WORKSHOP
キャスト
ふたば
ちひろ
男
店長
車掌
乗客１ 有栖川卓
乗客２ 青年
恋人
お便りの子
観客１
観客２
おぺれーた
ぱいろっと
医者
刑事 漫画家 三谷(さんたに) 男
編集 山形
ＭＣ
Ｄ（ディレクター）
【０】
テレビ局のスタジオ。薄明かり。
男がひとり、座っている。男の名は三谷。
ＭＣ おはようございまーす。今日はよろしくお願いしまーす。
（裏） よろしくおねがいしまーす。
三谷 ･･････
ＭＣ おはようございます。
三谷 ･･･おはようございます。昼ですが。
ＭＣ え、ああ。すみません。うちの業界ではよくこういうんですよ。
三谷 そうなんですか。
ＭＣ 今日はよろしくお願いします。
三谷 はい。
ＭＣ 台本には目を通していただけました？
三谷 ええ。テレビの台本って、こんな感じなんですね。
ＭＣ 今日はインタビューですから、
三谷 流れとかが書いてあるだけなんですね
ＭＣ 打ち合わせ通りやっていただければ大丈夫ですよ。
三谷 ええ。
ＭＣ ･･･一応、少しだけカクニンしておきましょうか。先生の作品にたびたび出てくる謎の「男」がいますよね。あの、ビッグバンドリームを語る男です。
三谷 ええ。
ＭＣ あのキャラクターはどこから生まれてきたんですか？
三谷 あの男は、いつの間にか私の中に、私の周りにいたんですよ。
ＭＣ それは実生活で、ということですか？
三谷 ええ。
ＭＣ でも、実際にいたわけではないでしょう？
三谷 ･････そうですね。不思議なことに。
ＭＣ ･･･そのあなたがこれまで身近に感じてきた彼が、登場人物たちを時には導き、時には惑わせて行くわけですが、これまでの漫画とは少し異なったヒーロー像だと思うんですが。
三谷 そうですね。ヒーローと捉えるのが正しいのかは分かりませんが、彼は今でも私の側にいますよ。
ＭＣ 漫画家として成功されている先生にも「男」は同じように言うわけですか。「ビッグバンドリームに飲み込まれるな」って。この台詞も象徴的ですよね。
三谷 ええ。私は今でも夢見ているのかもしれません。
ＭＣ 夢ですか？
三谷 ええ。
ＭＣ ･･･はい。すみません。時間なので。ありがとうございます。全然大丈夫ですね。
三谷 いえいえそんなことは。
（裏） 本番５分前でーす。
（裏） はーい。
ＭＣ はーい。では、今の調子で、本番もよろしくお願いします。
三谷 分かりました。
ＭＣ あ、そうそう。本番中はステージ台の下のところでスタッフがあれこれボードにメッセージを出すと思いますが･･･
三谷 はい。
ＭＣ 画面に映ってるときは見ないでくださいね。
三谷 分かりました。
ＭＣ では、リラックスしていきましょう。できるだけ生の、現場での声が聞きたいんです。
三谷 ええ。
Ｄ はい、本番始まります。３、２、（１、０･･･）
音声が入る。
＃＃＃＃（録音）
こんにちは。今日のマンガシャベリズムは、新進気鋭の漫画家、三谷ちひろ先生をお呼びしております。彼の創りだす独創的なヒーロー、不可思議な登場人物達は、どのように生まれてきたのか。今日は、先生にどどーんと９０分、たっぷりお話を聞いていきたいと思います。
＃＃＃＃
ふたりは中心に立ち、演奏を始める。
音楽
人々が通り過ぎる。
男が一人、立ちどまる。
男 おはよう。･･･君は最近見た夢を覚えているかい？ それがどこでどうやって生まれた夢であるかは問うまい。ただそれは、銀河の果てから君の心の中心まで3.5次元の融解曲線に従って生まれているはずさ。君の見る物語は生まれた瞬間から終局に向かおうとしている。永遠は輝かない。光あるところに私を求めても、それは空気に混じった君の吐息の香りによく似ている。足元をよく見ろ！ 君は何番ホームにいる？ ホームを彩る列車は？ ビッグバンドリームに飲み込まれるな。そこは夢と希望の銀河旋律。流行のメロディに流されるな！ ビートを刻め！ 君の鼓動がこの列車を加速させる。君の星を見失うな。見失ったら、いくら私でも二度とは見つけられない。
男 ････時間だ。
音楽、雑踏。ダンス。
暗転。
【１】
コンビニ。
入店音。
ふたば ありがとうございましたー。
ちひろ ありがとうございましたー。
ふたば いらっしゃいませー。
ちひろ お弁当は温めますか？ 少々お待ちください。
ふたば 袋は別にしますか？
ちひろ 先に会計の方、失礼します。１５２０円になります。･･･２０２０円お預かりします。５００円のお返しになります。
ふたば 商品お待たせいたしました。熱くなっておりますので、お気をつけください。
ありがとうございましたー。
ふたば ありがとうございましたーまたおこしくださいませー。
ちひろ ませー。
間。
ふたば ･･･ちぇ
ちひろ どうしました？
ふたば え？
ちひろ いま、ちぇって。
ふたば え、なに？ そんなことないよ。
ちひろ そうですか？
ふたば うん。
間。
ふたば 言ったとしたら、気の迷いだよ。
ちひろ 気の迷いですか。
ふたば そう。ココロががっかりしたんだよ。
ちひろ ココロが。
ふたば うん。あと三十分で廃棄になってわたしの胃袋に収まるはずだった１４８０円の高級海鮮弁当がどこの誰ともわからぬ馬の骨の胃袋の中に･･･
ちひろ ちょっと･･･先輩･･･一応お客さんいるんですから。
ふたば いいじゃん。誰も聞いてないよ。他人の悪口なんて。
ちひろ それでも何かあったら、
ふたば はいはい。じゃあ、馬の骨様！
ちひろ 馬の骨様って･･･
ふたば なに？ 一応、お客様扱いしてみたんだけど。
ちひろ そうなんですか。
ふたば そうよ。
間。
ちひろ 暇ですね･･･
ふたば 君、ちょっとは黙ってられないの？
ちひろ ちょっとやそっとじゃ･･･
ふたば しー･･･
ちひろ う･･･すみません。
ふたば 沈黙は金なり。（梅干顔で）
ちひろ きんです。
ふたば しー･･････
ちひろ ･･････！（あまかけるひらめき）
ふたば ･･･？
ちひろ ･････････（じぇすちゃー）
ふたば ･･････？？
ちひろ ････････････っ！？（ええっ） ･･･！ ･･･！（がんばってる）
ふたば ･････（笑）
ちひろ ･･！ ･･･！ ･･･！（がんばってる）
ふたば ･･･ぷぷっ･･･
ちひろ ･･････！！（がむばってる）
ふたば ･･･あ、もう無理だ。ははっ･･･
ちひろ ちょっと、先輩笑いすぎです。
ふたば しょうがないじゃない。面白いんだから。声だして笑わないと体に悪いよ。
ちひろ まあ、いいですけど。
ふたば それで？ なんだったの？
入店音。
ちひろ あ、いらっしゃいませーぇええっ！
ふたば あらま。
目の前には、馬の被り物をしたスーツ姿の男が立っている。
馬男 おつかれさまです。
ふたば ええと。
ちひろ ･･････
馬男 手を上げろ。
ふたば （手を上げる）
ちひろ （手を上げる）
馬男 拍手！
ふたば （拍手）
ちひろ （拍手）
馬男 はい、ありがとう。ここで一句。
ふたば え、なになに･･･『馬男、ウマを取ったら、店長さ。店長、心の俳句。』
ちひろ 店長！
店長 や。
ふたば びっくりさせないでくださいよ。てっきり罰が当たったのかと･･･
店長 ばち？
ふたば あ、ああ。気にしないでください。
店長 あらあ、またこっそりサボってギター弾いたりしてたわけ。
ちひろ そ、そんなことないですよ。
ふたば そうです。今日はちゃんと働いてます。
店長 今日は？
ふたば 今日も！
店長 ふうん。まあ、いいわ。いつも通りテキトウに頑張ってくれればいいから。
ふたば はいっ！
店長 返事は立派だわねぇ。
ふたば それほどでも･･･
ちひろ 褒められてないですよ
店長 ぽめらにあん？
ふたり 言ってないですよ！
店長 あいかわらず仲がいいのねぇ
ちひろ いや･･･まあ･･･
ふたば そうですよ。
ちひろ ちょっ･･･先輩！
ふたば なに？
ちひろ いや、その･･･なんでもないです。
店長 あらま。照れちゃってるわけ、もしかして、もしかして？
ふたば なにに？
ちひろ いや、そんなんじゃないです。
店長 そう？ 素直じゃないのね。あ、ちひろくん。お願いがあるんだけど。
ちひろ はい？
店長 この前のＰＯＰ、上の人に好評だったのよ。また描いてくれない？
ちひろ ＰＯＰ？
ふたば ほら、シルクハットをかぶった熊の･･･
ちひろ ああ･･･
店長 あれのおかげでね、シルクハットは何とか完売したのよ。
ふたば ちひろは絵がうまいですからね。
店長 ホントよ。助かったわ。あの後、支部長にはこってり絞られたけどね。「なんでこんなもの仕入れるんだ！」って。売れたんだからいいじゃないの。ねぇ。
