負透明に

作・なかまくら

2012.10.14

秋月・・・・・あきつき

海江田・・・・かいえだ

佳泉・・・・・よしいずみ

伊周・男・・・これちか・おとこ





1.一晩の消失



秋月 あいうえお。送信。



秋月 かきくけこ。送信。



秋月 さしすせそ。送信。



秋月 たちつてと。送信。



秋月 なにぬねの。送信



秋月 た・・・。あ、



メール音。チロリン。

秋月、メールを開くのに夢中で背後から忍び寄る影に気付かなかった。ごつん。



秋月 いった・・・。まじいった・・・。



海江田 あっきー、これどういうこと?

秋月 あー・・・ほら、涙出てきた。ほら。ほら。

海江田 同情の余地ないんですけど。

秋月 ひどい・・・親友がこんなに涙にくれているというのに、木綿のハンカチーフひとつ落としてくれないなんて。



海江田 もう・・・ヒロイン気取りかよ、まったく・・・。ほらよ・・・

秋月 ああ、なんといういけめん・・・いけもめん。

海江田 いったんもめんみたいにいうなよ・・・。



と、言いながら海江田は無下にハンカチをぽいっと放る。

すると、歩いてきていたカジュアルな男性がなぜか二人の間に入って、拾い上げる。



男 落としましたよ・・・。にこっ。

海江田 あ、わざわざどうも。あの・・・どこかでお会いしたことあります?

男 さあ・・・どうでしょうか。にこ。ではまた。



男は去って行ってしまう。



秋月 ・・・・・・ねぇ、さっきの人、あったことあるの?

海江田 ん? んー、秘密。

秋月 ちゃんと答えて!

海江田 え、なに怒っちゃってんの? 眉間のしわ、かわいくないぞー。(でこぴん)

秋月 うぎゃっ!

海江田 ・・・ごめん、会心の一撃だった・・・! たまに思わぬタイミングで出るんだよねぇ・・・。

秋月 こっちは真面目なんだよぅ。

海江田 ごめんごめん。マックおごるからさ。



暗転。

カウンター席に座っている二人。



秋月 で。

海江田 あったことは、あるようなないような。名前も知らないし、デジャヴとかそういうの?

秋月 あー・・・うーん・・・。

海江田 どうしたの? なんか、すごく困っていそうだけれど。

秋月 ねぇ、突然だけど、消えたいと思ったことある?

海江田 突然だな。

秋月 そうなの。

海江田 ・・・で、消えたい?

秋月 そう。ノートに書かれた落書きみたいに、消しゴムでしゅしゅっと消されて、ふっと吹かれて地面に落ちる頃には、自分だったことも忘れて。そうしたら、いろんな悩んでることなんか馬鹿らしくなるって、そういうこと。

海江田 え、なに? 悩みがあったら聞くけど?

秋月 そういうのじゃなくて、純粋な人間観察的興味みたいな?

海江田 んー・・・そうなの? そうさなぁ・・・なきにしもあらず、かな。

秋月 やっぱりそうなの?

海江田 秘密。にんげんだもの。

秋月 やっぱりそうなの?

海江田 それより、それとあんたが送ってきたメール、なんか関係あるんでしょ。

秋月 ぎくっ・・・

海江田 ・・・・・・。

秋月 あたた・・・腰が・・・。

海江田 え、今の腰のぎっくりしたやつなの? 明らかに違ったよね。



秋月 鋭いね・・・。

海江田 ま、まあね。・・・で?



秋月 んーーー・・・。思考実験をしよう。

海江田 思考実験?

秋月 ifストーリーの展開を考えるってこと。

海江田 なるほど、さすが理系女子。

秋月 ほめられ方がわからない・・・。

海江田 ほめ方がわからなくて。

秋月 うん、

海江田 で、

秋月 そう、ほら、CМ、観たことない? 「一日楽しむなら、・・・・・・」ってやつ。

海江田 阿部寛の?

秋月 阿部寛の。

海江田 見たことあるね。

秋月 一日消えるには、どうしたらいい?



暗転。



佳泉 一日消えるには、本を読みなさい。

秋月 え、

佳泉 消えたいのだろう? こうしてここに出てきたんだから。

秋月 ・・・そうなんですかね。

佳泉 あまり長くない物語がいい。帰ってこれなくなるからな。

秋月 どこに行くんでしょうか?

佳泉 それは、君次第だ。

秋月 そりゃあ、そうか・・・そうなんですよね。じゃあ、あなたは誰なんですか?

