シネマイナ

作・なかまくら 監修・同輩M

2008.8.15

【登場人物】

男・・・カップル(エキストラ)

女・・・カップル(エキストラ)

映画館館主・・・広瀬

映画館館主の娘・・・広瀬栄華

栄華の彼氏・・・田上周太郎

イタリアンのお店のオーナー・・・黒川昭光

映画館評論家・・・田川俊之

シネマスクエア社員・・・綿貫





男(館主)   今からもう何十年も前、そう、今のように家庭にテレビなんてものがなかった時代。庶民の最大の娯楽は映画だった。映画館には毎日、人が溢れ、笑い声や感動の涙に満たされていた。

女(栄華)   多くの人々はスクリーンに映し出される銀幕の世界に魅了され、その世界への強い憧れを抱いていった。

男      そうして多くの若者が、スクリーンの向こう側に旅立って行った。それぞれに見果てぬ夢を抱いて。



若い男②   『チェック・・・メイトだ』

若い男①   カット!!

若い男②   ・・・はい。

若い男①   もっと格好よく決めて!!

若い男②   格好良く?

若い男①   男と銃がまるでひとつの生命体みたいな、そんな絵がほしい。

若い男②   うーん・・・こうですか?



変な構え方をする



若い男①   きた。それだよ!

若い男③   マジっすか!?

若い男①   大マジだよ。よし、じゃあ本番行くよ!よーい、スタートッ

若い男②   『チェック・・・メイトだ』

若い男③   『・・・俺も随分とやきが回っちまったな』

若い男①   カット!!

若い男②&③ え?

若い男①   もっと、なんか哀愁を漂わしてよ。今のじゃ、なんか「初恋の彼女に振られちゃった。えへ」って感じなんだよ。それじゃ浅いのね。分かる?

若い男③   はあ・・・・・・

若い男①   なんか「初恋の人が実はちょっと綺麗な男だった時」くらいの哀愁がほしいんだよね。

若い男③   はい?

若い男①   とにかく、そんな感じでよろしく!本番、よーい、スタートッ!!





女      幸せを勝ち取った者がいれば、その傍らには夢半ばで散っていった者もいた。しかし、誰もがそれぞれの情熱をもって、人生の大舞台に臨んだのだ。

男      それぞれの夢に向かって。ただひたむきに、振り返ることもなく。





若い男②   おい、俺は次の作品、決まったぜ?

若い男③   おー、すげえなあ、だけど実は俺もだ。しかも主役。

若い男②   残念、俺も主役だ。これから、喫茶店で打ち合わせなんだよ。

若い男③   お、俺もだ。

若い男②   え、どこの喫茶店?

若い男③   すぐそこだよ。そこの喫茶ラララ。

若い男②   はあ?俺もそこだよ・・・?

若い男③   へ?

若い男②   お前の映画、タイトルは?

若い男③   ・・・ぶ、ぶるーまんでい?

若い男②   ・・・・・・お、俺もだよ。

若い男③   ・・・・・・・・・お前主役だよな?

若い男②   ・・・・・・うん。

若い男③   俺も主役。

若い男②   ・・・うん。

若い男③   ていうことは・・・どゆこと?

若い男②   え、お前台本もらった?

若い男③   いや、まだ・・・。

若い男②   ああ・・・じゃあ、まあ、よろしく。

若い男③   お、おお。よろしく。



ふたり、戸惑いながらも笑いあう。



若い男②   そういえば、監督の作品、見たことあるか?

若い男③   いや・・・?

若い男②   自主制作映画を観たことがあるんだけど、ある役者が必死に逃げるシーンがあったんだ。でも、あの形相と言ったら・・・そりゃあもう・・・。

若い男③   へぇ、その役者って誰?

若い男②   それがさ、実はそのシーン・・・『あんな逃げ方じゃダメだ。覇気がない』とか監督が言い出して、役者の後ろに肉くっつけて、トラに追わせたらしい・・・・・・。

若い男③   はぁっ!?で、で、その役者は?

若い男②   死ぬ気で走って、500mで力尽きたらしい。

若い男③   え、じゃあ・・・・・・。

若い男②   いや、撮影自体は50m、走ればよかったんだけど、気づかなかったんだな。

若い男③   可哀想に・・・・・・。俺らも、そんな目にあわないかな?

若い男②   覚悟だけはしといた方がいいぞ。

若い男③   えええっ・・・・・・

若い男②   いいじゃないか、それで有名になれば。

若い男③   俺たち、有名になれるかな?

若い男②   さあな。それは俺たちが決めることだ。

若い男③   そうだな。

若い男②   そろそろ時間だろ?打ち合わせ行こうぜ?

若い男③   よっしゃ。





男      しかし、一世を風靡した映画は、やがて人々の最大の娯楽ではなくなってしまった。

女      銀幕の世界を追い求めた若者たちは、どこからともなくどこへともなく、消えていった。

男      彼らが追い求めたものはいったいなんだったろうか?





静かな空間に一組のカップルのおしゃべりだけが響いている。



女      結構いいところじゃない

男      だろ? オレも噂に聞いただけだったんだけどね

女      そうだったの?

男      うん、友達に映画マニアがいてさ、そいつが興奮して話すもんだから・・・

女      ふぅーん。あ、そういえば・・・じゃがりこ買ってきたんだけど食べる?

男      うん? うん、じゃあひとつ

女      ・・・・・・ねぇ、あのね

男      シー、始まるよ



ビー、と開始を告げる音が鳴り、映写機から光の筋がのびる。



女      うん…その、でも、ちょっとだけ・・・

男      うん?

女      この映画が、終わったらさ・・・・・・



その続きは映写機の音が大きくなって聞き取れない。

映画が始まり、ゆっくり暗くなる。再び明るくなりだして映画が終わる。

明るくなった映画館には誰もいなかった。



ガタン、と扉の開く音(あるいは閉まる音)がして、ひとりの若い女が入ってくる。

手には掃除用具を持っている。



若い女     ハァ・・・・・・気分悪いわ

若い女     ・・・・・・ったく、一度見始めたなら、最後まで見ていきなさいよ! 失礼よね、うん

若い女     ・・・・・・いい映画だと思うんだけどな。特に最初にチャールズ・アイアランドとクエンティン・ブリンナーが出会うシーンとか、映画史に残る名シーンだと思うんだけど、ていうか、あれよ。後の映画がみんなこの映画のあのシーンに影響を受けているのに・・・・・・「俺は嘘なんかついてねぇ!」「わかった」「ほら、お前も信じねぇじゃ・・・は?」「私は真実を知ったのだよ」ああっ、かっくいい・・・



うっとりとしている若い女の脇に若い男がやってくる。若い男、照れ隠しに背中を向ける。



若い男     もう映画、終わったんだろ?