ふたば まあ･･･
ちひろ それで今度はウマの絵ですか？
店長 そう！ とびっきり可愛く描いてね。
ちひろ はい、分かりました。
店長 ･･･そうそう、ウマの被り物、まだ車にたくさんあるから。ふたばちゃん、ちょっと手伝って。
ふたば あ、はい？
ふたり、はけながら
店長 あ、これかぶって店番するのも面白いわね。
ふたば 時給上げてくれればいいですよ。
店長 それは売り上げが伸びたらね～
ふたば むずかしいですねー。
店長 むずがゆい？
ふたば 言ってないです。
店長 そう？
ちひろ ふぅ･･･なにやってるんだろ、俺。
（携帯を開いて、閉じて）
ちひろ 仕事しよ･･･（商品を棚に並べる）
間。
【２】
三谷、歩いている。
女、半透明のゴミ袋をあさっている。
中には、紙と思しきものがたくさん入っている。
時折何かを見つけては拾い出して、しわを伸ばしている。
三谷 一つ目の謎は、何故店長はウマの被り物をして二人の前に現れたのか。いや、現れなければならなかったのか。･･････理由は簡単。店長は、被り物が大好きだったからだ。
山形 どうしてですか？
三谷 それは彼の携帯電話の発信履歴にヒントがあった。
山形 発信履歴。
三谷 見なさい！
山形 り、リーヴ２１
三谷 店長は薄毛を隠すために被り物を愛していたのだ。そして、ウマの被り物であった理由。それは･･･
山形 それは･･････っ！
三谷 ご都合主義だっ！
山形 やっぱりですかっ！
三谷 やっぱりだっ！
間
三谷 さて、ふたつ目の謎に取り掛かるとしよう。
山形 先生･･･そろそろ原稿に取り掛かりませんか？
三谷 取り掛かっているんだよ。いたってまじめに。
山形 どこがですか。
三谷 このへんが。
山形 はぁ･･･。じゃあ、もう少し分かりやすい形で見せてください。
三谷 そうですなー。
山形 あ、あった。最初のページ！ 先生、読みますけど、いいですよね。
三谷 んー･･･まあ。いいんじゃない？
それとなくはける。
【３】
入店音。裏から出てくる。
ちひろ いらっしゃいませー。
３人組がじゃんけん列車よろしく入店してくる。
乗客１ いやだからそいつはどうせ社会的にはろくでもねぇやつでよ。
乗客２ いやぁ、俺からしてみたらそいつはロックの魂を持ってるぜ。そんなろくろ使い聞いたこともない。
乗客１ どうだか。そいつ、つまり俺の母方の親戚の孫にあたるんだが、この六郎ってやつは、なぁ･･･。俺はここについてから長いが、齢六十になってそんなことをしでかすやつはろくでもねぇヤツだって、だいたい相場が決まってる。
乗客２ 相場といえば、最近お宅の景気はどうだい？
乗客１ ケーキはよくないねぇ。
乗客２ 材料が悪いんじゃないか？
乗客１ たしかに。最近タマゴが小粒ばかりだ。
乗客２ そうだな。最近のやつは根性が足りない。
乗客１ そのくせ、値段ばかり張ってくる。
乗客２ そうだな。最近は給料分しか働かないとかいいぬかす。
乗客１ 九両分も働いてくれりゃあ、まだましよ。うちの子はもう、温度がちゃんと上がらなくなってきてるのさ。
乗客２ そうか。熱意が大事だもんな。情熱のないやつはダメだ。
乗客１ 愛情のないヤツもだめだ。ふっくらしてこない。
乗客２ そうだよな。ガリガリで倒れられても困る。
乗客１ そうだよな。カットしても倒れない根性あるケーキがいいな。
乗客２ 最近の若いやつはキレやすいからな。
乗客１ 若いやつか。若いやつはキレって言うと冷たいナイフを持ち出すからな。ナイフウォーマーでナイフは温めなきゃいけないんだ、本当は。
乗客２ ナイフウォーマーってなんだ？
乗客１ ナイフをあっためるんだよ。
乗客２ ふところで？
車掌 えー、本日はドリームエクスプレスをご利用戴き、誠にありがとうございます。次の停車駅は、ローソン飲み物駅でございます。お飲み物をお買い求めの方はお取りください。
乗客２ お、着いたのか？
乗客１ どこにだい？
乗客２ どこだろうね。
乗客１ 私の行きたいところではない。
乗客２ 俺の行きたいところでもない。
乗客１ そうか。･･･じゃあ、なにか飲むか？
乗客２ 飲みたい気分なのか？
乗客１ いや。いや･･･そうだな。たまには休憩も必要だ。そうだろう？
乗客２ そうだな。じゃあ、今晩、一杯やろうか。
乗客１ 疲れてるだろう？ 俺が買ってくるよ。
乗客２ 悪いな。
乗客１ 何がいい？
乗客２ お前に任せるよ。
乗客１ 任された。車掌さん、ちょっくら降りてくるよ。
車掌 ごゆるりと。
乗客２ あれ、寝てたか･･･。あたた･･･あれ？ メガネメガネ･･･おっと、目を落としてたんだった。どれどれ、見つかったかな？
乗客１ ない･･･ない！ おい、ドラゴンフルーツハイボールがないじゃないか！
車掌 お客様、落ち着いてください。
乗客２ 車掌さん、トイレはどこかな？
車掌 あ、そちらの角を曲がったところにございます。
乗客２ そうか。車掌さん、ひとつ断っておきたいことがあるんだが･･･
乗客１ どういうことなんだ、この品揃えは･･･
車掌 え、ええと･･･あの！
車掌は手をぱちんと叩く。
乗客２ あれ。車掌さん、トイレはどこだったかな？
車掌 お客様こちらです。
乗客１ どういうことなんだ、この品揃えは･･･
ちひろ ええと･･･その･･･
乗客１ なんとかいったらどうなんだ。
ちひろ ご希望に添えず、もうしわけございません。
乗客１ なんてことだ。なんてことだ。これだから･･･社会人ってやつは！ 謝ればいいと思ってるやつは！ そうやって口を開けば謝ろうとする。私はあるか、ないかを聞いているんだ。
ちひろ ･･･えと･･･その、何をお探しでしょうか。
乗客１ そんなもの、とうの昔に忘れてしまったわ。
ちひろ あの･･･お客様。
乗客１ ご希望に添えず？ 私にとっての希望？ 君が希望の亡骸に花でも添えてくれるというのかね？ まっぴらごめんのすってんころりんだってんだ。
ちひろ はぁ･･･。
乗客１ 今、なんて言った。
ちひろ え？
乗客１ 今、なんて言ったって聞いてるんだ！
ちひろ え、ええと･･･
入店音。
ちひろ い、いらっしゃいませー。
乗客１ それはどういう意味だ。
ちひろ ええっ！･･･えーと･･･
男 ビッグバンドリームに飲み込まれるな。
ちひろ え
乗客１ そんな･･･どうしてこの場所が割れた！
男 わからない！ だが･･･完全に囲まれたぞ。
乗客１ なあに、相手はひとりだ。
男 そうだ･･･
乗客１ これまではツキがなかった。
男 たしかにそうだ･･･あんたはアンラッキーだった。
乗客１ そうさ。月さえ出てれば、俺だって十分戦える。
男 それはお前が狼男だからか？
乗客１ ･･････なんだそれは。
男 鎮静剤だよ。時速百キロで泳ぐマグロも深い眠りに落ちていくような、強力なものだ。
乗客１ なんだそれは。
男 知ってるか？ マグロは生まれてから死ぬまで泳ぎ続けている。
乗客１ 裏切ったのか･･････
男 どうしてだか分かるか？
乗客１ 何故だ･･･
男 ･･･冗談だ。
乗客１ え？
男 冗談だよ。なにもかも。
有栖川 冗談じゃないだろう。泳ぎ続けなければ息をすることも侭ならない。
男 冗談だといっているだろう？
有栖川 どっちが冗談だ。
男 どっちって、どれとどれを比べてる？
有栖川 どれとどれを握ってる。
男 コインを持ってるのは、どっちだ？
有栖川 ･･･それは、コインの形をしているのか？
男 さあ、なんのことだい？
有栖川 右だ。
男 ははっ･･････あたりだ。ラッキーじゃないか。
有栖川 ･･････
男 君の言ったとおりだ。なあに、相手はひとりだ。これからも頼むよ。私は君に期待しているんだ。
有栖川 ああ･･･。
音楽が流れてくる。
有栖川 はーい。今日も、元気にお届けするよ！（間）「もう俺、ナスでいいや」パーソナリティーは、いつもと同じ。有栖川卓で、お送りするよ。今日の三十分。楽しんで言ってね！ まずはこちらのコーナー。「有栖川からまっぴらごめん」最初のお便りは、静岡県掛川市、ラジオネームちゃっきり武士さんからのお便りだね。
お便りの子 『こんにちは。有栖川さん。いつも番組楽しみにしています』
有栖川 お、ありがとう。
お便りの子 『今回はちょっといいたいことがあって、お便りを送りました』
有栖川 おお･･･なんだい？
お便りの子 『有栖川さん、最近･･･』