佳泉 質問の多い子だ。

秋月 すみません。

佳泉 私は、君のいうところの、消しゴムだよ。しゅっと、鉛筆の線をなぞって消すんだ。

秋月 私は鉛筆の線ですか・・・。

佳泉 鉛筆は黒鉛・・・すなわち、炭素からできている。ポディマハッタヤさんの掘った炭素からできている。君も一緒だ。有機物は、炭素と、水素と、あとはまあ、酸素とか窒素とかいろいろだ。炭素の線を消しゴムでしゅっと、

秋月 消えるんですね・・・。

佳泉 ああ、これなんかがいい。やはり、誰かを待っているというのは実にいいことだ。待つべき誰かがいるのだから。

秋月 ・・・・・・。

佳泉 怖いのかな?

秋月 私、消えるんですか?

佳泉 何度も言わなくていい。仕事は山積みなんだ。

秋月 すみません。

佳泉 透明になると考えればいい。一日もすれば、元に戻るんだから。

秋月 透明に?

佳泉 透明になるというのは、消えるというのとは少し違う。

秋月 消えたら誰にも見えないのに。声もかけられないのに。

佳泉 君は透明じゃなかったら誰かに声をかけられたのかい?

秋月 ・・・。

佳泉 本質的に消えるというのは、誰もその姿かたちを覚えていなくなる、ということさ。さあ、おしゃべりはここまでだ。一日消えたいのか、消えたくないのか。

秋月 私は・・・







海江田 それでそれで・・・?

秋月 ・・・怖くなって、帰っちゃったんだ。

海江田 えー、何それ。つまんないの。

秋月 だって、なんか霊感商法みたいで、怪しげだったし。

海江田 別に、お金とられたわけじゃなかったんでしょ?

秋月 そうだけど、後からとられても困るし、それに、やっぱちょっと怖かったんだよ。

海江田 うん、私も怖かった。

秋月 え?

海江田 あっきーがいなくなっちゃったらって、想像して、勝手に怖かった。

秋月 ・・・そんなわけないじゃん。だって、その話は思考実験で、しかも、前にあった話、として、・・・話したんだから。

海江田 うん、それでも、あっきーが完全な透明にならなくてよかった。そうしたら私たち、出会っても気付かなかったかもしれないじゃない。

秋月 ・・・うん。







秋月 私が気が付くと青い鬼が私の前に立っていて、私は蒸し返る畳のイ草の匂いと蝉時雨の中、青い鬼の前で腰を抜かしていた。殺されると思った。殺されると思った、殺されると思ったら殺されると思った。・・・殺されると思った。這い出たのは私。素足のまま、熱いくらいに温められた砂利の道をひたひたと走った。キチガイのように結末へ転げていく。起承転結でいうならば、物語は膨大に膨らみ、砂時計の落ちる砂のように、さらさらと、さらさらと細い管を伝って、あとはすべり落ちるばかり。金棒がしゃがんだ私の、さっきまで顔のあったところを掠め、水車小屋を破壊する。水車が金棒をがぶりと食べて、ニゲロニゲロと私の背中を押していく。私はひたひたと、ひたひたと、・・・すみません、あの。



話しかけられた村人は佳泉の格好。



村人 にこ。めでたし、めでたし。

秋月 途端に、私は現実世界に引き戻された。



佳泉 ・・・おかえり。

秋月 私は、肩で息をしていて、ぐっしょりと嫌な汗をかいて、それから、それから、

佳泉 また消えたくなったらおいでよ。ねぇ、

秋月 それから、それから、

佳泉 まあ、とりあえず、



暗転。



佳泉 おかえり。





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2.一週間の喪失



海江田 うわ、マック、まっくら。

秋月 海江田ちゃん、あんたそれ女の子のギャグとしてはどうかと思うんだ。

海江田 ま、いいんだー・・・。

秋月 ん? なんか幸せそうだよね。

海江田 んふふ、わかる? あっきーは、ぶっちょう面だよね。

秋月 うふふ、わかる?

海江田 ノーコメント。

秋月 あのさ、親友に無断で一週間も姿くらますとか、どういうこと?

海江田 もー、それは説明したじゃん。旅行先で携帯壊れちゃってさぁ・・・。



どこかの店内。やっぱりカウンター席に座るとか。



海江田 twitterにも書いたんだけど、見なかったの?

秋月 あのねぇ、そんな一言漏らさず見てるわけないじゃん。

海江田 ま、私も一言漏らさずつぶやいてるわけじゃないし。

秋月 ねえ、この気持ち、わかってよ・・・。

海江田 乙女あっきーよ・・・。あのさ・・・。

秋月 ん?

海江田 今のシーン、誰も知らない人が見たら、どう見えるんだろうね?

秋月 い、いいいや、べ、別にそういうわけじゃないんだからねっ! 

