フロッグメン

作・なかまくら

2009.5.19

【キャスト】

坂田真太郎

七瀬遥香

小柳駿介





物語の始まりはそう、為す術のない僕らが主役

(BUMP OF CHICKEN「ノーヒットノーラン」より)



【0】



七瀬  物語の始まりはそう、



坂田、小柳、準備をしている。

七瀬  ・・・・・・第4のコース、坂田君。

坂田  (礼)

七瀬  第5のコース、小柳君。

小柳  (礼)



   少しの間。ぴっぴっぴー。

   笛の音でふたりは舞台中央の箱の上に上がる。



七瀬  よーい・・・ピッ!・・・・・・(水の音)・・・ふたりが浮き上がったのはほぼ同時。小学生の小さな肩を並べて、ぐいぐい進む。どこかのスイミングクラブから声援が飛んでいる。前に突き出した手が水を押し割る。ふたりは他を置き去りにしてぐいぐい進む。ラスト5メートル。セイ、セイ、セイセイセイ!

坂田  その瞬間、俺は確信した。勝った。何度か会っては、勝ったり負けたりを繰り返してきた小柳に、今年一番大きな大会で勝った。

小柳  その瞬間、僕は負けたと思った。でも、・・・電光掲示板はそうは言ってなかった。

坂田  うそだ・・・うそだぁああ!

小柳  ・・・うそだ



【1】



僕らは位置について、横一列でスタートを切った。躓いているあいつのこと見て、本当はしめしめと思っていた。(kokua「progress」より)



大学構内。坂田がひとり歩いている。

   新入生を勧誘しようとさまざまな部活・サークルがひしめき合っている。



坂田  ・・・・・・

七瀬  あれ?真太郎?

坂田  ん?・・・ああ、七瀬。

七瀬  やっほ。

坂田  うん。勧誘?

七瀬  そ。

坂田  俺を?

七瀬  ・・・誘ったってどうせ来ないでしょ?

坂田  そうだな。どうせ無理だしな、この膝じゃ。

七瀬  そうだよね。ごめん。

坂田  いいよ、もう。



七瀬  ねぇ・・・覚えてる?小学校の頃・・・

坂田  小学校!?覚えてないよそんな・・・

七瀬  小柳駿介。

坂田  !

七瀬  ・・・覚えてない?

坂田  ・・・さあ。それで?その小柳くんとやらがどうかした?

七瀬  うちに入るんだ。

坂田  え?

七瀬  うちの水泳部に入ったんだ。

坂田  ・・・そう、なんだ。

七瀬  うん。

小柳  先輩!

七瀬  何?

小柳  チラシ、全部はけちゃったので、新しいのもらえますか?

坂田  ・・・・・・・・・(怖い顔で小柳をにらんでいる)

七瀬  え、ホントいいのに・・・小柳君は新入生なんだから。

小柳  でも、ひとりでも多くの人に水泳をして欲しいんです!

七瀬  そう・・・

坂田  小柳・・・くん?(出来るだけ冷静に)

小柳  はい?・・・ええと、先輩お知り合いですか?

七瀬  ちょっと・・・どうかした?こいつは坂田真太郎。けいおんサークル。

小柳  はあ・・・こんにちは。

坂田  ・・・俺のこと、覚えてないかな?

小柳  ええと・・・すみません。

坂田  小学校の頃、県大会200メートル平泳ぎで君の隣のレーンを泳いでいた・・・

小柳  ええと・・・すみません、覚えてないです。

坂田  俺と勝負して欲しい。

小柳  え?

七瀬  え、ちょっと何言い出すの!?

坂田  種目はあの時と同じ。200メートル平泳ぎ。タッチ板は使わない。七瀬、図ってくれるよな、タイム。

七瀬  え、別にいいけど・・・



   舞台はプールへ。真ん中に背の低い箱がふたつ。

   ふたりは準備運動をする。



坂田  準備いいか?

小柳  いいですよ。・・・手加減とか、できませんよ?

坂田  ・・・言ってろ。

七瀬  じゃあ、行くよ。位置について、よーい、ピッ!

坂田  ・・・飛び込みは久しぶりだった。ちっぽけな肉体ひとつで、大きな水の塊にその身を投げ出した。ひと掻き、ひと蹴り。水面に浮かび上がる。リズムよくストロークを繰り返す。50メートルのターン。大丈夫。まだじっくりとついていけば大丈夫。100メートルのターン。苦しくなってきた。おかしい。ここからが勝負なのに。小柳はどんどん先を行く。150メートルのターン!苦しい。水が重い。手に纏わりついてくる。呼吸が苦しい。苦しい苦しい・・・・・・がばぁっ!はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・・・

小柳  ・・・・・・up400×5。ドリル。キック100m×15。フロントスカーリング50×8。ヘッドアップ50×8 200%'>坂田   ねぇ・・・リベンジするって言ったらどうする?

七瀬   熱・・・はないみたいね。

。ダッシュ50×16。ダウン100m。合計一万メートル。・・・毎日のメニューです。先輩、水泳をばかにしないでください。・・・ホントに勝てるつもりでいたんですか?