有栖川 失礼。･･･最近･･･パン工場でアルバイトを始めました。おおっ、どんなアルバイトなんだい？ なになに。パンの味見をするアルバイトなんですが、･･････この前、給与明細を見たら･･･味見をした数だけ時給からひかれてるんです！ こんなバイト、まっっぴらごめんだ！ ･･･なるほどー･･･それはまっぴらごめんだねぇ･･･。そんなバイトが実在するとはね。･･･実はうそだったりしてね！ はっはっは～。よし、この調子でどんどんいっちゃうよ～。お便り、待ってます！ 放送中のメールもどしどし受け付けています。メールアドレスは･･････
男 お疲れ。
有栖川 ちょっと、どういうことですか。
男 なにが。
有栖川 有栖川さん･･･最近面白く･･･ないって。
男 そういうことだよ。
有栖川 どういうつもりですか。わざわざこの手紙読ませることないでしょう！
男 ･･････
有栖川 そういうことですか。
男 そういうことだよ。申し訳ないんだけどね、春の番組改編会議で、この番組の打ち切りが一番にあがった。
有栖川 斉藤ですか？ あいつが･･･
男 君もいい年いってるんだ。どうしてかは分かるね。
乗客１ ･･･分かりません。
男 そうか。私は君には期待していたんだけどな。残念だ。
ちひろ ビッグバンドリームに飲み込まれるな。
有栖川 え？
男 どうした？
有栖川 今、なんて言いました？
男 え？
ちひろ ビッグバンドリームに飲み込まれるな。それは少年が枕の中に見る絵空事。君の見つけた希望の光は君にそんな未来を見せたのかい？
有栖川 ちがう。
男 え？
有栖川 囲まれたぞ！
男 有栖川君、落ち着きなさい。
有栖川 なあに、相手はひとりだ。
男 君は何を言って･･･
有栖川 これまでの俺にはツキがなかった･･･
男 いつまでそう言っている！
有栖川 新月は永遠には続かない！ 俺は今日まで頑張ってきた！
男 いつまでもそう言っている！
ちひろ 君には見えない月が見えるのかい
有栖川 それは･･･
ちひろ 君は月を見たことがあるかい。君の世界にツキは浮かんでいるかい？ 最後に月を見たのはいつだい？
有栖川 ･･････（はけようとする）
男 どこに行こうというのだね？
ちひろ どこに行こうというのだね？
有栖川 分かりません。ただ･･･ここではない、どこかへ。
男 そこに行けば、幸せになれるのかい？
ちひろ そうか、君は君を諦めるのか？
有栖川 はい。いいえ。さようなら、二度と会わないでしょう。
有栖川はける。
男 ビッグバンドリームに飲み込まれるな。
ちひろ え？
男 それは、君の夢ではない。君の見つけた希望の光は君にそんな未来を見せたのかい？
ちひろ わかりません。
男 どこに行こうというのかね？
ちひろ わかりません。ただ･･･
男 ただ？
ちひろ 彼は･･････トイレの方に行きました。
男 それも、ひとつの答えだ。
ちひろ ひとつの答え。答えはひとつじゃないんですか？
男 誰がそんなことを言った？
ちひろ わかりません。
男 そうか、君は何にも知らないんだな。
ちひろ すみません。
男 それは、君の言葉かな。
ちひろ え？
男 今宵はいい月が出ている。
男 こんな夜は、
電話
ちひろ あ･･･
男 静かにしていた方がいい。
ちひろ それはどういう･･･
男 電話だぞ。出ないのか？
ちひろ （電話に出る）
ふたば ちひろ？ 今日、いつものとこで。
男 （一瞥してはける）
ちひろ あ･･･
ふたば ちょっとちひろ、聞いてる？
ちひろ はい。
ふたば じゃあ、８時に、いつものところで。
ちひろ あの･･･
ふたば 何？
ちひろ 先輩。今日は、いい月が出てますね。
ふたば そうなの？
ちひろ だから、本当はやるべきだと思うんですけど、今日はやらないほうがいいと思うんです。
ふたば どうして？
ちひろ わかりません。
ふたば じゃあ、やるわ。集合すること。わかった？
ちひろ ･･･はい。
ちひろはける。
音楽。
ふたば出てくる。
ちひろが出てくる。ざ・衣装早着替え。
音楽終わると、観客ふたりが、拍手。
ふたば 今日はどうもありがとう。
ちひろ ありがとう。
観客１ 俺、ふたばさんの声、わりと好きっすよ。
観客２ あ、やっぱり？ 実は俺もそう思ってたんだよね。
ふたば ありがとう。最近よく聞きに来てくれるよね。この辺に住んでるの？
観客１ ああ。俺たちあそこの大学通ってるんすよ。
ふたば 大学生かぁ。いいなぁ。
観客２ え、おふたりは学生じゃないんですか？
ふたば お、いくつに見える？
ちひろ 正解は２３才でしたー。
ふたば おい。
観客１ 夢追うフリーターってヤツですか。
ふたば まあ･･･ね。大学は去年卒業しちゃったし、まあ、お陰で時間はあっていいんだけどね。
観客２ 生活は大丈夫なんです？
ちひろ 現在絶賛親のすねかじり虫。
観客１ メジャーデビューとかは･･･
ふたば ないない。
ちひろ まだ･･･ね。持込とかはしてるんだけど。
観客１ でも、なんか、頑張ってるって感じがしていいっすね。俺たち、元気もらってますよ。おふたりに。
ふたば そう？ ありがとう。
ちひろ あ、よかったらここのコンビニ、使ってよ。最近経営やばいらしいから。
ふたば あ、店長からメール。
観客２ そういえば、このコンビニでよく働いてますよね。
ふたば ちひろ、店長から。早く来いって。
ちひろ あ、じゃあ、ごめんね。そういうことだから。また来てね。
観客 お疲れーっす。
暗転。
【４】
コンビニ。ぴっ。
ふたば、漫画雑誌を読んでいる。
ちひろ ありがとうございましたー
ふたば ありがとうございましたー･･･（笑）･･････まったくこんな時間になんで蚊取り線香買いに来るかね。
ちひろ 顔見ました？ めっちゃ刺されてましたよ。
ふたば 顔でかいからじゃないの？
ちひろ また失礼なこと言って･･･
ふたば あれ？ でも、なんでこの時期に蚊がいるんだろ？
ちひろ 店長の奇襲もたまには当たるんですね。
ふたば 店長が蚊を育ててたりして･･･
ちひろ う･･･ありえそうで怖いからやめてください。
間。
ちひろ 漫画･･･
ふたば なに？
ちひろ そんなにおもしろいです？
ふたば ぜんぜん。
ちひろ 面白くないのに笑ってるんですか？
ふたば 面白くないから笑ってるの。
ちひろ え？
ふたば これから面白くなっていくほうが面白いじゃないの。
ちひろ そういうもんですか？
ふたば まあ、ちひろにはこういうセンスは分からないかなぁ･･･
ちひろ あるひとにはあるんでしょうか。
ふたば 悪い？
ちひろ いや、深い意味はないです。
ふたば わたしは大学行くより、バンドしたかったからね。
ちひろ 先輩の将来が心配です。
ふたば それは、君自身の将来も心配しているという意味で捉えていいのかな？
ちひろ 違います。なんでそうなるんですか。
ふたば だって、わたしとバンド組んでるんだし？ いわば一心同体ってやつ？ ん？ 一蓮托生？ どっちだ？
ちひろ どっちだって･･････どっちだろう？ あれ？･･････って、先輩！なにやってるんすか！
ふたば、うまい棒を食べている。
ふたば 流石、うまい棒。うまい。
ちひろ 先輩、まずいですよ。商品ですよ？
ふたば ちひろがうまいこと言った。
ちひろ おどろいてごまかしてもダメです。
ふたば 大丈夫大丈夫。
ちひろ 何が大丈夫なんですか！
ふたば ここだけの話、店長はわたしに惚れてるから。
ちひろ え？
ふたば 最近―、わたしにー、色目使ってくるのよねー。こまっちゃうわぁー。
ちひろ それって大丈夫なんですか。
ふたば んー、まあ、大丈夫なんじゃない？
ちひろ ･･････気をつけてくださいね
ふたば んー。ところで･･･
ちひろ なんです？
ふたば なんか面白い話してよ。
ちひろ どういう流れでそうなったんですか？
ふたば え、なんとなく？
ちひろ 俺に聞かれても。
ふたば ですよねー。
ちひろ はい。
ふたば ほら、早く。
ちひろ ええと･･･
ふたば 面白い話。
ちひろ えーと。そうですね。面白いかどうかは分からないですけど、･･･昨日、ナスを食べる夢見たんですよ。
ふたば お、ホラーっぽい語りだし。
ちひろ ええと･･･そういう時は、「お、初夢？」とか、そういう感じじゃないですか？
ふたば そうか。じゃあ、もう一回。
ちひろ ･･･昨日、ナスを食べる夢見たんですよ。
ふたば やっぱ、ホラーっぽい（笑）
ちひろ いいから。
ふたば おおう、初夢？
ちひろ ･･･はい。
ふたば おー、縁起がいいね！ それでそれで。
ちひろ ナスを食べた瞬間にすごいヒラメキが脳内を駆け巡ったんです。
ふたば ナスのエンコナスチロイ酸が脳に刺激を与えたんだね！
ちひろ え、なんです？
ふたば 言ってみただけ。それで？
