ベル 〜アイディアの王国〜

作・なかまくら

2026.4.4

登場人物
佐倉くん・・・ 使用人(女の子でもよいのかも)
U   ・・・ 館の管理人。
西塚  ・・・ 書けない作家。天才。
黒沢 ・・・ 才能の原石。ハルさん。
T ・・・ いつも帽子を被っている。


U、新聞を読んでいる。

U ベル・エポック。それは第一次世界大戦より少し前・・・フランスのパリが大いに栄えた時代のことを言う。産業革命も進み、文化や社会が大いに発展した。1900年に行われたパリ万博もその最中にあった。ベル・エポック。その美しい時代の幕開けに、ひとつ、ベルが鳴った。誰かが気付いた・・・。頭の中に、鳴り響いた。

U、呼び鈴を鳴らす。

佐倉 はい。Uさん。
U 佐倉くん、すまないが、新聞を片付けておいてくれ。
佐倉 分かりました。
U ・・・ところで、佐倉くん、少しはここでの生活にもなれたかい?
佐倉 いや、おかげさまで、もう! それはもう!
U 悩みがあれば、聞いてあげるから、話してみなさいな。
佐倉 ・・・それでは聞いてください、〇〇〇

社会への怒りを感じる歌みたいなのが流れ始める。

佐倉 まずですね、エントリーNo1。202号室の西塚さんです。

西塚さん登場。

佐倉 あのう〜。

西塚 なんでしょう!
佐倉 そのリコーダーは・・・。
西塚 昔好きだった女の子がいまして!
佐倉 ええ。
西塚 さくらちゃんって、いう名前だったんです。
佐倉 ・・・。
西塚 佐倉さんと、同じ名前ですね。
佐倉 チェリーブロッサム!! 遠慮しますよ。
西塚 そうでしょうね、同感です。
佐倉 ええ、まずは落ち着いてください。それでその、さくらちゃんのリコーダーが何故、いま、・・・いや、今更、あなたの手に握りしめられているのでしょうか。
西塚 結局ね、私には高嶺の花だったんですよ、彼女は! だから、いつも、草葉の陰から彼女のことを・・・。
佐倉 いや、それだともう死んじゃってますから!(ハッとした顔をする)。
西塚 ・・・・・・そうなんです。もう嫌なんですよ、生きている時間と、苦悩している時間がどんどん等しくなっていくのが。それで・・・。
佐倉 それで、何故、リコーダーなんですか! 犯罪ですよ! なんでそこに、リコーダーがあるかは、いまだに分からないままですが、犯罪です。でも、ただただ、捕まるだけで、楽になれたりはしないんですよ。
西塚 楽に・・・なれない・・・!?
佐倉 何をそんなに驚いているんですか。先月も、海に行きたいっていうので、Uさんに言われて、一緒についていったら、そのまま、海のモズクに・・・(ん?)・・・海の藻屑になろうと試みましたよね!
西塚 もはや酢醤油で食べられてしまいたい。
佐倉 生きてください。西塚さんには、才能がある。物語を描く才能が。『ベル』が鳴り始めてしまった、こんな時代に、あなたのような人がいたから、多くの人が、その物語に居場所を与えられ、生きていることを肯定してもらえている。あなたは、必要な人だ。
西塚 そうかなぁ・・・。
佐倉 そうですよ!
西塚 そうかなぁ・・・。
佐倉 そうですよ!
西塚 そうかなぁ・・・。
佐倉 そうですよ!
西塚 そうかなぁ・・・。
佐倉 ・・・そうですよ!

U え、これ、まだ続くの?
佐倉 そうですよ!
西塚 そうかなぁ・・・。
佐倉 そうですよ!
U それは大変だったねえ・・・。
西塚 そうかなぁ・・・。
U 西塚くん!
西塚 そうかなぁ・・・。

佐倉 いや、これ、別空間ですからね?

U そうかなぁ・・・。
佐倉 そうですよ!?
西塚 そうかなぁ・・・。
佐倉 そうですよ・・・?