坂田  はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・



   溶暗。



【2】



狼の血筋じゃないから、いっそ羊の声で吠える。「馬鹿みたい」と笑う君に気付かぬ振りしながら

(Mr.children「羊、吠える」より)



   坂田の下宿先のアパート。机に突っ伏している。



七瀬   こんこん。

坂田   ・・・はい。

七瀬   お届け物です!

坂田   あ、はい。今あけます。(がちゃ)

七瀬   どうもこんにちは七瀬です。お邪魔します。

坂田   なんだ七瀬か・・・ってちょっと、おい

七瀬   ふうん。昨日の今日で、落ち込んでるかと思ったら、・・・想像以上に落ち込んでるわけね。電気ぐらいつけようよ。

坂田   悪かったな。

七瀬   ・・・で?理由は教えてくれるの?

坂田   何が?

七瀬   何がって・・・いきなりこんな無茶した理由。だって、小柳君は去年国体にも出てるんだよ。

坂田   道理で速いわけだ。

七瀬   勝てるわけないじゃん!

坂田   ねぇ・・・リベンジするって言ったらどうする?

七瀬   熱・・・はないみたいね。

坂田   本気だよ。

七瀬   ふうん。それで?

坂田   ちょっと本気で練習する。

七瀬   つまり?

坂田   練習に付き合ってください。

七瀬   “練習に”?

坂田   え?なんか俺、変なこと言った?

七瀬   ・・・別に。

坂田   それで、お返事は?

七瀬   NO!

坂田   NO!?それはまたどうして・・・

七瀬   私だって何かと忙しいの。あんたに付き合ってる暇はないの。練習にはね!

坂田   そう・・・だよな。ごめん、いきなり。

七瀬   わ、私、帰るね。明日は大学、来なさいよ。

坂田   うん。





【3】



いい人止まりじゃ、もうこれ以上、上手に笑えないねって、笑った。

(超飛行少年「陽が昇る前に」より)



小柳が歩いてくる。



小柳   ・・・・・・

七瀬   ・・・お疲れ様。練習?

小柳   はい。

七瀬   すごいね。今日は練習休みなのに。

小柳   一日でもサボると身体か鈍ってしまいそうで・・・。

七瀬   そうなんだ。私はちょっとサボりすぎかなぁ・・・。

小柳   そんなことないです。・・・先輩は先輩のペースで頑張ってるんだと思います。

七瀬   そうかな。ありがとう。

小柳   いえ、そんな・・・・・・

七瀬   ・・・・・・

小柳   ・・・・・・・・

七・小  ねぇ/あの

小柳   あ、すみません、先にどうぞ。

七瀬   あ、うん。あのさ・・・この前はありがとね。

小柳   え?

七瀬   ほら、真太郎の勝負、受けてくれて。

小柳   ああ・・・・・・

七瀬   あいつ、頑固なとこあるから。

小柳   先輩は・・・あの人とはどういう関係なんですか?

七瀬   どういうって・・・そんなたいした関係じゃないよ。幼馴染で、一緒のスイミングスクールに通ってたんだ。今じゃすっかり腐れ縁って奴?

小柳   それだけ・・・ですか?

七瀬   そう、それだけ・・・

小柳   先輩・・・

七瀬   何?

小柳   僕と付き合ってくれませんか?

七瀬   ・・・・・・え、どうして?

小柳   ・・・え、その・・・ええと・・・

七瀬   あ、ごめんね。どうしてってこともないよね。つまり・・・小柳君は

小柳   初めて会ったときから好きでした。・・・実を言うと、思い出したんです。小学校の頃、あの大会で、200メートル平泳ぎ。泳ぎ終わって、更衣室から出たところで、先輩に僕、睨まれました。

七瀬   そ、そうなんだ。

小柳   返事は・・・もらえないですか。

七瀬   ・・・・・・うん。ごめんね。

小柳   あの人ですか?

七瀬   ・・・うん。なんでだろうね、でも、なんか気になるんだ。あいつは小学校の頃、抜群に速かった。だから、あいつが泳いでるのを見てるとドキドキするんだ。

小柳   付き合ってるんですか?

七瀬   ううん、今は。

小柳   だったら、もし・・・もし僕が勝ったら、僕と付き合ってくれませんか?

七瀬   ・・・・・・ごめん、そうじゃないんだ。・・・小柳君も分かってるよね。ごめんね。

小柳   いえ・・・すみません。・・・ありがとうございました。



坂田   ・・・・・・(電話をかけている)

七瀬   はい。・・・真太郎?

坂田   うん。

七瀬   どうかした?

坂田   ・・・あれ?泣いて・・・

七瀬   なんでもない。

坂田   どうかしたのか?

七瀬   なんでもない!

坂田   ・・・今から会えるか?

七瀬   ごめん、ちょっと・・・今は無理。

坂田   そっか・・・。

七瀬   どうかしたの?

