レンズ

作・なかまくら

2010.12.10

登場人物

目高太一郎

一人目の客

二人目の客

三人目の客

四人目の客

五人目の客

六人目の客

誘導係



目高

刑事(池山大樹)

精神眼科医(敷島玲子)

はいからさん

フアン・・・ぬのひと

アンド・・・あひと

やまぶき

ときわ



目次

#1 見ることの犯罪性についての考察

#2 観察日記をつけることの犯罪性についての考察

#3 人を正しく導くことの犯罪性についての考察

#4 間奏

#5 夢を追いかけることの犯罪性についての考察

#6 真実を知ることの犯罪性についての考察

#7 n次元の宇宙の果てにたどり着いた人類の存在の犯罪性についての考察

#8 日常に生きることの犯罪性についての考察






#1 見ることの犯罪性についての考察



舞台上には椅子。劇場の様相。

だれもいない客席には、コーラが一本置いてある。

しばらくすると、ひとり席に座り、おもむろに荷物を床に置く。

それから、本を出して読み始める。

沈黙。

特に見せるためにやっているわけではない。

シリーズ物の、途中ぐらいがちょうど良い自然さ。

よく聞くと後ろのほうで音楽が流れている。

他の人が入ってくる。演技ではないが、演技。

カーテンコールくらいの演技。

つまり、人前で喋るときくらいの演技。

離れたところに座る。パンフレットを開く。

よく見ると、このお芝居のパンフレットである。

挟み込み用のビラも入っている。

開演時間はとっくに過ぎている。

しかし、舞台上の客席ではまだ。

三人目が劇場に現れる。

舞台(客席)を一望し、ははーん、という顔をする。

それから、一人目の隣に座る。

一人目、一瞥して、挨拶する。どうやら先輩後輩の仲のようだ。

四人目と五人目は、カップルのように手をつないで現れる。

手にはマックの袋などが握られていて、



女   ちょっと、なんか緊張するんだけど、こういうの。

男   なんか思ったより本格的だよね。



などとなんか喋っている。



女   え、どこにする。

男   どこでもいいんじゃない?



誘導  あ、奥のほうからお詰めいただけますか?



さっきまで客席の誘導をしていた人が、舞台に上がる。



男   だって。

女   まだ始まんないの?

男   そろそろのはずだけど。

女   ふうん。



女、携帯をいじっている。

他の客も思い思いに時間を過ごしているが、携帯がぴろりんと鳴る。

注目がそこに集まる。二人目の客である。飛び跳ねている。

一番目立ってこなかった人物である。特に深い意味はない。

再び沈黙に戻る。そう、後ろには音楽が流れているが、一曲のループで、すぐに最初の曲に戻る。そう、観客にはこうして戯曲として始まっていることを、まだ悟られてはいけない。あくまで、客入れの芝居として、ここまでくるのだ。

すると、沈黙を破る形で、誘導の人間が言葉を発する。



誘導  開演時間が少々遅れており、申し訳ございません。もうまもなく始まりますので、今しばらくお待ちください。



誘導は、舞台上端の、どちらに言っているかわからないポジションからその言葉を言うのである。

すると、そろそろ始まると思ったのか、客達が舞台(ここでは客席になる)をじっと見る。見ている。

少し気まずくなるくらい沈黙。

舞台裏から足音。

飛び出してくる六人目の客。



六人目  すみません、遅くなりました!



すると客席から男。目高という名前であることは、後で知れわたる。



目高   ごらんいただけただろうか。そう、人はこうしてモノを観に来る。その為に貴重な時間を割いて、観に来る。この見る、見たい、見続けたい、という欲望は、しばしば人の心を屈折させるものです。かくいう私も、この・・・なんていうんでしょうね。観る、ということに関しては、人一倍関心がありまして、例えばほら、



目高は舞台上、客席の、横並びのひとつ後ろに立つ。

前には二人目の客が座っている。

時間は止まっているかのように、進まない。

つまり、要するに、うまい言い方をすれば、止まっているのだ。



目高   この、うなじ。女性のうなじというのは、実にドキドキしますね。これ、伝わりますか。この、呼吸。皆様にごらんいただけないのは、なんとも不憫に思います。つまり、要するに、うまい言い方をすれば、・・・ほら、貴方達もこちら側の人間になればいいのに。演技をする人間ではなく、それを見る人間に。貴方達も同じ次元の人間ですよ。私の声が聞こえるでしょう? 私の姿が見えるでしょう? つまり、同じ世界の、同じ次元を生きる人間なのです。ああ・・・勘違いはしないでください。貴方達と、私が、同じレヴェルの思考でこうして対話しているとは思わない方がよいでしょう。安全には万全を期した方がいいと、お天気お姉さんも言っていました。明日は晴れはしませんからね。ここに入る前に、さっき天気予報で観てきたんです。本当です。この目で見たんです。え、やだなぁ、天気予報ですよ。天気予報を見たんです。



するとそれをきっかけに次第に暗転していく・・・

・・・と思ったら、やっぱり真っ暗にはならなかった。

明るくなると、拍手。

どうやら、芝居が終わった模様。いつの間にか。

帽子に入れてまわされる硬貨を目高が受け取る。

何人かは、荷物の代わりに椅子(になっていたもの)をもって、席を立つ。荷物は残るイメージ。

なんかきっと後で役に立つものが入ってる。



すると、目高に話しかける人が。刑事である。



刑事   君。

目高   あ、はい? ・・・私ですか?

刑事   なんで声をかけられたかは、分かってるよね。

目高   刑事さん?

刑事   え、あ、そういう感じでいくのね。こほん。なんで、声をかけられたかは、分かってるよね。

目高   さあ、てっきり?

刑事   てっきり?

目高   あ、いや。じゃあ、さっぱり。

刑事   こってりした牛丼じゃ話せないって?

目高   何の話です?

刑事   真面目な話だよ。



目高   え、やだなぁ、天気予報ですよ。天気予報を見たんです。

刑事   素直に罪を認めろ。

目高   なんのことですか。

刑事   君が今日ここに来る途中で利用した電車の駅の階段で、君が女子高生のスカートの中をのぞき見ていたことは明白なんだよ。しかも美人の子!

目高   明白なんですか。刑事さん日本語お上手ですねぇ。

刑事   なんだいきなり。気持ち悪い。

目高   いや、そう受け止められるとなんというか反応に困るんですが。

刑事   知らん。とにかく、目撃者がいるんだ。

目高   日本の警察じゃ、現行犯しか捕まえられないはずですよ。

刑事   さっきも女の子に見とれてただろう。

目高   え、ええ・・・

刑事   認めるんだな。

目高   仕方ありません。そこに女の子がいたから。

刑事   そこに女の子がいたら君は見とれるのか。

目高   ええ。

刑事   なるほど。つまり君は、みとれ罪に該当する。

目高   みとれ罪。

刑事   かつてメデューサとよばれる魔性の女は見るだけで人々を虜にし、マグロ漁船に次々と乗り込ませた。

目高   ひぇええー年貢の納め時―・・・。

刑事   そのまま帰ってこないものもいたらしい。

ふたり  合掌。

刑事   そこで彼女を取り締まるために出来たのがみとれ罪。分かったか。

目高   分かりません。

刑事   わかれよ。懇切丁寧に説明したぞ。

目高   だから私はあくまで天気予報をですね・・・

刑事   君、悪魔みたいな男だな。どこの女子高生のパンツに明日の天気が書いてあるんだ。

目高   やっぱりその日の天気とかは気にして下着とかは選ぶんじゃないですか? ほら。お年頃なんだし。

刑事   なるほど。君、名前はなんという。

目高   目高です。

刑事   こういうときは、フルネームで名乗るのが劇場のマナーというやつだ。

目高   目高太一郎です。

刑事   なるほど。目高太一郎。お前はなかなかに分かるやつだ。

目高   光栄です。

刑事   それだけに凶悪だ。それに、反省の余地も見られない。

目高   そんな。冤罪だ。

刑事   どこをどういう風に善意に解釈すれば、これが冤罪になるのか聞いてやるから簡単な説明文で言ってみろ。

目高   ええと・・・

刑事   3,2,1、ぶー。高木ブー。

目高   ・・・なんですか。

刑事   とにかく。しばらく刑務所で頭でも冷やせ。それがいーい薬です。

目高   わ、私が見たかったのはパンツなんかじゃないんだ。青少年の夢を見たかったんだ!



間。



刑事   ・・・お前、ホントにその言い訳でいいわけ?



間。



目高   いえ、まあ。

刑事   いや、今のはアレだ。言葉の宇宙の神秘的な乱数的なアレでああなって、こうなったんだ。わかるだろ?

目高   いいえ。

刑事   お前は案外話が分からない男だな。

目高   もともとです。

刑事   じゃあ、あれだ。なんか面白い話しろよ。

目高   私には黙秘権があります。

刑事   お前、あれだな。今、お前はお前という存在を世間的に認められているという前提で話をしているな。

目高   何の話でしょう。

刑事   天気の話だよ。

目高   天気でしたら、明日は晴れませんよ。この目で見ました。

刑事   ほうほう。何色だった?

目高   どんよりグレー・・・じゃなくて。天気といえば、今横断歩道を渡っているおばあさんは、今にも大金を振り込みそうなおばあさんですねぇ。

刑事   話がバク転したな。



そう、いつの間にか舞台は様変わりしている。

劇場から街中になっている。

通行人が立ち止まったふたりを避けていく。



目高   ほら、あそこの人。

刑事   なんだろうな。

目高   きっと詐欺ですよ。振り込め詐欺。ほら早く行かないと。

刑事   いいか、よく聞け。

目高   任せてください。

刑事   俺は今、俺の職務を全うしている。一人の人間が、あれやこれやとやってしまったら、世界はやがて使い道もない人間ばかりになってしまうだろう。そのニートの中からニータイプがきっと生まれてくるだろう。有害電波の浴びすぎで、よく分からん悪影響の突然変異がこの世界を支配するだろう。ああなんて恐ろしいことだ。だから俺があの詐欺を止めるわけには行かないんだ。分かってくれるな。

目高   いいえ。



刑事   お前はホントにわからん子ちゃんだな。

目高   あえて訂正するなら、わからん子くんです。

刑事   そうかそうか。殴ってやろうな。ほら。

目高   おとなしく殴られてあげる代わりにお願いなんですが、

刑事   なんだ。

目高   刑事さんが助けないなら、私がおばあさん、助けてもいいですか?

刑事   好きにしろ。



目高、いい感じにおばあさんを助ける。



目高   いやあ、良かったですよ。おばあさんが振込詐欺に合わなくて。

刑事   そうだな。謝金で一万円貰えたもんな。

目高   ティッシュにくるんで渡してくれましたよ。鼻かも。

刑事   そうだな、目高。

目高   なんですか? 名前呼んじゃって気持ち悪い。

刑事   君はその目高という名前にコンプレックスを持ったことはないか?

目高   なんですか、突然。

刑事   いいから、言ってみろ。情状を酌量してやる。

目高   え・・・まあ、ありますけど。めだかちゃんって、よくからかわれましたよ。

刑事   だよなぁ。実はそうじゃないかと思ってたんだ。

目高   なんですか、突然気持ち悪い。

刑事   俺の名前、まだ言ってなかったな。

目高   ええ。

刑事   俺の名前はな。吉幾三だ。

目高   ・・・え?

刑事   吉幾三だ。

目高   同姓同名ですか?

刑事   そう。親父がファンで。よし! と思って、つけたらしい。

目高   よし! 苗字一緒! みたいな。

刑事   そう。小学校の頃なんてひどいもんさ。パスをもらうたびに「吉幾三、よしいくぞ!」って大声で叫ばれた。

目高   それは実は言ってる方も非常に恥ずかしいと思うのですが。

刑事   腹いせにそう思うことで、私は今日まで生きながらえてきた。

目高   それはまたなんというか、壮絶な人生ですね。

刑事   私がこうして刑事になったのも、元はと言えば、名乗ったときに笑われないためだ。



ふっと芝居モードにはいって。



刑事   刑事部の吉幾三です。



目高、必死に笑いをこらえている。



刑事   ・・・みたいな感じだ。

目高   よく分かりませんが。

刑事   つまり権力で笑いを封じるんだよ。人間、ファニーニに笑われたら負けだ。

目高   へい、ファニーニ煮一丁!