U そうかなぁ・・・。
西塚 そうかなぁ・・・。
佐倉 そうかなぁ・・・。

U、呼び鈴を鳴らす。照明が変わって、

西塚 はい? 支配人。呼びましたか?
U 君、どうして、リコーダーを?
西塚 ははあ、佐倉くんですね。彼にも困ったものですねぇ。

佐倉 そうかなぁ・・・。

U それで?
西塚 ああ、あるとき、教室で・・・魔が差したんでしょうねぇ(額(ひたい)に手を当てる)。リコーダーを彼女のランドセルから気付いたら・・・。それで、怖くなって、ずっと家の・・・。
U 隠してあったのか・・・。
西塚 いえ、日本刀の・・・いえ、脇差用の台座に代わりに置いてありました。
U なんということだ・・・。
西塚 私、悪いこと、しましたよね・・・。

佐倉 そうかなぁ・・・。
U 佐倉くん、ちょっと、・・・ああ、そうなんだよ! もうね、今からでも誤ったほうが良いかもしれない。

佐倉 そうかなぁ・・・。
西塚 本当にそうでしょうか・・・。

U そ、そうだろうとも・・・。
西塚 本当にそうだろうか。(文豪風に)。突然の小学校の同級生からの連絡。会いたいというのだ。しかも、なにやら謝りたいという、悲壮感を秘めたその連絡に、さくらちゃんは恐怖を覚えた。時代は変わってしまったのだ。『ベル』が鳴り響くこの時代において、人々の深層心理は接続されてしまっている。表面を取り繕うことなどは出来ないのだ。思いは伝わってしまう。親しい仲にも礼儀あり、でさえ難しいというのに、・・・だ! そこには西塚なる・・・怪しい風貌の男が立っている。それは子ども特有の小さな体躯ではない。鍛え上げたわけでもないが、それでも彼女自身と比べるとがっしりとした体格の他人が、そこに現れようというのだ。

U うーん、そうだろうとも・・・。
佐倉 Uさん、あのですね。
西塚 人は幸福を求めるのだ。幸福とは、あるいはそれは鈍感なことなのかもしれない。心の機微は、人間を豊かにするが、『ベル』が鳴り、心を閉ざすことが社会人として必要なこの時代に、私はそれをどうしても考えてしまうのだ・・・。

U あの〜、西塚くん? (佐倉に)なんか、始まっちゃってるんですが・・・。
佐倉 始まっちゃいました。このままにしておくのがいいと思います。明日の朝が楽しみですね。ほかほかの物語が産み落とされているかもしれませんよ。

U 卵か何かかな?

ふたり、そっとその場を離れて・・・。

U それで、結局、彼はなんでリコーダーを持っていたんだ?
佐倉 それがですね・・・いや・・・その・・・。

U なんだい、言いたまえよ。
佐倉 それが・・・卒業式の日に、西塚さんは、彼女を体育館裏に呼び出したそうです。
U ほう!
佐倉 それで、言われたそうです・・・。

西塚 青酸カリだから!

U はい?
佐倉 いや、だから、

西塚 青酸カリなの!

佐倉 このことの顛末は、そういうことのようです。
U そうかなぁ・・・。

暗転。


佐倉 『ベル』が鳴った朝。ぼくはいつもの通り、憂鬱な気分だった。両親はすでに仕事に行ってしまっているし、弟は早起きをして宿題をいつもの通り済ませている。なんなら、トーストが焼きあがる匂いが漂ってきている。おそらくはぼくの分までも、だ。ぼくは、それに対して、素直にありがとう、という。弟の表情はぼくには読めない。両親から落ちこぼれの兄の面倒を頼まれているのか・・・、そう聞きたい衝動に襲われることもあったが、ぼくはそれをずっと心の奥底で押し殺していた。だから、ぼくが制服に着替えてリビングに降りてきたとき、弟が驚いたような顔をしたことには、大いに驚いた。(額(ひたい)に手を当てる)そして、伝わってきたのだ。「そんなことないよ」という弟の思いが、頭に直接響いた。気付けば、頭の中に『ベル』が鳴っていた。鳴り響いていた。


U エントリーNo2もあるんだろう?
佐倉 ええ・・・203号室の黒沢さんです。
U ハルさんか。

佐倉 彼女は、なんというか・・・。どうしたらいいんですか?

