをかけると低く確かな振動が身体に伝わってくる。ハンドルを切り、会社の駐車場を出た。

夜の道を光が切り裂いて進んでいく。暗闇の中に明るい場所を作りだし、暗くなる前に通り過ぎることを繰り返していくと、アパートが近づいてくる。運転に集中はしていなかった。仕事のことを頭の隅に追いやろうと、先月入ったボーナスの使い道を考えていた。車にウイングでもつけようか、とは前から思っていたことである。フロントのエアロパーツとサイドスカートが正面から吹き付ける風を切って、車を前へ前へと力強く進めている。後ろにウイングがついたら、いよいよ離陸だってできそうだ。駐車場に入るために、曲がったところでブレーキを踏んだ。

蛙が居た。

大きな蛙だ。いや、大きくはないが、蛙には違いがない。

蛙にしては大きいかもしれない。頭を上げて、こちらを見ていた。

発光ダイオードの目がギラギラと輝き、エアロパーツでトッキントッキンの形相の車を見ていた。

蛙の色は、暗い土色で暗闇の中でなぜ咄嗟に気付けたのかは分からない。ただ、その蛙は確かな存在として目の前に居て、その存在感が伝わってきていた。

ぼくは、サイドブレーキを引いて車を降り、蛙に近づいた。蛙は動かない。その脇腹をつついてみると、なるほど大きく息を吸って身体を膨らめていた。だが、つついても蛙は動かなかった。いや、動けないのだ。突然に現れたギラギラと目の輝く巨大な未知の動物を前にしてどうにもすくんでしまったに違いない。けれども、蛙は違った。蛙はすっくと頭を上げて、身体を目一杯膨らめて、存在感を放って見せたのだ。だから、ぼくは蛙に気づき、足を止めたのだ。ぼくは蛙を両手にすくい取り、近くの畑へと放った。

それから、車へと戻る。そうだ、やっぱりウイングをつけよう。おそらくそれは風を切るからではない。社会の中に埋もれそうで動けない自分の、ささやかな反逆なのだと思った。









<>あとがき<>

私小説みたいなものを書いてみました。