吟遊詩人に会えるまで。

作・なかまくら

2009.9.10

キャスト

作家・・・・・・・・・朝岡

編集担当・・・・・三木





朝岡、スイカを片手に右手をびしっと決める。



三木   先生―・・・いらっしゃいますか?

朝岡   ・・・・・・

三木   先生?先生―・・・先生、いるじゃないですか。

朝岡   おはよう。

三木   おはようございます。・・・ところでなにやってんすか?

朝岡   昔を思い出してね。

三木   昔ですか?

朝岡   そう、昔だ。私がまだ子どもだった頃、近所のおじさんは言った。「少年よ、大志とスイカを抱け」

三木   なんですか、それ?

朝岡   おじさんの座右の銘だったんだ。

三木   だった・・・なくなったんですか?

朝岡   さあね。最近はすっかり。

三木   ・・・・・・で、原稿はどうですか?

朝岡   原稿?ほら

三木   え?



朝岡、原稿用紙を渡す。



三木   なんだ、てっきり書いてないものだと・・・って、真っ白じゃないですか!

朝岡   なんだピアノ曲「4分33秒」を知らんのか?

三木   なんですか?

朝岡   「4分33秒」は無音を捜し求める音楽。観客の息遣いが曲になるんだ。読者は白紙の中に自分だけの物語を捜し求める。・・・どうだ?

三木   ダメです。どこの宗教ですか。

朝岡   やっぱりか。

三木   やっぱりです。・・・ホントにお願いしますよ。

朝岡   分かってるって。

三木   ところで、さっきはなんであんなポーズとってたんですか?

朝岡   だから、昔のことを思い出していてね。

三木   原稿も書かないで、ですか?

朝岡   今度の小説は「冒険」をテーマに書きたいんだ。

三木   冒険ですか。

朝岡   そう、冒険だ。

三木   冒険ですか。

朝岡   そう。うん。

三木   ・・・で、具体的には、冒険ってどんな話なんです?

朝岡   まあ、なんだ。それが問題なんだ。三木さんは、冒険ってどんなものだと思う?

三木   そうですね・・・ジュール=ベルヌの海底二万マイルとか・・・そんな感じですか?

朝岡   うん。そういうのは確かに冒険って言われていた。でも、今の時代、潜水艦だって、マゼランの世界一周でさえ、冒険というほど秘密じゃなくなってしまった。

三木   そう・・・なんですかね。

朝岡   楽しめる人はいるさ。世界はグローバリズムの進行とともにどんどん小さくなっているからね。小さな一等賞をみんなが目指しているんだ。

三木   小さな一等賞、ですか?

朝岡   そう。競泳100m平泳ぎで優勝した人は、世界で一番速く泳げる人ではないだろう?

三木   ええと・・・そうですね。クロールで泳げる人のほうが速いですし。

朝岡   それだけじゃない。100mで一番速く泳げる人は、328mで一番速く泳げる人とは限らない。

三木   なるほど・・・

朝岡   きっと今の私たちは端のある水槽のなかで、冒険したつもりになってる。

三木   それがテーマなんですね?

朝岡   そうしようと思っているんだ。

三木   じゃあ、近所のおじさんは、冒険家だったんですか?

朝岡   いいや。ただの工場勤めのおじさんだったよ。ただ、誰よりも冒険家の魂を持っているおじさんだった。

三木   冒険家の魂、ですか?

朝岡   そう、いつの時代だって、冒険家の魂をもった人間が次の時代の扉を開いてきたんだ。どうだい?面白い話になりそうだろう?

三木   ・・・そうですね。・・・で?いつまでに書けそうなんですか?

朝岡   あと半年くらいかな?

三木   分かりました。一週間後にきますので。よろしくお願いします。

朝岡   ・・・そんなバナナ。





三木   先生?いらっしゃいますか?朝岡先生?

朝岡   いるよ。

三木   ・・・いるじゃないですか。

朝岡   いるって言っただろうに。マカローニ

三木   お、やけに素直ですね。

朝岡   私はいつだって正直だよ。嘘つきはドロボウと猫舌の始まりだからね。

三木   それも近所のおじさんの言葉ですか?

朝岡   え?

三木   いえ。・・・それで?原稿は。

朝岡   ほら。

三木   お、どれどれ・・・って!まさかの真っ白!?あれから一ページも書いてないんですか!?

朝岡   あほたれ。これは正直者にしか見えないインクで書かれているんだ・・・

三木   あーもう、そんなわけないでしょう。

朝岡   すまんな。一週間なんてあっという間だった。

三木   ・・・冒険家のおじさんは嘘つきなんですか?

朝岡   いいや。彼は本物だ。・・・私が贋物なだけだ。

三木   なんですか、それ。

朝岡   いいや。なんでもない。

三木   ・・・・・・ふぅ・・・実はですね、

朝岡   うん。

三木   ちょっとだけ、そういう展開もあるんじゃないかなぁとは思ってたんです。

朝岡   ほーほー。それで?

三木   それで、ですね。上の者に言われたんですよ。今度いくまでに書けてなかったら・・・。もう期待しない、と。

朝岡   ・・・そうか。

三木   そうか、じゃないでしょう!首になるんですよ!?どうやって生きていくつもりですか!

朝岡   5年前、小説家になるまでは町の工場で働いていたんだ。・・・実を言うと今も小遣い稼ぎに時々言ってるんだ。小説はプロでもアマチュアでも書ける。だから、別に問題は・・・

三木   じゃあ私はどうなるんですか!?