海江田 言葉に困って、テンプレに走ったか。

秋月 ほんとに心配なんだってばぁ・・・



海江田 でこを出しなさい。



秋月、おずおずとでこを出し、でこぴんされる。



秋月 はうあっ!

海江田 一発では足りぬ・・・。

秋月 ご、ご勘弁を・・・!(と言いつつ、どこか嬉しそう)



海江田 やめた。

秋月 え?

海江田 ちょっと友達と遊んでくる。

秋月 え? 私を差し置くほどの友達いんの?

海江田 差し置くって・・・オーバーだなぁ。あのね・・・いわゆる、これ(親指)、かな?

秋月 えええええぇぇぇぇぇえええっ!?



海江田 まるで空から槍が降ってきたかのようなリアクション、

秋月 よくわかったね。

海江田 失礼なっ!

秋月 で、どんな人なの? え、イケメン?

海江田 んー、優しい人、かな? 前に、男の人がハンカチを拾ってくれたことがあったじゃん。

秋月 ・・・あったね。

海江田 確証はないんだけどね、・・・たぶんその人。

秋月 どうしてそう思うの?

海江田 なんとなく、かな? いや、私がそうだったらいいなって、思ってるだけなのかもしれないんだけど、雰囲気が何となく、

秋月 いやいや、それは妄想力ありすぎ・・・

海江田 運命の赤い糸って、やつがさぁ・・・(大切に糸を手繰るようなしぐさ・・・)

秋月 はっ・・・!(糸をぶった切るしぐさ) まさか旅行もそのいい人と?

海江田 まぁ~ねぇ~。



秋月 ・・・・・・違う・・・

海江田 え? なんて言ったの? よくききとれな・・・

秋月 ・・・くそ・・・ちが・・・



秋月、席を立ち、店を出る。



秋月 約束が違う、約束が違う、約束が違う!



秋月、佳泉のいる場所へ。

バーン、と入ってくる感じに。



秋月 約束が違う!



佳泉 おや、これはこれは、秋月さんではないですか。ノルマのほうはどうですか?

秋月 約束が違う!

佳泉 まあまあ、気を静めて。にこ。

秋月 そのにこ、って言ってるの、全然、目、笑ってないの分かるから。余計に腹が立つ。

佳泉 で、どうしたんです? 血相を変えて。



海江田、ちょうど追いついてきて、



秋月 海江田ちゃんは、私のターゲットなの。獲物の横取りはルール違反でしょ。

佳泉 私には、あなたがどうして怒っているのかがよく・・・

秋月 しらばっくれないでよ!

海江田 え、なに・・・・・・あっきー、ターゲットって、何?

秋月 海江田ちゃん・・・。

佳泉 これはこれは・・・。

秋月 ・・・・・・ごめん。なんでもないから。

海江田 待ってよ。

秋月 大丈夫だから。



秋月、走り去る。



海江田 あ、待って・・・。

佳泉   待って・・・。



海江田 ・・・?

佳泉 そう、私が呼び止めたのは、あなたですよ。海江田さん。

海江田 どうして私の名前を・・・?

佳泉 秋月さんとはかれこれ、少し長い付き合いになりまして・・・。

海江田 そうなんですか・・・よかった。

佳泉 よかった・・・と、今、言いました?

海江田 ええ・・・。彼女にも友人がいたんだと。いや、当たり前のこと、というか、そうですよね。私の知らない彼女の世界があって、彼女の知らない私の世界があって、人間ってすべからくその違いがあるから誰かと話をしたり、好きになったり嫌いになったりするんですから。

佳泉 いや・・・違いますよ。

海江田 え? 違うんですか?

佳泉 人間のことではありません・・・。いえ、人間のこと、彼女のことです。

海江田 彼女は違うんですか? 何かが違うんですか?

佳泉 彼女には、あなたしか友達はいないんですよ。

海江田 え、だって、あなたは・・・

佳泉 私はそういうのとはちょっと違う存在なんですよ、ぞんざいに言うと。

海江田 全然意味が分からないのだけど・・・。

佳泉 そうですね。抑えるべきポイントは一つです。



佳泉 彼女はしばらくの間消えていました。しばらくの間、意識体の神隠しにあっていたんですよ。

海江田 えっと、昏睡状態だったってことですか?

佳泉 チッよくわかりましたね、にこ。

海江田 え、今チッって・・・

佳泉 わざわざわかりにくいようにニュアンスで誤魔化そうとしたのに。

海江田 ・・・で、秋月には私しか友達がいないと。別にその前にも後にも人生は続いてるわけだし、今でも友達が私しかいないのは、それはあっきーの頑張りの問題で・・・帰ったら、でこぴんだな・・・もう。

佳泉 はは・・・そうやって、彼女をつなぎとめてやってください。それが一番大切なことです。



海江田 やっぱりあなたは、

佳泉 あ、そうだ。・・・・・・半年間失踪するんだったら、どうしたらいいと思います?