ちひろ それで、何故かこのギャグで天下を取れるって、確信した俺は、天下を取ろうとテレビとか、ラジオとか、出ようと頑張るんです。
ふたば して、そのギャグとは･･･？
ちひろ それが思い出せないんですよ。
ふたば ･･･あら、残念。
ちひろ そうですかね？
ふたば 思い出せたら今からでも天下を取れるかも？
ちひろ いいえ。きっと忘れてよかったんじゃないかって
ふたば なんで？
ちひろ どんな面白くても、案外失敗するんじゃないかって、
ふたば どんなに面白くても？
ちひろ 夢見てるときは、一生懸命で案外周りが見えてないですから。
ふたば なるほど･･･。これが面白い話？
ちひろ え、あ、はい。
ふたば ふーん。食べる？
ちひろ え、いや、だから･･･って、めっちゃ食べてるじゃないですか！
ふたば うん。おいしいよ。サラダ味が特においしい。
ちひろ そうなんですか。って、そうじゃなくて！
ふたば 食べても大丈夫だよ。君も店長のお気に入りだから。
ちひろ ･･････え
ふたば ほら、店長、ちょっとそっちの気があるから。なんか妙な視線を感じたことない？
ちひろ ･･･思い当たる節が･･･
ふたば どっちもいけるのねー。あ、めんたい味もおいしい。
ちひろ おそろしい。
間。
ちひろ 店長って、何考えてコンビニやってるんでしょう？
ふたば んー、生きていくためとか？
ちひろ そうじゃなくて。俺には時々店長がなに考えてるか分からないですよ。
ふたば 時々？
ちひろ いつも。
ふたば 個性だと思うけどなぁ。
ちひろ この間だって、ほら、馬の被り物。
ふたば 馬の被り物？
ちひろ かぶってきたじゃないですか。
ふたば そんなことあったっけ？
ちひろ ありましたよ。
ふたば なにそれ。
ちひろ 先輩もいましたよ。
ふたば えー･･･そんなおもしろいことあったら覚えてると思うんだけどなぁ。･･･あ、わかった。それも面白い話なんだ。
ちひろ え？
ふたば ちひろくん。今日はいろいろとネタを仕入れてますな。
ちひろ いや、ホントですって。
ふたば またまたー。夢かなんかじゃないの？
ちひろ 夢？
ふたば そう。ナスを食べる夢。
ちひろ 夢･･･だったのかなぁ。
男、通り過ぎながら。
男 ビッグバンドリームに飲み込まれるな。自分の足元を見ろ。命の炎をしっかりと灯せ。星の彼方の命の灯台に火は燃えているか？ コンパスは役に立たない。ここではすべてがＮを指す。心して夢見よ。
スポット。
おぺれーた あー、あー。こちらガム宇宙センター管制室。バッテル、聞こえますか？
ぱいろっと こちらバッテル。感度良好です。
おぺれーた こちら管制室。感度良好です。
ぱいろっと 了解。
おぺれーた ･･････いよいよだな。
ぱいろっと そうだな。
おぺれーた 大丈夫か？
ぱいろっと 大丈夫だと思うか？
おぺれーた ああ。
ぱいろっと 冗談。震えておしっこちびりそうだよ。
おぺれーた オムツしてんだろ？
ぱいろっと 浪漫もへったくれもないな
おぺれーた ･･･いいじゃないか。今、お前は宇宙に一番近い男だ。
ぱいろっと ああ。
おぺれーた 昨日はよく眠れたか？
ぱいろっと ああ。宇宙（そら）から地球を眺める夢を見たよ。
おぺれーた いい夢だ。今度はちゃんと目を開けたまま見て来い。
ぱいろっと ああ。･･･時間だな。
おぺれーた カウントダウン、いくぞ。
ぱいろっと よろしく頼む。
おぺれーた ああ。それが俺の仕事だ。
ぱいろっと よく言う･･･
録音音声 １０、９、８、７、６、５、４、３、･･･（だんだん声が増えていく）
おぺれーた 楽しんで来い！
ぱいろっと ああ。･･･それが俺の仕事だ。
おぺれーた ･･･よく言う。
録音音声 ･･･２、１、０！
ぱいろっと 点火（イグニッション）
部分暗転。
ちひろ ねぇ、先輩。来週の火曜日、空いてますか？
ふたば 火曜日？ どうだろ。なんで？
ちひろ その、･･･流れ星、観にいきません？
ふたば 流れ星。
ちひろ しぶんぎ座流星群ってのが流れるみたいなんです。
ふたば しぶんぎ座？ 聞いたことないわね。
ちひろ 俺も聞いたことないです。
ふたば じゃあ、ないんじゃないかな･･･。
ちひろ え？
ふたば 君もわたしも知らないんだから、そんな星座、元々なかったんじゃないかな。
ちひろ ･･･そんなことないですよ。
ふたば そう？
ちひろ 俺たちの知らないことって、きっとまだまだたくさんあります。
ふたば それって、テレビの影響？
ちひろ え？
ふたば わたしは見たことないわ。外国の海も、陸地も。北海道も。誰も知らない無人島も。
ちひろ 北海道には去年の夏に行きました。
ふたば ふーん。じゃあ、本当にあるんだ。北海道。わたし、小学校の頃から疑ってたの。目に見えないものを信じるのって難しくない？
ちひろ 先輩･･･哲学しすぎです。
ふたば お腹減った。
ちひろ 哲学しすぎです。
【５】
山形 いいじゃないですか。
三谷 そう思う？
山形 ええ。面白いです。
三谷 んー･･････。
間。
山形 何がダメなんですか？
三谷 ･･･ふたつ目の謎は、･･････ふたつ目の謎は未解決なんだ。
山形 ふたつ目の謎は、何故ふたりはバンドをやっているのか。
三谷 その答えは簡単。ふたばがちひろを誘ったからさ。問題は他にあるんだ。
山形 他･･･。
三谷 そう。何故ふたばはちひろを誘ったのか。
山形 そんなの決まってるじゃないですか。
三谷 そうなの？
山形 そうですよ。
三谷 そう･･･だったのかなぁ･･･。
山形 何落ち込んでるんですか？
三谷 別に。
山形 何開き直ってるんですか。
三谷 んー･･･。でも、やっぱりこれは違うかな。
原稿をくしゃくしゃに丸めて、ポイする。
山形 何も丸めて棄てなくても。
三谷 見たくはないからねぇ。
山形 どうしたら描けるんですか。
三谷 うーん･･････幸せになったらかけるのかなぁ。
山形 どうしたら幸せになれるんですか。
三谷 んー･･････君が私にキスしてくれたら一時的に幸せになれるかも。
山形 ･･････セクハラです！
三谷 んー･･･あいてっ！
山形 セクハラです！ セクハラです！ セクハラです！
三谷 痛いって！ 痛い。痛い。
山形 ･････････。
三谷 ごめん。セクハラでした。
山形 セクハラです。
三谷 ･･･おっしゃるとおりです。
山形 ･･････二度としないでください。
三谷 はい。
山形 今回だけ許します。
三谷 はい。
間。
三谷 ちょうどそんな気分なんだよ、今。
山形 え？
三谷 私の心の中。
山形、手にもった原稿用紙を見る。
くしゃくしゃにして、ゴミ袋に戻す。
三谷の後ろに立って、肩を叩く。
山形 ･･････すみません。
三谷 こちらこそ、なかなか描けなくて申し訳ない。肩身が狭いだろうに。
山形 いえ。好きでやってますから。
三谷 ･･････そうか。山形さんはどうして編集になったの？
山形 え･･････漫画が好きだからです。
三谷 そうか･･････でも、山形さんは想像力豊かだし、描いてみようと思ったりはしなかったの？
山形 昔は、ちょっと描いたりもしてました。持込とかも何回かして･･･
三谷 へぇー、すごいじゃん。
山形 いえ、私なんて全然ダメで。でも、当時の編集長が、私に目を留めてくれて。「漫画家としては契約できないが、編集としてうちに来ないか」って･･･。
三谷 編集長って山口編集長？
山形 いえ。前任は、田中って人だったんです。快活で、面白い人だったんですけど、秘密結社の陰謀で･･･
三谷 秘密結社って。
山形 噂です。年度の途中で、急に異動したから。
三谷 それでも秘密結社って。編集部は想像力豊かだね。
山形 ･･････そうですね。
三谷 うん！
山形 どうしました？
三谷 あ、ああ。ありがとう。もういいよ。･･････これを出そう。
三谷、引き出しから何か出す。それは、続きの書かれた原稿の入った封筒。
山形 原稿ですか。
三谷 原稿です。
山形 いつの間に。
三谷 んー･･･まあ、ちょくちょく。
山形 これで、先生はいいんですか？
三谷 ベストじゃない。でも、ベターだと思う。
山形 どうして、ですか？
三谷 どうしてだろう？ いつまでもこのままって訳にもいかないし。･･････決着をつけようと思って。
山形 そうですか。ありがとうございます！
三谷 あんまりお礼とか言わないほうがいいよ。私は気まぐれだから。
山形 じゃあ、これ、急いで、印刷に回しますので、今日はこれで失礼します！あ、私のお弁当、テキトウにあっためて食べちゃってください。