刑事   観られるんじゃない。魅せるんだよ。

目高   随分と哲学的ですね。お腹がすきました。

刑事   すき家でも行こうか。

目高   え、今護送中じゃないんですか?

刑事   それなんだが、ひとつ、情状的に酌量した結果、相談がある。

目高   はい。

刑事   お前のその卓越した観察眼をひとつ正義のために活かしてみようとは思わないか?

目高   演技下手ですね。

刑事   いや・・・まあなんだ。俺はお前にも幸せになってほしいのさ。なんかな、お前のこと、他人事とは思えなくてナ。

目高   演技じゃないのも下手ですね。

刑事   つべこべいうな。

目高   つべこべ。

刑事   分かった。つまりこれはあれだ。取引だ。

目高   なるほど。司法取引ですか?

刑事   まあ、そんなもんだ。

目高   なあんだ、そういうことですか。よく分かりました。

刑事   よろしい。初めからそう言っておけばよかったんだ。

目高   そうですよ。

刑事   そうだな。

ふたり  はっはっは。



目高   ところで正義ってなんですか?

刑事   まあ、権力の二つ名だな。

目高   お腹がすきました。

刑事   次サーティーワン行くぞ、サーティーワン!

目高   よし、いくぞう!

刑事   殴ったぞ。

目高   殴られてから言われても。

刑事   これが権力ってものさ。理由は後から作る。劇団の名前考えるのと同じさ。つわものどもが、夢のあとってな。

目高   なるほど?


#2 観察日記をつけることの犯罪性についての考察



舞台上には、女。

彼女の名前は敷島玲子。

敷島は、病院勤めをしている。その診察室のひとつ。

ゆったりと過ごしている。



舞台上には目高。黒い傘を背に、敷島を観察している。



目高   三月二十日。今日から観察日記をつけることになった。詳しい経緯については、また追って書き記すことにする。彼女の名前は、白衣につけられたプレートから、敷島玲子ということが分かった。眼科医である。今のところまだ特に不審な行動は見受けられない。よって、観察日記をつける練習として、私のいるビルの屋上に咲いているアサガオの観察を同時に行っていこうと思う。今日の天気はあいにくの雨。アサガオのつぼみは閉じてしまっている。よって、このアサガオは、つぼみちゃんと名づけることにした。脳内でのアテレコは平野綾。これといって他に書くこともないので、今日はこれくらいにしといてやる。



刑事   まて。

目高   はい?

刑事   誰が日記を書けといった。

目高   え?(指差す)

刑事   俺は、彼女の観察日記をつけろといったんだ。

目高   え、だから、観察日記ですよ。

刑事   ほう。じゃあ、たった今からここで、お前のポエムを朗らかな美声で朗々とで朗読してやろうか。んー・・・ろぉおおおおー。

目高   いやぁ、冗談ですよ。冗談。

刑事   しっかりやれ。



目高   ・・・というわけで、それからというもの、目を鷹のように鋭くして、敷島玲子を観察している。それはさておき、今日のお昼ご飯はなんだろう。そろそろ幕の内弁当も飽きてきた。うなぎが食べたい。ここで一句。うなぎがさ、早く食えよと、私呼ぶ。め、だ、か。うん、いい出来だ。そうそう、アサガオの観察も順調だ。そろそろ種をつける頃だ。詳しいことは、別冊めだかの観察日記を参照されたし。そうそう、めだかの観察日記だが、観察してるのはアサガオである。



刑事   だからな、そういうのは、心の中で解決しろよ。

目高   え?

刑事   え? じゃねぇ! 俺が依頼したのは、敷島玲子の観察日記なの! 彼女が時々怪しい行動をするから、その真偽を確かめろって言ってるの! アサガオは別になんも怪しくないの! そういう分かりきったことは小学生にでもやらせとけ!

目高   いや、でも見てください、このページ。ちょっと変化があったんです。

刑事   どこかで聞いたような台詞だな。

目高   あれですか。既視感ですか?(メガネをかける)

刑事   ・・・で、いつの日記だって?



目高   三月二十七日。私はふとした違和感に気付いた。それはまるでウォーリーを見つけたときのような感動で、一度見つけると、その存在は次第にはっきりと輪郭を描き出した。見えるとは、見つけることに似ているのかもしれない。そう。診察室に第サンの人物が浮かび上がってきたのだ。



ちなみに、この人物は、最初からずっと診察室に立っている。



刑事   看護師さんじゃないのか?

目高   ふつうはそう思うでしょう。まあ、続きを読んでください。



刑事   最初は看護師さんだと思った。誰もがそう思うだろう。実につまらない推測である。しかし、既に私は彼女の好きなジャニーズのタレントから、ペットのポチの名前まで彼女のことを知り尽くしている私は、ついにそれに気付いてしまったのである。後半へ続く。



刑事   続いたぞ。

目高   続きはこちらです。



刑事   それに気付いた私は思わず腰を抜かしてしまった。そう、その人物は一切やってきた患者さんと相互に反応していないのである。つつつつ・・・つまり、幽霊?



刑事   アホか。

目高   メガネがずれてしまうじゃないですか。

刑事   そうか。



間。



刑事   あれ。お前、メガネデビューいつからだ。



目高   三月二十八日。アサガオはいつの間にか枯れてしまっていた。まあ、いい。それよりも、今の観察対象は敷島玲子である。彼女はどうやら、幽霊の存在を認識しているらしく、時折会話をしている。時々笑う仕草がちょっと可愛かったが、今は不気味に見える。以前、『敷島玲子はヒトリゴトが多い』と書いたことについてはここで訂正しておこう。着眼点は良かったが、見る目がなかった。真実の奥には、その真実を支える更なる真実が時にあるものなのだ。その真実を辿っていくと、我々はどこへたどり着くのだろう。物質の最小単位が原子であるように、真実の最小単位はなんであろうか。それはあくまでマクロスコピックなもので、いや、そもそも、原子という思想が始まったのは(叩かれる)、とにかく彼女もどうやら私に気付いている、と私は気付いた。そう言われてみると、彼女のメモしていたものはカルテなどではなく、なんと、大学ノートではないか。しかも、同じ色、同じ形。これは彼女からのメッセージではないだろうか。ということは、そこに書かれているのは、私の、・・・観察日記ではなかろうか。



刑事   なんだか中学生の淡い初恋みたいな展開だな。

目高   そうですか?

刑事   お互いに気にしあってはいるけれど、お互いに勇気がなくて話しかけられないところとか。

目高   やっていることはお互いに犯罪じみてますが。

刑事   三月二十九日。今日はあの子が二回、私のことを観てきた。これって、もしかして、恋?



目高   そんなこと書いてないですよ。

刑事   でもなぁ、この展開はまるで、

目高   よく考えてください。ストーカーみたいなことをしていたと思ったら、

刑事   両思いだったんですよ。

目高   じゃなくて! もういいです。続きいきましょう。続き。四月一日。私は、敷島玲子に会うことにした。

刑事   え?



敷島、道を歩いている。

目高、近づいて、



目高   すみませーん、アンケートやってるんですけど、ちょっとお時間よろしいですか?

敷島   え、あ、ええ。いいですよ。

目高   じゃあ、ちょっとあそこの喫茶店、入りましょうか。

敷島   望むところです。

目高   え?

敷島   いえ。



刑事   なんだその誘い文句は。

目高   なかなか洒落てると思ったんですが。

刑事   そうか。まあ、動揺しているときなんてそんなものだ。

目高   ええ。私もドキドキでした。なにせ、彼女も私の観察日記をつけているかもしれない。そんな妄想みたいな考えが私の中に渦巻いていたんですから。



はいから ご注文は、何になさいましょうか。



敷島   ・・・・・・。

目高   ・・・・・・。

敷島   あ、コーヒーをふたつ。

はいから かしこまりました。少々お待ちくださいませ。

敷島   それで、アンケートというのは?

目高   す、すいません、ちょっとトイレに!



刑事   どうしてなにも喋らなかったんだ?

目高   実は私はそのとき、猛烈に緊張していたのです。それでトイレに行きたくて、もう頭の中は洪水ですよ。

刑事   勝負事の前にはちゃんとトイレに行っておかないと。劇場のマナーだぞ。

目高   そうでした・・・・・・ただ、この時私が気付かなかったのには別の理由があったんです。

刑事   別の理由?

目高   もう少し日記が進むとわかります。

刑事   よし、行ってこい!



目高   すいません、ちょっとトイレが混んでたもので。

敷島   緊張されているんですか?

目高   あ、ええと・・・まいったなぁ。実は私、アンケート初心者なんですよ。まだ研修終わったばかりで。

敷島   そうなんですか。それも嘘ですか?

目高   ・・・え? あ、トイレに・・・

敷島   行ってらっしゃい。

目高   すみません。



目高が席を離れると、喫茶店の時間が止まる





刑事   やばいじゃないか。

目高   そうなんですよ。もうこの時ふたりの緊張は天才テレビ君で言ったら

刑事   MAXなんだろう。俺には分かるんだぞ。

目高   そうです。



目高、言いながら、席に戻る。

時間は進まない・・・ように見えるだけ。



目高   ふたりの間での探りあいでした。死線とはこのことを言うのでしょうね。相手の目が何を見ているのか。瞳の奥に映っているのは何か。

刑事   なかなか異様な光景だな。

目高   傍目からはそう見えるでしょう。でも、ふたりの間では、会話が進んでいるのです。



敷島   ところで、アンケートというのは、何のアンケートなんですか?

目高   ああ。ええと、今、女性の方がどのようなニーズをお持ちかを調べる調査なんですけど・・・。

敷島   馬から落馬していますよ。調べることが調査ですから。

目高   確かに。ええと。アンケート、答えてもらってもいいですか?

敷島   いいですよ。

目高   おいくつですか?

敷島   最近はやりのあらさー。それ以上は秘密。

目高   結構です。・・・ご職業は。

敷島   医者よ。眼科医なの。

目高   そうなんですか。お医者さんなんですね。

敷島   いつも思うのだけど、見ていたら分からないかしら?



敷島、白衣を着ている。なんという街中に浮いていただろう女。



目高   見ていたら、というのは・・・



間。



敷島   もちろんこうやって、今、話していることですよ。

目高   あ、

敷島   それ以外に何かありますか?

目高   あ、いや、そうですよね。そうですか。お医者さんなんですね。それで、ご趣味は・・・?

敷島   人体解剖。

目高   ・・・え?

敷島   嘘。手相占いですよ。どれ、ちょっとお手を拝借。

目高   あ、はい。

敷島   大凶!



目高   ええっ!

敷島   あなたの寿命はあと三年ですね。

目高   ・・・手相占いで大凶ですか。

敷島   ええ。信じられない気持ちはよく分かります。でも、大丈夫。ここですっぱり途切れてしまっているあなたの生命線も、私のメスを入れて伸ばしてやれば・・・あはははは・・・あーっはっはっはっはっは!



といいながら、敷島、カッターナイフの刃をカチカチカチと出す。



目高   いや、そんなバカな!

敷島   そんなステキなカッターが、今ならひとつ、5万円♪ おひとつ、どうですか?

目高   あ、いえ、間に合ってますので・・・。

敷島   アンケートは終わり?

目高   (こくこく)

敷島   そう。楽しかったわ。帰るのが名残惜しいくらい。ありがとう。

目高   いえ、こちらこそ。

敷島   ちゃお!



敷島、はける。



刑事   ついに本性を現したわけだ。

目高   ていうか、ちょっと待ってください。

刑事   なんだ。

目高   なんだじゃないでしょ。やばすぎるでしょ。

刑事   そうか?

目高   私は、この日の出来事で確信しました。逆ストーカーされてたんですよ。見ていると思っていたら、観られていた。いつ解剖してやろうかと、ほくそ笑みながらね。



刑事   そうかそうかそれは大変だなぁ。

目高   刑事さん。

刑事   なんだ?

目高   殴っていいですか?

刑事   話し合いで解決しようか。

目高   いいでしょう。真面目にやってます?

刑事   うん!

目高   やっぱり殴っちゃいけませんか?

刑事   目高くん。人を見た目で判断してはいけないよ。

目高   ココロスコープ!(シャキーン)

刑事   なんだね、それは。

目高   人の心が見えるメガネです。うわぁ、まっくろ。

刑事   殴っていいか?

目高   人は、見た目じゃ判断できないんでしょう?

刑事   ココロスコープ!(ジャキーン)

目高   実は、私、もう一度彼女に会いにいったんですよ。

刑事   ・・・え?



