スキップする靴

作・なかまくら

2011.7.21

侑人(ゆうと)・・・・勇者はNEET

貞実(さだみ)・・・・魔法使いはフリーのター

長狭(ながさ)・・・・僧侶は店におさまっている。





キーンコーンカーンコーン、校舎に始業のベルが鳴ると、続いて楽しげな音楽が鳴りだす。



その中に、侑人と貞実のふたりがいる。じゃんけんをしている。



じゃんけんに勝っていく。



侑人が途中で負ける。侑人はける。

貞実も負ける。悔しそうな顔をして、はける。

長狭、出てきて、一礼して、はける。

後には、楽しげな音楽だけが残響として残る。暗転。



ピッ。



コンビニ。貞実、アルバイト店員。フリーのターである。



貞実   いらっしゃいませー。

侑人   ・・・・・・やめて、頭に響く・・・。

貞実   おはよう。

侑人   おはよう。

貞実   アイス、温めますか?

侑人   ・・・アイスだよ?

貞実   そうだよ。

侑人   店長がいないことをいいことに、俺を困らせようという貞実の個人的な嫌がらせとみた。

貞実   違うよ。

侑人   監視カメラは見ていた! その決定的瞬間を!

貞実   揚げアイスだから。

侑人   ・・・え?

貞実   これね、揚げアイスなの。外はカリカリ、中はひんやり、なーんだ。

侑人   学校の先生。

貞実   え、なにが。

侑人   俺たちに怒ってるフリして、本当は晩御飯のメニューとか彼氏彼女とのデートのプランなんか考えてる。外はカリカリ、中はひんやり。

貞実   ほうほう。でも、ここはだよ、侑人くん。空気を読んでだね。

侑人   揚げアイス。

貞実   そういうこと。

侑人   逆に空気読みすぎて、逆立ちしてうまく息が吸えなかった感じってやつを味わえたよ。

貞実   おいしい?

侑人   痛いな・・・。

貞実   アイスの味だよ。

侑人   あ、これ? 美味しいね。でも、もうちょっと温めてくれても良かった。

貞実   え?

侑人   貞実の人肌で・・・。

貞実   監視カメラは見ている・・・その決定的瞬間を。

侑人   しかし、音声は入っていない。

貞実   チッ・・・。

侑人   あ、時計の針が進んだね。



貞実   ・・・ていうか、侑人、それパジャマだよ。

侑人   ・・・あ、これ?

貞実   第一昨日、パジャマなんて着てたっけ?

侑人   酔った勢いでね。

貞実   パジャマって、勢いで着るものなんだね。

侑人   そうさ、何事も勢いが大事なのさ! というわけで、俺は自分探しの旅に出ることになった。

貞実   ・・・・・・え?

侑人   男に二言はない。

貞実   待ってよ。意味わかんない。

侑人   意味わからんくないだろう。ミュージック! ちょーっとまって〜プレイバック♪ ・・・パジャマって・・・

貞実   勢いで・・・着るものなんだね?

侑人   そうさ、何事も勢いが大事なのさ! というわけで、俺は自分探しの旅に出ることになった。

貞実   待って、あまりに短絡的じゃない!

侑人   人生はドラマだ! と、水前寺清子さんのレコードにあるんだよ。

貞実   そんなのどこの引き出しから引っ張り出してきたの!? どうせ、またNEETお得意のインターネットでしょうけどね。

侑人   そうだよ。でも、俺は気付いた。俺は、こんなところにとどまっている人間じゃないって。

貞実   それは、気付いてはいけなかったよね。

侑人   やっぱりそうなのか!?

貞実   やっぱり?

侑人   実は、貞実のことを誘おうか、昨日の夜はそんなことばかり考えながら、貞実と飲み交わした。

貞実   初耳なんだけど。

侑人   初めて言ったからな。俺も、今、ピリッとしてる。

貞実   だったら、とりあえず、自分探しの最初の場所は、私が決めてあげてもいいけど、どうする?

侑人   なるほど、それは助かる。ちょうど困っていたところなんだ。

貞実   じゃあ、明日、この場所に行ってよ。(封筒を渡す)

侑人   随分と準備がいいな。

貞実   まあ、そういうこともいつかあるんじゃないかと思ってね。



侑人   これが、最初のアイテムだな。しまった! 鞄を忘れた。冒険者失格だ・・・。

貞実   侑人、此処をどこだと思ってる?