ハル 鬼。
佐倉 はい。
ハル 鬼。

佐倉 ・・・・・・。
ハル 早く。

佐倉 がおーー!
ハル 違う。鬼。早く。
佐倉 悪い子はいね゛えがぁ〜。
ハル 違う。鬼。

佐倉 どうしたらいいんですか?
U ハルさんは、逸材だからねえ。それで、どうしたの?

佐倉 どうしたらいいか、聞きました。

佐倉 なんなりと、お申し付けを。
ハル だから、鬼。

佐倉 えーっと、角!(角を手で作って見せる)
ハル そう、そのまま。(スケッチブックに何かを描いている)

佐倉 はい。

U ・・・何を描いていたんだい?(険しい顔をしている)。

佐倉 それが・・・。何が書けたんですか?
ハル ・・・やっぱりやめ。鬼の続きをやる。
佐倉 続きと言われましても・・・。

Tが登場する。

T ハルさん、あまり佐倉くんを困らせてはいけないよ。『ベル』が鳴った時代に、取り残された私たちの、伝えたいことは、未だ、ちゃんと思いを口にしないと伝わらないままなんだから。

佐倉 Tさんがやってきました。


ハル 分かった。まず、豆を投げます。
佐倉 分かってないでしょう、絶対!
ハル 違う。佐倉は豆を投げられる役になる・・・これが宿命。
佐倉 宿命と書いて、「さだめ」と読むんですね、分かりましたよ!

T 初めて通じ合った・・・のか?
ハル 違う。鬼。
T 違うのか!?

佐倉 鬼は、これですね?(額に角を作って)

ハル そう。鬼はそうする。T。

T はい。
ハル 赤。
T はいはい。私は赤鬼ですね。じゃあ、佐倉くんは青鬼をやってください。

佐倉 え、あ、え? 

T ほら、つのつの一本、

佐倉 赤鬼どん?

T つのつの二本・・・、

佐倉 青鬼どん?

T こころ浮かれて?
佐倉 こころ浮かれて?

ふたり 踊りだす〜(おどりだす)♪

音楽「赤鬼と青鬼のタンゴ」が流れる。ふたり、歌っている。

T 月の瞳 ロンロンロンロン♪
佐倉 だんだらつの ツンツンツンツン♪
T ああ 夜は今 踊ってる♪
佐倉 タンゴのリズム〜♪

チャララッチャチャララ、チャッチャ♪(音楽終り)

ハル よし。いい出来。

佐倉 どこが・・・!? そして、何が起こっているのか・・・?!

U ハルさんの新作なんだろう? 鬼がテーマなんだなぁ。どんな物語になるか、楽しみだ。鬼は「人を食べる怪物」として、夜の闇に潜む空想上の生き物だねぇ。ハルさんは、実際に会った事件を想起させるような、作風が得意だから、今回もなんらかの隠された真実が明らかになっていくのかもしれないですねぇ・・・。

佐倉 あのですね、お楽しみのところ、悪いのですが、その後も、ぼくは豆を投げられました。

T いやあ、ハルさんのお褒めに預かり光栄だねぇ。
佐倉 えーっと。

ハル よし。次は豆。
T 心得ました。では、佐倉くん。

佐倉 いや、理解度が高すぎますって! なんでそんな以心伝心なんですか!? もう少し、雰囲気の部分を減らして、ちゃんと思っていることを伝えてもらわないと、手伝ってあげられるものも、手伝ってあげられませんよ!

ハル わろし。
佐倉 良くないってこと? ていうか、「よし」って、古文単語だったの!?
ハル いとわろし。

T ハル様がお怒りになられている・・・。ほら、空が暗くなってきた。踊るんだ! 踊り狂えっ!! 
佐倉 そ、そんなぁっ!?