目高   彼女からファンレターを貰ったんです。

刑事   彼女って・・・敷島玲子から?







場面が変わる。病院になる。敷島、いつもの通り座っている。



敷島    次の人、どうぞ。



目高、診察室に入る。



敷島    あら、こんにちは。

目高    こんにちは。

敷島    はいからさーん、ちょっと来てくださいます?

はいから  はーい。



目高、ファンレターを差し出す。



敷島    まさか本当に来るとはねぇ。何年ぶりの生きのいいお客さんかしら。

目高    ははは・・・。

はいから  あら、こんにちは。

目高    お手紙をくださったのは・・・。

はいから  私ですよ。ずっと前からあなたが私を観ていらっしゃるものだから・・・。

目高    はあ・・・。

敷島    気付いてないのかしら? あなたには特別な力があるのよ。

目高    特別な力?

敷島    あなたにはね、人に見えないものが見えるの。簡単に言うと第六感ってやつ? つまり、・・・あ、紹介してなかった。

はいから  ひどいですよ、敷島玲子。

敷島    ごめんなさい。こちら、はいからさん。

はいから  ごきげんよう。

目高    見えてるんですよね。

敷島    それはどちらかというとこちらの台詞なんだけど。

目高    はあ。

はいから  失礼な人。こんなにお洒落なのに、お世辞のひとつもいえないなんて。

目高    あ、はあ・・・すみません。

はいから  はいからよ。はいからと呼ばれているの。よろしく。

目高    あ、目高です。

はいから  めだかって、名前なの? お洒落ね。

目高    はあ、ありがとうございます。

敷島    フルネームで教えてくれる?

目高    劇場のマナーですか?

敷島    患者さんだから、カルテ作らないと。

目高    目高太一郎です。診察できたわけでは・・・

敷島    ちょっとお話しましょ。

はいから  お紅茶、入れてくるわ。

敷島    ありがとう、はいからさん。



間。



目高    あの・・・。

敷島    私ね、眼科医なんだけど、私のところには時々ちょっと特殊な患者さんが来るのよ。あ、あなたはたまたまね。

目高    はぁ。

敷島    ねぇ、目高くん。人はどうして目が悪くなるか知ってる?

目高    レンズを歪める目の筋肉が弱るから・・・?

敷島    ピンポーン。正確にはね、緊張したままになっちゃうわけ。見よう見ようとして、力の抜き方を忘れちゃうのね。でも、そうじゃない人もいる。

目高    遠視とか乱視とか・・・

敷島    いや、そういう次元じゃなくて、うん、いい言葉かも。つまりね・・・例えば、・・・異世界が一緒に見えちゃうとか。

目高    ・・・そんな、まさか。

敷島    そうよね、普通は信じられないわ。でも、放っておくと大変なことになるわよ。運転中にいきなり目の前にお花畑が現れて、急ハンドルであははははーとか・・・冗談じゃないのよ。

目高    いや、でも・・・それはさすがにちょっと。

敷島    でも、はいからさん、見えるんでしょ?

目高    見えるというか・・・そりゃあ・・・うーん。え、ちゃんとその・・・いるんですよね。

敷島    まあ、納得できないのも分かるわ。人は目の前に広がる現実をゆっくり受け入れることしか出来ないから。初めてメガネをかける時って、大体の人は戸惑うし、嫌がるわ。そういうものだから。

目高    はあ・・・。

敷島    納得いかない?

目高    よく分かりません。

敷島    うん。じゃあ、何が聞きたい?

目高    ええと。



間。



目高    ファンレターは、はいからさんからですか?

敷島    そ。あなたがずっとこっちを見つめてるっていうから。

目高    分かるんですか?

敷島    人というのは、案外自意識過剰なのよ。ずっと見られてるとね、気付くものなの。

目高    ・・・・・・。

目高    そうですか。そのノートは・・・。

敷島    ああ、これ? 一日10人ずつ名前を書かないと不幸になっていくノートなんだけどさ。今日はまだ全然埋まってないの。

目高    名前を書かれた人は・・・・・・

敷島    安心して。名前を書かれた人はみんな元気になってここを出て行くわ。

目高    そうですか。どうしてそれを選んだんですか?

敷島    ・・・え?



間。



はいから  お待たせ。お紅茶どうぞ。

目高    あ、ありがとう。

はいから  熱いうちにどうぞ。

目高    あの・・・怒らないで聞いて欲しいんですけど、

はいから  はいはい?



間。



目高    はいからさんって、幽霊ですか?

敷島    ・・・え?

目高    あ、いやその・・・

はいから  何言っちゃってんの。それ、あんた相当失礼だよね。それってつまりあれだよね。私がここにこうして生きてるのが信じられないってことだよね。つまり何? 私が死んでるって言いたいわけ。え、なに? 見た目? 見た目が古臭いって言いたいの。私なんて、いまどき全然はいからじゃないって言いたいの。ああ、そう。ああ、はい、そうですね。分かりました。私はこれで下がらせていただきます。敷島先生、私、旅に出ますので、またお会いしましょう。

敷島    そうですか。道中、お気をつけて。

目高    え、あ・・・その・・・。



はいから、いなくなる。



敷島    ぶー。

目高    ごめんなさい。

敷島    人って案外自意識過剰なのよ。

目高    たった今、少しだけ分かった気がします。

敷島    彼女は特に、ついかっとなるタイプなの。

目高    そうですね。

敷島    知った口を利くんだね。あ、その紅茶、飲まないほうがいいよ。

目高    え、あ、はい。

敷島    ところで目高くん。・・・目はいいほう?

目高    え? ええ。

敷島    まずは視力検査、してみよっか。どれくらいずれてるか調べないとね。



目高    右です。左です。上です。・・・え、それ、どこもあいてなくないですか?



敷島    ちゃんとあいてるよ。

目高    え、・・・下ですか?

敷島    はずれ。上。・・・ちょっとメガネ、かけてみよ。



目高、メガネをかける。



目高    ・・・あれ? 上ですね。

敷島    うん。まあ、そういうことだ。



敷島    つまりね、この世界は3次元の上に成り立っているわけだけど。私達より高次の生命体というやつはやっぱり確かにいるわけ。

目高    はあ。

敷島    幽霊とか、宇宙人とか。そういう類のもの。でも、見える人がいるのも事実。だから、そういった目撃情報があるってわけ。UFOとか。あれは一応見えない体で飛んでるわけ。アンダスタン?

目高    アンダスタン。

敷島    それを見えなくするメガネ、というのかな。

目高    見えなくするメガネ。・・・なんだか不思議ですね。

敷島    不思議?

目高    いや、なんとなくです。どうして見えない方がいいのかなって。

敷島    まあ、薬、出しておくから。食後にちゃんと飲んでね。

目高    はい。ありがとうございました。

敷島    お大事に。

目高    あ、あの・・・・・・

敷島    何?

目高    あなたは何者?

敷島    ご想像にお任せするわ。他に何か質問は?

目高    ありません。

敷島    そう。さようなら。



敷島、ノートをそっと開く。



はいから  三月二十五日。今日もあの人は、私のことを観ています。私はここにいる。確かにここにいるのよ。あの人だけは私のことを観ていてくれる。みんな観て! 私だけを観ていて!



敷島、ノートを閉じる。



敷島    はいからさん、字、見にくいよ。



診察室。

刑事が入ってくる。

彼の本当の名前は池山大樹である。

これが後に知られるかは、現時点では分からない。



池山    玲子、彼は?

敷島    帰ったよ。

池山    そうじゃなくて。

敷島    まあ、症状はよくある幻覚症。精神的に何かショックなことがあったんだと思う。薬は出したから、症状は落ち着くよ。

池山    そうか・・・。

敷島    え、何? 知り合い?

池山    痴漢。

敷島    え?

池山    というのは事実だが、冗談だ。

敷島    なにそれ。

池山    ・・・まあ、なんだ。一応高校の同級生。

敷島    そうなの? ほっとけばよかったのに。

池山    いや、見て見ぬふりとかはさすがにできなくて。まさかこんなことになってるとは・・・。見つけたのが俺でよかったよ。

敷島    世の中そんなもんよ。誰がどうなるかなんてわかんないもん。見た目じゃないのよ涙は、ふっふー♪

池山    つれないな。

敷島    私もね、そんなに暇じゃないの。あ、飾りか。

池山    ふうん。うらやましいね。

敷島    そっちはどうなの、副業のほう、順調?

池山    ああ・・・まあ、ぼちぼち勧誘してるよ。

敷島    ふーん。見えないところにこそ、本当の自分が見つけられる! だっけ? 精神科医の私としては、患者が増えそうで厄介な話ね。

池山    一人の友人としては?

敷島    はいからさんみたいな人と、どうやって付き合っていったらいいかなぁ。

池山    つきあい長いの?

敷島    まあ。見え隠れする秘密の友人ってところかな。

池山    見えるところにいないのは、その人の責任さ。ただ俺達は、今見えるものを見ていればいいんだ。

敷島    なんか教祖っぽい!

池山    そう? 真実だと思うけど。

敷島    あー、なんか誘惑されちゃうなぁ。

池山    入信しとく?

敷島    んー、考えとく。・・・ところでさ、来週の日曜、一緒にご飯でもどう?

池山    え?

敷島    ほら、八年ぶりの再会を祝してさ。

池山    うん・・・分かった。いいよ。


#3 人を正しく導くことの犯罪性についての考察



ふたりの存在がある。

男でもいいが女でもいい。人間であるかも分からない。

真実として、あればいい。



フアン   何を見ているんだい?

アンド   なんだろうね。観られていることを見ているんだ。

フアン   違うんじゃないか。観ていることを観られているんじゃないか?

アンド   その発見は、大きな進歩だ。

フアン   そうだろうか。

アンド   人は、宇宙に出て、地球の青さを知った。

フアン   ガガーリンという人が。

アンド   それは初めて人を外から見た瞬間だった。

フアン   人は、常に周りに人を見ているのに。

アンド   誰に観られているのだろう。

フアン   ずっと観ているだろう。あそこに彼らが座ってからずっとだ。

アンド   ずっとか。動かないな。

フアン   動かないな。つまらない。

アンド   最近はずっとだ。

フアン   そうだな。

アンド   最近君は何を見ているんだ?

フアン   小さなものだ。非常に小さいもの。

アンド   それは小さいことなのかい?

フアン   それは小さいものだけど、小さいこととは違う。

アンド   分からないね。

フアン   小さいものの真実を知ることで、人は安堵するんだ。

アンド   安堵するのか。

フアン   君の名前だ。

アンド   私の名前だ。

フアン   君は何に見られているんだい?

アンド   大きいものだ。非常に大きいもの。

フアン   それは大きいことなのかい?

アンド   それは大きいものだけど、大きいこととは違う。

フアン   分からないね。

アンド   大きいものの真実を知ることで、己の矮小さを不安に思う。

フアン   不安に思うのか。

アンド   君の名前だ。

フアン   私の名前だ。

アンド   安堵したかい?

フアン   不安に思うよ。安堵したかい?

アンド   安堵したよ。いつもの君だ。



はいからさんが通る。



アンド   はいからさんが通るらしい。

フアン   お茶を出してくれなければいいけれど。

はいから  こんにちは。ご機嫌いかがですか?

フアン   こんにちは、はいからさん。実にフアンな空模様ですね。

アンド   こんにちは、はいからさん。実にアンドできるファッションですね。

はいから  ありがとう。お褒め戴き光栄ですわ。それに引き換え、世の中には非常識な方もおりますのよ。

フアン   非常識ですか。

アンド   非常識とはまた、難解な。

はいから  私を幽霊と見間違えたのですよ。この、はいからな私を。

フアン   はいからさん。見間違いを責めてはいけない。

アンド   見間違いはその人だけのものです。

フアン   一人ひとり自分の観たものが本当だと信じるおまじないのようなものです。

アンド   非常に大切なこの世界の新しい知ですよ

2人    はいからさん。

はいから  難しい言葉がお好きなのね。

フアン   分かりやすくいうならば、

アンド   見間違うことで、人は恋に落ちていくのですよ、はいからさん。

はいから  あなた方には分からないでしょうね、この気持ちは。

フアン   あなたははいからですから、貴方のこのたびの旅、私は不安です。

アンド   あなたのはいからさに、私は常に安堵しておりますよ。

はいから  ありがとう。あなた方の言葉は常に完璧に作られたものなのね。

2人    どういう意味ですか?