若い女     ・・・・・・

若い男     ・・・・・・なあ、どこか行かないか?

若い女     ああ、・・・素敵だわ

若い男     そうそう、駅前に新しいイタリアンのお店ができたんだって。だから・・・・・・ん?



若い男、ふりむくと若い女はいつの間にか離れたところを掃除していた。



若い女     そうなのよ。そこで彼らは奇跡の一致を成し遂げるのよ。相手のことを知っているから、信じているから起こせた奇跡! 偶然なんてこの世にはないの!・・・・・・

若い男     なあ・・・

若い女     ねっ? あなたもそう思うでしょ

若い男     お、おう

若い女     じゃ、ここ片付けたら行きましょ

若い男     え?

若い女     イタリアンのお店。連れてってくれるんでしょ?

若い男     お、おう! 何か手伝うことある?



その時扉が開く音がして、男がひとり入ってくる。男はこの映画館の館主である。



若い女     ・・・・・・大丈夫。外で待ってて

若い男     うん、・・・・・・じゃあ・・・またあとで



若い男は逃げるように出て行った。



若い女     お父さん、どうかしたの?

館主      うん?いや・・・・・・来週上映する映画、決めたよ。

若い女     へえ、珍しい。どういう風の吹き回し?

館主      うん・・・・・・昔観た映画なのだけれど、急に懐かしくなってしまってね

若い女     なんて映画?

館主      うん、『ブルーマン・デイ』。邦画なのだけどね、悲しい男達のブルースなんだ

若い女     ふぅーん、知らない映画ね

館主      全体を通じて流れるテーマソングが好きでね・・・・・・月曜日なんか来なければいいのにって、歌いながら、人生の休日を求めて彼らは日曜日の空の下を歩き続けるんだ。

若い女     キャストは?

館主      メインキャストは黒川昭光と田川俊之。新米の監督がさ、ふたりの俳優をその熱意で巻き込んだんだ、すごいだろ?

若い女     うーん・・・ふたりとも知らない。ジェネレーションギャップかな・・・・・・

館主      いや、映画に時間は関係ないよ。今回は映像がVHSだから、後で焼きなおすときにでも見てみるといい

若い女     うん、そうする。・・・ねぇ、お父さん。この映画館、飲食禁止にできないかな。

館主      どうして?

若い女     うん、・・・だって、映画を見てるときにぼりぼり食べてるのとか見るのいやだから・・・。

館主      ・・・そうかな

若い女     ・・・うん

館主      でも、ショップの収入は結構大きいから・・・それはちょっと難しい。

若い女     ・・・そっか。

館主      なにしてるんだ

若い女     何って、掃除よ

館主      ・・・・・・栄華、行ってきなさい

栄華      え?

館主      彼、待っているのだろう?

栄華      でも・・・

館主      後は私がやっておくから

栄華      ・・・・・・いやでももうちょっとだから

館主      良いから、行ってきなさい

栄華      ・・・・・・うん。じゃあ、よろしく・・・お願いします

館主      はい



栄華が出て行き、静かになった映画館。

館主は棚から一枚のDVDを取り出し、機械にセットした。古い、ホームムービーのようである。スクリーンに映し出された映像には、英華によく似た女性が映っている。その映像を見ながら椅子に館主は深く腰をおろし、大きく息を吐いた。

どこからか、映写機の音がし始める。

暗転

場面は変わって、栄華が若い男とイタリアンのお店にいる。



栄華      絶対変だって!ちょっと、周太郎・・・聞いてるの!?

周太郎     う、うん・・・

栄華      だって、あの、映画館にしか興味がないお父さんが映画を持ってくるのよ!しかも、いつも押し付けてた契約を自分から取り付けてくるなんて!絶対おかしいわ!何か悪いものでも食べたんじゃ・・・・・・

周太郎     うん・・・・・・ねえ、ここ、いい店だろ?

栄華      そんなこと今はどうでもいいの!

周太郎     そ、そんなこと・・・・・・

栄華      ええ、たしかにいい店だわ。まるで映画の一場面にいるみたいね!でも、そんなこと・・・

周太郎     ええっ!?知ってたのかぁ・・・。この店、映画のセットで作られたものをそのまま運んできたものなんだってねぇ・・・・・・絶対喜ぶと・・・

栄華      え!?どうでも・・・よくないけど(悩)・・・うぅ・・・ええーっ!?

周太郎     すごいよな

栄華      うん! すごい!

周太郎     なんでも昔映画俳優をやっていた人が、知り合いのコネでばらさずにそのままここに運んでもらったらしいんだ。それをちゃんと改装して・・・・・・店長の名前はなんていったかな・・・・・・えーと・・・ちょっと待ってね



と、周太郎、なにやらポケットからメモを取り出す。



栄華      素敵なところね。ここで映画が撮られて、その同じ舞台に私たちがいるなんて。もしかしたら、あの席に名優が座っていたのかもしれないわ。ううん、こっちの席に。もしかしてこの席に?その時ドアが開くの。赤い布が印象的なマタドールが入ってきてね、カウンターまで歩くわ。それから、テーブルに片肘ついて「マスター、今日はいい牛がしとめられた。皆に振舞ってくれないか?」なあんて、言っちゃうわけよ!か、かっくいい・・・



周太郎     マタドールはスペインだよ?ここはイタリアン。しかも、闘牛士は別に牛がもらえるわけじゃないし・・・そんなこと・・・

栄華      そんなこと!?やっぱり、そうね、これが現実なんだわ!ここはレストランで、私のお父さんは変なものを食べて、つまらなくもない映画なのに途中で切られちゃう。一組のカップルの心を揺さぶることだってできない! これが現実なの!?だったら、いっそのこと・・・



栄華、ナイフで自殺しようとする。



周太郎     あった! オーナー、黒川さんって人。って、え、栄華?・・・なにやってるの!?・・・ちょ、い、いや、でも、ほら!もしかしたらもしかするかもよ!そこのドアから・・・えーと、ほら、銃を持った・・・人が・・・

栄華      それよ!・・・・・・銃を片手に飛び込んでくるギャングを迎え撃つ賞金稼ぎ。銃弾の嵐を横倒しにしたテーブルの影でやり過ごし、的確な狙撃を放つの! バーン

男       うっ・・・



栄華、拳銃を撃つ真似をすると、歩いてきた男が急に身体を仰け反らせた。



周太郎     え?