音楽「赤鬼と青鬼のタンゴ」が流れる。

T 豆を喰らえ!
佐倉 そんなぁっ!? 豆鉄砲?
T いや、豆ガドリングだ!(目くばせ)
佐倉 ・・・うわあ、やられたーーー!!

ハル よろし。(はける)
佐倉 お許しがでた・・・のでしょうか。
T こうして、世界に再び夜明けが訪れるのだった・・・。ちゃんちゃん。

U なるほど。
佐倉 なるほどなんですか?
U 天岩戸(あまのいわと)伝説ですね。日本神話の中に、天照大神(あまてらすおおみかみ)が怒って引きこもってしまったために、世界が闇に包まれてしまう、というお話があるのです。しかし、岩戸の中に引きこもってしまった天照の耳には、楽しそうな笑い声が聞こえる。どうにも気になった天照は岩戸をそっと開ける。そこを引き摺り出されてしまい、世界には明るさが戻ったとさ・・・というお話だよ。

佐倉 なんだか、可哀そうですね。
U ・・・そうかい?
佐倉 ええ。

T どっちがかわいそうだと思ったんだ?
U 引き摺り出された天照か、
T 個人の怒りで闇に包まれてしまったこの世界か。

佐倉 それは・・・・・・それは・・・・・・。

ふたりがはける。

佐倉 ぼくは去っていく黒沢さんのスケッチブックに書かれた言葉を見てしまっていました。そこには・・・『角狩り』と書いてあったんです。それがどういう意味なのか、何を風刺しようとしているのか、このときのぼくにはまだ・・・。

暗転。


西塚 私に文章の才能があると思ったことは一度もない。ありとあらゆる言葉の限りを尽くして、怒りや悲しみを表現したいのだ。それは、『ベル』の鳴ったこの時代に対する落胆と諦念でできている・・・。いや、その前からだった。支配人であるUは、そんな私にこう言った。「その瑕(きず)こそが、物語を生み出すのだ」と。・・・シャンパンを開けたことはあるだろうか。物語を書き上げたとき、私はいつも新しいボトルの封を切る。祝杯だ。グラスに注ぐとおおよそ中央の底の部分から、泡が水面へ向かって立ち昇る。それは途切れることなく湧き上がってくる。瑕を付けてあるのだ。狙ったところから、湧き上がってくるのはそのためだ。それはいつまでもいつまでも、湧き上がる。私が、その瑕を見つめ続けている間は、・・・きっとこの館にいられると思う。思うのだが・・・。


Tが新聞を読んでいる。そこに佐倉がやってくる。

佐倉 珍しいですね、こんな時間にTさんが起きているなんて。
T 君は私をどんな風に思っているんだ。
佐倉 良く寝る、ぐうたらな作家さんです。
T 失敬しちゃうな。今度の主人公は、生真面目な人間なんだ。
佐倉 それはまた、何も起こらなそうですが。
T そんなことはない。奇想天外な物語が、破天荒な主人公の星の下に集まるとは限らない。ここしばらく、実に面白い日が続いている。それもこれも、君が来た頃からだ。
佐倉 それは偶然ですよ。
T ここに来て、どれくらいになる?
佐倉 ちょうど2年くらいでしょうか。Uさんに、急に街中で声をかけられて、それからです。
T 家には?
佐倉 帰ってないです。
T ご家族は心配しているだろう?
佐倉 両親は、まあ。弟もいるんですけどね、弟のことはちょっと心配しています。
T そうか。弟さんはどんな人なんだい?
佐倉 優秀な奴なんです。ああ、ちょうど生真面目な奴ですよ。Tさんに紹介したいくらいです。
T 仲が悪かったわけじゃないんだ。
佐倉 趣味が全然違ってて。あまり関わりもなかったんですよ。でも、だんだんぼくは学校での人間関係がうまくいかなくなって・・・人の気持ちが分からなかったんです。それで、弟も何か言われてるかなって思ったら、居づらくなっちゃいまして。

