満月に関する考察

作・なかまくら

2010.11.26

登場人物

犬多(いぬた)

月子(つきこ)













月子  最近、満月の夜には決まって同じ夢を見ます。



月子  スリー、トゥー、ワン、点火(イグニッション)。気がつくと地面はみるみる遠くなって、私の小さな賃貸アパートが随分と遠くに行ってしまっている。さようなら。お別れを告げて、前に向き直る。あー、あー、聞こえますか? Can you hear me? ええと、月軌道上に来ました。月がとっても大きく見えます。今日は素敵な満月ですから、月がすっかりまん丸に見えます。とても綺麗です。



月子  月面着陸!



月子  ヒュー・・・ズボン。変身!



月子、変身ポーズをとるが、何も起きない。



犬多  はーい、0点。

月子  えええっ! いぬた厳しい。

犬多  いぬたゆうな。けんただ。

月子  あ、無理無理。

犬多  え?

月子  だって、あんたいぬただから。

犬多  いや、わけわかんねぇし。それより、今のはなんだ。やる気あんのか?

月子  やる気? ・・・あるし。

犬多  なにそのやる気なさげな顔。

月子  え、だってやっぱ無理だって。

犬多  無理じゃない!

月子  やっぱおおかみになんて変身できないって。だって私・・・女の子だもん。

犬多  はいはいー。

月子  ・・・無理だって。

犬多  無理じゃない。いいか、俺が初めて狼男に変身したときに、父ちゃんは言った。「いいか、いぬた。諦めたら、そこで試合終了だよ」俺は、その言葉を忘れない。忘れないぜ、父ちゃん! アオォーン!

月子  それ、何度も聞いたから。・・・ていうか、あれ? ちょっといぬた!

犬多  え、なに?

月子  これ!



月子、袖をめくって、ちらっと腕を見せる。



ふたり おおおーっ!



犬多  やったな、月子! 狼男に向けて一歩前進だ!

月子  やったよ。私もちょっと進歩してるでしょ?

犬多  毛深くなったんだ! すごい進歩! すごい! すごいすごい、すごぼ・・・おほっ・・・えほ・・・ごほ・・・ごほっ・・・



犬多、咳き込む。



月子  いぬた・・・大丈夫?

犬多  大丈夫。・・・大丈夫。いつもの発作だ。薬を飲めば大丈夫だ。いつものところにあるから、とってきてくれるか?

月子  うん。



月子、薬をとりにいく。

犬多、抑えていた手をそっと話す。



犬多  まだ大丈夫だから。

月子  もって来たよ!

犬多  ありがろう。

月子  ありが、ろう?

犬多  おおかみ流の挨拶だ。アオン。

月子  なるほど。ろう、いたしまして。

犬多  ろう?

月子  おおかみ流のお礼。アオン。



ふたり、笑う。



犬多  すっかりお腹減ったな。ご飯食べに行こうぜ。



月子  うん!



犬多  おっちゃん、ウサギラーメン2丁!

ふたり いただきまーす!



ラーメンを食う。



犬多  おっちゃん、替え玉ひとつ!

月子  私も、替え玉!

犬多  食べるね。

月子  ふふん。



ふたり ずるずる。ずるずる。



犬多  替え玉もう一丁!

月子  もう一丁!



ふたり、目を見合わせる。



犬多  おっちゃん、替え玉もう一丁!

月子  もう一丁!

犬多  ずるずるずるずる・・・もう二丁。月子、一杯・・・俺のおごりだ。

月子  お、ありがとう。ずるずるずるずる・・・おっちゃん、もう一丁!

犬多  まだ食べるの?!

月子  え、何が?







月子  満月がやってくるたびに私達は遊びました。狼男になる特訓をしたり、ウサギ亭で、お腹がパンパンになるまでラーメン食べたり。一晩中遊ぶのです。私にはおおかみになる才能はありません。いぬたも本当は知ってるんじゃないかって、思うのですが、私は、狼にはなれませんが、兎にはなれるのです。いぬたには内緒です。だっていぬたは・・・。



犬多  ごほっ・・・ごほっごほっ・・・ごほっ・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・



月子  だっていぬたは狼だから。







犬多  ふんふんふーん♪



犬多は花に水をあげている。



月子  上機嫌だね、犬多。

犬多  まあね。

月子  なんて花なの?