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3.半年間の全力失踪少年少女



秋月 もじもじ・・・もじもじ・・・。もじもじ・・・もじもじ・・・。

伊周 あの・・・、僕と一緒に・・・駆け落ちしてくださいっ!!

秋月 ええええぇぇぇぇええぇぇぇっ!?



暗転。



海江田 彼女に出会う前の半年間、私は彼女に会ったことがなかった。



明転。



ふたりが、あるルートを取るように歩いている。(ダウジング的な)



秋月 あのー・・・。

伊周 びっくりしましたよね。

秋月 ええ、そうですね。というか、私、どこに連れられて行こうとしているんでしょうか??

伊周 もう少しですよ。

秋月 ひとつ聞いてもいいです?

伊周 なんです?

秋月 どうして私なんです? もっと、かわいい子なんて、たくさんいるし、そりゃあ、性格とかはなかなかの美人だと思ってますけど、でも、私たち、しゃべったこともなかったし。

伊周 宗教上の都合で、婚約者が決められていたんです。運命力の調和だとかなんとかで・・・。あ、こっちです。

秋月 はぁ、そうなんですか。

伊周 でも、嫌だったんですよ、僕。でも、あなたを見たとき、運命感じちゃって・・・。運命力からは逃れられないのかなぁって。

秋月 なんかわかります。

伊周 分かっちゃうんですか!?

秋月 ・・・ええ、それ見たら、まあ。(と、ダウジングマシーンを指さす)

伊周 ああ・・・。



間。



伊周 あの・・・。

秋月 はい。

伊周 僕が言い出しておいてなんなんですけど、

秋月 ええ。

伊周 どうして、ついてきてくれるんですか?

秋月 え?

伊周 だって、おかしいでしょう! 僕はあなたの名前を知っているけれど、あなたは僕の名前すら知らないというか、僕は、あなたの名前をコンビニで働くあなたの名前を、あなたの名札から見て冬月さんだって知っていますけど、

秋月 あ、あれ、偽名なんですよ?

伊周 えっ・・・。

秋月 だって、なんか怖いじゃないですか。だから、芸名にしてもらってたんです。本当の名前は、秋月さんなんですよ?

伊周 不可解だ・・・。本当に不可解だ。あなたは僕をからかっているんじゃないかって、疑わしい僕を納得できるくらい、僕に説明してほしいんですがっ。

秋月 なんででしょう・・・。同じ雰囲気を感じたから・・・?



間。



伊周 え?

秋月 私ね・・・今日で私が終わっても別にきっと後悔なんてしないんです。今日まで楽しく生きてきたし、これから苦しいことも楽しいこともきっとあるんだろうけど、それはそれで楽しみなんですけど、別に今日で終わってもそれはそれでいいんじゃないかなって、思うんです。

伊周 ・・・だからって、知らない男の人についていくなんて。

秋月 いつか誰かがどこか知らない世界から迎えに来てくれるんじゃないかって、そう思ってみたら、根無し草なこれまでも悪くないんじゃないかって、・・・誰かとお別れするのは辛いからそれはいっそのこと幸いなことなんじゃないかってさえ思えて、それで。

伊周 わかった。・・・わかりました。正直に言います。

秋月 正直に。

伊周 そう、正直に。

秋月 ・・・どうぞ。

伊周 今から、僕たちはこのまじないの書かれた紙を踏もうと思う。すると、宗教的失踪を起こす。

秋月 宗教的失踪?

伊周 宗教の「宗」というのは「教え」だ。宗教に足を加えれば、教えを失って、僕らは失踪する。

秋月 どこまで疾走するの?

伊周 そうじゃない。疾(はや)く走るわけじゃない。誰もが見失って、消えるんだ。

秋月 消えるの?

伊周 ごめん、透明になる、と言ったほうが正しい。

秋月 違うの?

伊周 全然違う。教えによれば、この世界で透明になるともう一つの世界で僕たちの姿は浮かび上がるんだ、きっとね・・・。

秋月 そこに行くんだ・・・。

伊周 たぶんね・・・。

秋月 たぶん・・・?

伊周 そう、たぶん・・・。

秋月 じゃあ、・・・

伊周 うん・・・



途中から舞台は暗くなり始め、

二人の声もまるで眠る前の最後のひと時みたいに、小さくなっていく。

それから、



ふたり せーの。



ドン、という音。

明転。



秋月はむくりと上体を起こす。

伊周は動かない。



秋月 ・・・どのあたりだろう?