栄華      !?ご、ごめんなさい・・・・・・えーと・・・

男       いやいや、こちらこそすみません。とても面白い話をしていらっしゃったので、つい昔を思い出してしまいまして

栄華      はぁ・・・えーと・・・

男       私、今とある映画オタクです。よかったら少しお話したいのですが、こちらの席、よろしいですか?そうですか、ではお邪魔します

周太郎     え?ちょ・・・・・・

とある映画オタク  あなたは映画がお好きなのですね。といいますか、映画オタクといって差し支えないでしょうか?

周太郎     おいっ!

栄華      ・・・・・・広瀬です。確かに映画は好きですが・・・・・・あなたは・・・?

とある映画オタク   広瀬さん。あなたにとって映画とはなんですか?

栄華      え?急に言われると・・・えーと・・・

とある映画オタク  そうですね、愛なのですね。そうでしょう、わかります。そして、それは好奇心と言う言葉に置き換えられる。

栄華      は、はぁ・・・

周太郎     あなた一体なんですか!?急に・・・

とある映画オタク  それは先ほど申しましたように、ただの映画が好きなおじさんです。あ、大事なことは二度言います。そうそう、映画好きに悪い人はいないのですよ、知ってますよね? 私は知っています。だから、広瀬さん、あなたは少なくとも悪い人じゃない。それから、あなた。

周太郎     お、俺?

とある映画オタク  そう、あなた。あなたの中に映画が見えます。映画監督とかやったらいいんじゃないですか?

栄華      へぇ・・・だって? 周太郎、やってみたら?

周太郎     ちょっと栄華まで・・・

とある映画オタク  周太郎さん、いい名です。でも、そのままじゃいけない。このままじゃいけない。分かるでしょう?分かることは必然なのですよ。

周太郎     いや、失礼ですが、何言ってるんですか?

とある映画オタク  そう、それも分かります。映画とは常にそういうものです。映画にはふとした日常のほころびがなければならない。その隙間に私たちは夢を見るのです。ねぇ、たとえば今この瞬間、私たちがしゃべっていることだって、誰かの脚本かもしれない。しかし、それは愛なのですよ。わかりますか。

周太郎     ・・・・・・はぁ?さっぱり・・・

栄華      いいえ、それは違うと思います!

周太郎     ええっ!?

栄華      映画が常に非日常的である必要なんてないんです。

周太郎     ああ、そっちか。

栄華      例えばスパイが暗躍したり、軍の重要機密が漏れたりしなくても、ただ誰かの生活を追うだけでも映画は面白くなるのです。そんな入り口がなくても映画は面白いです。それを作りだすのが、映画監督であるべきだし、そういう映画を私は観ていたい。答えになっているか分かりませんが、それが私にとっての映画です。



    間



周太郎     ・・・・・・栄華、そろそろ出ようか?・・・

とある映画オタク  す、すばらしいっ!あなたは映画に対してとても真摯に考えていらっしゃる。感服いたしました。そこで、是非聞かせていただきたいのですが、あなたの知る最高の映画を一本、教えていただけないでしょうか?

周太郎     ちょっと。あなたさっきから少し失礼ですよ?

とある映画オタク  そうですか・・・・・・それでは仕方ありません。いえ、つい・・・興奮してしまいまして。映画について話し出すと止まらなくなる性分で・・・・・・

栄華      あの、私たち、そろそろお暇しようかと思います

とある映画オタク  そうですか。この店には素敵なデザートもあるといいますのに・・・残念です。

栄華      『ブルーマン・デイ』

とある映画オタク  え?

栄華      私の尊敬する、父のお気に入りの映画です。それでは

とある映画オタク  待ってください!

栄華      ・・・・・・はい

とある映画オタク  私も、その映画大好きです。いろいろなことがありましたが、それでも・・・忘れられない一本でした。・・・・・・ただ、それを伝えたくて。

栄華      そうですか



映画オタク、少し、寂しそうな目をして



とある映画オタク  ・・・・・・どうも、ありがとうございます。あ、お代は結構です。なにせ、私、ここのオーナーですから

栄華      えっ

周太郎     ・・・あれ?・・・・・・ええっ!?そうなんですか?じゃあ、昔俳優をやっていたというのは・・・

オーナー    もちろん本当ですよ。なんですか?私は怪しいものではありませんよ。うわさの通りです

周太郎     ・・・・・・そうなんですか。あ、じゃあサイン、もらっていいですか?

栄華      ・・・・・・・・・

オーナー    私などでよかったら・・・。あ、出口までお送りしますね







周太郎     あの人、オーナーだったんだね

栄華      ・・・・・・

周太郎     ん、どうしたの?

栄華      あの人、黒川さん・・・って

周太郎     うん黒川さん。ほんとに・・・不思議な人だったよね

栄華      黒川・・・・・・昭光さん、って名前だったりしない?

周太郎     え? えーと・・・うん、さすが!よく知ってるねぇ

栄華      うわっ

周太郎     うわっ?

栄華      恥ずかしっ・・・・・・よりによって、あの人の主演作を言っちゃった・・・

周太郎     えーと・・・『ブルーマン・デイ』だっけ?聞いたことないけど、有名な映画なの?

栄華      ううん。・・・・・・来週うちで上映するわ

周太郎     あ・・・そうなんだ

栄華      ・・・うん



     暗転。場面変わって



若い男②    お前、やめるのか?