はいから  彼はきっとこちらには来られないでしょう。非常識な名医が彼を囲い込んでいるのです。

アンド   彼を導いてやることは出来ないだろうか。

フアン   それが果たして正しいことでしょうか。

アンド   我々の常識はそれを是とします。

フアン   彼の世界ではそれを否とします。

はいから  是が非でも、とは言いません。失礼な人と、お友達になろうとは思いませんから。でももし、・・・もし私のお茶の誘いを断らない、数少なくなっていく友人の一人として、彼があり続けてくれたら、私はとても幸せです。

フアン   そうですか。

アンド   そうですね。

はいから  それでは私はこれで。皆様、ごきげんよう。

フアン   ごきげんよう。

アンド   ごきげんよう。







目高    最近はずっともやがかかってるみたいな感じがして・・・。

敷島    そうね。霊感の強い人はみんな初めはそう言うわ。見えていたはずのものが見えなくなると、人は不安を感じるものよ。でも継続することが大事。続けていくことで、症状は次第によくなるわ。お薬、飲んでる?

目高    あ、はい。

池山    それからというもの、彼とはよく話をしています。大学で同期だった敷島玲子が、精神科医として好意的に協力してくれています。彼の病状については、私には詳しいことは分かりませんが、

敷島    うーん・・・彼の見たいという欲求をなんとか解消してあげられたらいいんだけど。

池山    見たいという欲求?

敷島    何かを見たいと思うことって、すごい自然な欲求だと思わない。例えば素敵な異性を追ってしまうのって、人間のとても動物的な行動だわ。これをおさえるのは、生きるという意味であまりよくない。

池山    たまには幻覚にトリップした方がいいってこと?

敷島    人は、夢を楽しめる生き物よ。妄想や空想は、人にとって大切なバイオリズムなのだと私は思う。問題はそれが現実であるか、ファンタジーであるか、判別がつかないってこと。

池山    難しい問題だな。

敷島    そう?



目高    五月十二日。今日も敷島玲子に会ってきた。敷島玲子はあれ以来、倒錯的な行動を示さない。彼女に何か心理的な変化でもあったのだろうか。そういえば、いつからか、はいからさんを見なくなった。変わったのは、私だろうか、それとも、私を取り巻く環境だろうか。或いは敷島玲子なのだろうか。

池山    報告、ご苦労さん。

目高    刑事さん、これ、もう何も出てこないと思いますよ。

池山    いや、俺の勘が言っている。まだ早いって。まずそもそもの問題は、敷島玲子は、精神科医じゃない。ただの眼科医。ところが、メスを持ちたがったり、精神疾患の診断をしたりしようとする。そんな全能感のようなものが彼女を支配している・・・そうは思わないか?

目高    そう言われても。

池山    それにしても、お前、段々文章うまくなってきたな。どうだ。この仕事が終わったら、作家にでもなってみたら。

目高    作家ですか。旅の途中で、作家は何を観ているんでしょうと考えたことはあります。

池山    そうか、お前の職業は旅人という名のニートだったか。

目高    スライムは倒しましたよ。市の科学実験で造ったやつ。

池山    ・・・目はちゃんとつけたのか?

目高    ええ。福笑いの要領で。

池山    それはよかった。レベルは上がったか?

目高    ええ。それに私はれっきとしたフリーターです。

池山    れっきとしたってなんだ?

目高    あれ、何の話でしたっけ?

池山    作家になったらどうだ?

目高    作家とは誰のことなんでしょうか。

池山    お前のことだよ。







目高    五月二十日。私には今、観たいものがあります。それがどんなものか、今の私にはうまく説明することができません。もやの向こう側にあって、よく見えないのです。それは或いはとてもみにくいもので、心のどこかでそれを観ることを私自身が拒んでいるのかもしれません。はいからさんにもう一度会ってみたい。そんな想いが最近、ふと私の中に生まれました。浮世離れしたような彼女は、あるいは新しい世界への道先案内人なのかもしれません。私には焦りがありました。私の見たいという欲望が次第に薄れていくことが、私は恐ろしい。私が怖れていいのは、或いはそれだけなのかもしれません。意味の難解さや、不連続さに困惑し、白靄の向こう側を見ようと、背中を伸ばしてみることに怯えてしまっているのかもしれません。それだけが私は恐ろしい。



フアン   これはまたおかしなものを身に着けているな。

アンド   おかしなもの?

フアン   今尚、見ている我々を見ている3次元の皆様がたにも分かる言葉で例えるならば、雰囲気のようなものだ。雰囲気は見えないけれど、感じることが出来る。

アンド   フアンは雰囲気を見ているのかい。

フアン   空気を見ているのさ。彼を取り巻く不穏な空気を。

アンド   空気が彼の呼吸を奪っていくのを?

フアン   ひどく息苦しそうだ。

アンド   生きているとは、息してることだろうね。今の彼はひどく無理して息をしているよ。私はそれが不安だ。

フアン   アンド、君が不安になるとは、珍しい。私はそれが不安だ。

アンド   生きている限り、不安になることもあるさ。

フアン   安堵することも?

アンド   さあ、最近はめっきり・・・。

フアン   はいからさんをみてごらん。彼女は自由な空気を吸っている。

アンド   ああ。自由の空気は安心と信頼の、有機栽培の空気で安堵するよ。

フアン   誰かの空気を吸うと、誰かの空気に染まっていくのさ。私はとてもそれが不安だよ。

アンド   大丈夫。それは一瞬の気の迷いのようなものさ。







やまぶき  よろしくおねがいします。よろしくおねがいします。



街角。

やまぶきは新興宗教の信者である。

人の数だけ真実はありえるが、

真実の数は、実は、人の数ほど多くはない。



そこに目高が現れる。

歩いている。なんだか雰囲気が違う。





やまぶき  よろしくおねがいします。

目高    何を?

やまぶき  え、あ、ええと。今日、講演会があるんです。良かったら来てみませんか?

目高    講演会。

やまぶき  見えないところにこそ、本当の自分が見つけられる。そう思ったことはありませんか?

目高    見えないところにこそ、ね。

やまぶき  そうです! 今の自分は、本当の自分じゃない。本当の自分はきっと別にいて、僕らはそれを探す旅人なんだ・・・って、先生は言っています。

目高    僕らは、旅人・・・

やまぶき  ええ。

目高    昔そんな詩があったね。僕らは、旅人

やまぶき  ありましたね! 時のー・・・旅人―♪



目高    実は私、見るということに関しては、人一倍関心がありまして。

やまぶき  そうですか。では是非・・・

目高    君はどうだろう。

やまぶき  え?

目高    君は見ることが好きだろうか。

やまぶき  見る・・・ですか?

目高    そう。人は見て心地よいものを見ようとする。知ろうとする。それが見る、ということだ。目は、いいものを見ると磨かれて、どんどんクリアな、いいレンズになっていくんだよ。

やまぶき  でも世の中には目を背けたくなるような現実が延々と広がっていますね。

目高    だがね、

やまぶき  でも、見えないところにこそ、真実がある。僕たちが見ているのは、報道のレンズ越しの、テレビ局の電波塔ごしの、ゼロとイチの発信記号ごしの、そんな真実は、誰にとっての真実なのでしょう。

目高    ・・・語るねぇ。語る男は好きだよ。

やまぶき  そうですか?

目高    君も宗教をひとつ興すといい。

やまぶき  宗教なんてそんな簡単に興せるのでしょうか?

目高    君は国家の三要素を知っているかい?

やまぶき  主権、国民、領土ですね。

目高    じゃあ、宗教の三要素とは?

やまぶき  信者、教祖、信念ですか?

目高    いや少し違うな。信念はいらない、欲しいのは野望だよ。

やまぶき  なるほど、勉強になります。

目高    うん。覚えておくといい。人の数だけ真実はありえるが、真実の数は、実は、人の数ほど多くはない。

やまぶき  よく分かりませんね。

目高    私にもよく分からんが、私の宗教に入ればよく分かるよ。

やまぶき  あー、ちょっと誘惑されますね。



池山    やまぶき君を連れて行かないでもらえるかな。

目高    そうか、君はやまぶき君というのか。初めまして。



やまぶき、池山を見る。



やまぶき  先生!

池山    やまぶきくん、真実は見つかったかな?

やまぶき  いえ・・・まだまだです。



目高    ・・・あれ? 池山じゃないか。どうしたんだ、お前。こんなところで! 久しぶりだな。

池山    え、お前・・・。

目高    正気だよ。

池山    ・・・え?

目高    ・・・なんだよ、出会いがしらに。

池山    それはこっちの台詞なんだけどな。まあ、いいや、ちょっとこい。先生、先生!

敷島    はいはい?



池山    これは?

目高    ラジオ。

池山    これは?

目高    オーブン。

池山    ここは?

目高    ンジャメナ。

池山    これは?

目高    ・・・な、なっとうの海?

池山    じゃあ、これは?

目高    右。



目高    右です。左です。



敷島    これは?

目高    ・・・上です。

敷島    そう、それは良かった。



目高    正常なんですか?

敷島    ええ、正常。

目高    少し残念、かな。

敷島    残念?

目高    ええ。

敷島    この世界で生きていくには不便なだけよ。

目高    ええ(客席を見ている)。でも、残念だと思うんです。

敷島    それでも欲しかったんだ?

目高    見えないところにこそ、本当の自分が見つけられる。でしょう?

池山    ん、ああ。



敷島    正常よ。

池山    あれで?

敷島    何も見えなくなったんでしょ? 普通に生きていけるじゃない。

池山    そうだけど。

敷島    ・・・何?

池山    精神科医、敷島玲子の仕事は、これでよかったんだろうけどな・・・・・・いち友人としては、これ、どうなんだ?

敷島    私は最善を尽くしたよ。ノートに書かれた人がまた一人、幸せになった。差別もひいきもしてない。なに。どうしたの。

池山    俺、この宗教始めるとき、お前に相談しなかった。

敷島    え?

池山    刑事になって、5年目のことだ。

敷島    別に大学の中では仲良かったほうだけど、まさか卒業してもこうしてまた会うなんて思ってなかったし。おかしいところなんてないじゃない。

池山    そうだよ。俺には何も見えてなかったんだ。

敷島    なにそれ。

池山    いや。俺、人を幸せにしたくて新興宗教を始めたんだ。



間。



敷島    そうなの? お金が欲しくて始めたんだと思ってた。

池山    ・・・ばれたか。

敷島    ばればれ。

池山    そうか、そうだよな。安月給がつらくてさ! じゃあ俺、そろそろ刑事に戻るわ。

敷島    そういえば、外で待ってる子、なんていったっけ?

池山    ん?

敷島    あんたの信者。

池山    ああ・・・やまぶきくん?

敷島    彼はいつから?

池山    宗教始めた頃だよ。きっかけをくれたのは、彼なんだ。

敷島    ふうん。信じてくれる人がいるって、いいね。

池山    ん、なんだ、突然。

敷島    いや・・・ねぇ。ちょっとだけ話してもいい? あなたは誰を信じてる? 私を信じてる? 私の診療あってると思ってる?

池山    なんだいきなり。

敷島    いや、やっぱりなんでもない。

池山    なんでもなくはないだろう。

敷島    いや・・・自分でもね、何が真実か分からなくなってきちゃって。

池山    ・・・・・・。

敷島    なんだか、喋れば喋るほど、幻想の世界を見ている彼らのリアリティーが増してくるの。まるで、こちらが幻想で、あちらが本当の私達の世界であるみたいに。

池山    ・・・そう思っているうちは、大丈夫なんじゃないか?

敷島    ・・・私、なんか薄っぺらくてさ。

池山    ・・・・・・いや、なんでもない。今のは聞かなかったことにする。

敷島    ・・・そっか。

池山    ・・・・・・じゃ、また。

敷島    うん。来週のデート、遅刻するなよ。

池山    あいよ。



池山いなくなる。



敷島    あんたもうちに通った方がいいんじゃない?





暗転。


#4 間奏



レストラン。チリンチリン。



はいから  いらっしゃいませー



明転。

敷島、食器で音楽を奏でる。

どうにもこうにも酔っているらしい。



池山    行儀よくないぞ。

敷島    そう? 私が普段一緒にいる人たちよりよっぽど私は行儀がいいわ。診察中に「あ、富士の秘湯が私を呼んでいる」とか、言い出して診察室を出て行くの。まったく、意味がまったく分からないわ、まったく。

池山    まったく言いすぎだぞ。

敷島    いいのよ。まったくっていうことで、私はストレスを解消しているの。まったくもってね。

池山    酔ってるよな?