三谷 うん、いただくよ。･･･その前にトイレトイレ。
【６】
トイレの流水音。
医者 気がつきましたか？
青年 ･･････あれ？
医者 ああ、触らないで。かゆいかもしれないけど、これ以上は。薬を出しておきますからね。
青年 ここは･･･？
医者 ああ、怖がらせてしまったかしら。安心して。ここは病院よ。
青年 病院。
医者 そう。あなたは訓練中の事故で
青年 訓練中、の･･･事故？
医者 そう。事故。あなたは無重力実験の最中に炎上する飛行機から飛び出したの。
青年 飛行機から。
刑事 そう、その時の状況について、少し詳しく話を聞かせてもらえないかな。
医者 刑事さんよ。
刑事 刑事部の三谷だ。よろしく。
青年 よろしくお願いします。
ちひろ いらっしゃいませー。
青年 メガネはどこにやったかな･･･メガネメガネ･･･
刑事 彼は大丈夫なのかね？
医者 命に別状はありません。
刑事 本当に？
医者 どういう意味ですか？
刑事 彼は宇宙飛行士になりたかったんだろう。
医者 ･･････
刑事 それは難しいんだろう？
医者 そうですね。
青年 あ、そもそも眼がないんだった････ははっ･･･はは･･･
青年、携帯を手に電話を始める。あ、すいませんまちがえました。あ、すいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。あすいませんまちがえました。
乗客１ どういうことなんだ、この品揃えは･･･（酔っている）
ちひろ ええと･･･その･･･
乗客１ なんとかいったらどうなんだ。
ちひろ ご希望に添えず、もうしわけございません。
乗客１ なんてことだ。なんてことだ。これだから･･･社会人ってやつは！ 謝ればいいと思ってるやつは！ そうやって口を開けば謝ろうとする。私はあるか、ないかを聞いているんだ。
医者 彼は病気なんです。
刑事 病気？
医者 だって･･･夢なんて、病気みたいなものでしょう。
刑事 薬を飲めば、直るのか？
医者 もちろんです。
刑事 直ったらどうなるんだ？
医者 目が見えなくなります。
刑事 彼は目が見えなくても生きていけるのか？
医者 目が見えなくても生きることは可能です。
刑事 彼は目が見えなくても生きていけるのか？
mal style='margin-top:0mm;margin-right:315.0pt;margin-bottom: 0mm;margin-left:124.5pt;margin-bottom:.0001pt;text-indent:-75.9pt;line-height: 200%'>乗客１ え？
刑事 頑張れない人は、どうしたらいいんだ？
ちひろ えと･･･その、何をお探しでしょうか？
乗客１ そんなもの、とうの昔に忘れてしまったわ。
ちひろ あの･･･お客様。
乗客１ ご希望に添えず？ 私にとっての希望？ 君が希望の亡骸に花でも添えてくれるというのかね？
ちひろ ･･･そういう意味では･･･
乗客１ ふざけるな！
ちひろ ちょっ･･･暴力はやめてください。
乗客１ 目を覚まさせてやる！
ちひろ 意味が分からないですって！
乗客１ 分からせてやるよ！
ちひろ 警察呼びますよ！
乗客１ おう、上等だ！ 俺も訴えてやる！
ちひろ はぁっ？
乗客１、ちひろを殴る。ちひろ倒れる。
つられて、乗客１も倒れる。
乗客１ まったく･･･夢見させやがって･･･。俺は何のために生きてきたんだ？ 何のために生まれてきたんだ。どこで間違ったんだ？ なぁ。いるんだろ？ どこにいるんだ？ なぁ。
電話。
乗客１ 電話？ 誰からだ、こんちくしょう。もしもし、俺だけど。うん。ラジオ？ うん。今日から休みなんだ。今まで聞いてくれてありがとな。え？ そう。今日から休み。ずっと休みなんだ。ずっとずっと･･･俺が死んでも生きても、休みなんだ。･･･笑ってくれよ。こんな俺でも自信だけはあってよ･･･でも、ダメだった。え。･･････なんでだよ。なんで優しくするんだよ、こんな･･･俺なんかに。なんで･･･。
男 そこにお前だけのありふれた幸せを探せ。
乗客１ え？
男 それがたとえお前にとって夢の燃えさしだとしても。お前の夢がお前に残したものだ。電波の届かない夢を見ろ。
乗客１ ちょっと･･･
男 ･･････。
乗客１ あんたは、なんなんだ？
男 ･･････。
乗客１ はぁ･･･もう、なんでもいいや。感謝するよ。一応。
ふたば あれ？ ･･･ちひろ？ ちひろっ！ 店長、店長！
店長 え、なぁに？
ふたば ちひろが！
店長 あらら･･･
ふたば ちょっと･･･しっかりして！ なにがあったの！？
店長 ふたばちゃん
ふたば そうだ･･･救急車！ 店長！
店長 ふたばちゃん、おちついて。
ふたば でも･･･
店長 大丈夫よ。私、こう見えても結構いろんな修羅場乗り越えてるのよ！
ふたば こんな時に何言ってるんですか！
店長 んー･･･ライトライト･･･んー、まだ夢見てるのね。でも、もう･･･（ビンタ）。目を覚ましなさい！
ふたば ちょっと、店長！
店長 ダメね。ふたばちゃん、人工呼吸する？
ふたば ふぇっ！？ いや･･･その･･･ええと
店長 あらぁ･･･じゃあ、私が奪っちゃうわよ、この子の唇。
ふたば ･･････わかりました。私がやります。
店長 うそぴょーん。
ふたば へ？
店長 冗談よ。なに、真っ赤よ？
ふたば まじめにやってください。
店長 あら。私はいたってまじめよ。呼吸は安定してるわ。脈拍も正常。気を失ってるだけね。
ふたば よかった･･･
店長 一応、病院に連れて行かなくちゃね。ふたばちゃん、店番頼める？
ふたば （首を横に振る）
店長 そうね。誰が来てくれるかしら？ みんな自分に一生懸命だし、忙しいかしら？
ふたば 店長、私がかけます。
店長 いいえ、私が。店長だからね。
ふたば ･･･はい。すみません。
店長 よいしょっと。
ふたば え、動かさない方がいいんじゃないですか？
店長 大丈夫大丈夫。そういうのじゃないから。ぐっすり寝かしてあげたほうがいいの。
ふたば はい。
店長、ちひろを担いではける。
ふたば、はける。
店長、袖に出てきて、
店長 もしもし、救急です。ええ。はい･･･はい。男の子です。はい。夢に倒れまして。はい。すみません。いつもご迷惑かけます。はい。よろしくお願いします。
店長 ････････････。
男 ･･････。
店長 ふー･･･。ふたばちゃん？ ふたばちゃんいる？
ふたば あ、はい。
店長 悪いんだけど、先に行っててくれる？
ふたば え･･･
店長 大丈夫でしょ？
ふたば ･･･あの、
店長 お店。
ふたば あ
店長 誰もいなくなるわけにはいかないでしょ？ 田中くんが来てくれるって言うから、それまで私はお留守番。
ふたば ･････はい。すみませんご迷惑お掛けしました。
店長 いいのよ。気にしないで。
ふたば じゃあ、私、病院に行ってます。
店長 うん。
男 ･･････。
店長 ･･･ひさしぶりね。
男 ･････････。
店長 ･･････いつの間にかどっか行っちゃった薄情なやつに興味はないのよ。
男 ･････････。
店長 そう、何も話さないのね。
男 ･･････。
店長 ここに来たってことは興味があるのね。 どっち？ 男の子？ 女の子？
男 ･･････
店長 まあ、いいわ。いずれにせよ私に見られるのはお門違いよ。消えなさい。
男 ･･････。
店長 私の夢だって？ よしてよ。いくつだと思ってるの？ いい大人を馬鹿にしないの。
男 ･･････いくつでもいいだろ？
店長 ･･･ありゃりゃ。
男 ･･････
店長 しゃべっちゃうわけ。
男 ひさしぶりだからな。
店長 変わらないわね。
男 お前変わったな。
店長 そう？
男 そう。
店長 ･･････あなたは変わらない。
男 あんたの夢が変わらないだけさ。
店長 そう･･･つまり、これは私の夢なのね。
男 そう。
店長 そして、ピンチなわけね。
男 どうして？
店長 ヒーローはピンチの時にしか現れないから。
男 ありがとう。
店長 褒めてないわ。
男 ぽめらにあん？
店長 ･･･言ってない。
男 そうか？
店長 そうね、ピンチね。
男 ･･･随分と淡白だな。
店長 仕方がないわ。みんながみんな夢をかなえられるわけじゃないわ。何度も何度も折れ曲がって、たどり着くしかなかった場所に、それこそが自分の夢だと思いこんだ果実を実らせるの。
男 日のよくあたる場所がいいな。
店長 風がほどよく吹く場所がいいわね。
男 雨でほどよく洗われる場所がいいな。