若い男③    ・・・・・・誰に聞いた?

若い男②    誰でも良いよ。それより・・・

若い男③    やめる・・・今の映画が撮り終わったらな。

若い男②    どうして?

若い男③    お前、最近映画観たか?

若い男②    あ?ああ。

若い男③    だったらわかるだろう。今の映画は映画じゃない。興行成績ばかり気にして、人気俳優しか使わない。おまけに会社が脚本にまで口出ししてくる。そんな環境で本物の映画が作れるわけないじゃないか。

若い男②    仕方ないだろ。昔みたいに映画を作れば人が集まるような時代じゃない。

若い男③    とりあえず、俺はもう決めた。これ以上、見てられないんだ。

若い男②    だからって、・・・お前が役者辞めてどうするんだよ?お前がやめたからってなんか変わるのかよ?

若い男③    何も。

若い男②    何もって・・・お前・・・

若い男③    俺は、本物の映画に出たかった。スタッフや監督の魂がぶつかり合ってできたような作品に。だけど今の映画界でそんな夢は語れない。

若い男②    だったら俺たちが変えるんだ。少しずつかもしれない。でも、誰かがやらなきゃいけないんだ。

若い男③    (首を振る)あおいな。そういえばお前、俺よりひとつ年下だっけ?

若い男②    関係ないだろ。

若い男③    とりあえず俺は別の道を行く。もう決めたことなんだ。

若い男②    俺は映画が好きだ。映画は人を感動させてくれる・・・・・・辞めるなよ!

若い男③    俺だって映画は愛している!・・・でも、もう決めたことなんだ。人生、一度しかないだろう?だから、俺は俺のやりたいことをやる。・・・お前がそう言うのなら、後は任せた。

若い男②    ・・・お前、逃げる気か?

若い男③    なに?

若い男②    いろいろ御託並べたって、結局は映画から逃げるってことじゃないか。「俺には俳優の才能がない」って言って辞めてく奴と、お前のどこが違うって言うんだ!!

若い男③    そうだな・・・

若い男②    おい、待てよ!夢はどうするんだ!お前に棄てられちまった夢はどうしたらいいんだよ!

若い男③    ・・・・・・忘れちまったよ、そんなもん





    レストランから出てくる二人



栄華      そういえば、仕事の方はうまく行ってるの?

周太郎     うん。何とかね。

栄華      ふ~ん。じゃあ、ついにできるんだ。映画館。

周太郎     うん。



    栄華、感慨深げに



栄華      あれから何年たったっけ?

周太郎     もう三年、経つかな。

栄華      三年かぁ・・・。さすが大企業!スケールが違うわねぇ。

周太郎     そんなことないよ。

栄華      でも、なんかごめん。周太郎にまかせっきりだし

周太郎     気が引ける?

栄華      そんなんじゃないけど…

周太郎     でも、俺も会社で自分の居場所を探していたから・・・・・・。なんだか、栄華の話聞いてたらそれしかない!って思えるようになってさ。

栄華      でも社長の息子って、なんか煙たがられそうじゃん・・・

周太郎     ・・・かもね。でも、今俺は楽しいよ。それに企画は良くなかったら通らない。

栄華      ならいいけど。

周太郎     ・・・・・・なあ、お父さんには、本当に言わないで良いのか?

栄華      ・・・・・・

周太郎     やっぱり一度ちゃんと話して・・・

栄華      良いの。大丈夫だから。それに・・・

周太郎     それに?

栄華      ・・・言っても何も変わらないと思う。

周太郎     うーん・・・

栄華      ごめんね

周太郎     え?

栄華      ・・・ううん、なんでもない。







映画館で、映写機のまわる音がする。観客はたった一人。画面に映る彼、すなわち若かりし日の田川俊之である。そこに館主が入ってきて、隣に座る。



館主      どうですか?

田川      ・・・・・・ふたたび劇場で自分を観る機会が巡ってくるとは思いもしませんでした

館主      そうでしょう?なにせ・・・

田川      すみません。・・・エンドロールまで、静かに見せてもらえませんか?

館主      え、ええ・・・



館主、だまって扉から出て行く。映画が終わり、照明がついた。



館主      どうですか?

田川      ええ・・・いよいよ明日から上映ですよね?よろしくお願いします

館主      はい、こちらこそ。・・・・・・この映画館、いいところでしょう?

田川      そうですね、面白いアイディアだと思います。

館主      ガレージを改造して劇場にしたんです。防音や、音響効果なども考えて作りましたので・・・

田川      まさかご自分で!?

館主      いえまさか。その道に詳しい知人がおりまして・・・

田川      ああ、なるほど

館主      それでですね、あなたの映画館評論家としての意見をお聞きしたいのですが・・・・・・

田川      広瀬さん、・・・それは

館主      分かっています!ただ、一個人としての意見で結構ですので・・・

田川      ・・・・・・悪くないと思います。上演する映画も含めて

館主      そうですか!では・・・

田川      ところで広瀬さん、映写機のあの音はなんですか?

館主      え?

田川      たしか、DVDをプロジェクターで投影しているのですよね

館主      ああ、・・・・・・映画館といえば、映写機ですよね。だから、別の場所から映写機のまわる音を流しているんです。映画館で観ている!という気分を味わってもらうためです。結構お客さんにも好評みたいですよ

田川      そうですか・・・・・・

館主      私はですね、こういう小劇場を作りたいと夢見ていたのです。映写機が回り、使い古されたフィルムの映像が画面に映し出される。それは決して流行のアクション映画でもなければ、往年の流行作でもない。ただ、消費社会の中で黙殺されていった映画を拾う映画館でありたいと思ったのです。映画館という特別な場所は時間の流れが外とは違うのです。誰もが息を呑み、誰もが涙し、誰もが笑いをこらえている。私はここをそんな映画好きだけが集まる、秘密の場所にしたいのです。

田川      そうですか・・・・・・これはおそらく映画館評論家としての意見ではありませんが・・・

館主      なんです?

田川      今度の上映、映写機の音を止めてもらえませんか?