敷島    酔ってないよー。



間。



敷島    ・・・・・・なんかごめんね。

池山    え?

敷島    愚痴につき合わせちゃって。

池山    今に始まったことじゃないだろ?

敷島    ・・・そっか。大学時代もよくこうやって飲んでたっけ。

池山    まあな。

敷島    ・・・・・・感謝しないといけないかな。

池山    なにが?

敷島    目高くんにさ。

池山    ・・・・・・

敷島    私たち、本当は大学を卒業したらきっとそのまま二度と会わないでおじいちゃんとおばあちゃんになって、いつの間にか登録していたメールアドレスも変更されていて、知らない仲になっていくはずだったんじゃないかなぁ。

池山    そうかな。

敷島    小学校の先生も、林間学校ですごく仲良くなったおじさんも、スイミングのコーチも、みんな今頃どこで何をしているかなんてまったく知らないし。・・・・・・見えない人は、この世からだんだん消えて行ってしまうんじゃないかなぁ。私、池山くんに会うまで、ちょっと消えそうだった気がする。

池山    じゃあ、目高に俺からありがとう、って言っとくよ。

敷島    うん。



間。



敷島    私達、今度はいつまで付き合い続けるんだろう。

池山    藪から棒に何を。

敷島    もう診察はおしまい。私たちもおしまい?

池山    それを決めるのは俺たち。

敷島    ・・・ねぇ、約束しよう。

池山    え?

敷島    半年に一回だとまだ贅沢かな。・・・年に一回でいいや。一年に一回はこうやってどこかご飯食べに行こう?

池山    別にそんな遠いこと約束しなくても、来週だって、再来週だって、空けようと思えば空けられるぞ?

敷島    そうやって、いつの日かを境に、私達は不意に永遠の別れを迎えてしまうんだよ。

池山    ・・・・・・生きてるんだ。そういうこともある。

敷島    ・・・本当に、いつまで私はいるんだろう。

はいから  彼が夢から覚めるまでね。

敷島    ・・・誰?

池山    おい、どうした?

はいから  そうしたら綺麗さっぱり全部おしまい。

敷島    はいからさんなのね。どこにいるの! そんなでたらめ言ったらもう二度と診察室入れてあげないんだからね!

はいから  別にかまわないわ。私は旅に出るんですもの。

敷島    あなたばっかり自由でずるい!

はいから  あなたはそうやって所属して、すっかり生きているみたいに振る舞っていくのね。

池山    おい、どうしたんだっ!



暗転。音楽は流れ続ける。



目高、道を歩いている。

ショーウインドウにうつる自分を観ている。



フアン   彼はどこにいくのだろう。

アンド   彼の行くべきところへ。

フアン   アンド、君には未来が見えるのだろう?

アンド   3.5次元は未来への融解曲線。見渡す限りの水平線が広がっていく。

フアン   3.5次元は過去への融解曲線。見張らんばかりの地平線でもあるんだよ。私には数えられない有限の過去が見える。

アンド   そうさ。だから君はフアンなんだ。過去はどこまで行ってもあったこと。これからあることには、非常に不安定で、盲目的だ。

フアン   例えば、そこにはいからさんが通るとしよう。

アンド   きっかけだね。きっかけはいつも気付かないうちに過ぎていく。

フアン   もし、それに気付いたら・・・?



はいからさんが現れて、ふっと、目高の後ろを横切る。

目高、気付いて、追う。



アンド   そんなことは分かっていたさ。

フアン   そうしたら、彼はどこにいくのだろう。

アンド   いいかい、フアン。言葉になった未来はもれなく詩に埋め尽くされてしまうだろうね。

フアン   そうなってしまったら、もう手立てはないんだね。

アンド   そうさ。







はいから、二人の元を尋ねる。



フアン   誰だろう。

アンド   はいからさんと、目高くんだよ。

フアン   そうなのか。

アンド   フアン、いつになく君が嬉しそうで、私はフアンだよ。

フアン   アンド、いつになく君がフアンそうで、私もフアンになるよ。

アンド   いいかい、フアン。我々はあくまで彼の見えている次元での我々を振る舞わなければならないのだよ?

フアン   その通りだよ。





目高、ノックする。



アンド   はい。

フアン   はい。

アンド   準備とうちの株価はどうだい?

フアン   上々だね。



音楽。



スクリーンプレイ。

目高は作家になるのだ。

そして、最後にプラカードが。

そこには3年後と書いてある。うわーお。

しかし、それが本当かどうかを判断するのは、

それをみているあなたに委ねるとしよう。



アンドの中の人→亜人(あひと)

フアンの中の人→布人(ぬのひと)

としてこれからは出てくる。


#5 夢を追いかけることの犯罪性についての考察



目高    さあ、レクレロボロニカへようこそ! 君がこの街で最初に目にするのは、はいからさん。この街の道先案内人さ。町長から直々にガイドをよろしくお願いされてるべっぴんさんだ。



やまぶき、はいからさんと同じ格好で出てくる。



やまぶき  ・・・ごきげんよう。お茶でもどうですか?

あひと   はいはい、いらっしゃいませ。レクレロボロニカへ、ようこそ!

目高    はいからさんにお茶を勧められたら要注意。飲んで気分が悪くなる前に病院へ。

あひと   ぅえっほん。私が、町長の、ミルクニ・コーンフレーク13世であるぞ。

やまぶき  ああ、町長さん。ごきげんいかだ?

目高    いかだ?

あひと   ミルクニ・コーンフレーク13世である。

やまぶき  町長さん、もうこんな時間ですわ。旅のお方をもてなさなければ。

あひと   そうかそうか。だが、私が直々にもてなそう。君の手を煩わせたりはしないよ、はいからさん。

やまぶき  そうですか・・・残念ですわ。また後ほどお会いしましょう。

あひと   夕暮れ時にはお知らせください。

やまぶき  はぁーい。



やまぶき、去っていく。



目高    この町の時計はたったひとつ、はいからさんだけがもっているのです。はいからさんは冨や権力、つまらない人間関係や、時間にだって、縛られることはないのです。いつでもどこでも、遊園地のショーの主役のように、どこにだって夢と希望と絶望と敗北とをもって颯爽と現れるのです。そんなはいからさんにみんなどうしたって惹かれていくのです。



ぬのひとが、帽子を目深にかぶって現れる。



ぬのひと  ファンなんです! サインください。

目高    握手&サイン会だからね。そうだろうね。

あひと   いやいやいや。握手&サイン会ですから。

目高    握手&サイン会なんだろう?

あひと   握手&サイン会なんですよ?

目高    あひとさん。実は私・・・握手&サイン会というのが初めてで右往左往してしまってだね。

あひと   正面のファンの方とだけ触れ合えばいいのです。

目高    具体的には?

あひと   先生は、いちからじゅうまで説明しないといけないですか。

目高    にからでも大丈夫だよ。

あひと   ああそうですか。じゃあにからいきますよ。

ぬのひと  あー、よかったぁ。

ふたり   え?

ぬのひと  二辛、大丈夫なんですねぇ。差し入れにって思って、CoCoらで一番のカレーなんですけど、辛いかなぁって。

目高    いちからお願いします。

あひと   了解です。いいですか、まずは、正面の目標にカーソルを合わせます。

目高    なるほど。

あひと   そうしたら、足は肩幅。脇を締め、内角を抉りこむように、エーボタン。うつべしうつべし!



ぬのひと  うわっ!

あひと   打っちゃダメでしょ!

目高    あなたがいいだしたんだが。

あひと   それは、言葉の綾というものです。とにかく、それはもう、2001年宇宙の旅のAIのHALもびっくりなくらい機械的にやるのです。はい、次。はい、次。はい、次。はい、次。はい、差し入れありがとう、次。はい、次。はい、次。



ぬのひと、七変化。妖怪変化でもいい。

マフラー、メガネ、サングラス、マスク、フード、ニット帽などを駆使して、別人として七回、目高と握手する。



目高    なんだか自分がオニのようだよ・・・

あひと   なんのことです?

目高    なんのことって、あのね。

あひと   よく考えてみてください。握手&サイン会ですよ。イケメン、イケ子の売れっ子俳優さんならまだしも、目高先生は顔で売ってるわけでもないわけだし、握手なんてしても誰も嬉しくないわけですよ。

目高    ねぇ、・・・なんで握手会にしたのさ。

あひと   大丈夫です。サインするのです。サインしまくるのです!

目高    私のサインもらって何が嬉しいんだろうか。

あひと   いいですか、貴方のサインには価値があるんです。貴方のステキな本を読んで、サインが書いてあったら、ぎゅっと抱きしめちゃうくらいの価値はあるんです。

目高    よし、女の子のには魂込めよう。

あひと   とにかく書きましょう。



目高、サインをする。時々間違えて、コサインもする。



あひと   カレー食べます?



目高、カレーを食べる。



目高    もう食べられません!

あひと   はい、オーダーストップです。キープアウト!





キープアウト隊(スタッフ)が出てくる。

やまぶきとときわが出てくる。

キープアウトのテープを張る。





スタッフ  お疲れ様でーす。

目高    お疲れ様でーす。ありがとうございました。これからも応援よろしくお願いします。



間。



あひと   はい、お疲れ様でした。

目高    私は帰るよ。



やまぶき  どうして君はいなくなってしまったんだ。

ときわ   空を飛べないって分かったから。

やまぶき  そんなこと、本当は最初から分かってたじゃないか。君と一緒に居たい。

ときわ   無理だよ・・・

やまぶき  そんな僕のささやかなる願いは、君が空を飛べないからって、どうして一緒に失くなってしまわなければならないの。

ときわ   だったら、世界が変わるまで待って。

やまぶき  え?

ときわ   重力の上下が逆転して、私でも空を飛べるようになるまで、私は眠るわ。

やまぶき  わかった。それまで僕も空に眠ろう。

ときわ   いいの?



目高    編集者として、どう思う?

あひと   プロにはなれないね。

ふたり   ありがとうございました。







あひと   先生、これからの予定は?

目高    とりあえず今夜は友人と飲む約束をしているんだ。しばらくは放っておいてくれ。

あひと   そうですか。また次回作の構想が出来ましたらFAXしてください。

目高    うん。明日にでも。







FAXの音。



ぬのひと  あ、ごめん俺だ。



ぬのひと、携帯電話を取り出す。



ときわ   ご注文は何になさいますか?

目高    ええと、この午前なのに紅茶で。

ときわ   おふたつでよろしいですか?

ぬのひと  なんでも。ごめん、ちょっと返信するわ。

目高    うん。じゃあ、それで。

ときわ   かしこまりました。注文繰り返させていただきます。午前なのに紅茶をおふたつ、でよろしいですか?

目高    うん。



間。

ボタンを押す音がぴっぴっぽ、と鳴る。

男女ふたりが話をしている。



ときわ   私たち、すれ違いばっかりね。

やまぶき  そうだね。

ときわ   そうよね。

やまぶき  僕たち、もう終わりにしよう。



間。



やまぶき  お別れしよう。

ときわ   別れましょう。

やまぶき  今日でお別れだ。

ときわ   ええ。

やまぶき  君に初めて出会ったのもここだったね。

ときわ   そうね。

やまぶき  働いている君が、そっと手紙をくれた。コースターの裏にそっと添えてね。

ときわ   昔の話よ。

やまぶき  ときには昔の話もいいじゃない。

ときわ   そう。

やまぶき  最後に言いたいことはないかな。

ときわ   ないよ。

やまぶき  最後なんだよ。後腐れなんて何もないんだ。

ときわ   嘘ばっかり。あなたはいつだってそうやってふてくされているんだよね。

やまぶき  そんなこと・・・ないよー。

ときわ   いいわ。話すわ。

やまぶき  ・・・ごくっ・・・

ときわ   実はね、私・・・ベジタリアンなんだ。

やまぶき  ・・・え。

ときわ   うん。



間。



やまぶき  いや・・・ああ、そうか。それで君は、肉を嫌っていたんだ。そうか、そう・・・だよね。いや、うん。そうだよね。ははは・・・。

ときわ   え、貴方は何のことを言っているの。

やまぶき  いや、なんでもないんだ。別に僕は僕が恐怖の大魔王アンゴルモアの弟子だったように、君が野菜嫌いにはグリーンピースのパンプキンセロリ銀河からやってきたパンプキンセロリ星人だとは思ってなかったよ。

ときわ   そうだったの。私はあなたのことを両手同時に使わないと気がすまない、シンメトリースケルトン星人だと思っていたのだけど、そうじゃなかったのね。

やまぶき  そうだったんだ。

ときわ   そうだったんだ。

やまぶき  そうだったんだ。

ときわ   そうだったんだ。



間。



ときわ   最後にあなたのこと、少しだけ分かった気がする。

やまぶき  僕もだ。

ときわ   やっぱり別れましょう。

やまぶき  別れようか。

ときわ   あなたはシンメトリースケルトン銀河へ。

やまぶき  あなたはパンプキンセロリ銀河へ。

ふたり   さようなら。







ふたりは席を立つ。



目高    仕事?(ふたりをみたまま)

ぬのひと  うん。

目高    最近はどうなの?