侑人   スクエアQ。コンビニ。ジャンプ置き場。

貞実   そう。はい、エコバック。

侑人   ・・・冒険者の鞄がエコバックでいいんだろうか・・・?

貞実   いいんじゃない。冒険者もこれからの時代、エコよ、エコ。

侑人   ま、そういうことにしておくか。じゃ、これ、ありがたく。じゃあな。



侑人はけて、



貞実   ・・・・・・あ、今日は月曜日か。



暗い。



長狭   今日は此処までどうやってきたの?

侑人   あ、ええと、徒歩です。とほほ。

長狭   この辺に住んでるの?

侑人   ああ、住んでるとか今はありません。

長狭   え!?

侑人   旅の最中ですから。

長狭   ああ、履歴書に書いてあったね。職業は旅人って。これ、どういう意味?

侑人   え、旅人って知りませんか? 旅をする人のことですよ。

長狭   それは分かるんだけどね、具体的に君はどういう風に旅人なのか、教えて欲しいんだけど・・・。

侑人   具体的に?

長狭   そう、具体的に。出来ればこれまでの旅で得た出会いとか、成果とか、そういう、アピールをしてもらいたいんだけど。

侑人   具体的?

長狭   そう、具体的。

侑人   俺、具体的って言葉嫌いなんです。

長狭   へぇ。

侑人   第一、具体的って、なんですか?

長狭   具体的は具体的だよ。どこへ行ったのか、何をしたのか。

侑人   それは、あなたにとっての具体的ですよね。具体的にこれが旅であるという定義をして、その具体を指差して、これこそが具体的であるといって、それを押し付ける。そんなことで、俺のこと、分かるつもりですか?

長狭   意味が分からないのだけれど。

侑人   まあ、住んでる世界が違ったりするんじゃないですかね・・・。俺、面接にネトゲログアウトもせずにポケットに忍ばせてるくらいですから。

長狭   ・・・今日の面接の結果は、後日連絡するよ。

侑人   あ、いいですよ。もう。そろそろ帰らなきゃいけないんで。

長狭   帰るって、どこへ?

侑人   どこって、それは・・・。



ピッ。



貞実   いらっしゃいませー。

侑人   手を上げろ。

貞実   ・・・・・・っ! なんだ、侑人か。

侑人   びっくりした?

貞実   最悪。

侑人   なんかあったの?

貞実   月曜日でしょ。ブルーマンデイなの。憂鬱なの。

侑人   どうして。

貞実   ハローワーク。面接。

侑人   ああ、酒場。人を探しているといったが、いい情報は得られなかったよ。

貞実   あなたは、一体何がしたいの。

侑人   俺は、もはやハイジンになろうと思う。

貞実   もう立派になってるじゃない。

侑人   ・・・・・・え? あ、いや、違うぞ。その目は、違うぞ。いいか、俳句を読む人。俳人になるってことだよ。俺、実は昔から興味あったんだ。古池や、カワズ飛び込む、たりらりら。心の俳句。

貞実   ま、もう何も言わないけどさ・・・。

侑人   けど?

貞実   それでホントにやってけると思ってるの?

侑人   思ってるけど?

貞実   だったらまあ、いいけどさ。行ってらっしゃい。

侑人   うん。魔法使いである君を連れて行けないのは心苦しいが、致し方ない。バイトに励んでくれたまへ! じゃあね。



侑人はける。



貞実   今日は月曜日か・・・・・賞味期限切れてるや。





間。



間。



間。



長狭   じゃあ、そのパンは貞実ちゃんが半額で買取ということで。

貞実   あ、え、何がですか?

長狭   パン。

貞実   パン・・・

長狭   賞味期限、切れちゃってるんでしょ?

貞実   あ、これ。

長狭   そ。買取。

貞実   えー・・・どうしてですか?

長狭   監視カメラは見ていた! その決定的瞬間を!

貞実   どうしてそれを・・・

長狭   まだ何も言ってないんだけどね・・・

貞実   そうでした。

長狭   あなた、賞味期限が2日間しかない超生クリーム商品を棚に並べるの、一日忘れてたでしょ?