館主      えっ!?でも・・・

田川      これはあくまで映画館を見るものとしてではなく、映画を観るものとしての意見です。たしかに、昨日までの私ならあなたと同じことを思ったかもしれません。映画館の臭い、色、音。そういった雰囲気は愛すべきものです。しかし・・・・・・

館主      ・・・・・・

田川      映画に映った役者としての私がそれを許さないのです。スクリーンの向こうから、私を睨みつけているように感じました。お前は何をやっているのだ、と

館主      あなたは、著名な映画館評論家です。あなたが取り上げてくれたおかげでいくつもの劇場がその命を長らえてきました。

田川      しかし、映画館には映画が必要です

館主      映画には映画館が必要です!

田川      ニワトリが先か、タマゴが先か。どちらが先だと思いますか?

館主      言葉遊びはやめてください。ふたつを比べること自体意味がないです

田川      そう、意味がない。だからこそ、映画館は映画を侮辱するようなことをしてはいけない

館主      侮辱ですか!そんなつもりはありません!私はただ、映画館という雰囲気を・・・・・・

田川      雰囲気!? 回ってもいない映写機の音がですか!作られた雰囲気は所詮・・・・・・っと失礼、・・・・・・失言でした。

館主      映画だって、・・・・・・映画館を選ぶではないですか

田川      ・・・・・・たしかにそうです。先程のは失言でした。本日はこれで失礼します。明日の上映、楽しみにしていますので。



失礼します、と外から声がする。

次いで栄華の声がして、女性がひとり入ってくる。栄華も入り口に立っている。



女性      なるほど、思ったよりも小さいですね。

館主      ・・・・・・どなたですか?

女性      私はこういうものです。

館主      ・・・・・・スクエアシネマ・・・株式会社さん?

女性      はい。

館主      それで・・・そのスクエアシネマさんが、うちに何の御用でしょう?

女性      この家の隣、空き地が広がっていますよね。

館主      ええ・・・以前はスーパーがあったのですが、

女性      わが社ではそこに映画館を建造する計画があります。

館主      え?・・・・・・・・・

女性      九つのスクリーンを持つシネマコンプレックスを造ります。知っていますか?ここは不自然な場所です。近隣の大都市からは程よくはなれ、向こうに見える丘の上にはベットタウンが広がっている。にもかかわらず、映画館がないのです。

田川      映画館なら、ここにありますよ?

女性      えぇと、失礼ですが・・・・・・あなたは?

田川      ・・・・・・田川です。

女性      田川さん、私が申した映画館というのは企業としての経営力を持つ映画館のことを指しました。さて、ここからが本題です。図面を引いたところ、九個のスクリーンを収めるにはあの場所は若干小さいのです。いえ、もちろん大小さまざまなスクリーンがあってよいのですが、少なくともここのような規模では営業が成り立ちませんので。ただ、ここの土地をいただけるなら、その不足分を補えると思うのです。

館主      ・・・・・・・・・

女性      好きな額を書いてください。

館主      え?

女性      必ずしもご希望通りになるとは言えませんが、できる限りの努力をしましょう。

館主      そうですか。しかし私はこの場所を手放す気はありませんよ。

女性      なぜです?あなたにとってここはただの趣味でしょう?ならば・・・

館主      そうですね・・・・・・残念ですね。

女性      ええ・・・・・・残念です。そして遺憾です。お互いに幸せになれる最善の方法であると確信しておりましたのに。

館主      ・・・・・・

女性      ああ、映画館ですが、来週あたりから着工しようかと思っております。とりあえず、西館からつくりますので、よろしくお願いします。

館主      ・・・・・・

女性      では、失礼します。



女性出ていく



田川      では私も・・・・・・失礼します。

館主      田川さん・・・・・・

田川      はい?

館主      私は負けませんよ

田川      誰にですか?

館主      ・・・・・・

田川      ・・・・・・失礼します。





田川が劇場を出ると、そこには栄華が立っていた。



栄華      『ブルーマン・デイ』すばらしい映画でした。ありがとうございます

田川      いや・・・・・・その、こちらこそ、ありがとう・・・・・・ええと

栄華      どうかされましたか?

田川      ええと、共演の黒川照光にも連絡はしたのでしょうか?ひょっとしてこちらに来たりとか・・・・・・!?

栄華      (恥ずかしがる)

田川      どうかしましたか?

栄華      ・・・いえ、ここには来ていませんが、

田川      もし彼の居場所を知っていましたら、是非教えていただきたい!私は、彼に謝らなければならない

栄華      え?

田川      私は、私たちの夢をひとつ壊してしまっていたかもしれないのです!

栄華      ・・・・・・そんな、突然どうしたんですか?

田川      私はようやく気づいたのです。私達が追っていたものはずっとひとつのものであった。でも気付けなかった・・・私もあいつも。まるで月の裏側を覗こうとしているようにお互いに周りを回っていたというのに。

栄華      ・・・・・・田川さん、よかったらこれからお食事でも行きませんか?

田川      そんな場合では・・・

栄華      黒川さんに連絡をしてから行きますので、先に外で待っていてください。

田川      え!?ああ・・・・・・はい。



ふたりが座ったのは駅前に新しくできたイタリアンのお店。



栄華      黒川さん

黒川      ・・・広瀬さん。また来てくださるとは思いませんでした。私を呼ばれたということは、また映画の話でも・・・?まあ、あれは仮の姿でしかないのですが

栄華      ええ、あなたの言う日常のほころびを見つけたのです

黒川      え?



黒川、ふいに立ち止まる。田川がすっと席を離れ、黒川に向き直る。



田川      黒川・・・・・・すまなかった

黒川      ・・・・・・田川・・・俊之。どうしてここに・・・

田川      ・・・・・・すまなかった

黒川      いや、・・・・・・良く来てくれた。・・・・・・それよりもお前に見せたいものがあるんだ!

