「君が宇宙へ行く頃」

作・なかまくら

2017.9.23

 

 

登場人物

太郎

 

 

 

太郎     暗いところが好きだった。

 

座っている。

 

太郎     それは、それは静かだった。夜。星が遠慮がちに瞬く駐車場、暖まった布団の中。明かりのついていない風呂、換気扇の回っていないトイレ。わき上がってくる臭いさえ、静かだった。鈴虫の鳴く静かな部屋。

 

太郎     待っていたわけじゃない。待ってなどいなかった。待ってなど、いなかった。いけなかった。誰かが助けに来ると期待していたわけじゃなかった。

 

太郎     ああ、ここの部屋ですけどね、そちらから見るとね、うん、分からないかもしれないけどね、ここ、狭い部屋なんですよ。いま、見えているもので、この部屋の全部なんです。見えないところは存在しないんですよ。分かりますか、この安心感。分からないものに振り回されて、それで、それでそれを比べられることにはもう、うんざりなんですよ。うんざりなんだ。うんざりなんですよ。だから、この場所は自分で選んだんだ。身の丈に合った、小さな居場所なんですよ。

 

太郎     ある・・・男の話をしよう。彼には親友がいた。その親友とは大学へ行くときに離ればなれになった。たまに思い出したように、メールをくれる友達思いなやつなんですよ。

 

ピロリン

 

太郎     あっ・・・

 

太郎     太郎、元気? 俺は、ついに彼女が出来ました。2次元じゃないやつです。おさきー!

 

ピロリン

 

太郎     大学の仲間と旅行です。おい、太郎! 世界遺産ってすげーぞ!

 

ピロリン

 

太郎     久し振り、元気ですか? 大学に残らないかと誘われました。でも、俺の心は決まっています。世界で一番のエンジニアになりたい。そちらはどうですか?

 

ピロリン

 

太郎     新しいエンジンの試験運用でした。国産ロケット、出来るかもしれない。太郎はどうですか?

 

ピロリン

 

太郎     やった! 今日、採用が決まりました! それと、もうひとつお知らせがあります。結婚することになりました。どうかな、忙しいことは分かっているけど、もし来れるなら、招待状を送らせてください。

 

 

太郎     ダメなんだ! ・・・・・・・・・ぼくは会うことが出来ない。ぼくは君と別れたところから、一歩だって進んでいないんだ。君が歩んだ道があるように、君はぼくが道を歩んでいると勝手に思っている。勝手な期待だ! 身に余る期待なんだ! 君と付き合いがあった頃から、ぼくはトイレでは明かりをつけなかったし、薄暗いお風呂の照明が好みだった。屋上へ上がる、窓のない階段で昼休みを過ごしたし、明かりのない夜の田んぼを飽きもせずに何時間も眺めていた。君に見せられるようなぼくは、どこにもいないんだ。君に見せられるとすれば、ぼくを置いていった太郎という男だけど・・・太郎は、ぼくを置いていった男だから、君が見たら、ビックリするだろうな・・・。

 

太郎     太郎のことに気が付いたのは、君とまだ遊んでいた頃のことだった。ふとした瞬間に、ぼくは太郎の存在を感じていた。心臓がふいにドキリと鳴るんだ。大嫌いだった体育でサッカーボールが近づいてくる瞬間、授業中に問題を当てられて起立する瞬間、明るくてぼくには似合わない女の子に何故か告白された瞬間。そして、あのときだ。高校3年生。進路を決めないと行けなかった、あの、先生との夏の三者面談の時だ。

 

太郎     先生、ぼくは、工場の夜勤がいいと思うんです。あの、夜勤じゃなくてもいいんですけど、できれば、ちょっと・・・そう、静かで、明かりが眩しすぎないところがいいんです。え、ええ、明るいところも苦手ですし、明るい人ももっと苦手なんです。先生って、そういう明るい人がなりますよね。それはいいことだと思うんですが、ぼくは多分、先生がそうやって人気を得ている“クラスのみんな”というのが苦手で・・・。え、安心した? どうしてですか? 太郎、お前は月の様な人間だと思っていたが、どうやら違うようで安心したって・・・。でも、先生。先生、ぼくは、太陽のような先生の光を浴びて、それでも輝くことだってできない、くすんだ色の、そういう光る資格のない星なのだと思います。いいんですよ、分かっていますから。だから、ぼくはそういう仕事に就ければって・・・。え、違うって? お前は、自分で輝こうとしている星だ。だから、他の輝いている星の影に隠れてしまうって・・・。そ、そんな・・・、そんな大層なものじゃないですよ。そんな風に考えられもしなかった。そんな風に生きられたらって・・・、・・・でも、だったら・・・もし、そんな風に思えたら・・・。