ぬのひと  それなりに忙しいかな。ほら、殺人事件があったろう?

目高    殺人事件?

ぬのひと  そ。ほら、刑事一家惨殺事件。

目高    惨殺事件。

ぬのひと  二週間前くらいだったかなぁ。結構騒ぎになったぞ。それの担当になってさ。・・・テレビ見ないの? 

目高    締め切りが近くて。

ぬのひと  あ、缶詰ってヤツ?

目高    まあ。

ぬのひと  実在するんだ。

目高    都内のホテルに寿司詰め。

ぬのひと  寿司おいしかった?

目高    編集さんが買ってきてくれたけど、味なんてしないよ。もう、恐怖だから。

ぬのひと  恐怖?

目高    書けなかったら、ニートだから。もう生きた心地しないから。

ぬのひと  書けたら?

目高    売れっ子。

ぬのひと  極端だな。それってちゃんと生きてるのか?

目高    生きてるよ。毎日ね。

ぬのひと  そうか、大変だな。

目高    まあ。バランスの難しい職業だから。

ぬのひと  そうか・・・。バランスか・・・。



間。



ぬのひと  なあ、目高。神様って信じてる?

目高    ・・・え?

ぬのひと  俺、時々海外に取材に行くんだけどさ。時々、自分が死ぬんじゃないかって思うことがあるんだ。或いは誰かを殺しそうになったり。

目高    海外、いいね。

ぬのひと  案外いいもんじゃないぞ。衛生環境が特にひどい。

目高    ああ、よく聞くね。

ぬのひと  何回か食あたって・・・あ、食あたってっていうのは、食あたりになってってことね。それで、トイレに駆け込んだんだけど、もうね、天地がひっくり返るくらいはくわけ。息する暇とかなくて、胃の中のものがとりあえずとめどなく出てくるわけ。海外のトイレなんて、穴掘ってるだけみたいなもんだからさ、もうね、地球にダイレクトにゲロするわけ。

目高    ああ、ライオンの口から温泉が出てくるみたいな。マーライオーン!

ぬのひと  そう。そんな感じ。だから、俺の仕事もホント、バランス崩したら死ぬみたいな職業だなって。

目高    で、神様は?

ぬのひと  うん。いや、その惨殺事件の話なんだけどさ。その刑事っていうのが、新興宗教やってたらしくてさ。

目高    うん。

ぬのひと  バランス崩しちゃったのかなって、な。思っちゃうわけよ。日記とか見ると。

目高    日記。

ぬのひと  ああ・・・ちょっとコネがあって、日記、見せてもらったんだけど・・・。なんて書いてあったと思う?

目高    ・・・・・・さあ。

ぬのひと  『みんなしあわせになりますように。』だってさ。夢みるのもいいけどさ。笑っちゃうよな。

目高    その人って、(刑事の特徴)みたいな人?

ぬのひと  ・・・え?

目高    ・・・・・・なんとなく、ね。

ぬのひと  なんでお前知ってんだ? お前、あれか・・・エスパーか?

目高    いや、まあ、そんな感じ。(メガネ取る)

刑事    目高、久しぶりだな。元気でやってるか?

目高    うん。・・・まあ。(どっちにいってるか曖昧)

刑事    そうか、それは良かった。

目高    死んだんだ。

刑事    いいや。もともと死んでたみたいなもんさ、俺なんて。

ぬのひと  おいおい、誰と話してるんだ。やめろよ、気色悪い。

目高    ごめん。私には君が見えないことになっているんだ。

刑事    そうなのか。

ぬのひと  そうなのか? 突然だな。

目高    まあ、いろいろとね。

刑事    俺がなにかは聞かないんだな。

目高    弟でしょ。ふたごの。

刑事    ふっ・・・なるほどね。・・・そうさ。さすが、あいかわらず勘がいい。それじゃ、これで失礼するよ。・・・あ、そうそう。ひとつ言い忘れてた。あの観察日記、どうなってる?

目高    え?







人が話しながら次々入ってくる。



やまぶき   先生、今までどこで何やってたんですか。

あひと    先生、原稿届いていないんですけど。

ぬのひと   お前、どうしたんだ。何かあったのか?

刑事     俺は見てしまったんだ。

あひと    困るんですよ、締め切り守ってもらわなくちゃ。

やまぶき   探したんですよ、先生がまさかあんなことになるなんて。

ぬのひと   目高。

刑事     いいか、俺の本当の名前は、―――(聞こえない)

あひと    目高先生。次の作品の構想、出来てるって電話で話しましたよね。

やまぶき   私、新しい夢が出来たんです。

ぬのひと   おい、聞いてるか?

刑事     俺はただ、幸せになってほしかった。なのに、

あひと    先生、ちょっと聞いてますか。

ぬのひと   実は俺、お前に相談があって、

やまぶき   ピアノを買って、

あひと    私の野望、協力してくれるって約束したじゃないですか。

ぬのひと   書いて欲しい題材があるんだ。

刑事     はじめから誰もこの世界に焦点が合ってなんていなかったんだ。



間。



はいからさんが出てくる。

何も言わず、ただ、喫茶店の中を歩いていく。

誰も気付いていない。



ぬのひと   いやぁ、会社の上司に頼まれちゃってさ。

やまぶき   その街角にピアノの置いてある小さな喫茶店を開こうと思うんです。そこにはちょっと変わったお客さんがやってきて、常連のお客さんたちが数ある難事件を解決していくんです。どう思います?(その後も話し続けている)

あひと    私、今の出版は危ないと思うんです。このままじゃやがて、イチとゼロの虫も食わない電子の世界に飲み込まれてしまいます。世界は無限に大きくなって、でも読者がそれについていけない。面白いものが散漫になって、やがて圧倒的なおもしろくないものに埋め尽くされて、新しいものが生まれなくなっていく。それが怖いんです。先生はきっと違いますよね。いつまでも生き続けてくれますよね。埋もれたりしませんよね。(その後も話し続けている)

刑事     なにもかも使い捨てだよ。まるで現実になっちゃいない。取材に来たメディアも、まるで自分達が見たことを偉いみたいに語る。何が偉いものか。まるで焦点があってない。



目高     はいからさん。

はいからさん ごきげんよう。



刑事     本当に大切なことは目を逸らさないことだ。ちゃんと見ることだ。フォーカスを変えて見せたり見せなかったり出来るような、そんなものじゃないんだ、現実というのは。それが分かっていない人間が多すぎる。



目高     私はあなたにずっと会いたかった気がする。

はいからさん そちらは賑やかでいいですね。さようなら。



目高     いいえ。私は常に孤独です。雪のように真っ白なキャンパスの上をはだしで歩いています。足の裏には誰かのイタズラでペンキが塗られていて、歩くたびに不恰好な色がつきささります。私はその笑いかけてくるような色に叫びたくなります。悲しいまでに明るい孤独なのです。



はいからさん、はけている。



目高     待って。まってください、はいからさん。私には心が見えないのです。誰の心も見えないのです。彼らとどう付き合っていけばよいのか、分からないのです。



間。

しゃべっている。

いつの間にか、目高とは関係ないことを喋っている。



目高     やめろよ。



間。



目高     やめないか。



間。



目高     やめてください。



間。



目高     ああああああああああああぁぁあああああぁぁぁぁぁあああ!!!!



目高、叫ぶ。暴れる。



ぬのひと   どうした目高、大丈夫か。



何も変わらない、間。





ぬのひと   それでな、作品のプロットの話なんだけどな、俺はやっぱり、カッコイイヒーローを出すべきだと思うんだよ。もちろん俺みたいな、とは言わないけど、参考にしてくれたりしちゃってくれたりしてもいいぜ。変身の掛け声とかって言うのはやっぱり最初に決めとかないといけないよな。それで、俺考えたんだけど・・・(その後も話し続けている)



目高     ・・・・・・・・・・・・・・。



目高     帰るね。

4人     まあちょっと待てよ。

目高     もういい! もう、いい。一人にしてくれ。ひとりでもいい。ひとりが、いい。みんながいるほうが、よっぽど孤独だ。



目高、はける。



ときわ    ご注文の午前なのに紅茶、お持ちいたしました。

ぬのひと   ああ、もういいって。

ときわ    え?

ぬのひと   茶番は終わり、らしい。

ときわ    そうですか。お疲れ様でした。

ぬのひと   お疲れさん。帰ろうか、レクレロボロニカの世界へ。

ときわ    なんだったんでしょうね。

ぬのひと   さぁ。夢だった、らしい。

ときわ    らしい?

ぬのひと   夢の形は、その人にしか見えないからね。



ぞろぞろとはける。


#6 真実を知ることの犯罪性についての考察



目高    ええと、まずはあなたのお名前から教えていただけますか?

ときわ   ときわ貴子、今は大学生をやっています。

目高    名前、俳優の常盤貴子と一緒だね。

ときわ   よく言われます。父が昔ファンだったらしくて。

目高    昔ってそんな昔じゃなかろうに。

ときわ   でも、思ったらしいですよ。よし、苗字一緒! って。

目高    はは・・・。最近は流行ってるんですかね、有名人と同じ苗字つけるの。ちょっと前とか、一時期流行ったでしょう、康介とか・・・

やまぶき  遼とか。

目高    そう、遼とか。

ときわ   でも最近は、ちょっと変わってきましたね。

目高    そうかなぁ。そうかもしれないね。

ときわ   時代ですかねぇ。

目高    時代ですねぇ・・・。

ときわ   ところで、これは何の取材なんですか?

目高    ああ、そうか。

やまぶき  ああ・・・私から。

目高    あ、じゃあ、頼むよ。

やまぶき  目、どうかされたんですか?

目高    いや、最近全然メガネの度が合ってなくてさ。

やまぶき  それ、早く医者行ったほうがいいですよ。放っとくとどんどん進行しますよ。

目高    うん。この後行くよ。

ときわ   それで、何の取材なんですか?

やまぶき  ああ・・・。

ときわ   直接会うまでは話せないって、なんか随分と今日、ここ来るの怖かったですけど。

やまぶき  うん。ごめんね。そのせいで、かなり断られたんだけど、君みたいな冷静な判断の出来そうな子が取材に応じてくれて助かったよ。

ときわ   どうも。

やまぶき  うん。ええとね、これは本を書くための取材なんだ。

ときわ   本を書く? ノンフィクション? 作家さんなんですか?

やまぶき  書くのは、目高先生なんだけど、僕はちょっとその殺害された刑事さんに関わりのあった人で、その・・・どうしても真実が知りたいんだ。

ときわ   助手みたいな感じですか?

やまぶき  うん、まあ、そんな感じかな。ええと、じゃあ、まずはときわさんが犯人を見たときの状況から教えてもらえるかな。

ときわ   はい。私のよく通る道になんかできてるなぁーって思ったら、白い建物が立ったんです。

やまぶき  建物、ね。

ときわ   そう、なんか研究所、みたいな、ちょっと変わった感じで。

やまぶき  研究所みたいな・・・。

ときわ   そうなんですよ。なんか、壁が白塗りされていて、窓が全然ない建物でした。誰が住んでるかわからないけど、結構いろんな人が出入りしてるみたいなので、ちょっと怪しい団体かなんかかなぁって、なんとなく思いながら、様子を伺ってたんです。そしたら、

目高    そうしたら?

ときわ   いや・・・その、信じてもらえないと思うんです。

目高    どうして?

ときわ   私、実は今精神科医にお世話になっているんです。

目高    うん。

ときわ   だから、誰も何を言っても取り合ってくれないんじゃないかって。

目高    うん。

ときわ   それでも聞いてくれますか?