田川      いや、私にはそんな資格は・・・・・・

黒川      そうか・・・・・・。

田川      それよりも私はあんたに言わないといけないことがあるんだ。俺は・・・

黒川      待った。こいつで決めよう



     黒川、古びたコインを取り出す。



田川      ・・・・・・懐かしいな。まだ持っていたのか。

黒川      棄てられるわけないだろう?・・・俺の夢がここにあったんだから

田川      ・・・よく言うよ。



黒川、コイントスをする。



黒川      ・・・・・・知っているかもしれないが、この店、私が経営しているんだ

田川      ・・・・・・ああ、驚いたよ。

黒川      役者を辞めようって言った時、君は猛烈に反対した。

田川      ああ

黒川      あの時は、もう二度と君と会うことはないと思った。

田川      ・・・・・・

黒川      よく来てくれた

田川      黒川・・・・・・。俺は、映画を見て笑ったり泣いたりしてくれるお客さんが大好きだった。お客さんが笑ってくれるためならどんな事だってするつもりでいた。

黒川      うん。

田川      だから許せなかった。役者を辞めようとするお前が。「泥舟から逃げる卑怯者」のように見えてどうしても許せなかったんだ。

黒川      田川、俺は言ったよな。俺は映画を愛しているって。

田川      ああ。だけど、俺はあの言葉をうそだと思った。

黒川      うん、知ってた。

田川      だけど、今日久しぶりに『ブルーマン・デイ』を観て気付かされたよ。俺は映画を愛してたんじゃない。映画を見てくれるお客さん、いや、そういうお客さんで溢れた映画館を愛してたんだって。純粋に映画を愛してたのは君の方だって。

黒川      田川、それは違う。・・・分かっていなかったのは私も同じだった。映画ってのは、お客さんがいなきゃ何の意味もない。観てくれる人がいなかったら誰も感動させられない。・・・・・・あとからどれだけ悔やんだことか。君が、映画を愛していなかったと言うなら、私も同じだ。映画とお客さん・・・ふたつそろってようやくひとつなんだ。

田川      黒川・・・・・・

黒川      ・・・・・・さあ、田川、小さくならないで周りを見てくれないか! 何が見える?



田川、おそるおそるといった感じにあたりを見渡す。そこにはレストランの風景が広がっている。



黒川      見えるだろ?ここが舞台なんだ!

田川      ・・・・・・え!?

栄華      ここが、舞台・・・・・・

黒川      そうだよ。今私たちが舞台に立っているんだ。俺はどうしても、自分があこがれた、あの銀幕の世界を残したかった。だけど、映画界はどんどん衰退していく。このままじゃ、俺が愛した夢の世界は、幻になってしまうと思ったんだ。

栄華      ・・・・・・黒川さん、このお店、映画のセットをもとに作られているんですよね?

田川      えっ!?

黒川      うん。でもそういうことじゃないんだ。

田川      ・・・・・・

栄華      もっと詳しく教えてもらえませんか?どんな映画だったんですか?

黒川      ええとね・・・・・・栄華さんに以前撃たれたけれど、本当に西部劇だったんだ

栄華      イタリアなのに?

田川      マカロニ・ウェスタンか・・・・・・

黒川      そうだね。『荒野の用心棒』とか、ほら、クリントイーストウッドが出てたんだけどね。あれはイタリア発の西部映画なんだよ

栄華      え?でも・・・・・・イタリアンのお店の映画のセットじゃあ・・・

黒川      まあ、なんというか日本の映画なんだ。撃つっていっても、拳銃じゃなくてボールなんだよね。さえない野球選手が偶然入ったイタリアンのレストランで、すべての弾を見切るといわれる伝説のガンマンと知り合って、それからメジャーに挑戦するんだ。

栄華      へ?

黒川      うん、まあ最後まで聞いて

栄華      ・・・・・・それから?

黒川      弾を見る極意は会得したけれど、身体がそれについてこない。そんな苛立ちからギャンブルに走り、やがて伝説のガンマンと呼ばれるようになる。

栄華      ・・・・・・・・・ん?

田川      コメディですか・・・?

黒川      うーん・・・まあ、そこはほら、監督の趣味というか・・・まあ、マニアックな監督だからなぁ

栄華      その監督とお知り合いで・・・?

黒川      うん。実は先日広瀬さんが言っていた映画『ブルーマン・デイ』の監督なんだよね。

栄華      えっ

田川      え!?あの人・・・・・・マカロニ・ウェスタンとか・・・

黒川      ・・・・・・くくっ

田川      なにやってんだか!!・・・・・・どーせ、あいかわらずなんだろう!?

黒川      ははははっ!そうだよ。私にも、書き上げたばかりの脚本を片手に、熱弁をふるってくれたよ。もう一度役者をやってみないか?なんて、言ったりして

田川      あの時みたいにか!?

黒川      あの時みたいに!!



ふたり笑う。



田川      ああ・・・・・・なつかしいな、あの頃が。

黒川      そうだな。

田川      エキストラになんて任せてられるか! って、ゴム弾が飛び交う中を走り回ったりとか

黒川      あれ?それは監督が叫んでただろ?そんな予算はない!って、飲み屋で。

田川      ああ!そうだったな。笑っちまうよな。でも、あの頃は楽しかった。あの監督についていこうって思ったんだな。

黒川      なんだろうな、不思議な魅力があったよな。いろんな人がいたよ。

田川      そうだよな。セットの鬼とか、照明の神様とか・・・・・・

田川      照明の神様のありがたいお話、覚えてるか?

黒川      さすがに忘れたよ。もう何年前だよ?

田川      後光が差してる!ってみんなで笑ったよなぁ・・・・・・

黒川      そうそう、この前神様、ドキュメンタリー番組に出てたよ。

田川      そうか・・・・・・みんな元気にやってるんだな

黒川      田川、君だって映画館評論家、やってるんだろう?

田川      それは昨日までの話しさ

黒川・栄華   え!?

田川      決心がついたんだ。

黒川      なにがだ?