店長 動物の手が届かない場所がいいわ。
男 ･･･贅沢だな。
店長 そうね。その通りだわ。
男 似ている。
店長 え？
男 ･･････
店長 似てる？ 私たちと？
男 分かってるじゃないか。だから、そうして夢に見る。
店長 だったら最低ね。
男 そうか？
店長 私たちの叶えられなかった夢を他人の中に見ようとしてる。期待してる。
男 いいじゃないか。お前なりに、彼女らを応援してるんだろう？ 世界はそうやって回っている。
店長 彼女ら･･･ね。
男 ん？
店長 いいえ。･･･期待は巨大な怪獣になって、誰かを押しつぶすわ。
男 誰かみたいに？
店長 そう、誰かみたいに。
男 ･･････爆笑だ。
店長 ･･･ねぇ、あなたはどうして離れていったの？
男 ･････････。
溶暗。
【７】
青年 ･･････（電話している）
恋人 もしもし。
青年 あ、俺だけど･･･。
恋人 裕太･･･くん？
青年 ･･･うん。ごめん心配かけ･･･
恋人 心配したんだよ！ 携帯かけても出ないし、アパート行っても留守だし。何かあったんじゃないかって･･･
青年 ･･･うん。
恋人 なにか、あったの？
青年 うん。
恋人 ･･････
青年 俺、どうしたらいいんだろう？
恋人 なにがあったの？
青年 俺、子どもの頃から宇宙飛行士になりたくて。
恋人 ･･･
青年 そのために英語も勉強して、トレーニングも頑張って、候補に選ばれてからもずっとずっと、人一倍頑張って･･･。でも、目の見えない宇宙飛行士なんて要らないよね。
恋人 え？
青年 ちょっと･･･事故っちゃって･･･
恋人 今どこにいるの？
青年 病院。
恋人 生きてるんだよね？
青年 うん。
恋人 何も･･･見えないの？
青年 うっすらとは見えるけど･･･でも、これじゃあもう･･･
恋人 ねぇ、しっかり目を開けて。私が見える？
青年 ･･･見えないよ、きっと。
恋人 でも、電話してくれたじゃない。
青年 気がついたら･･･かけてた。探してた。
恋人 待ってて。今からそっちに行くから。
青年 でも仕事は･･･
恋人 一大事だもん。こんなときくらい有給使わせてもらわなくっちゃ。
青年 ･･････ごめん
恋人 もしもし？ あれ？ もしもし？
プツッ･･･ツー、ツー、ツー、ツー･･･
青年 あんた死ぬのか？
乗客１ 死なないさ。
青年 だが、倒れてる。
乗客１ まってるんだ。
青年 待ってる？
乗客１ そう。
青年 なにを？
乗客１ 俺の中から、夢が抜け落ちていくのを。
青年 それでも死なないのか？
乗客１ そうだ。
青年 どうしてもか？
乗客１ そうだ。そうだ･･･お前は薬を飲んだのか？
青年 それは、目薬か？
乗客１ そうかもしれない。
青年 これのことか。
乗客１ そうだ。･･･綺麗な色をしている。
青年 これのことか。･･･これを飲んだから死なないのか。
乗客１ そうだ。死ななくていいように、この薬を飲んで、じっと夢が抜けていくのを待つんだ。
青年 このキラキラしたのがそうか？
乗客１ そのキラキラしたのがそうだ。
青年 痛くないのか？
乗客１ 痛くはない。
青年 苦しくないのか？
乗客１ 苦しくはない。
車掌 二番線に列車が参ります。お気をつけください。この列車は、上り快速夢の橋立行きでございます。
青年 電車が来るのか？
乗客１ 電車がくるのさ。
【８】
ちひろ あ、また流れた！
ふたば ホントだ。
ちひろ 先輩は願い事、できました？
ふたば んー･･･まあ。一応。
ちひろ 何願ったんですか？
ふたば 秘密。
ちひろ いいじゃないですか。
ふたば 秘密。
ちひろ どうしてもですか？
ふたば どうしても。
ちひろ そうですか･･･これだけは使いたくなかったのですが、
ふたば ん？
ちひろ 東京限定うまい棒、きりたんぽ味！
ふたば ･･････それをどこで･･･
ちひろ 後輩が東京土産に買ってきてくれたんですよ。
ふたば ･･･ごくり。
ちひろ これと交換で･･･どうです？
ふたば そんな･･･ご無体な･･･あ～れ～しゅぱっ！
ちひろ えいっ！
ふたば ふっふっふ･･･。やるね。
ちひろ ありがとうございます。して、何を願ったんですか？
ふたば えっとー･･･ちひろとー･･･幸せになることかなぁ･･･
ちひろ えっ･･･
ふたば もらったぁああ！
ちひろ あああっ！ 卑怯です！ 先輩、それは卑怯です！
ふたば 勝者のみが正義を語れるのだよ、てへっ！
ちひろ てへっ、って！
ふたば あっ、また流れた。
ちひろ ･･････あっ！
ふたば ちひろは何を願ったの？
ちひろ ･･･秘密です。
ふたば やっぱり秘密じゃん。
ちひろ 秘密です。
ふたば ねえ、あれ。
ちひろ なんだろう？
ふたば 綺麗。
ちひろ 車掌さん、車掌さん
車掌 はい。車掌です。
ちひろ あれは何ですか？
車掌 あの星の集まってるところですか？
ちひろ はい。
車掌 ひときわ明るいのは、すたあと呼ばれています。
ふたば すたあ。
車掌 本当は中心に近づくともっと明るいのですが、周りをガス状の小さな粒子が包んでいて、朧月のようにぼんやり見えるのです。
ふたば 車掌さんはあの星の近くまで行ってみたことがあるんですか？
車掌 え？
ふたば だって、とっても明るいって、知っているから。
車掌 ･･･いいえ。
ふたば じゃあ、どうして？
車掌 昔は私も君たちと同じ歳だったことがありました。
ふたば はい？
車掌 私の隣の星が、明るかったのです。
ふたば はい。
車掌 私もひときわ大きく輝いてみましたが、いくら背伸びをしてみても、彼女の目はもっと上を見ていました。
ふたば その彼女は背が高かったんですね。
車掌 あなたは、牛乳が好きですか？
ふたば 好きですよ。
車掌 私は牛乳を飲むとすぐにお腹を壊してしまうんです。
ふたば だから、諦めてしまったんですか？
車掌 そうかもしれません。でも、本当のところは分かりません。
ふたば どうしてですか？
車掌 お恥ずかしい話なんですが、私は、私がなにをしたいか、わからないんですよ。
ちひろ それは今もですか？
車掌 ･･･今は、したいことよりも出来ることを探している自分に、時々気付くくらいです。
ふたば 車掌さんは星が好きだから、このお仕事をしているんじゃないですか？
車掌 そうですね。
ちひろ 満足はしていないんですか？
車掌 いいえ。満ち足りた日々を送っていますよ。私に出来ることをしています。
ちひろ それはしたいこととは違うんですか？
車掌 難しいですね。君たちが自分の夢をみた時、あるいは分かるのかもしれません。
ふたば 私には夢があります。
車掌 そうですか。それはとても素敵なことです。
ふたば へへん。
ちひろ ぼ、ぼくにだって、夢はあります。
車掌 そうですか。それはとても素敵なことです。
ちひろ はい。
車掌 駅に着きますよ。えー、レジ前。レジ前駅です。夢見心地の方はここでお乗換えです。
ふたば 降りよう？
ちひろ え？
ふたば 乗換えだって。
ちひろ 乗り換えるの？
ふたば だって、私の行きたいところではないから。
ちひろ ぼ、僕の行きたいところでもない。
ふたば じゃあ、降りよ？
ちひろ うん。
医者 夢の欠片を吸って、彼らは夢になっていくんです。
刑事 夢になっていくのか？ 夢になっていくって、なんだ？
医者 互いの引力で惹かれあいながら、大きくなっていくんです。
刑事 大きくならなければいけないのか？
医者 大きくならないと、星にはなれないでしょう。
ちひろ えほっ、ごほっごほっ･･･
ふたば どうしたの？
ちひろ なんだろう･･･ここはちょっと苦しいね。空気が薄いのかな。
ふたば そうかしら？
刑事 彼はどうしたんだ？
医者 花粉症と同じですよ。アレルギーです。
刑事 アレルギー。
医者 夢が輝きださないと夢に埋まってやがて見えなくなってしまう。
刑事 夢が夢を飲み込むのか？
医者 溺れるんですよ。深い夢の水底へ。
刑事 水底へ？
医者 クラムボンはどうして死んでしまったんでしょうね？
刑事 え？
医者 クラムボンはかぷかぷ笑ったよ。
刑事 かぷかぷ笑うって、正気の沙汰じゃないな。
医者 そうですか？
【９】
乗客１ よっこらせ。
青年 乗るのですか？
乗客１ 乗るよ。ようやく乗れるからね。
青年 ようやく？
乗客１ 随分と待ったからね。･･･家族が待ってる。
青年 家族がいるんですね。
乗客１ 悪いか？
青年 はい。
乗客１ ･･･そうかもしれないな。でも、これから私は幸せになっていくことが出来る。
青年 俺は、どうなっていくのでしょう？
乗客１ どうにもならないさ。