貞実   おっしゃるとおりです。でも、どうしてそんなことを・・・。店長、昨日いなかったじゃないですか。

長狭   いなかったよ〜。熱海にバカンス行ってたからね。

貞実   まさかわざわざ録画したのを見返してたとか・・・

長狭   あ、分かる? 貞実ちゃんと侑人くんの恋の進展をですね、ニヤニヤ見てたらですね・・・つい、貞実ちゃんの唇を奪いたくなっちゃって。

貞実   その言い方完全に変態ですよ。せめて口唇術といってください。

長狭   そうとも言う。

貞実   ・・・・・・ああ、もう! 店長にお礼言うタイミング逃しちゃったじゃないですか! ありがとうございました!

長狭   どう・・・いたしました?

貞実   侑人の採用面接ですよ。

長狭   ああ・・・侑人くんはなかなかの大物だねぇ・・・。

貞実   そんなことはないですよ。ただのNEETです。

長狭   ああ、でも、あのヤケクソッぷりはすごかったなぁ・・・。旅に出るんだって?

貞実   知りません。

長狭   そんな意地になっちゃって。



長狭   ・・・いいの、ほっといて?

貞実   いいんですよ。どうせ、お腹が減ったらうちに帰ってきます。行くところなんてないんだから。

長狭   いいのかなぁ〜。私が侑人くん、奪っちゃうよ?

貞実   ・・・・・・っ!

長狭   私、どっちもいける口なんだけど。

貞実   ・・・・・・

長狭   なんて、冗句だよ、冗句。私、貞実ちゃんにそんな性癖、見せてないでしょ?

貞実   いや、・・・十分。

長狭   見せてはなかったでしょ?

貞実   はい。



長狭   ねぇ、貞実ちゃんは、去年高校を卒業して、今は、フリーターなんだよね。

貞実   そうですけど、何を今更。

長狭   侑人くんにも聞いたんだけどさ、貞実ちゃんは、今具体的に何を得て、何のために生きてるの?

貞実   なんのためにって・・・そんなの、まだ分かりませんよ。

長狭   でもさ、もう社会人なんだよ。立派に働いてるんだ。なんで働いてるの? そこんところ、しっかりしとかないと、貞実ちゃん、いつか侑人くんにおいてかれるよ。

貞実   そんなことは絶対にないです。

長狭   絶対に、ねぇ・・・。

貞実   だって、侑人は働きもしないで、朝起きて、コンビニに朝ごはん買いに来て、帰って、ゲームしたり、本読んだりして、寝てるだけですよ!

長狭   そうだよ。でも、彼はそれじゃいけないって、旅人になったんだよ。

貞実   どうせ、すぐ帰ってきますよ。

長狭   そうだと、いいね。

貞実   どういう意味ですか?

長狭   そのままの意味だよ。じゃ、それ、半額買取ということで。よろしく〜



間。



貞実   ま、月曜日だもんね・・・。





侑人、別空間に現れて。水筒を取り出して、水分を補給する。



侑人   ふぅ・・・いい山だなぁ・・・。うん。『いい山だ 空気に映る 山田さん』んー、駄作かなぁ。



侑人、はける。



貞実   はぁ〜



長狭   あーあ、ため息なんてついちゃって、幸せが逃げていくよ。はい、まねきねこ。

貞実   店長、なんか自由でいいですね〜。

長狭   なになに? フリーターなのに、貞実ちゃんは自由じゃないんだ。フリーのターなのに。

貞実   フリーのターってなんですか。

長狭   あ、わかった。もうひとりの自由人がすっかり2週間も帰ってこないからだ。

貞実   ・・・・・・。

長狭   あ、図星だ。ほらほら、イラつくとお肌に悪いよ〜、チョコレート。

貞実   もう、なんなんですか!

長狭   おっ、いい食べっぷり! そうそう、たまにはそうやって自棄にもならないと。

貞実   もう、意味わかんない!





侑人コンビニにきたる。



長狭   あ、いらっしゃいませー。

貞実   いらっしゃいませー、え?

侑人   あ、店長さんですか。こんにちは。

長狭   ああ、双子のお兄さん、弟さんはお元気ですか?

侑人   え、なんですか、その決め付け。

長狭   え、侑人くんなの?

侑人   そうですよ。その節は大変お世話になりまして・・・。

長狭   ああ、いえ、こちらこそ・・・。すっかりニヤニヤさせてもらって。

侑人   え、なんですか?

長狭   あ、いや、こちらの話で。

貞実   帰ってきたんだ。ダメで。

侑人   いや・・・まあ、そうかな。

貞実   え?

侑人   はい、プレゼント。

貞実   え、これ、どうしたの。お金なんて・・・。

侑人   俳句大賞、特別賞。

貞実   え、

侑人   貰ったんだ。

長狭   へぇ〜、すごい! え、どっかに載るの?