目高    Seeing is Believing 百聞は一見にしかず。貴方のここで話す言葉は、ニュースの言葉よりもずっと役に立つと思う。

ときわ   そうですか。でしたら、お話します。まず私が見たのは、たくさんの黒い服の人たちでした。

やまぶき  その黒い服の人たちというのは、具体的にはどんな方でしたか? 年齢とか、身長とか・・・

ときわ   フードの陰に隠れて・・・

やまぶき  そうですか。

ときわ   それになんだか夕暮れ時で妙に薄暗かったんです。その時は単に、ああ、日が短くなったんだなぁ、というぐらいにしか感じなかったんですけど、今思えば、あれはまだ8月の終わりくらいの話でした。

やまぶき  事件が起きたのはちょうど貴方が目撃した直後でした。

目高    つまり、その黒い服の集団が犯人だと・・・

ときわ   そこまでは分かりません。私にはただ、その家の真っ白な外壁が黒く黒く染まっていくような錯覚にとらわれて、ただただ恐ろしくなったのです。



敷島、いつの間にか、そこにいる。

ふたりに接点はないように見える。



敷島    その時ね。銃声が聞こえたのは。

やまぶき  銃声。

ときわ   唸り声だったと思います。まるで地獄のそこから這い上がってくるような。昔ゴーストという映画ありましたよね。観ました? 黒服の人たちがまるで・・・いえ、これは私の妄想ですね・・・

目高    いえ、聞かせてください。

ときわ   まるで、死の国からの使いじゃないかって。

やまぶき  銃声はどこから?

敷島    さあ。大きなビルの陰になってたから音が反響しちゃって、どこからかは・・・

やまぶき  そのビルというのは、江ノ島大学ですね。

敷島    もうその場所のこともあんまり詳しく覚えてないの。

目高    大丈夫ですよ。落ち着いて、ゆっくり思い出してもらえればいいのです。時間はたっぷりあります。

ときわ   あれは一体なんだったのでしょうか。

敷島    真実が知りたいの?

目高    ええ、是非。

やまぶき  貴方はどう思いますか?

ときわ   あれは、みんながそこに得体の知れない何かを見出そうとしたからではないでしょうか。

やまぶき  得体の知れない何か。

敷島    私、あの人と付き合ってたのよ。

ときわ   聞けば、いわゆる宗教家みたいな怪しげなイメージじゃなくて、評判のいい優しい刑事さんだったそうじゃないですか。

目高    そうみたいですね。

敷島    家庭があるなんて知らなかった。サイテーね。

やまぶき  どちらが。

ときわ   サイテーですね。そんな得体の知れない何かを見ようとして、誰かが見たって言い出して、いることになって。それがあれになって、殺したんですよ。

敷島    ねぇ、ちょっとした実験ね。ここに三角形と四角形の紙があります。(三角形と四角形の紙を取り出す。四角形を三角形の後ろに少し隠す。)どう見える?

目高    四角形の後ろに三角形が隠れている。

敷島    どう見える?

やまぶき  同じです。

敷島    ふうん、嘘つきね。

目高    なるほど。

ときわ   嘘じゃないですよ。私は見たことを言っただけです。

敷島    これはね、ピアジェの発達理論って言ってね、・・・小さい子は正直なものよ。これは、三角と四角の組み合わさった形だって答えるわ。どう、どこか間違ってる?

目高    いいや。

敷島    見えたものがあるはずがない。本当は何かあるはずだって、人は真実を知りたがるわ。原因のないことが不安なのね。どうして起こったかわからないから。いつどこで起こるかわからないから。

やまぶき  どうして彼は殺されたんだと思いますか?

敷島    さあ。・・・何かを見てしまったのかな。知ったらとてもじゃないけど、生きていけないこと。生きていくには自分に嘘をついて、死んでいるみたいに生きていかないといけないような何か、秘密を。

ときわ   真実を見てしまった私は狙われるのでしょうか。あの刑事の一家が殺されたときと同じように、黒い服の・・・あの喪服みたいな黒衣服の行列が、葬式行列のような陰鬱な雰囲気が私の命を飲み込むのでしょうか。私はどこに逃げたらよいのでしょうか!

やまぶき  ちょっと・・・落ち着いてください。

ときわ   どこに行けば安全なのでしょうか。助けを求める声がする気がするんです。時々女の人の声で私を誰かが呼ぶのです。



はいから、ふらっと現れる。



はいから  ときわさん。こちらにいらっしゃって、お茶でもどうですか?



ときわ   そう、ちょうど、こんな声で!

はいから  あなたはいつまでそこにいるつもりですか? 誰かの親愛なる隣人であり続けても、あなたの物語は始まらないのですよ。

ときわ   私は今から目を覆って泣きます。そうすれば声も届かない! 光も届かない!

はいから  あなたは何を探しているの?



目高    はいからさん・・・。



やまぶきには見えない世界。



一同     ペットのジャスティンが死にました!(一同=あひと、ぬのひと、やまぶき、敷島、池山など)



ときわ    いなくなったんだよ。ある日・・・

一同     ある日いつもどおりに帰ってきたらいなかったの。







ときわ    ただいまー。・・・あれ?(ザワザワと何かがいなくなっていく予感)・・・ジャスティン?



ときわ    ジャスティーン。ジャスティン? ジャスティーン?



あひと    どうしたの?

ときわ    ジャスティンがいなくなっちゃったの。

ぬのひと   ジャスティンって何? カレシ?

あひと    え、トキワって、ガイジンのカレシいんの?

ときわ    違うの。ペットなの。ペットのトカゲなの。ジャスティンがいないと生きていけないの。

ぬのひと   え、何そのキャラ設定・・・・・ウケるんだけど・・・!!

あひと    え、この写真に写ってるのがジャスティン?

ときわ    うん。

ぬのひと   え、ちょっと冗談キツいって。

あひと    冗談だよね。

ときわ    ・・・ジャスティンがいなくなっちゃったの。

あひと    いやいや、必死過ぎだって!

ぬのひと   トカゲでしょ~

あひと    ジャスティーン!

ぬのひと   タカコ~~!

あひと    うわっ、なにそれ、キモッ!

ときわ    キモいかな・・・

2人     うん。

あひと    今日のタカコ、ヘンだよ。

ぬのひと   なんか悪いもんでも食った?

あひと    トカゲとか?

ときわ    そうかな・・・

ぬのひと   ねえ・・・冗談だよね。







ときわ    ・・・・・・うん。

あひと    だよねー。

ぬのひと   あーもう、演技うますぎだから!

ときわ    ごめん・・・ちょっと出来心でさ。

あひと    ねー、お腹すかない?

ぬのひと   あ、すいたかも。

あひと    どっか食べいこ?

ぬのひと   いこいこ。

あひと    トキワ、はやくー。

ときわ    あ、・・・うん。



事故音(キキー、ドーン)



ときわ    ジャスティン?



暗転。



敷島    まあ、精神的ショックね。

やまぶき  どれくらい続くのでしょうか。

敷島    薬、出しておくわ。

やまぶき  お願いします。

目高    お願いします。

敷島    久しぶりね。こんな形の再会になるなんて。元気?

目高    この度はご愁傷様で・・・

敷島    めがねの度が合わないって?

目高    ええ。

敷島    うーん、だいぶずれてるね。職業、作家だっけ?

目高    ええ。今日は、取材に来たんです。

敷島    取材?

やまぶき  ええ。

敷島    ああ・・・なるほど。やまぶきくん。久しぶりね。元気?

やまぶき  ええ、おかげさまで。

敷島    そう。・・・で、真実が知りたいのね。

目高    ええ。

敷島    作家になったんだって。すごいね。本、読んだよ。『レクレロボロニカの置手紙』

目高    ありがとうございます。

敷島    夢溢れるいいお話だった。・・・で、どうしてこの事件を描こうって思ったの?

目高    ・・・・・・どうしてでしょう。そこに事件があったから。



間。



目高    いや、認めてもらいたいからだと思います。

敷島    誰かの目に留まりたいのね。自分は生きている。生きていていいんだって。認めてもらいたい。

やまぶき  生きている意味ですか。目高さん、言ってて恥ずかしくないです?

目高    そう言ってしまうほうが今は恥ずかしい。

やまぶき  そうです? 生きている意味なんてないんですよ。それを探すために生きている。それでいいじゃないですか。



間。



目高    そんなヤホー智恵袋に書いてあるような回答じゃ、もう生きていけないんだよ。これまでは生きてこれた。でもこれからは無理なんだ。

敷島    ・・・何を見たの? 死なないと生きていけないようなもの?

目高    はいからさん。

敷島    え?

目高    先生は、はいからさんを覚えていますか?

敷島    ええ。

目高    最近またはいからさんをよく見かけるんです。

敷島    貴方は、貴方の物語にはいからさんを見つけたんだと思ってた。

目高    ・・・え?

敷島    なんでもない。それで?

目高    彼女は不意に現れるんです。例えば、鏡の向こう。街角のショーウインドウの向こう側。水溜りの、空の向こう。虹の彼方。夢のあとさき。



アンド   あまのはしだて。

フアン   霧の夢の中。

アンド   炭酸飲料の泡の中。

フアン   桜並木の思い出。

アンド   楽しかった修学旅行。

フアン   旅立ちの日に。

アンド   時の旅人。

フアン   IN TERRA PAX

アンド   地に平和を。

フアン   僕らにひとときの夢を。

アンド   はじまり。

フアン   地平の奥の見えない、星を見つめ。



敷島    そう。・・・真実が追いかけたくなったんだ。

目高    はい。

敷島    君の眼の中には星があるね。

目高    え?

敷島    いい星だ。その星は、残酷に輝いて、夜の闇を奪い去って、何もかも明白にしてしまうんだ。

目高    ・・・その・・・

敷島    いいよ。私の知ってること、話してあげる。



暗転。


#7 n次元の宇宙の果てにたどり着いた人類の存在の犯罪性についての考察



敷島    行っちゃった。

刑事    そうだな。

敷島    隠れるの、いい判断だったわ。

刑事    どうも。クローゼットの中、もうちょっと片付けようか。

やまぶき  あ、これ、目高太一郎の観察日記です。今週の活動は、作家と称しての握手&サイン会。高校の同級生という人物との会食。取材の名目での、無差別の聞き取り調査。以上です。見返してみても、ちょっとすごいですね。

敷島    うん。彼の世界、壊さないでくれてありがとう。

やまぶき  いえ・・・。

敷島    ちょっとずつね。・・・彼の世界を否定しないでちょっとずつ、壊していこう。そうしたらきっとよくなるから。

やまぶき  はい。

敷島    やまぶきくん、最近調子はどう?

やまぶき  どう・・・ですか?

敷島    どうなの?

やまぶき  どう見えます?

敷島    健康、かな。

やまぶき  それは良かった。

敷島    この分なら、もう社会復帰しても大丈夫なんじゃない?

やまぶき  それは良かった。・・・本当に。

敷島    え、何? 何か楽しみなこととかあるの?

やまぶき  ええ。僕、働いて、ピアノの置いてある、小さな喫茶店を開こうと思ってるんですよ。





はいからさんを追いかけるように、

ふたり(目高とときわ)が、歴史的発見を次々していく。





フアン   何を見ているんだい?

アンド   小さいものだ。とても小さいもの。

フアン   それは、小さいことなのかい?

アンド   小さいことさ。だけど、小さくない。

フアン   どうしてそう言える?

アンド   人は悩み、やがて結論を見出す。

刑事    どうしてそう言える?

ときわ   史実がそれを物語ってきた(考古学者の格好。虫眼鏡)

敷島    人はいろんなものを見たい欲求にしたがって科学を進歩させてきた。



ときわ   先生、どちらへ?

目高    分からん。だが、こっちだと呼ぶ声がする。

ときわ   ちょ、ちょっと待ってください。



アンド   人は見たいという欲求を常に持っていた。

敷島    紀元前、古代文明の繁栄していた頃、人々は水晶の中にもうひとつの世界があることを知っていた。

フアン   その世界を通った光は炎を起こし、その屈折する光は未来を占い、人々を惑わせた。



目高    ここにレンズが生まれたんだ。

ときわ   見えないはずのものが見えることを知ったんですね。



刑事    10世紀。アレクサンドリアの光学書。

敷島    アレクサンドリアのファロス島に建てられた巨大な灯台は、反射鏡を使って敵の船を燃やすことが出来た!