田川      分かったんだ。映画館は、映画を良くすることはできない。

黒川      ・・・・・・。

田川      スクリーンの中の自分に怒られてしまったよ。俺たちの表現したものを邪魔するな、なんてね。あの頃俺たちは全力でスクリーンにぶつかっていた。それを映画館という場所が邪魔してはいけないんだと思ったんだ。

栄華      でも、映画館がなければ映画は上映できませんよ

田川      君のお父さんにも同じことを言われたよ。でも、きっと君のお父さんは映画館を愛している。かつての私もそうだった。映画なんて、ありふれていて、次々と消費されていく。それを受け止めた分だけ、映画館は歴史を持っていく。そう思っていた。でも、それは違う。

黒川      鶏が先か、たまごが先か・・・・・・。

田川      あぁ、結局俺たちはずっと同じものを追いかけてた。そのことに今頃気がついたよ。

黒川      君はそうやって、すぐ結論を出そうとする・・・。

田川      そんなことはない。よく考えた。

黒川      ・・・・・・なあ、田川、どうしても君に見せたいものがあるんだ。栄華さんちょっと失礼



そう言って、黒川と田川は席をはずし、カウンターに向かう。カウンターの裏にはいって、ちょうど舞台の奥から観客席を覗くような格好になる。



黒川      ここから見ると、ちょうど映画を観ているような気分になるんだ。

田川      ・・・・・・なるほど。

黒川      映画館が舞台だとしたらどうだろう? 舞台があって、向こうの方にはほら、客席があって、    お客さんが座っている。映画は映画を観る人がいなければダメなんだよ。観客は舞台にいる。それは私の夢だったけれど、彼らはやっぱり、客席にいる。

田川      いや、客席だって舞台なんだ。



ふいに舞台の下から、周太郎があわられる。



周太郎     栄華・・・・・・田川さんってだれ?

栄華      周太郎?どうしたの?

周太郎     栄華のお父さんが、栄華が田川さんと出掛けたって・・・

栄華      はあ?

周太郎     田川さんって・・・栄華とどういう関係なの!?

栄華      きゃっ、ちょ、周太郎!落ち着きなさいって

周太郎     田川!オレは逃げも隠れもしないぞ!出て来い!





黒川      きみの口からそんな言葉が聞ける日が来るなんてね

田川      まあ、いろいろお互い大物になったってことだろう

黒川      でも・・・まあ

田川      役者はやっぱりスクリーンから飛び出しちゃいけない・・・



黒川・田川戻ってくる。



田川      落ち着きなさい!田川は私だ!

黒川      本気か!?

周太郎     あんたが田川さんか?栄華から手を引くんだ!

栄華      ええっと・・・?何言ってるの周太郎?

田川      分かった・・・それが明日だというのなら!

黒川      俺たちはその明日に向かって精一杯手を伸ばそう。



どこからともなく拍手(スタッフの皆様、観客席から拍手お願いします!m(_ _)m あるいは、音楽。



周太郎     え!?ちょっと・・・な、何?



拍手が続き、暗転。

再び明るくなると、四人は席についている。



黒川      じゃあ、あらためて自己紹介を。私はこの店のオーナーの黒川です。

周太郎     あれ、普通だ・・・

黒川      まあ、あれはいわゆるロールプレイです。

栄華      広瀬です。

田川      田川です。

栄華      ほら、映画館評論家の・・・・・・あ、元、でしたっけ?

田川      いえ・・・・・・その、

周太郎     田上です。

田川      広瀬さん、私はあなたのお父さんの映画館を是非紹介したいと思います。

栄華      それは・・・・・・父に聞いてください。私はもちろん、嬉しいのです。ひとりでも多くの方に埋もれてしまった名作を観てもらいたいので・・・。ですが

田川      ・・・ですが?

周太郎     栄華のお父さんはあの映画館の存在そのものを愛しているんですよ。あの、静かな空間を邪魔するなといわんばかり

田川      なるほど、それがあの映画館のアイデンティティーなのですね

栄華      父の願いはあの映画館をあのまま、そっとしておくことなのだと思います。あそこは母の映画を上映した場所でもありますから

一同      えっ!?

栄華      母は女優だったんです。私が幼い頃になくなりましたが・・・父は母とそこで一緒に映画を観たこともあるそうです

周太郎     そうだったんだ・・・・・・

田川      ・・・・・・思い出の場所なんですね

栄華      はい。それに・・・

田川      それに・・・?

周太郎     僕の父が、栄華の家の隣の空き地に映画館を立てる計画をしているのですよ

栄華      しかもオーナーは彼なんですよ

周太郎     とはいえ、まだそういう計画書を僕が持っていったという段階ですが・・・・・・。

黒川      これは驚いた社長の御曹司ですか。サイン、もらっていいかな?

周太郎     私などでよかったら・・・・・・なんて・・・本当に、俳優さんのサインの方がずっと価値がありますよ。

田川      しかし、・・・・・・ほらあの、スクエアシネマさんでしょう?

周太郎     あれ?よくご存知で

田川      私が映画館にいる間に会社の方がいらっしゃったんですよ。

周太郎     え?

田川      スーツをびしっと着こなしたキャリアウーマンという印象を受けましたが、ちょっと・・・・・・

栄華      そうそう、周太郎、あの人何なの?なんか無礼千万って感じの!

周太郎     ええ!?そういわれても・・・・・・綿貫さんかな・・・?メガネをかけたちょっと釣り目気味の人だった?

田川      その方が言われることには、広瀬さんのお父さんの映画館の土地が欲しいらしいです。

周太郎     え、計画ではそんなことは・・・・・・

田川      広瀬さんも広瀬さんだ!なぜあの時黙っていたのですか?

栄華      それは・・・・・・実は周太郎のことさえまだちゃんと紹介できていないので・・・

黒川      え!?それはまたどうして?

周太郎     僕が・・・・・・O型だからです。それよりも・・・

黒川      へ?・・・・・・まさか、栄華さん?

栄華      ええ、私はA型です。父ももちろんA型です。ちなみに母もA型でした。もちろん父とそんな話はしたこともありませんが・・・・・・でもしかし・・・

黒川      偶然なんてこの世にはない・・・・・・

田川      いやいやいやいやそんなジョークみたいなことが・・・・・・気にしすぎですよ

周太郎     そうでしょうか?

田川      そうです!

黒川      とりあえず、それは栄華さんがお父さんとお話しするのが先決ですね。

周太郎     映画館の件に関しては会社に戻ったら確認します。それと、先ほどはすみません・・・・・・

田川      いえいえ、恋は人を変えるのですよ

栄華・周太郎  ・・・・・・

田川      なんてね♪

黒川      青春ですねぇ。そうだ! せっかくいらしたのですから、私のオススメメニューでもいかがですか?皆さんなんだかんだとありましたから、まだ何も食べてらっしゃらないでしょう?