 

太郎     ドクン、と大きな音がした気がした。すごく苦しくなった。それはぼくの中の静寂の暗闇を破らずに、ごろごろとボールのように転がしてきた。それから揺さぶる。まるで、長い夜から、目を覚まさせようとするかのように、ジリジリと時計の鳴る音が聞こえるようだった。それで、うるさい! って、応えたつもりだったけれど、「そうか、頑張れよ」と先生には言われた。後から母親に、「あなたが進学することにするとは思わなかった。応援しているわ」と言われて、それで、自分の中の太郎が、そう答えたんだって、ようやく気が付いた。

 

 

太郎     ねえ、太郎! 聞こえているんでしょ、太郎!

 

太郎     やっと黙(だんま)りを辞めるんだな。

 

太郎     そんなに大きな声で話さないでよ。

 

太郎     お前の声が小さすぎるんだ。お前の言葉は誰にも届いていなかった。お前の想いは、俺がいなかったら、今でも誰にも届かなかっただろうさ。

 

太郎     そんなに、強い言葉で話さないでよ。

 

太郎     ・・・なあ、いつまでそうして、ウジウジしているつもりなんだ。

 

太郎     いいじゃないか、ぼくの勝手なんだ。

 

太郎     勝手にはならない。俺だってお前なんだ。

 

太郎     太郎は、ぼくじゃない。

 

太郎     “ぼく”ではなくたって、俺も含めて自分なんだって、分かるだろう。お前の中の頑張ってみたい、挑戦してみたい、みんなと一緒に笑ってみたい、注目されて、それで、褒めてもらいたい、拍手されてみたい、一目置かれてみたい、ありがとうとみんなに言われてみたい、流石だよねって、エラいよねって、言われてみたい。そんな押し込められた想いが集まって育って、俺はお前の中でこんなにも大きくなったんだ。俺みたいな生き方が求められていたんだよ。周りにも、それから本当はお前の心にも。それを無視しちゃいけないだろう。無視しようってわけじゃないよな。無視するなんて言うなよな。なあ。

 

太郎     ・・・でも、ぼくは、この暗闇から出られないんだ。

 

太郎     あーイライラするな。なんでそうなんだ、お前という人間は。

 

太郎     夜を生きる吸血鬼のように、日の光を見れば、眩しすぎて目は焼けてしまうし、笑いあおうとしたら、頬の筋肉はたちまち崩れ落ちてひどい顔になってしまうんだ、きっと。そんなぼくのことなんてお構いなしに、太郎は勝手にぼくのことを決めてしまった。

 

太郎     瑞季ちゃん。

 

太郎     え?

 

太郎     お前に告白してきた子だよ。お前が断った子だよ。

 

太郎     うん。

 

太郎     俺が好きだったんだよ。

 

太郎     そうなんだ。ごめんね、僕は好きじゃなかったんだ。

 

太郎     お前、随分と自分勝手だな。

 

太郎     ぼくを守るためなんだよ! わかるだろう! ここを一歩出たら、ぜい弱なぼくはきっと消えてなくなってしまう。

 

太郎     そんな世間知らずで、自分勝手で、弱虫で、泣き虫な・・・そんな“ぼく”ちゃんは、守らないといけないのかねぇ。河原に転がる石のようにさあ、もっと、いろんなものにぶつかって、角張って、それで、ぶつかってさぁ、傷ついて、擦れて、やっと丸くなって、それで、でも、どうしても残っちまう芯みたいなさ、中身の詰まってさぁ、どうにもならないやつをさぁ、ホントは自分って言うんじゃないのかね。

 

太郎     それでも、これが、“ぼく”なんだ。一番初めから、終わりまで付き合っていく“ぼく”なんだ。

 

太郎     だけどよ・・・俺にもちょっくら付き合えよ。俺だって、お前なんだよ! 分かるだろ!? お前の中の暗闇でじっとしている俺がいること。願いが叶わなかった方の消えていく可能性みたいな俺の存在があることを。その悲しみがあることは分かるだろ! やらずに後悔することが積み重なって、それで生まれたのが俺なんだ。俺はお前の悲しみから生まれた存在なんだよ。だからさ、自分の悲しみにちゃんと向き合えよ・・・。自分に付き合うって決めたんならさあ。

 