侑人   ああ、なんか雑誌に入賞した句が載るみたいです。

長狭   え、なんて句なの? ちょっと詠んでみてよ。

侑人   え、いやですよ。その場の雰囲気ってヤツがあるんですよ。

長狭   ああ、まあ、わかるけど。え、じゃあ、このコンビニで一句詠んでってよ。そしたら、壁に飾るからさ。

侑人   いや、もう俳句はやめようかなって。

貞実   ・・・え?

長狭   どうして、もったいない。

侑人   いや、貞実があんまり喜んでくれないし。

貞実   そんなことないよ、すごいよ。おめでとう。

侑人   ほら、全然。

貞実   なに、喜んでるよ! 嬉しいよ! おめでとう! なに、不満なの!? なにが不満なの!

侑人   手。

貞実   え?

侑人   貞実、無理してるときって、そうやって、手遊びをするんだよ。

貞実   癖なんだから、しょうがないじゃん。

侑人   ・・・そうだよね、仕方ないことだよね。



侑人、はける。





貞実   ・・・ひどいですよね、私。

長狭   うん。

貞実   軽蔑してください。

長狭   じゃあ、今月は給料無しで。

貞実   じゃあ、それで。

長狭   ねえ、

貞実   私、最悪だ・・・。頑張った人を褒めてやることも出来ないなんて。

長狭   ・・・・・・。

貞実   自分のことに一生懸命で、全然相手のことなんて思いやれてない。

長狭   そんなことないよ、なんて言ってもらえると思う?

貞実   思っちゃダメですか?

長狭   ダメだね。

貞実   どうしてダメなんですか! こんなに毎日毎日頑張って、頑張って働いて、生きてるのに。ドラえもんに会いたい・・・。頑張ってる人を見捨てたりなんかしない、優しいロボットのドラえもんに会いたい・・・。

長狭   それで、

貞実   ・・・

長狭   あなたはドラえもんに何をお願いするつもり?

貞実   ・・・・・・それは、

長狭   ないでしょ? あなたはただ、毎日しょうがないってことにしてるだけ。月曜日だからしょうがない。お金がないからしょうがない。でも、侑人くんはしょうがなくて旅人になったわけじゃないんだよ。

貞実   でも、そんな好き勝手して許されたりしてずるいじゃないですか!

長狭   あなたは誰に許しを求めているの? 初めから誰もあなたのこと、怒ってなんていないのに。好きなようにやればいいのに。



侑人   貞実。



長狭   いらっしゃいませー。



貞実   その格好は・・・?

侑人   今度は小説家にでもなってみようかと思って。

貞実   ずるいね。

侑人   ずるいだろ?

貞実   ずるいよ! なんでそんなに自由で、それで、でもそうあることが許されて、ずるい!

侑人   どうして? そう思うなら、そうすればいいのに。

貞実   ・・・・・・できない。



長狭   つり橋渡れたら、遊んでやるよ。

侑人   ・・・・・・。

長狭   誰もが物語の主人公みたいに強くはないの。分かってあげたら?

貞実   私はそうじゃないんですよ!

長狭   こら。

貞実   ・・・・・・。

長狭   強がりもいいけど、力が入りすぎたら、目の前の世界ひとつ、自分のものに出来ないよ。

貞実   ・・・・・・ごめんなさい。

侑人   今度は一緒に行こうよ。

貞実   え?

侑人   冒険者の旅にはツンデレの魔法使いは必須だろ?

貞実   ・・・ツンデレじゃないし。私、バイトが・・・

長狭   いってらっしゃい。

貞実   ・・・しょうがないな。準備してくるよ。



貞実、はける。



長狭   侑人くん。

侑人   あ、はい。

長狭   応援してるよ。なんせ、私は君のファンだからね。

侑人   あ、じゃあサインとか書いときましょうか?

長狭   気が早いなぁ・・・有名になったらおいでよ。



侑人   店長、ひとつ聞いていいですか?

長狭   何?

侑人   俺、有名になれますかね?

長狭   なんで私にそんなこと聞くんだろうね。



貞実   店長、トイレットペーパー、1ロール貰ってってもいいですか?

長狭   餞別だ。もってけもってけ!



貞実、お礼を言って、もらって、はける。

侑人、後をついていく。



長狭、ひとり、礼をして、



これにて、閉幕。