君の涙とサヨウナラ

作・なかまくら

2009.6.11

[キャスト]

#ひろゆき#

# ひとみ #







ひろゆき ただいま

ひとみ  あれ?おかえりなさい。早いね。

ひろゆき うん。

ひとみ  せっかくだから来週の出張の準備、早くしちゃえば?どうせいつもギリギリになってからしかしないんだから・・・。

ひろゆき ・・・なくなった。

ひとみ  え?

ひろゆき 出張、なくなった。

ひとみ  そうなの?残念。ひさしぶりに羽を伸ばせると思ったのに。

ひろゆき ・・・・・・

ひとみ  ・・・どうかしたの?

ひろゆき 別に・・・。

ひとみ  そう?じゃあ、話したくなったら話して。

ひろゆき うん。そうする。

ひとみ  ごはん、まだ時間かかるよ?

ひろゆき いい。テレビでも見てるから。

ひとみ  あ、そういえばなんだかパソコンの調子が悪いんだけど、見てみてくれない?

ひろゆき 分かった。(ひろゆき、はける)

ひとみ  お願いね。



ひとみ、ひとり、料理を作る。包丁で野菜を切る音。

ガスコンロに火をつけて、キッチンを離れる。エプロンをはずす。

テレビをつける。音楽が流れ出す。薄明かり。



ひろゆき いただきます。

ひとみ  いただきます。

ひろゆき ・・・・・・

ひとみ  ・・・パソコン、どう?直りそう?

ひろゆき ねえ・・・離婚しよう。

ひとみ  ・・・唐突ね。

ひろゆき そうかな。

ひとみ  結婚したときもそうだった。たいして話したこともないのに、いきなり大学の渡り廊下で。

ひろゆき そうかな?そうだったかもしれない。

ひとみ  かも・・・はしれなくない。

ひろゆき おどろかないの?

ひとみ  おどろいてるよ。

ひろゆき ねえ、離婚しよう。

ひとみ  それはさっき聞いた。

ひろゆき 返事は?

ひとみ  すぐしないとだめ?

ひろゆき いや、・・・ダメじゃないけど・・・

ひとみ  けど・・・何?

ひろゆき ・・・なんでもない。

ひとみ  じゃあ、あと50年くらいしたら、返事してあげる。

ひろゆき それは困る。

ひとみ  なんで?・・・もしかして他に好きな人でも出来た?

ひろゆき そうじゃない。

ひとみ  うん、知ってる。ひろゆきの携帯は毎日チェックしてるから。

ひろゆき え・・・そうなんだ。

ひとみ  うん。今日も携帯、いつもの場所においといてね。

ひろゆき ・・・うん。それで離婚の話なんだけど

ひとみ  ひろゆきが離婚したら私のお父さんとお母さん、悲しむだろうなぁ・・・

ひろゆき うん、そうだね。

ひとみ  アルバム、どうしよっか。新婚旅行とかさ、バリ島でたくさん写真とったよね。ひろゆきが撮ったのは私がもらうとして、

ひろゆき あのさ

ひとみ  ・・・ふたりで映ってるのはどうしよっか。そうだ!いっそのことふたつにちぎろうか。なんかちぎり絵みたいに味が出るかもね。

ひろゆき あのさ!

ひとみ  何?

ひろゆき なんで出張なくなったか聞かないの?

ひとみ  別に。いいよ、ちょっと残念だけどさ。

ひろゆき ・・・聞いてよ。

ひとみ  あー・・・何で?

ひろゆき 会社、辞めたから。

ひとみ  へ!?・・・ふうん。

ひろゆき 俺、会社、辞めたんだ。

ひとみ  ふうん。

ひろゆき なんで、って聞かないの?

ひとみ  なんで?

ひろゆき 後でちゃんと話す。でも、その前に離婚しよう?もう俺にはひとみを幸せにすることなんて出来ないから。

ひとみ  そうだね。じゃあ、離婚してあげてもいいよ。

ひろゆき ホントに?

ひとみ  そのかわり、慰謝料、たっぷりもらえるよね。

ひろゆき 俺、会社辞めたんだけど。

ひとみ  ああ、何買おうかなぁ・・・そういえば、近くのコンビニに可愛いお皿があったんだよね。頑張ってパン食べてポイント溜めようかなぁ。

ひろゆき じゃあ、離婚届、もってくる(はける)

ひとみ  ・・・・・・

ひろゆき ひとみさ、俺が泣いたの見たことある?

ひとみ  そういえば、ないね。

ひろゆき 俺さ、小学校の頃は泣き虫だったんだ。フランダースの犬とか見て、ぼろぼろ泣いて・・・

ひとみ  パトラッシュ、僕はもう、疲れたよ・・・って?