秋月 ・・・本当だ。・・・あ(隣に気づいて)。



秋月 ねぇ、起きて・・・起きて・・・



間。



秋月 あの、起きて・・・起きて・・・





佳泉 起きないよ。

秋月 え?

佳泉 君が起きあがったってことは、彼は目覚めないってことだ。

秋月 そういうものなの?

佳泉 途中で無理があったんだ。砂時計の落ちる部分より君たちは太かったんだ。君たちが一個の通過陣で、ふたりとも通ろうとするから・・・。

秋月 そんなの・・・だって、なにも知らなかったから。

佳泉 残念だったね。言い訳に意味はないのさ、すでに君たちはそれぞれの世界に置かれてしまったんだから。

秋月 じゃあ、彼は・・・?

佳泉 簡単な話さ、電気のスイッチと同じだ。片っ方がONになると、もう片っ方は跳ね上げられる。向こうで起き上がっている頃さ。

秋月 私、どうしたらいいのかな?

佳泉 うん、積極的人物は助かる。せっかく来たんだ。君には仕事をお願いしたい。それではまずは、早速だが一時帰宅だ。



暗転。そして明転。



夢のように、醒める。

通過陣のウラ、メモになっている。隣には誰もいない。ひとり、ぽつりと。



秋月 携帯・・・あれ? 電池切れ?



秋月、はける。

佳泉、背中を向けたまま・・・



佳泉 ああ、いらっしゃい。うん、ああ、三日間・・・うん、いいと思うよ。君たちくらいの年齢だと悩みも多いだろうし・・・。



こんこん、と、ノック。

秋月が現れる。固まる。



佳泉 そう、うん。私たちは、君たちの味方だから・・・。絶対にケーサツや学校や親に引き渡したりなんかしない。うん、そのへんは大丈夫。見つかりっこないんだから、秘密の場所なんだ・・・。



佳泉 帰ることはできないはずだ。

秋月 彼はどこに行ったの?

佳泉 おや、僕じゃない人間を期待していたかな? 彼のこと? ああ、彼のこと。残念ながら彼はねぇ・・・消えてしまったんだよ。君がこっちに復帰してきたのも、彼のおかげというか、彼のせいというか・・・。

秋月 もういいです。帰ります。

佳泉 待った。

秋月 ・・・いやです。

佳泉 いいかい、まだ生きていきたいなら、話を聞かなくちゃいけない。

秋月 ・・・。

佳泉 なんとなくわかっているから来たんだろう? こちらで生きていくにはコストが必要だ。

秋月 コスト・・・?

佳泉 仕事をするということだ。この場合仕事というのは、誰かを失踪させること。人間じゃなくてもいいんだ。植物でも、動物でも。あ、でも、情報量の少ないものを失踪させても、大したエネルギーにならないし、見つけられちゃったら、エネルギーはなかったことになっちゃうからね。

秋月 今度は私が誰かを失踪させるの?

佳泉 そうだよ? 罪悪感を感じることはない。豚だったり、牛だったり。所詮エゴのために、自分の目の前の誰かたちを取捨選択するんだ。それと同じことさ。それが嫌なら、自分を消すしかない。消しゴムみたいにきゅっきゅと、頭から順番に。彼みたいに。

秋月 ・・・でも、

佳泉 ニーズはあるんだよ。消えたい。誰もいない、静かなところっていうのが、人間にはどうしても必要なんだ。それを助けられると考えてもらえればいい。

秋月 ・・・でも・・・。

佳泉 それをしなければ、君が代わりに消えるだけさ。

秋月 よろしくお願いします。

佳泉 そうさ。そうこなくちゃ。にんげん生にしがみついてなんぼだよ。いやぁ、きたないねぇ。



秋月、はける。別のところから出てきて、男に近づく。



佳泉 こほん、冗談はさておき、君にはこれを貸してあげよう。「食べる帽子」だ。



秋月 「食べる・・・帽子」?

佳泉 そう、この帽子を被った人間はその外見を帽子に食べられてマイナス方向に立ち上がる。

秋月 ・・・・・・なるほど。(よくわかってない風に)

佳泉 要するにこの帽子を被ると、帽子に食べられて透明になるんだよ。

秋月 透明になるの?

佳泉 太陽の光はその体を素通りして、他人が思い出すこともない。誰からも自由になれるんだ。

秋月 自由に・・・。

佳泉 自由に・・・君だって向こうにいる間自由だったはずさ。

秋月 覚えてない。

佳泉 だろうね・・・。さあ、ターゲットはすぐそこさ。



間。



男が一人、立っている。



秋月 ・・・・・・こんにちは。

男 ・・・

秋月 あの~。

男 あ、私ですか?