T でも、そうしたら、『ベル』が鳴ったこの時代は、佐倉くんには救いだったんじゃないのか? 思ったことはお互いに伝わるようになってしまったこの時代は。

佐倉 いえ、実際には逆だったんですよ。思ってもみないことを言える人たちは、今度は心まで偽れるようになり、人の気持ちが分からない人は、結局自分の気持ちさえ、ままならないままだった。

T なるほど、そういうものか。それは辛いことを聞いてしまった。すまない。
佐倉 いえ・・・。

T 話は変わるんだが、今日は、Uと一緒に、首都に行ったんだろう?
佐倉 はい。
T どう感じた?
佐倉 どう、と言いますと。
T 何か変わったことは・・・?
佐倉 ・・・正直なところ、あまり、そういう空気みたいなのは得意じゃないんですが、ちょっと、薄気味悪い感じがしました。何かが、ひどく乾ききっているような感じといいますか・・・。
T うん。(新聞紙を取り出して)この国は、戦争を始めるかもしれない。
佐倉 戦争ですか?
T お隣さんが、攻めてきそうなんだと。
佐倉 外交的な手段は・・・。
T 既に取られているさ。
佐倉 誠実に話し合えば・・・。
T 本当の気持ちが伝わっても、うまくいかなかったんだろう?

佐倉 そう・・・ですね。いや、上手な考え方ができていないんだと思います。
T 驚いた。
佐倉 何がです?
T うん。まあ、お互い頑張ろうってことだ。物語もクライマックスだ。来週は1年に一回の〆切の日だな。
佐倉 そうですね。
T 他の住人たちもそろそろ仕上げに入っているはずだ。佐倉くん、世話係として、しっかりやってくれたまえ。
佐倉 Uさんみたいなことを言う・・・。

T 支配人みたいか・・・。そうか・・・。
佐倉 Tさん?

T いや、君は、Uの・・・いや、ここの住人の仕事は何だか知っているかい?
佐倉 なんですか、急に。
T いや、聞いておこうと思って。
佐倉 『ベル』が鳴ったこの時代では、思ったことは口に出さなくても多かれ少なかれ、相手に伝わってしまう。あった出来事も、思ったことも、何もかも。だから、物語というものを人々は楽しむことが出来なくなってしまいました。
T そうだ。例えば「泣いた赤鬼」だ。どんな話だったか、覚えているか?
佐倉 青鬼は、赤鬼が村人と仲良くなれるように、自分が悪者を演じて赤鬼の願いをかなえた。
T そうだ。一つ聞かせてほしい。・・・佐倉くんは、いま、感動したか?
佐倉 いいえ。
T そうだ。あらすじを聞いても、感動しない。そういうことだよな。
佐倉 そうです。だから、物語は初めの一人しか体験できないものになってしまったんです。その貴重な物語を書いている人たちが、ここの住人の方々です。
T そう、『ベル』が鳴らなかった人たちだ。
佐倉 そうです。思ったことが相手に伝わらないから、ぼくにとって、ここはまだ、マシな居場所になったんです。
T それは良かったな。
佐倉 はい。

T ところで、佐倉くん。どういう人の、『ベル』が鳴らなかったか、その身体的特性が調べられた調査があるんだが、知りたくはないかい?
佐倉 え・・・?
T 我が国は、人を鬼に変えようとしている。角という器官の存在を認知した我が国の科学者は、電波を使って、その器官を刺激した。それを、今度はお隣の国に対して照射しようとしている。世界は混乱するだろう。だが、それを食い止める方法も、ここにあると思う・・・。