ひろゆき そう。俺、ダメだったんだ、そういうの。

ひとみ  ふうん、意外な一面。

ひろゆき 昔、ね。でも・・・

ひとみ  でも?

ひろゆき どこかにいってしまったんだ。

ひとみ  何が?

ひろゆき 泣き虫の僕が。

ひとみ  どこかって・・・それが大人になるってことだよ。

ひろゆき そうじゃなくて・・・昔、きっといたんだ。泣き虫の少年だった僕が。でも、どこかで俺は、はぐれてしまったんだ。

ひとみ  はあはあ、そうですか。でももうすぐ三十だよ?いい加減卒業しなきゃ。

ひろゆき 卒業・・・卒業した後どこへ行った?

ひとみ  え?

ひろゆき ひとみは中学校とか卒業式のあと、どこ行った?

ひとみ  覚えてない。

ひろゆき 僕は高校のとき、クラスのみんなでご飯を食べに行った。それで、お別れしてきたんだ。でも・・・

ひとみ  でも?

ひろゆき そのあと、高校生の俺はどこに行ったんだろう?

ひとみ  どこって・・・もう卒業したら、どこにもいないわよ。

ひろゆき でも・・・卒業式の日があって、次の日から突然高校生じゃなくなって、どうしたらいいのか、分からなくなるじゃない。

ひとみ  ひろゆきって、夏休みの宿題、最後の日にまとめてやるタイプだった?

ひろゆき え?

ひとみ  ううん、聞いてみただけ。それで、これからどうするの?

ひろゆき 俺は、これから僕を探しに行こうと思う。

ひとみ  だから会社を辞めたの。

ひろゆき うん。

ひとみ  ばかだね。

ひろゆき うん。でも、とても大事なことなんだ。

ひとみ  ホントに・・・しょうがないんだから。・・・分かった。じゃあ、この離婚届は、私が書いたら出しにいくから。

ひろゆき うん。

ひとみ  いつ行くの?

ひろゆき 分からない。

ひとみ  行くとこは決まってるの?

ひろゆき とりあえず、小学校とか、行ってみようと思う。

ひとみ  ふうん、一応考えてるんだ。

ひろゆき うん。

ひとみ  ごはんはどうするの?

ひろゆき もうすこしだけ作ってくれると嬉しい。

ひとみ  離婚したのに?

ひろゆき 離婚しても、ごはん作ってくれてもいいと思う。

ひとみ  そうね。じゃあ、離婚したから、洗濯物、たたんでもらおうかな。

ひろゆき うん、そうする。ありがとう。



暗転。



ひろゆき ただいま。

ひとみ  おかえり。早いね(テレビの前に寝転がっている)

ひろゆき うん、今日はこれぐらいにしとく。

ひとみ  見つかった?

ひろゆき まだ。

ひとみ  そうだよね。

ひろゆき ご飯は?

ひとみ  今日ね、離婚届、出してきたんだ。

ひろゆき そうなんだ。

ひとみ  だから、先に食べちゃった。テーブルの上にあるから、温めて食べてね。

ひろゆき ・・・まだ5時だよ?

ひとみ  うん。お風呂も今沸かしてるから。勝手に入るね。

ひろゆき うん。・・・・・・いただきます。

ひとみ  はーい(お料理番組のテーマ、流れ出す)。

ひろゆき おいしい。

ひとみ  そう?よかった。

ひろゆき うん。

ひとみ  さて、と。じゃあ、私お風呂入ってくるから。食器、洗っといてね。

ひろゆき うん。分かった。

ひとみ  よろしく。

ひろゆき うん・・・あ。

ひとみ  どした?

ひろゆき 今日、一緒のベッドで寝ない?

ひとみ  なんでまた急に。

ひろゆき ダメ・・・かな。離婚した記念に。

ひとみ  それってなんかヘンじゃない?

ひろゆき ダメ・・・かな?

ひとみ  ううん。ダメじゃない。分かった。



薄明かり。

ふたり、寝転がっている。



ひろゆき もう寝た?

ひとみ  まだ。

ひろゆき ・・・もう寝た?

ひとみ  まだまだ。

ひろゆき ・・・・・・・・・もう寝た?

ひとみ  寝た。

ひろゆき そうなんだ。

ひとみ  そうなんだ。

ひろゆき じゃあ、聞いてもいいかな。

ひとみ  何?

ひろゆき なんで俺と結婚したの?

ひとみ  ぐー・・・

ひろゆき そうきたか・・・。

ひとみ  うん。

ひろゆき じゃあ、もうひとつ、いいかな?

ひとみ  何?

ひろゆき もし俺が泣き虫の僕を連れて来ても、もう一回結婚してくれる?