太郎     ・・・ごめん。自分勝手なことは重々分かっているつもりなんだ。だけど、じゃあ、どうすればいいんだい、ぼく。

 

太郎     だったらよ・・・提案があるんだ。

 

 

メールを打っている。

 

太郎     元気ですか? ぼくは元気です。ぼくの不思議な体験、君に会ったら、話そうと思っています。ぼくは・・・・・・あっ

 

ピロリン

 

太郎     妻が皿をよく落とします。4才になったばかりの娘に、落ちた皿が当たってしまい、ようやく、病院に行ってくれました。精密検査の結果が出るのは1週間後になるそうです。

 

太郎     今、ぼくたちは、一日交替で、太郎という人物をやっています。それぞれが好き勝手にやっている部分は多いですが、たまには、本の返却を頼んだり、受験勉強は二人でやりながら、・・・・・・君はあの頃、不思議に思ったんじゃないかな。毎日ころころと表情が変わる、ぼくのことを。

 

ピロリン

 

太郎     お通夜でした。火葬が済んで、骨を拾っても実感が湧きません。ママはお星様になったんだよ、なんて、言えるわけもなく、・・・8才になった娘を抱きしめてやることしか、できませんでした。これからどうしたら・・・。どうしていますか? 元気なんでしょうか? どこかで君が無事に生きていることを願ってやみません。世界にひとりぼっちのようで、そうでないと、言ってくれるであろう、君の姿を探しています。

 

太郎     受験が終わり、合格通知は二人で見に行きました。ガッツポーズを両手でして、引っ越しをして、ふと、気が付いたら、笑っていたのは太郎ではなくて、“ぼく”でした。ぼくは、次第に一人になってきていました。

 

ピロリン

 

太郎     娘が15才になって、遠く離れた私立の高校に進学すると言い出しました。顔立ちばかりか、性格まで妻に似てきたのか、自分のことを自分で決められるしっかり者に育ってしまったようです。そして、私の元を離れて行ってしまうところまで。私が泣きながら頷くと、娘は笑いながら、泣いていました。気を遣いすぎるところまで、妻にそっくりでした。明日から、新型エンジンの開発チームに配属になります。幸せはちょっと難しすぎる。

 

太郎     宇宙飛行士の試験は、ものすごく高い倍率でした。だけど、太郎のガッツと、ぼくの几帳面さをうまく活かして突破することができました。でも、ふと気付くと、ぼくはそのころ、また、・・・ふと時間を見つけて・・・あの昔居た、狭い居心地の良かった部屋のことを思い出すようになっていました。

 

太郎     そして、ぼくは、その部屋で、君のことを見ていました。宇宙船に続くタラップ。テレビに映る、笑顔でこちらに手を振る君のことを。その姿は、やっぱりぼくではなくて、無理して笑っているように見えて、苦しくなりました。利用されていたんじゃないかって。それに気付いていたのに、気付かないふりをして、自分の心を無視して、無理して生きてきたんじゃないかって。暗いトイレと暗いお風呂と、夜の鈴虫の音がして、静かな部屋で、静かに呼吸をしていれば良かったんじゃないかって・・・。今風の、お洒落な服を着ている自分が着せられている人形のように思えて・・・、よく分からない悔しさがこみ上げてくるのでした。

 

 

太郎     ・・・・・・久し振りだな。俺だ・・・太郎だよ。お礼を言おうと思ってな。これまで俺のわがままに付き合ってくれてありがとう。お前がそこに残ろうとすること、当然だ。俺の半分はそういう人間だ。・・・だからこそ、ありがとう。宇宙なんて行きたくない。そう思えば、出来たはずだ。搭乗時刻に間に合わないように、地球の裏側とか、行ってしまえば良かったんだ。だけど、ありがとう。俺は宇宙へ来たんだ。お前はきっとこう思っているんだろうな。結局は俺の思い通りになってしまったって・・・弱い自分は消えてしまったと・・・。だけど・・・。

 

ピロリン

 

太郎     定年退職か・・・おめでとうございます、っと。こちらも、来月、誕生日を迎え、退職しますが、これから後進の指導に忙しくなりそうです。会いませんかって? この誘い、何度受けたんだろう、何度断ってしまったんだろう。だけど・・・いつも誘ってくれて、ありがとう。やっと君に会える気がするんだ。君に会ったら、ぼくはきっとあのときの話をするよ。もう一人のぼくと観た、あの、どこよりも静かで、穏やかに見えた、あのときの宇宙の話を。

 

音楽。

 

終幕。