朝岡   ・・・え?

三木   あなたの小説に魅せられた私はどうなるんですか?

朝岡   三木さんが・・・?

三木   驚くことじゃないでしょう。誰だって、出来ることなら好きな作家先生につきたいですから。私はあなたの小説に賭けた。なのに・・・あなたは逃げるんですか?

朝岡   逃げる・・・?どこに逃げるというんだ?

三木   だってそうじゃないですか!冒険をテーマに書こうとして、あなたはちっとも冒険しようとしない。楽で、楽な方へ行こうとしている。そんなんじゃ、書けるものも書けるわけないじゃないですか!

朝岡   そうか・・・ありがとう。

三木   え?

朝岡   いや・・・お礼を言いたくて。・・・ありがとう。

三木   どうしてですか?

朝岡   どうしてだろうね?・・・悩んでいたんだろうと思う。書きたいことが見つからなくて、・・・だから、おじさんのことも思い出したんだと思う。

三木   おじさん・・・近所のおじさんですね。

朝岡   そう。彼がきっかけで私は小説を書き始めたのかもしれない。

三木   もっと話してくれませんか?そのおじさんのこと。

朝岡   いいよ。・・・おじさんは、冒険家の魂をもった人だった。公園にタイムカプセルを埋めたり、手作りの船の模型を湖に浮かべたり、自動車のエンジンを分解したり・・・まだ小さかった私はワクワクさせられたよ。

三木   先生は、おじさんのことが好きだったんですね。

朝岡   小さい頃には気付かなかったけれど、おじさんはそんなに好かれる人じゃなかったみたいだった。でも、僕らにとってはまさしく正真正銘の正義のおじさんだった。・・・そんなおじさんは、ある日、いなくなった。

三木   いなくなった?・・・どうしてですか?

朝岡   どうしてだろうね?・・・きっといなくなる気なんてなかったんだと思う。彼は風船を身体にたくさん括りつけて飛び立った。食料もたくさん積んで、アメリカに行くんだ、と言って飛び立ったんだ。それっきりだ・・・

三木   ・・・おじさんは、亡くなってしまったんでしょうか?

朝岡   どうだろう?・・・でも、その時私は信じてみたいと思った。おじさんは今じゃハワイあたりでアロハシャツ着てサングラスかけていつもみたいに笑ってるんじゃないかって。

三木   そんなことがあるでしょうか?

朝岡   信じたかったから、小説にしたのかもしれない。大きくなって、忘れてしまうのが怖かったから、小説にしたのかもしれない。・・・でも、なんとなく、そんな馬鹿な話があってもいいと思うんだ。

三木   先生は・・・心の中を冒険しようとしたんですね。

朝岡   え?

三木   先生もおじさんみたいにどこかへ行きたかったんじゃないですか?

朝岡   でも、今の時代、どこに冒険したらいい?月の裏側だって、もう知ったつもりでいる。

三木   いいじゃないですか。

朝岡   え?

三木   いいじゃないですか。おじさんを好いていた子ども時代の先生は、今の先生にとって・・・また冒険の舞台になっているんじゃないですか?

朝岡   冒険の舞台・・・

三木   もう一度、今の先生がその小説を書いてみたらどうです?

朝岡   それは、・・・いわゆる「てこ入れ」ってやつなのかな?

三木   いいえ。・・・提案です。

朝岡   そうか・・・でも、もう、締め切りなんだろう?

三木   それなんですけど・・・実はですね。

朝岡   おいおい・・・まさか

三木   すみません。ちょっと冒険してみました。実は締め切りまであと3週間あるんです。プロットだけでもいいって、上の人を説得してきました!

朝岡   でも・・・

三木   大丈夫です!料理とか、家事とか、しますので!ほら!これ見てください!(大量の缶詰の入った、スーパーの袋を取り出す)

朝岡   ・・・・・・いわゆる、これって、缶詰って事?

三木   もちろんです。

朝岡   知ってるか?缶詰ばっかり食べてると、缶詰マンになるんだぞ?

三木   ・・・そんなわけないでしょう?さあ、さっさと書いてください!そんなに時間はないんですよ。

朝岡   分かってるよ。



音楽。

流れる日々。



必死に原稿を書く朝岡。

隣で、見守る三木。



疲れて眠っている朝岡にそっと毛布をかける三木。



くしゃくしゃに原稿を丸めて捨てる朝岡。

お盆に缶詰をそのまま載せて出てくる三木。



書かれた原稿をじっと読んでいる三木。

ふと気付いて、朝岡に何事かを提案する。



三木   先生、そろそろお休みになりませんか?

朝岡   今、筆が載ってていい感じなんだ。先に寝てくれてかまわないよ。

三木   いえ、そうは行きません。(といいつつ、こっくりこっくり・・・)

朝岡   拝啓、近所のおじさんへ。あなたにこのお話は届くでしょうか?あなたはどこへ行きたかったのでしょうか?何を為したかったのでしょうか?・・・あの頃、子どもだった私は、これを見てくれる、読んでくれる誰かの心の中に冒険しに行きます。私はあなたとは違う人間になったので、できることと、出来ないことがすっかり増えました。・・・でも、私は、忘れないで生きていたい。だから、このお話をもう一度描きます。あなたは、覚えているでしょうか?あの頃、あなたに憧れて止まなかったひとりの少年のことを。



これにて閉幕、暗転。