ひとみ  また結婚するの?

ひろゆき うん。

ひとみ  せっかく離婚したのに?

ひろゆき うん。

ひとみ  そうなんだ。

ひろゆき そうなんだ。

ひとみ  でも・・・

ひろゆき でも?

ひとみ  泣き虫は一人でいいかな。

ひろゆき え?他にも誰かいるの?

ひとみ  ぐー・・・

ひろゆき ここでもそうくるのか・・・

ひとみ  ぐー・・・。

ひろゆき あれ?本当に寝ちゃったんだ。

ひとみ  ぐー・・・

ひろゆき ・・・おやすみ。

ひとみ  ぐー・・・



暗転。

薄明かり。朝早い。



ひろゆき ・・・・・・(もくもくと、縄でわっかを作っている)

ひとみ  ・・・・・・

ひろゆき !

ひとみ  ・・・・・・(テレビをつける。音が鳴る)

ひろゆき ・・・起きたの?

ひとみ  うん。なんだか眠れなくて。

ひろゆき どうして?

ひとみ  なんでかな。昨日珍しく靴が靴箱に綺麗にしまってあったから・・・

ひろゆき それだけ?

ひとみ  うん。だから、自殺するとこが見れるんじゃないかなって。

ひろゆき 助けないの?

ひとみ  自殺する人が助けてって、言うの?

ひろゆき 言わない・・・かも。

ひとみ  どうしたの?

ひろゆき ちょっと、三途の川を見に行こうかと思って。

ひとみ  どうして?

ひろゆき おばあちゃんに会いたくなった。俺、おばあちゃんっ子だったから。もしかすると、一緒にあの世にいるかもしれない。

ひとみ  誰が?

ひろゆき いなくなっちゃった泣き虫の僕だよ。

ひとみ  いつ頃帰ってくるの?

ひろゆき 分からない。

ひとみ  そう。分かったら連絡頂戴ね。部屋の掃除しばらくサボるから。

ひろゆき ねぇ・・・

ひとみ  何?

ひろゆき 助けてくれないの?

ひとみ  なんで?

ひろゆき なんでって・・・ひどいね。

ひとみ  離婚したでしょ?

ひろゆき うん・・・。

ひとみ  だから私とひろゆきは赤の他人なの。

ひろゆき そう、だよね。でもさ!

ひとみ  でも?

ひろゆき ほっといていいの?

ひとみ  なんで?

ひろゆき 俺は、こんなに生きていたいのに・・・

ひとみ  だったら、無駄なことはしないの。

ひろゆき ・・・でも、僕はそこにいるのかもしれない。

ひとみ  ・・・よかったじゃない。

ひろゆき え?

ひとみ  そこにいるんでしょ?迎えに行けば?

ひろゆき そこって・・・どこなのかな?

ひとみ  知らないよ、そんなの。



暗転。



ひろゆき ただいま。

ひとみ  おかえり。

ひろゆき 会ったよ。

ひとみ  あれ?随分と早かったね。

ひろゆき そうなんだ。

ひとみ  それで?

ひろゆき お別れしてきた。

ひとみ  ・・・なんで?

ひろゆき あの子はやっぱり子どもの時間しか生きて行けないから。だから、ふたりで話し合って、そう決めたんだ。

ひとみ  じゃあ、今のひろゆきは?

ひろゆき これから、頑張るから。

ひとみ  え?

ひろゆき ちゃんとお別れしてきたから。

ひとみ  ちゃんとお別れなんて出来るんだ。

ひろゆき うん。あの頃の日々の思い出と、これまで生きてきた自分に乾杯して。お酒もちょびっと。

ひとみ  飲んだんだ。

ひろゆき うん。おかげで帰って来れなくなるかと思った。

ひとみ  帰ってきたから、何も変わってないのかもね。

ひろゆき かもしれない。でも、僕はちゃんと覚えている。それが大事なんだ。

ひとみ  今更のお別れだよね。

ひろゆき そうだね。

ひとみ  そんなんでも、意味があるの?

ひろゆき ある・・・かもしれない。

ひとみ  ・・・分かった。おめでとう。

ひろゆき ありがとう

ひとみ  ・・・でも、

ひろゆき でも?

ひとみ  あんたの涙を見ることは私にはないわ。

ひろゆき え、・・・どうして?

ひとみ  好きな人が出来たんだ。

ひろゆき ・・・え。

ひとみ  その人は、とっても綺麗な涙を流すの。そう、朝顔の葉っぱから零れ落ちるような透き通ってキラキラとした涙を・・・。



ひろゆきの頬に、涙。ひとみはそれをそっとぬぐう。



ひろゆき ・・・あれ?

ひとみ  うん、及第点。





これにて、閉幕。暗転。