暗い部屋。Uがひとり、部屋に入ってくる。手には、いくつかの原稿が。

U そうか、これを書き上げるのは、ハルさんだと思ったんだがな・・・。

U、呼び鈴を鳴らす。

佐倉 はい。Uさん。
U 佐倉くん。・・・君にひとつ頼みたいことがあります。
佐倉 ・・・はい。
U この本を、君に最初に読んでもらいたいんです。この国の中央になるべく近い場所で。
佐倉 ・・・西塚さんの新作ですよね。
U そうですね。
佐倉 一冊売れれば、半年は食べていけるお金になると聞いています。
U そうですね。
佐倉 それを、なぜ、ぼくに・・・!?
U 私はね、『アーティスト』という概念を再発見したと考えています。
佐倉 『アーティスト』・・・?
U そう、『アーティスト』はね、味を加える人なのですよ。
佐倉 味・・・といいますと。
U 新しい価値観や要素を社会に加えることができるとでもいいましょうか。『アーティスト』はそういう影響力をもつ人のことです。
佐倉 ・・・。
U この国には、あのとき、あの『ベル』が必要でした。異常気象によるエネルギー不足、食料不足による余裕のなさ。けれども、人間はつくづく欲深い生き物です。何一つ、手放すことが出来なかった。だから、深層心理で人々を結び付け、人々の意識を同じ方向に向かせることが必要だったのです。一致団結だけが、生き残る道だった・・・。どういうことかわかりますか。
佐倉 正直、・・・さっぱりです。
U そうですか、いいでしょう。これは難しい話になります。主義主張もあるでしょう。しかし、私はあなたが鍵になるのです。あなたの生き辛さについて、あなたを観察してきた私の考えはこうです。人の深層を覗く才能に秀でていて、本当は、すべての人と強く繋がっている。だからこそ、あなたは人に対して傷つけまいとして、臆病だった。私は、あの時あの場所で、あなたを見つけたのです。そして、あなたは物語に対する感受性が高い。だから、あなたを通して、すべての人にアーティストである彼の・・・西塚さんの物語を届けることができると思うのです。

場面は交錯している。

佐倉 どうして、Tさんが、そんなことを知っているのですか?
T 私は、それを調べるために、ここにいるからですよ。

そう言って帽子をとると、鋭い光と音が響いて、佐倉は頭を押さえる。

佐倉 どうして・・・。
T 私は、『ベル』の鳴っている人間なんですよ。隠していて悪かった。だがまあ・・・、・・・ああ、これ? これは、隕石から微量に採れる貴重な元素が必要だとかで、国民みんなに配るのは無理だろうな。それに、ひどく、消耗するんだよ。みんなが生き残る方法としては、いただけない。

T ・・・さあ。君には、Uの謀略のすべてを話してもらいたい。

佐倉は額に手を当てる。

佐倉 そうしたら、世界はどうなるんですか? 西塚さんの、生きている苦しみは、苦しんでいる人を救うかもしれない。けれども、苦しんでいない人を瑕つけるかもしれない。

U みんなで苦しめばいいじゃないか。何も考えていない人ほど、平気で人を瑕つけられるんだ。それを私は、許してはおけない。

T さあ、

U 英雄になるんだ、

ふたり 佐倉くん。


佐倉、目の前に置かれた原稿を眺める。
ハルが現れる。

ハル ・・・表紙という形をとった、天岩戸はまだ閉ざされている。けれども、それは一篇の物語である。きっとそれは面白いのだろう。読み進めるのは、苦しいかもしれない。けれども、佐倉はその喜びを知っていた。もう、随分と昔のことのように感じるが、本屋で買った、その本のページを、めくる喜びを。唾(つば)が口の中に溢れるように、それはすごく生理的な衝動で・・・。



ハル この物語には続きがあります。いくつもの、続きが。ときには、Uは警察に捕まり、ときには、Uは魔法の書庫から飛んで行ってしまった本を収集する蔵書家だったりもしました。いつだって、佐倉くんはこの場所を訪れて、Uに出会う。ハッピーエンドを探しています! 彼には幸せになってほしい。幾星霜の、星の数ほどの物語たちが、我こそは・・・! とこの物語に挑んで、そして形を成さなかったのです。本日、このお芝居を通して彼と繋がりを持ったあなた方は、いくつかを夢に見るかもしれません。そしていつの日か、あなたの頭の中であの呼び鈴がなったとき、あなたも人類の兄弟の一人として、Uに呼び出されるのかもしれません。深層心理に惹かれていくのかもしれません。そのときにはどうか、彼を幸せにしてやってください! 私はまだ、彼と、この物語を諦められないでいます。

ハル、一礼をする。

これにて終幕。