栄華      そういえばそうです。

田川      黒川、お前の作ったお店を評価してやるよ。

黒川      それは映画館評論家として?

田川      いや、友人として・・・かな。

黒川      そう・・・じゃあ、ひとつお願いしようかな。



そう言って、食事を始めると、暗転していく。

同時に映写機が回り始め、映画が始まる頃にはその音は完全に消えてしまう。



田川      広瀬さん。

館主      ああ、田川さん。ご鑑賞、ありがとうございました。

田川      広瀬さん、映写機の音、止めてくれたんですね。

館主      ああ・・・・・・あの後、とある大切な映画を観ていたんです。

田川      失礼ですが・・・・・・その・・・奥さんの・・・・・・。

館主      ええ、・・・・・・よく分かりましたね。娘ですか?

田川      ええ。

館主      あの子は妙にカンが鋭くてですね。昔の妻にそっくりです。

田川      ・・・・・・

館主      ・・・・・・映画の中で、私も妻に怒られました。自分の思い出にいつまでも生きているんじゃないって。

田川      思い出・・・。

館主      はい。

田川      そう、ですか。

館主      あの・・・・・・田川さん無理を承知で折り入ってお願いがあります。

田川      私にできることなら・・・。

館主      私のこの映画館を紹介してもらえないでしょうか?

田川      ええっ!?でも、そんなことをしたらこの映画館は・・・・・・今の映画館ではなくなってしまいますよ?思い出の映画館なのに。

館主      ええ。しかし、思い出は映画にあり、映画館にあるのです。・・・・・・私の中にも、映画館があります。私はその映像を再生するのです。それで十分です

田川      広瀬さん・・・・・・。

館主      身勝手なことは分かっています。しかし・・・私の娘は、映画館ではなく、映画を愛しています。ならば、映画館は、その映画を放映してやりたいじゃないですか。

田川      分かりました。必ず、紹介しましょう。

館主      よろしく、お願いします。

田川      そうだ。ひとつ分かったことがあるんです。「鶏が先か、卵が先か」・・・

館主      え?

田川      映画館はきっと空気みたいなものなのです。あるのが当たり前で、でも、本当に大切なものなんだと思います。

館主      ・・・なるほど。

田川      それから、映写機の音ですが・・・映画が誰かに宛てたものならば、それも悪くないのかもしれません

館主      ・・・・・・田川さん。

田川      あ、忘れるところでした。・・・お届けモノです。

館主      え、私に?



田川はそういって、便箋を一枚、手渡す。



館主      これは・・・?

田川      招待状・・・みたいですね。





周太郎     綿貫さん

綿貫      どうかされましたか?

周太郎     映画館の建設についていくつか質問があるのですが・・・・・・お時間よろしいですか?

綿貫      ああ、隣にある映画館のことですね?

周太郎     ・・・・・・そうです。

綿貫      採算を取るためです。

周太郎     ・・・・・・・・・

綿貫      知っていますか?このプロジェクトには何十人という人が関わっています。

周太郎     ・・・ええ

綿貫      あなたの身勝手ではどうにもなりませんよ。



綿貫去って、周太郎振り返る。

映画館の扉の外には栄華と周太郎が立っている。



周太郎     ・・・だってさ。

栄華      そう・・・・・・

周太郎     でも、諦めたくはないな

栄華      ・・・・・・何を?

周太郎     映画の好きな、映画館をさ。

栄華      ・・・・・・

周太郎     僕ももっと映画を好きになりたいな! ねぇ、どんな映画がいいだろう。映画が好きじゃないやつが映画館やったって、勝てないだろう?

栄華      そうね、じゃあ・・・あ、来た・・・。周太郎?

周太郎     ・・・いや、大丈夫

館主      こんにちは。

周太郎     あ・・・・・・こんにちは

館主      栄華、・・・・・・それから、周太郎くん、でいいのかな?何度かあったことはあるけれど。・・・・・・招待状をくれたのは君だね。

周太郎     いえ・・・・・・その、

栄華      お父さん・・・

館主      栄華が迷惑をかけていないかな?

周太郎     いえっ、そんな・・・

栄華      ちょっと待って、お父さん・・・

館主      (ふふっと笑って)映画は人をほっとさせる。そうは思わないか。

栄華      ・・・え

館主      栄華、私は今まで長いこと同じように映画館に座ってきた。たくさんのお客さんを見てきたよ。その誰もが映画を見ているときは幸せそうだった。映画館とは人を幸せにすることができる場所なんだ。もちろん私も幸せだった。隣にいたのは両親だったり親友だったりした。それが時には恋人になり、妻にもなった。それから娘も・・・・・・。私は映画館とともに人生を歩んできたんだと思う。そのどの場面にも映画は必ず私の目の前にあったんだ。

栄華      ・・・ねぇ、お父さん。私、分からなかった。映画館って映画を上映するところでしょ。いい映画を上映するからいい映画館になる。そう思ってた。だから、お父さんが映画館ばかり大事にするのが理解できなかった。でもね、なんでお父さんがそんなに映画館を愛しているのか、少しだけ分かった気がするの。・・・・・・お母さんでしょ?お母さんとの思い出があったからでしょ?

館主      ・・・・・・

栄華      ・・・いいな、お父さんは

館主      ・・・・・・栄華、お前は覚えていないかもしれないが、三人で一度映画を見たことがあるんだ。

栄華      え?

館主      あのときのお母さんが私が知っている中で一番幸せそうだった。

栄華      ・・・そっか。





映写機が回っている。場面はだんだんと暗くなり、光の線がスクリーンへと伸びている。

座席には広瀬、栄華、周太郎、黒川、田川が座っている。



館主      これは・・・・・・

栄華      うん・・・・・・お母さんの・・・



スクリーンをみつめる一同。



館主      栄華、映画は好きかい?

栄華      うん

館主      私の好きな映画館で、栄華の好きな映画を上映したいんだ。

栄華      ・・・(涙ぐみながら)うん





エンドロールが流れ、音楽が終わる。

最後には映写機の音だけが残り、それもだんだんと小さくなり、やがて止まる。

これをもって閉幕。