秋月 え、ええ。

男 すみません。久しく声など掛けられたことなどなくて。

秋月 ・・・・・・突然なんですけど、今、一日消えられるとしたら、どうします?

男 あ、え? 消える? 何を言っているんです?

秋月 あ、・・・え?



佳泉 世の中には、積極的に消えたいと思っている人と、消極的に消えてもいいと思っている人がいる。前者はほっといても依頼に来る。後者は君が説得するんだよ。

秋月 説得する・・・

佳泉 消えたほうが、あなたにとって、幸せなんだと。

秋月 幸せ・・・。



男 ええと? 誰なんです? まさかとは思いますけど、変な宗教とかお断りですよ?

秋月 宗教・・・・・・そう。

男 え?

秋月 そうかもしれません。消えたいなんて、そんな思想。でも、完全に消えるんです。

男 完全に・・・?

秋月 ええ。そして、1日したら、帰ってくる。旅行に出るようなものです。

男 そんなこと・・・できるわけがない。私が消えても、会社はあるし、家族だってある。

秋月 人の記憶からも消える、としたら?

男 記憶からも消える・・・?

秋月 その間、あなたがどうしてそこにいないのかとかは誰も気にしない。1日が過ぎて、あなたが元の場所に戻っても誰もあなたが消えていたことを咎めもしない。

男 まるで・・・

秋月 え?

男 まるで、ここでカレンダーを一枚破るみたいに?

秋月 ・・・そうですね。

男 ははは・・・それじゃあ、今と一緒だ。何も変わらない。今ね、私、窓際に追いやられてるんですよ。見た通り、仕事ができてなくて。いつも、ビルの窓の外の通行人の人数を数えて記録しろ、なんて言いつけられていて、

秋月 ・・・・・・あなたは、不幸だ。

男 ・・・・・・。

秋月 私なんかよりも、ずっと、ずっと。

男 比べられるものじゃないんですよ。私がここにいるのは、どこかに踏み出す足を持たないからです。不幸だとしたら、それは私が足を動かすのを諦めてしまったからで・・・。



佳泉 でしたら、長期の失踪プランはどうでしょうか?

秋月 でしたら、長期の失踪プランはどうでしょうか?



男 え?

秋月 少し長めの失踪期間をご用意いたしますよ? あなたが望めば、ですが。

男 ・・・・・・逃げて・・・

秋月 え?

男 逃げて・・・いいんでしょうか。

秋月 嫌なことがあったら、逃げればいいんです。どこか、遠いところにはきっとあなたが幸せになれる場所があるんですよ。

男 そうでしょうか?

秋月 私は逃げたかった・・・。逃げたから、今、私は幸せですよ。

男 可愛そうだ。

秋月 ・・・。

男 何があったかは知らないけれど、あなたは痛々しい。例えばクスリに溺れて足取りもおぼつかない少女が、「これで私は幸せです」と言っているようだ・・・。

秋月 ・・・。



佳泉 秋月君、君には今この男を消す必要がある。数時間でもいい・・・! さもなくば君はこの世界にあり続けることを消費しつくしてしまうよ。

秋月 ・・・でも。



男 だから、私は逃げようとは思わない。だが、君がその姿でここに立っているのは、まるでマッチ売りの少女なんだろう? だから、きっと私は消えるだろう。自分のためじゃない。君のために、私は消えるんだよ。

秋月 ・・・ありがとう、ございます。

男 いや、偉そうに言うけれど、どこかほっとしているのかもしれない。誰かの役に立ちたいと思っただけなのかもしれない。いつ振りだろう・・・ねえ、消えるって、どんな思いだろう。

秋月 帽子を・・・この帽子を頭に・・・。そうすればまもなくです。



携帯で、メールを打っている。

舞台は静かに暗転を開始し、



秋月 何を・・・?

男 半年の休暇をもらったと、妻に。

秋月 そのメールは存在自体が消えてしまいます・・・。

男 ああ、自己満足なんだ。すべては自己満足なんだよ。それでもやっぱり、今わの際に思い返してみるとその時が来る前に君に出会えて私はもしかしたらしあわ・・・(続きは聞き取れない)



明転すると、男のいた場所に、帽子だけが残されている。薄暗い。

鼻をすする音。



海江田 ・・・・・・。



海江田がなんとなく現れる。



佳泉 秋月くん、君には彼女が見えるだろう? 彼女に見えなくなった彼の代わりに、彼女には君が見えているんだよ。

秋月 意味が・・・



海江田 あの・・・

秋月 え、あ、はい。

海江田 私、誰かと待ち合わせをしていたような、そんな気がするんですけど、あなたじゃないですよね?