青年 俺はあんたとは違う。俺はこれまで夢のためだけに生きてきた。俺の体は夢で出来ている。この手も、この足も、このココロも、夢のために作ってきた。俺の体は俺の夢で出来た体だ。目が覚めたら、夢から醒めたら･･･
乗客１ 大丈夫さ。君も必ず誰かに繋がっている。
電話。
男 ビッグバンドリームに飲み込まれるな。大きな夢が偉いのか？ 小さな夢は安っぽいのか？ 君の夢はそんなもので測れてしまうのかい？
乗客１ ほら、電話だよ。
青年 ･･････
乗客１ でないのかい？
男 ビッグバンドリームに飲み込まれるな。君の夢はなんだ！ 君の夢のために、君は生きてきたんじゃないのか！？ 頑張ってきたんじゃないのか！
青年 ･･････でたら、終わってしまう気がして。
乗客１ その通りだよ。でも、出なくちゃ。
乗客１ でなくちゃ。
青年 ･･･もしもし
恋人 もしもし？ 裕太？ 今どこ？ 部屋番号分からないんだけど！
青年 ここは･･･、Ｄ病棟の２０２号室だよ。
恋人 よかった。広くて、迷っちゃいそうだよ。
青年 ゆっくりでいいよ。
恋人 え？
青年 待ってるから。
恋人 はい。
乗客１ 頑張らなくちゃいけなくなったんだ。誰かのために。
青年 はい。
乗客１ だから、死なないんだ。
青年 はい。
医者 薬は一日３回。食後に服用すること。
青年 はい。
医者 何か質問は？
青年 ･･･どれくらいかかりますか？
医者 病は気から。あくまで薬は君の治癒力を助ける仕事をするんだからね。
青年 はい。
医者 治った自分を想像してごらん。
青年 はい。
乗客１ 直った自分が楽しみにしていることが今の君にはあるはずだ。
青年 はい。
医者 じゃあ、頑張って。
車掌 出発しますよ。
乗客１ じゃあ、お別れだ。
青年 ええ。お幸せに。
乗客１ ありがとう。
刑事 彼は治ったらどうなるんだ？
医者 目が見えなくなります。
刑事 彼は目が見えなくても生きていけるのか？
医者 目が見えなくても、生きることは可能です。
刑事 彼は目が見えなくても生きていけるのか？
医者 目が見えなくても頑張っている人はたくさんいます。
刑事 頑張れない人はどうしたらいいんだ？
暗転。
【１０】
馬の頭が並んでいる。
ちひろ ･･･ここは？
ふたば 気がついた？ ここは病院だよ。
ちひろ 苦しい･･･
ふたば はずしちゃダメだって。
医者 はずしても大丈夫ですよ。
ふたば あ、はい。
医者 気分はいかがですか？
ちひろ なんか、息苦しいです。
医者 そう。お薬があるんだけど、飲む？
ふたば どうしてすぐに使わなかったんですか？
医者 この薬は副作用があるの。
ふたば それはどんな･･･
医者 ちひろさんは知ってるわよね。
ちひろ ･･･はい。
ふたば そうなの？
ちひろ はい。
医者 どうするかは、あなたが決めなくちゃ。
ちひろ ･･･飲まなきゃダメですか？
医者 分かってるでしょ？
ちひろ ･･････
ふたば どんな副作用なんですか？
医者 さあ？
ふたば ねえ。
ちひろ 分かりません。
ふたば え？
医者 それは、目に見えるものかもしれないし、目に見えないものかもしれない。私にも分からないわ。でも、死に至るものじゃない。
ちひろ はい。
医者 じゃあ、これはここにおいておくね。一日３回、食後に服用すること。いい？
ちひろ はい。
医者 それじゃ。
間。
ふたば ･･･びっくりしたよ。急に倒れたから。
ちひろ 俺もびっくりしました。
ふたば どうしたの？
ちひろ いや、ちょっと･･･貧血ですかね。
ふたば 肉ね。焼肉しましょ。
ちひろ ･･････そうですね。
ふたば ････････いつがいいかしら。後で先生にどれくらいで退院できるか聞かなくちゃ。入院だなんてびっくりだよね。
ちひろ そうですね。･･････え！？入院なんですか。
ふたば そうだよ。どんだけ鉄分足りてないのよ。
ちひろ 磁石とか近づけてください。
ふたば お。
ちひろ ･･････うそです。
ふたば ･･･うそか。
ちひろ 今は誰が入ってるんですか？
ふたば え？
ちひろ コンビニ。
ふたば え、
ちひろ まだ７時ですから。
ふたば ああ･･･。わかんないけど･･･店長が来ないから、店長が一人で入ってるのかも。
ちひろ ･･････
ふたば どんまい！
ちひろ え？
ふたば どんまい！
ちひろ ええと･･･
ふたば どんまい！
ちひろ ･･･はい。
ふたば うん。じゃあ、ご飯食べて薬飲んで、早く元気にならなくちゃ！ 来週はじゃんじゃん練習するんだからね！ 肉は無理でもほうれん草とかは、あるかな？
ちひろ あの、
ふたば ん？
ちひろ ･･････先輩、ずっと聞きたかったことがあるんです。
ふたば まって。
ちひろ ･･････。
ふたば うん。･･････なに？
ちひろ どうして俺を誘ったんですか？
暗転。
【１１】
目覚まし。じりりりりりりり･･･
三谷 んー･･････ぁあああっ！
三谷、布団をはねのけ、Ｙシャツを着て、出てくる。
三谷 寝坊だ！ 寝坊だ！ マズイマズイぞっ･･･
三谷 ネクタイネクタイ･･･ズボンズボン･･･
チン！
三谷 ごくっごくっ･･･ぷはぁー。
三谷 鍵はどこだ～～
三谷 ･･････あれ？
山形 先生？ いらっしゃいますか？？ ていうか、起きてますかー？
三谷 ･･････いるよ。
山形 あ、起きてる。（がちゃがちゃ）おっはようございまーす。
三谷 ･･･おはよう。
山形 ･･･何があったんですか？
三谷 いや･･･なんだろう？ 昔を思い出していてね。
山形 はい。
三谷、ネクタイを取って
三谷 これのどこがいいんだろうね？
山形 ネクタイですか。
三谷 うん。苦しい。
山形 まあ、ネクタイってそういうもんじゃないですか？
三谷 なんでこれをしてると社会的に認められるんだろう？
山形 さあ？
三谷 んー･･･気になるな。
山形 お･･･
三谷 え、何？
山形 ついに方向性が決まったんですか！？
三谷 へ？
山形 なにいってんですか。漫画ですよ。漫画。
三谷 あ、いや。そういうわけじゃないんだけど。
山形 だって、先月号で、ふたりは解散の危機ですよ。あの、ちひろの発言は。
三谷 まあ、ねぇ。
山形 最近好調ですよね。これから、どうやってふたりはバンド活動を続けていくのか。私は気になって気になって、毎日８時間しか眠れませんよ。
三谷 いいじゃないか。
山形 おかげさまで。
三谷 どういたしまして。
山形 朝ご飯食べられました？
三谷 ご覧の通り。めん食らっております。
山形 まだですね？ 私、お弁当もってきたので、一緒に食べましょう。
三谷 廃棄？
山形 よく分かりましたね。いやー、最近運がいいんですよ。
三谷 大吉だったしね。
山形 そうなんですよ。でも、それより気になるのは･･･「待ち人来る」ですよ！ 今年は、がんがん婚活してきますよ！
三谷 これから待ち人を作るのね。
山形 もちろんです。待ち人が来る前に、待ち人作らなくっちゃ。
三谷 陰ながら健闘を祈るよ。
山形 先生はそういえば、なんでしたっけ？
三谷 んー、末吉だったかな。
山形 それでそれで？
三谷 ええ？
山形 気になる結果とかなかったんですか？
三谷 そうだな。健康には不自由しないってあったかな。
山形 んー、地味ですね。
三谷 地味だね。でも、大切なことじゃないかな。
山形 そうですね。･･････あ。分かった。
三谷 え？
山形 ネクタイをする理由ですよ。
三谷 ほう。
山形 ネクタイって苦しいじゃないですか。
三谷 うん。
山形 だからするんですよ。みんなどこかしら、我慢して、譲り合って社会人として生きているわけですから、
三谷 その象徴としてネクタイをしているわけか。なるほどなるほど。
山形 むー･･･人の台詞。
男 ビッグバンドリームに飲み込まれるな。描いた軌跡は世界を超える調に変わる。君の歩みが五線を生み出す。君の言葉がリズムに変わる。魂を震わせて叫べ。ありがちな愛を語るな。信じたものだけが本物だ。君が信じたものだけが、君を信じる絶対の真実だ。
三谷、書きあがっている今月号の原稿に目をやって、
三谷 そうか。そうだな。
山形 お。お役に立てましたか？
三谷 うん。
山形 それはよかったです。
三谷 よかったついでに頼みができた･･･
山形 はい。なんなりと。
三谷 今月号、休みにしてくれ。
山形 はい？
三谷 今月号、休みにしてくれ。
山形 はい？
三谷 だから、今月号は･･･
山形 それは聞きました。どうしてです？
三谷 気が変わった。
山形 気が変わったって･･･そんな。だって、それ、今月号の原稿じゃないんですか？