犬多  グラジオラスって花。月子の誕生月の花なんだよ。

月子  じゃあ、私の月の花なんだね。

犬多  そうだね。咲いたら、月子に一輪プレゼントするよ。

月子  ホントに!? 楽しみにしとく。

犬多  よし! 練習しよう!

月子  やりますか。

犬多  やりましょう。



月子  ご指導のほど、よろしくお願いします。

犬多  そうだよ。もう、狼男の血を引いているのは俺と月子だけなんだからな! 早く狼に変身できるようになれよ! 俺はひとりで寂しいぞ!

月子  一匹狼。狼だけに。かっくいー!

犬多  なるほど・・・って、全然かっこよくないから。

月子  またまたー。

犬多  はい、その話は終わり! 今日はね、これを持ってきたんだ!



犬多、なにやら取り出す。



月子  ・・・耳、と尻尾?

犬多  そう。おおかみみみとおおかみしっぽ。

月子  言いにくいね。おおみみみみ。

犬多  おおかみみみ。

月子  おおみかみみ

犬多  かみかみやん。

月子  おおかみみみか?

犬多  とにかく! 病は気から! 狼も気から!

月子  ようは気合ってことね!

犬多  そういうこと!

月子  よし、任せて!



月子、耳と尻尾をつける。



月子  じゃーん! どう?

犬多  おー、似合ってる似合ってる! ごほっ・・・ごほごほ・・・(咳き込む)

月子  大丈夫?

犬多  ごめん、月子、薬。

月子  うん、すぐとってくるからね!



月子、薬を取りに行く。

犬多、掌を見て、薄く笑う。

それから、身体を引きずって歩いていく。



月子  いぬた、もって来たよ! ・・・あれ、いぬた?

犬多  こっち。

月子  え、どこ? こっち?

犬多  来ちゃダメだ。

月子  え・・・

犬多  月子は山月記を知ってる?

月子  知らない。

犬多  昔むかしのお話で、俺もよくは知らないんだけど・・・。一人の男が絶望してトラになる話なんだって。

月子  ・・・知ってた。

犬多  びっくりして、狼になっちゃった。

月子  ・・・・・・いぬたはどこのびっくりマジシャンなのさ。

犬多  ははは・・・。

月子  ねぇ。

犬多  うん。

月子  薬飲んでれば大丈夫なんだよね。

犬多  ・・・まだ死なないよ。

月子  まだ?

犬多  俺、生き物だもん。いつか死ぬよ。

月子  そうだよね。そうだよね。

犬多  ごほ・・・

月子  いぬた・・・

犬多  ごほ・・・

月子  ・・・いぬた、死ぬの?

犬多  まだ死なないよ。

月子  私をひとり残して死ぬの?

犬多  まだ死なないよ。月子のグラジオラスの花が咲くまでは絶対死なない。

月子  ねぇ、いぬた。

犬多  ・・・・・・

月子  君はもう死ぬんでしょ? その花、私に頂戴。



月子は、月の軌道に帰る。何見て帰る。



月子  君の才能の花、私に頂戴。



場面は変わる。

月の軌道上。



犬多  月子、まだ起きてるのか。

月子  けんた・・・。

犬多  どうした? 眠れないのか?

月子  ううん、ちょっと目が覚めちゃって。

犬多  そうか・・・。薬はちゃんと飲んだのか?

月子  うん。

犬多  ・・・そうだ! 今日は初めてこの星で花が咲いたんだ。ちょっと待ってろ。お前にも見せてやるから!

月子  うん。・・・けんた。

犬多  なんだ?

月子  ううん。なんでもない。





月子  満月になると犬多が私を呼びにきます。グラジオラスに水をやって、待っています。





月子  でも私は、君がくれるその花を・・・、その花を満月まで育てたら、お礼にって、君はその花を私にくれるんだよ。でもきっと、私はその花をこの手で握りつぶしてしまうんだ。