秋月 え・・・ええと・・・。



海江田 ぷっ・・・

秋月 え?

海江田 あ、いや、なんでもないんです。何を言っているんですかね、私は。意味が分かりませんよね。見ず知らずの人に、自分の待ち合わせの相手を見つけようとするなんて。

秋月 あの・・・。

海江田 はい?

秋月 よかったら、

海江田 ・・・。

秋月 それまでお茶しません? その、待ち合わせの相手が見つかるまででいいんです。それまでの間、おしゃべりしませんか?



海江田 かいえだです。

秋月 え?

海江田 名前。友達の名前も知らないなんて、そんなことはないでしょう? でもね、案外時間が経つと聞きづらくなっていくんだよね。

秋月 秋月です。

海江田 あき・・・あっきーね。

秋月 あっきー・・・?

海江田 え、だめ? かわいくない?

秋月 え、別に。

海江田 やった! じゃあ、そこ、はいろ?



海江田が先にはけて、



秋月 なんかちょっと強引な人だなぁ、というのが、私の彼女に対する第一印象でした。





秋月もはける。

暗転。



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4.ラビット・アローン





佳泉 どうかな。

秋月 私は消せるわ・・・。私は彼のようにはならないから。私にはできるから。

佳泉 どうかな。



じりりりりりりり・・・

目覚ましを止めて、秋月ははける。



海江田 噴水の広場で待っています。なあんて、ふふん。

佳泉 待って。

海江田 え、私?

佳泉 そう、あなたですよ。この顔、忘れましたか?

海江田 いいえ。秋月の知り合いの人。

佳泉 よかった。あなたに少しお話があるのですよ。一匹のウサギの話です。





秋月 遅刻遅刻・・・!



秋月、ウサ耳をつけて、懐中時計を見ながら走ってくる。

待ち合わせの場所につくと、ボーンと時計が鳴る。間に合った。



海江田 待ち合わせの時間になっちゃった。私行かなくちゃ。

佳泉 知っています。そのうえで、待たなければいけないのですよ。



秋月 ・・・・・・。



佳泉 ウサギは噴水のある広場で待ち合わせるも、お茶の相手の友達は来ない。

海江田 あなたのせいですけどね・・・。

佳泉 待てども待てども、友達は来ない。読みかけの本の続きのページが残り少なくなってきても、めくることができなくなっても、来ない。

海江田 あのねぇ・・・、私、

佳泉 彼女はいつまでもウサギのままじゃいけないんだよ。

海江田 あなた・・・。

佳泉 彼女はもうすぐ、また一人っきりになる。君たちが出会って、どれくらいになる?

海江田 ええっと・・・ちょうどお盆のころだったから、ちょうど半年・・・。

佳泉 だから、彼が帰ってくるんだよ。あなたにとって大切な人が、彼女から何もかもを奪い去ってしまう。

海江田 あのね、あっきーに過去に何があったかは知らないけどさ、私はいなくならないから。あっきーはすごくいい子だし、私は、絶対にそんなことにはならないから!



海江田はそう言って、秋月との待ち合わせ場所に走って行く。



佳泉 ウサギは一人だとさびしくて死んでしまう動物なんだ。だけど、ウサギ人間は知らなくちゃいけない。目の前にいなくても、手の届くところにいなくても・・・。それでもやっぱり、僕は。







海江田 ごめん、ずいぶんと待ったよね・・・?

秋月 ・・・・・・ううん、全然。ていうか実は寝坊しちゃってさ、ついさっき来たところなんだ・・・えへへ

海江田 うそだ。

秋月 え?

海江田 でこ。(でこぴん)

秋月 ・・・・・・。

海江田 はぁ、・・・あのね、私たち





男 海江田。





間。



秋月 海江田ちゃん?

海江田 ・・・あれ、ホントだ・・・。私たち、ここで一旦お別れだ・・・。

秋月 え?

海江田 私ね、彼とどこかへ田舎のほうへ行こうって、伝えなくちゃと思ってて、だから、これからしばらく会えないなんて思ってなかったんだけど、そうじゃなかったみたい。ごめんね。



間。



秋月 私ね・・・。

海江田 ・・・・・・。

秋月 私、あなたに消えてもらおうと思うの。

海江田 聞いてる。

秋月 でもね、無理だから。人間的に無理だから。私、これでも優しい子でさ、

海江田 うん、知ってる。

秋月 言ってくれるよ・・・。

海江田 ・・・・・・。

秋月 だけど、私が消えるね。完全に透明になるね。

海江田 それはダメだ。

秋月 冗談きついよ。全部、聞いてるんでしょ? 誰かが消えないといけないんだ。

海江田 ・・・でも、

秋月 ・・・・・・。

海江田 どこかに行っても、私は、いるから。消えないから。

秋月 バイバイ。





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5.誰も見なくなる夢



海江田 それから、引っ越しだなんだと、なにかと忙しい日々にかまけてしばらく連絡を取らずにいると、彼女が失踪したというニュースが流れました。



男 ・・・だれ? 知り合い?