ときわ   先生、これは・・・

目高    顕微鏡、双眼鏡、望遠鏡。どれも鏡という字がはいっているだろう。レンズと鏡は紙一重なんだ。鏡の向こうにもレンズの向こうにも見たことのない世界が広がっているんだ!



アンド   1590年、ヤンセン、顕微鏡を発明。

フアン   17世紀、顕微鏡が盛んに作られるようになった!



ときわ   先生・・・生物の中にこんな構造が・・・

目高    素晴らしい。これが270倍の世界か。

ときわ   こんな世界がまだ隠されていたなんて。

目高    いいかい、真実の奥には更なる真実が隠されているものだよ。



目高、はいからさんを見つける。





はいから  ごきげんよう。



目高    ときわくん、こっちだ!

ときわ   え、ちょっと先生! ええと、私はこれを細胞と名づけることとする。1665年。ロバート=フック。

目高    まだ見ぬ世界が待っているんだ。

ときわ   先生はそこに何が見たいんですか?

目高    可能性だよ。この世界の可能性に挑戦しているんだ。

ときわ   この世界の?

目高    いや、人類の可能性かもしれない。



敷島    1608年。リッペルスハイが望遠鏡を発明!

刑事    1609年。ガリレオがガリレオ式望遠鏡を発明!

ふたり   天体観測!



目高    あれに見えるは・・・

ときわ   え、先生、何か見えたんですか?

目高    見たまえ、ときわくん。木星人が茶摘みをしてるぞ!

ときわ   う、うそだー!

目高    ははは・・・それでも地球は回っている! 我々も回るのだ。



目高    まだ見ぬ世界が大きくも小さくも広がっていくのだ。この世界の真実はまだ見えてこない。世界はどれだけあるのだろう。とある科学者の日記。

ときわ   先生、そんなことしてないで。撮りますよ。はい、チーズ。



アンド   1839年、フランスのダゲールによってカメラが作られる。

フアン   レオナルド・ダ・ヴィンチの設計図を元に作られた!



敷島    1920年、電子顕微鏡が作られた!





目高    ときわくん。われわれはついに光も届かない世界を見ることに成功したのだよ。

ときわ   光の届かない世界に色はあるのでしょうか。

目高    我々は色のない世界についに到達してしまったのかもしれないな。

ときわ   ・・・・・・そうですか。

目高    どうした?

ときわ   ここは、我々が来たかった場所でしょうか?

目高    何を言う。

ときわ   私たちが見たかったのはこんな世界なのでしょうか。光の届かない世界を明らかにすることなのでしょうか! もっと、何か他に・・・



はいからさんが舞台の反対端にいる。

目高との間には、街の雑踏。

人々の持ついろいろな知識が、言語となって、看板をなしている。

それは、日常という3次元では本来見えなかったはずの壁である。

目高はその間をすり抜けて、はいからさんを追う。



目高    待って。まって。・・・どうして。

ときわ   それは、あなたのつくった壁ですよ。





池山    1939年。第二次世界大戦が勃発。戦いは世界を巻き込む20世紀最悪の殺し合いへと発展。

敷島    戦闘機、潜水艦、空母、原子力爆弾。人類は知りえる限りの世界の力を行使した。



目高    真実を知りたかったんだ。

ときわ   なんのためですか?

目高    私は裁かれるのですか? 私は人類のためにやってきただけなのに。

ときわ   嘘ばっかりですね。

目高    え?

ときわ   いろんなものが見えているつもりで、一番大切なものだけが見えていない。それが見えなければ、人類は永遠にn次元の宇宙にたどり着くことは出来ないでしょう。

目高    そこにはすべてがあるのですか!?

ときわ   さあ。

目高    そこには未来も過去も、場所も時間さえも私の中に存在しているのですか?

ときわ   さあ。

目高    私は、・・・それが知りたい。







はいから  1990年、スペースシャトル、ディスカバリーによってハッブル宇宙望遠鏡が打ち上げられる。

敷島    ハッブル宇宙望遠鏡は、太陽系の外の恒星に惑星があることを見せてくれた!

池山    ハッブル宇宙望遠鏡は、銀河系の中心に巨大なブラックホールがあることを裏付ける証拠を数多く発見した!

アンド   ハッブル宇宙望遠鏡は、宇宙が加速度的に膨張していることを発見した!





ときわ   先生、あなたには何が見えましたか。

目高    さあ・・・。君には、何が見えてるんだい?

ときわ   帰り道が見えます。昔毎日なんでもなく通った通学路。雨がごうごうと流れるどぶ川。かえるの鳴く田んぼ。お日様があたれば、蒸し返すようなアスファルトの照り返し。ボールが転がり、海にさざなみが立ちます。

目高    そうか・・・・・・。



フアン   ハッブル宇宙望遠鏡は、2014年にその運行をやめ、2014年、後継機として、あらたにジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡を打ち上げる予定。その性能はハッブル宇宙望遠鏡を上回り、地球を離れ、ラグランジュ2にて運行される予定。





世界は次第に宇宙の静かな闇に包まれ、人類はその存在を隠されていく。

それは同時に人類という存在が発展させてきた途方もない科学の行き着く先を我々につきつけているのかもしれない。



暗転。


#8 日常に生きることの犯罪性についての考察



みんなが集まっている。

アンドはあひととして、フアンは、ぬのひととして、生きている。



敷島    以上、目高太一郎の観察日記。どう?

池山    彼の中で俺は死んでしまったんだな。

敷島    みたいね。

池山    なんか複雑。

敷島    そう思ってるね。

池山    うん。・・・ところで、気分はどう?

敷島    あいかわらず最悪。人の心が見えるなんて、ぶっちゃけ生きていくのすごい大変なんだからね。

池山    大丈夫。玲子はその才能をうまく活かして生きていけるよ。



間。



敷島    うそ。冗談だって。何本気にしてるのさ。

池山    いやいや。むしろ付き合った俺を褒めて欲しいぐらいなんだが。

敷島    ん、ありがと。ねえねえ、今度の週末、どっかご飯食べに行こうよ。

池山    え?

敷島    今度新しいショッピングモールが出来たんだって。ほら、ジョウトタワーがつぶれたところ。なんでも外資系で結構リッチな感じらしいよ。

池山    へぇー・・・って、そうか・・・ダメだった。ごめん、今週末はダメなんだよ。

敷島    え、・・・もしかして、私以外にこれ(小指)がいるんじゃないでしょうね。

池山    え、いや、そんなことは・・・ないよ。

敷島    うわー、怪しい。いいもーん。私、はいからさんとデートしちゃうんだから。

はいから  え?

敷島    いいよね。お洒落な服とか観にいって、女の子トークするんだからね。

はいから  いいよ。行こっか。

敷島    さすが! やっぱりはいからさんははいからだねぇ。

はいから  じつはね、そんなこともあろうかと、オススメガイド、熟読してあるの!

敷島    えーっ! じゃあさ、オススメのお店とか教えてよ。

はいから  私的にはね、やっぱり、このちょっとお洒落な感じのカフェだと思うのよね・・・(話が続いていく)



やまぶき、カフェの店員。



やまぶき  いらっしゃいませー! お客様、何名でございますか?

はいから  3名です。

やまぶき  3名様ですね、かしこまりました。

池山・敷島 あ、

やまぶき  ・・・。

池山    やまぶきくんじゃないか。

敷島    どうしたの、こんなところで。

はいから  私、先に行ってメニュー、見てるね。オススメ、探しとくから!

敷島    あ、ごめんね。

はいから  いいのいいの。

池山    元気でやってる?

やまぶき  ええ、おかげさまで。

敷島    そうかぁ、喫茶店開きたいって言ってたもんね。

やまぶき  はい。・・・まだ、自分のお店もつなんてわけには行かないですけど、一歩ずつ、ピアノに近づいていこうと思って。マスターもいい人ですし。



ぬのひと  やまぶきくーん。へるぷへるぷ!

やまぶき  あ、はーい。

池山    呼ばれてるね。

ときわ   やまぶきさん、私、とりあえず消火に行ってきます。

やまぶき  あ、頼むよ。オーブン切る時はボタン3秒長押しだからね!

ときわ   心得てます!

やまぶき  うん。

ときわ   はやくきてくださいね。

敷島    頼られてるじゃん。

やまぶき  そうなんですよ。なんかマスター、脱サラして、喫茶店作ったらしいんですけど、料理のレパートリーがカレーしかないらしいんですよ。

池山    なんとまあ。

敷島    豪胆だねぇ。

はいから  みんな、はやくー! お腹へったよー!

池山    呼ばれてるね。

敷島    行きますか。

やまぶき  では、お客様、こちらでございます。



同じ喫茶店の一角。



あひと   はい、すみません。来週までには必ず次回作のプロット出してもらうようにしますので。はい。よろしくお願いします。はい、はい、失礼します。

ときわ   お水、お注ぎしましょうか?

あひと   あ、お願いします。

ときわ   お仕事ですか?

あひと   え? ええ。

ときわ   大変そうですね。

あひと   不景気ですし、うかうかしてらんないですよ。いやぁ。

ときわ   どこも不景気ですか、やっぱり。

あひと   でも、ここはいいお店ですね。

ときわ   そうですか、ありがとうございます。

あひと   あそこのスペース、何かあるんですか?

ときわ   え?

あひと   いや、空いてるスペースがあるから。

ときわ   ああ、あれは、うちの従業員のやまぶきって子がピアノを置くんだって言ったら、マスターもノリノリで、ピアノ待ちなんですよ・・・。それまでは机置いたほうがいいって言ってもふたりとも聞かなくて。

あひと   そうなんですか。ちなみに・・・今どれくらいまで貯まってるんですか?

ときわ   え?

あひと   ピアノ貯金ですよ。

ときわ   さぁ・・・。いつかここに来たらピアノ、聴けるかもしれないですよ。私、楽しみなんですよ。

あひと   僕も、ここの店、結構気に入りました。コーヒー、おいしいですし。

ときわ   あ、ありがとうございます。

あひと   あ、もしかして、このコーヒー・・・

ときわ   はい。僭越ながら私が。

あひと   そうなんですかぁ・・・。え、見習いさん?

ときわ   ええ。

あひと   あー、僕も頑張らなくちゃなぁ。

ときわ   そうなんですか?

あひと   いや、先生がね・・・あ、私、出版社で本の編集やってて、今日はここで待ち合わせの予定なんですよ。先生、最近調子が悪いらしくて、なんだかんだと言い訳して打ち合わせどころか、メールすら返してくれないんですよ。

ときわ   え、じゃあ、今日の打ち合わせは・・・

あひと   送るだけ送って、待ってるんですよ。今日こそは来るんじゃないかって。でも・・・この様子だと今日も待ちぼうけかもしれません。

ときわ   大変ですね。

あひと   いえ・・・そんなことは。あ、注文いいですか?

ときわ   あ、はい。

あひと   ケーキと、コーヒーをひとつ。

ときわ   はい、かしこまりました。



間。



あひと   信じてるんですよ。

ときわ   え?

あひと   世界中の、読者が、いや、僕が、先生の才能を信じてるんです。この人は何か違うって。僕も昔作家を目指しましたが、てんでダメでした。あの人は、見ているものが違うんだろうなぁ。天才ってやつだと思うんです。僕はそれを信じてるんです。

ときわ   そうですか・・・頑張ってください。来るといいですね。

あひと   ありがとう。



目高は喫茶店の入り口に立っている。初めから。誰も気付かない。

彼は異質な人間なのだ。しかし、それは全ての人が異質であるのと何も変わらない。人は新しいことを知ることで、それぞれその人だけの視点をもって生きていくのだ。



目高    ファンタジーとは、現実の上に作られた世界なのか、もともと現実の下にあった世界なのか。はは・・・ははは・・・みんな嘘つきばっかだ。いろんなことを分かったふりして、賢く生きてる。人はこの生きるという欲望に自分の真実を屈折させているのだ。見ないふりをして、頼りない、見えない何かを信じて生きていくのだ。そうだ。私は変わらない日常にせめて皮肉を込めておはようと言おう。この目に映るそのままの世界におはようと言うのだ。



音楽



あひと、目高をみつけて、席に招いて、なにやら小言を言っている。

そんな中で終幕。











作者コメント

人は誰しも自分だけの居場所を探しているものです。社会という大きすぎる何か、空気みたいなものが私という個人を押し潰し続けるのです。それでもだいたいの人が生きているのは、生きたいからなんだと思います。