坂田   ちょっとフォーム見てほしくて。

七瀬   ・・・まだ練習してるの?

坂田   え?・・・言ったろ、俺はあいつにリベンジするって・・・

七瀬   ねぇ!・・・ガラスの膝はどうするの。だからやめたんでしょ、水泳。

坂田   ・・・割れない程度に頑張ってもらう。

七瀬   それで今度こそ水泳が二度と出来なくなるわけだ。

坂田   ・・・・・・でも大丈夫かもしれない。

七瀬   あんた馬鹿?なんでそこまでして勝負にこだわるの?意味あるの?だいたい・・・

坂田   小学校の時・・・

七瀬   え?

坂田   あの時確かに俺が先にタッチした。俺が一番早く泳いだはずだった・・・。でも、タッチ板のせいなのか、俺は小柳に負けた。・・・俺は、俺が勝ったことを証明しないといけないんだと思う。

七瀬   それ、もう何度も聞いたよ。

坂田   それに・・・

七瀬   それに?

坂田   今日もスポーツクラブのプールで泳いできたけど、やっぱり俺は水泳が好きなんだな。

七瀬   だったら尚更!

坂田   だから水泳で負けたくないんだ。

七瀬   真太郎・・・・・・

坂田   分かってる。そんなの無理だって・・・。小柳だって国体じゃ勝てなかった。俺は、そんな小柳にも勝てなかった・・・。分かってる。でも!みんな井の中の蛙なんだ。自分だけは特別で、自分だけを絶対に信じてる。・・・・・・でも、それでもいい。井の一番の蛙になりたいんだ。俺はさ。

七瀬   ・・・ばか。



   暗転。



【5】



ココロを込めて泣く僕のこと、あなたは知る由もない。

(SCUDELIA ELECTRO「シャラ・ラ」より)



   プール。小柳が立っている。

   そこに現れる坂田と七瀬。



小柳   まさかたった一週間で、また挑戦しに来るとは思いませんでしたよ。

坂田   あの日の自分に決着をつけに来たんだ。

小柳   あの日?

坂田   あの日、県大会の決勝で、俺は君に勝ったはずだった。ところが電光掲示板はそうは言っていなかった。

小柳   ・・・・・・

坂田   勝ったつもりの俺だけが、どんどん先走って、俺は水泳に置いていかれた。そして、膝を故障して逃げるようにやめてしまった。

小柳   じゃあ、そのテーピングは・・・

坂田   勝負だ。200メートル平泳ぎ。七瀬、合図よろしく。

七瀬   ・・・うん。



坂田   真剣勝負だ。

小柳   それはあなた次第です。



七瀬   よーい、・・・ピッ!



坂田   飛び込む。ひと掻き、ひと蹴り。

小柳   先に水面に顔が出た。坂田さんはまだ潜っている。

坂田   水面に出る。遠慮は要らない。最初から全力全快で飛ばす!

小柳   平泳ぎはストロークのピッチが速ければいいってもんじゃない。特に200mなら。

坂田   水を腕いっぱいに掻き込んで、一瞬で前に戻す。50メートルのターン。

小柳   50メートルのターン。ひと掻き、ひと蹴り。

坂田   小柳の姿が見えない。後ろにぴったりとついているのだろうか?

小柳   少し離されすぎたかもしれない。すこし、ピッチを上げる。

坂田   100メートルのターン。ひと掻きひと蹴り。

小柳   100メートルのターン。

坂・小  ここからが勝負!

坂田   水がつかめる。水に乗っている!

小柳   まずい、予想以上に坂田さんは頑張っている。

坂田   このまま逃げ切る。

小柳   徐々に追いついてきている。めいっぱい水を後ろに蹴りだす!

坂・小  150メートルのターン!

坂田   ひと掻き、ひと蹴り。ここからは、勝ちたい気持ちが強い奴が勝つ!前にでる!

小柳   追いついた!前に出る!

坂田   追いついた!前に出る!

小柳   追いついた!前に出る!

坂田   追いついた!前に出る!

小柳   前に出る!

坂田   前に出る!

小柳   前に出る!

坂田   前に出る!



   壁を叩く音。



七瀬   ・・・すごい

坂・小  ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・

小柳   今ので全力ですか?

坂田   え?

小柳   ・・・・・・僕は全力でした。・・・ありがとうございました。これでようやく僕も決着がつきました。

坂田   どういう・・・

小柳   実は僕もあの時、・・・・・・いえ、いいです。こうして再びこの場所に来れたのですから。

坂田   俺のほうこそ、つき合わせて悪かったな。じゃあ・・・

小柳   あの!・・・・・・もし良かったら試合とか見に来てください。絶対勝ちますから。

坂田   ・・・・・・(手を振りながらはけようとする)

七瀬   これでよかったの!?

坂田   ああ・・・これでよかったんだ。



暗転。



生まれながらの才能のことを神様からのギフトと人は呼ぶらしいけど、僕のはちっちゃい箱だな。

(ポルノグラフティ「ギフト」より)



これにて閉幕。