海江田 親友、なんだけど。

男 えっ・・・マジで?

海江田 うん。



海江田 誰が捜索願いを出したのか、私はあっきーのその後を思いました。どこかで私以外の誰かと出会って、夜を徘徊する西洋の吸血鬼の如く誰かを襲い、消し去り、それとは別に生きている彼女を思った。だって、消えてしまったら、完全に透明になってしまったら、私が今、こうして彼女のことを思い出すことなんてできないはずだから。だから、私は、



男 え、どこ行くの?

海江田 私、探しに行かなくちゃ。

男 え?

海江田 あっきーに会わなくちゃいけないの。

男 落ち着けって・・・。警察が捜索してるんだから・・・。奈津美が行ってもしょうがないだろう・・・。

海江田 ねえ、知ってる?

男 え?

海江田 私ね、彼女が「海江田ちゃんが失踪した!?」と慌てるたびに、そんなバカなこと・・・って思ってた。でも、簡単なこと。私があの時、彼女に会わないでいなくなったら・・・・・・ううん。もし、あの時間に彼女と会っていなかったら、きっと、私は彼女に別れも告げずにいなくなっちゃっていたかもしれない。だって、本当は腹を立てていたんだから。だけど、もし、そうだったら、彼女にとって私は二度と会えない人だったんだよ。それって、完全に透明になっちゃうのとどう違うんだろうね。

男 完全に透明に・・・?

海江田 あなたも、半年間、完全に透明だったんだよ? 私も、あなたも、誰も全く覚えてないけれど、事実だけそうなの。

男 いや、えっ・・・?

海江田 防犯カメラとか、そういうのに一切映らないような失踪なんてまず不可能だと思ってた。でもね、あの子は、今、そういうところに行こうとしてるかもしれないの。だから、私は行くわ。



男 ・・・・・・そうやって、僕も探し出されたのか?

海江田 私たち、不倫の末の駆け落ちだったらしいよ?

男 え・・・?

海江田 ホントの奥さんはあなたのことなんて忘れてほかの人と結婚しちゃってたから、その辺の記憶消しちゃったみたいだけど。

男 いや、わからん・・・。どこまでも本当じゃないみたいだ・・・。病院、連れて行ったほうがいいか?

海江田 うん。全部夢の話。

男 え?

海江田 でも、私、今幸せだよ?

男 僕もそうかな。

海江田 私、ちょっと、出かけてくるから。

男 お、おう。





海江田 私は飛び出した。あの、秋月の知り合いの男の下へ。あの人が何かを知ってると思ったから。



佳泉 いらっしゃい。おや、これは、久しぶりのお客さんだ。

海江田 あっきーはどこ?

佳泉 さあねぇ・・・。

海江田 私ね、昔はよくわからなかったけど、今ならよく分かるの。あなたたちは本当に消えてしまおうとしていたってこと。でもさ、彼女は今、きっとそうじゃない。

佳泉 そうだよ。

海江田 ・・・。

佳泉 彼女は、僕の分まで幸せになろうとしている。身勝手に。

海江田 見つかるかな・・・。

佳泉 人の中にいるなら、きっと見つかるはずさ。僕らには見つけられなくても。



海江田 ・・・。

佳泉 帰るのか?

海江田 あなたのせいじゃないなら、・・・あとは私には無事を祈るしかないもん。

佳泉 そうだな。



海江田 あのね、時々思うんだ。

佳泉 夢?

海江田 そんなところ。あのね・・・いつか未来の日に、彼女が私の前に現れた時には、私たちは別々の居場所から、『やあ』って、少し気恥ずかしくあいさつを交わすんだ、きっとね。



佳泉 ・・・そうか。







秋月 最近、ときどき夢を見るのです。私がだんだん透明になって、誰も私のことを見ていないのです。だんだんみんな私のことを忘れて行って、それで、最後には私は完全な透明になってしまうのです。そうすると私にはもうどうすることもできない。自由に動く手足をいくら振っても、誰も足を止めることはないのです。それから・・・。それから最後に、彼女が、その顔だけは忘れまいと鍵のついた宝箱にしまいこまれたその顔の女の子が、私のほうを、じっと見て・・・それから、それから。



海江田 あっきー。こっちこっち。



暗転。



秋月 そう笑いかけてくれる気がしているのです。





これにて閉幕。