三谷 それは、違う。
山形 違うって･･･ちょっと見せ･･････いや、違うんですね。
三谷 ･････････見てもいいよ。
山形 すみません。失礼します。
三谷 ･･････
山形 いい展開じゃないですか、これ。
三谷 昨日までだったら、それでよかった。でも、ついさっき･･･。ほんのついさっき、ネクタイをはずしたときに思ったんだ。
男 本当にこの結末を望んでいたのか？
山形 何を思ったんです？
三谷 このために今まで頑張ってきたんだろうかって。
山形 だって、彼は彼女と仲直りして、一緒にミュージシャンになって、でっかい夢を叶え、活躍する。これでいいじゃないですか。
男 最後に残るのは、君なのか、彼なのか。ビッグバンドリームに飲み込まれるな。君のあるべき、未来を掴め。
三谷 ･･････彼は･･･ミュージシャンにはなれないよ。
山形 どうしてですか？
三谷 ･･･どうしても。
山形 それは、先生がそう、なれなかったからですか？ だからですか。想像できないから、描けないから･･･
三谷 違うよ。
山形 じゃあ、どうして･･･
三谷 私にも夢があった。ミュージシャンになることだった。
山形 自分の叶えられなかった夢を、漫画の中の自分が叶える。私は素敵だと思いますよ。
三谷 そうじゃない。
山形 ･･････
三谷 そうじゃないんだ。
山形 ･･････はい。
三谷、ゴミ袋の中から、原稿を何枚か取り出して、しわを伸ばす。
それを山形に、手渡す。
【１２】
ふたば え？
ちひろ ･･････どうして俺を誘ったんですか？
ふたば ･･･どうしてって･･･なんとなく？
ちひろ すみません。今だけは俺を見てください。
ふたば ･･･難しいな、人の目を見るのって。
ちひろ すみません。でも、知らないといけないんです。そうしないと俺は、この薬を飲んでもきっと後悔する。
ふたば そうなんだ。
ちひろ はい。
ふたば ･･････
ちひろ 教えてほしいんですよ。大学３年生の春、別にそんなにギターがうまかったわけでもない･･･いや、むしろダメでしたよ。俺なんてダメダメでした。そんな俺を先輩が誘ってくれた理由。どうして俺だったんですか？ ･･･俺、めっちゃ練習しました。先輩につりあうようなギタリストになろうって、めっちゃ練習しました。でも･･･はじめからホントは分かってたんじゃないかって。俺がいなかったら、先輩は･･････。俺は先輩の足を引っ張り続けてるんじゃないかって。
ふたば わたし、君のギター好きだよ。
ちひろ それだけですか？
ふたば ･･･どうしても言わないとダメ。
ちひろ お願いします。
間。
ふたば ･･･やっぱり秘密。
ちひろ ええっ！
ふたば まだもう少しだけ、追いかけていたいかな。
ちひろ ずるいですよ。
ふたば 何が？
ちひろ いや、それは･･･その･･･ですね。
【１３】
山形 ･･･いいじゃないですか。
三谷 ここまではね。
山形 ここまでは？
三谷 ここまでは君好みの話だろう？
山形 確かに。私好みです。
三谷 うん。
山形 ･･･ここまでは？
三谷 そう。君だったら、この後、どうする？
山形 そりゃあ、ふたりは恋の力でバンドを続けるんですよ。ちひろのギターの拙い部分は、ふたばの歌声がカバーするんです。
三谷 そうじゃない。君がもし、ちひろだったら･･･
山形 え？
三谷 君がもし、ちひろだったら、どうする？
山形 ･･･それは･･･だから、ギターを必死で練習するんですよ。
三谷 それでもダメだったら？
山形 もっと頑張ります。
三谷 それでもダメだったら？
山形 もっと頑張るんですよ。追いつくまで。
三谷 必死に頑張るのって、そんなにかっこいいことじゃないよ。
山形 ･･････ホントにそう思ってます？
三谷 ううん。
間。
三谷 ･･･才能がどれだけ人を感動させるか私には分からないが･･･
山形 ･･････。
三谷 少なくとも、それまでに見てきた、聞いてきたすべてのものが、その人を一人の人間にするんだと思う。
山形 ･･･はい。
三谷 だから、彼はどうしてもなれなかったんだよ･･･。彼の本当になりたい彼には。
山形 だから、だから、ちひろはふたばから離れていくんですか？
三谷 よく分かってるじゃないか。
山形 先生好みの展開じゃないですか。
三谷 ･･･私はそういう人間らしい。
山形 自己犠牲なんて、全然格好良くないですよ。
三谷 別に格好良いなんて思ってないよ。
山形 だって、ちひろは自己犠牲、しようとしてるじゃないですか。
三谷 だから彼はビッグバンドリームに飲み込まれたんだよ。
山形 つまり、バッドエンドなんですか？
三谷 そんなことはないよ。
山形 じゃあ、ハッピーエンドなんですか？
三谷 そんなこともないよ。
山形 じゃあ、先生はこのお話をどうしたいんですか？
三谷 どうしたいんだろうね。
山形 ･･････
三谷 ･･････
山形 ･･････カムパネルラは一人で死にました。
三谷 ･･････
山形 じゃあ、残されたジョバンニはどうするんですか。友達にからかわれて、かわいそうなジョバンニ。
三谷 ジョバンニのお父さんは、最後にちゃんと帰ってくるだろう？
山形 でも、私には帰ってきてくれる人がいません。
三谷 そうじゃないよ。ただ、ふたりの夢は天頂の南十字星で、別々の方向に進んでいく。ただ、それだけのことなんだよ。
山形 でも、じゃあ、どうしてこのままふたりは一緒にいられないんですか？
三谷 このままでもいつか終着駅についてしまうから。
山形 でも、でも、じゃあどうしてふたりはふたりでいる夢をかなえられないんですか？
三谷 ふたりがふたつの夢を描くから。キャンパスにいくつもの夢は載らないんだ。
山形 なんで･･･
三谷 我侭のままじゃ誰も生きてはいけないんだよ。
山形 でも･･･でも、でもいいじゃないですか！ 漫画のなかでくらい幸せになったって！ 幸せにしてくれてもいいじゃないですか！
三谷 ･･････
山形 私が･･私がっ･･･どれだけ願って･････どれだけ近づきたいと願ってこの場所に立っているか知ってますか？ 私だって漫画家になりたかった。でも、ダメだって･･･思った。ちひろと同じです。
三谷 ･･････
山形 先生のせいじゃありません！ 先生には感謝しています。先生の編集としてこれまでこの漫画に携わってきて、本当によかったです。でも、でもっ･･･その場所で私の夢を否定しないでください。･･････お願いします。
三谷 ･･････
山形 あのっ！･･･私･･･
三谷 君は編集で、私は作家だ。私が描くんだ。分かるね。
山形 ･･･はい。
三谷 私は私の後悔しないものを描く。それが私の仕事だろう？
【１４】
コンビニ。ピッ。
ふたりがカウンターに並んでいる。
いろんな人が、入ってくるよ。
ちひろ いらっしゃいませーこんにちはー。
ふたば いらっしゃいませーこんにちはー。
ちひろ ありがとうございましたーまたおこしくださいませー。
ふたば またおこしくださいませー。
間。
ふたば ふぁああ･･･眠い。
ちひろ もうすぐ４時ですからね。
ふたば 勤務何時まで？
ちひろ 俺ですか？
ふたば うん。
ちひろ 確か９時までです。
ふたば わたしと一緒か。
ちひろ そうなんですね。
ふたば ･･･あと５時間もあるのかぁ･･･
間。
ちひろ ･･･ふたば先輩。
ふたば なに？
ちひろ 終わったら、ご飯食べに行きません？
ふたば え、廃棄出そうだよ？
ちひろ いや、そうなんですけど･･･
ふたば そうか。大切な話があるんだ。
ちひろ 人の台詞とらないでください。
ふたば 最後くらいいいじゃん。
ちひろ 最後だからダメなんですよ！ 最後のイチゴのショートケーキのイチゴを奪われるあの絶望感、知ってます？
ふたば 知らないよ。わたし、どっちかって言うと奪う側だもん。
ちひろ そういえば、去年の誕生日のケーキのイチゴ。
ふたば まだ覚えてたの。
ちひろ 食べ物の恨みは怖いんですよー
ふたば うわっ･･･ホラーっぽい
ちひろ ホラーですよ！
ふたば ホラーなの！？
ちひろ 生ホラーです。
ふたば ゾンビだって、案外生きがいいんだね。たぶん。
ちひろ そういう問題じゃ･･･まあ、もういいですけど。
ふたば そういえばあれも、ここで食べたんだっけ？
ちひろ そうですね。勤務中にケーキを食べるという暴挙。
ふたば あれ、買ってきたんだっけ？
ちひろ 知らないですよ。先輩が用意してくれたんで。
ふたば そうだっけ？
ちひろ ･･･あの時は嬉しかったです。
ふたば あれ、廃棄じゃ･･･
ちひろ 廃棄だったんですか！？
ふたば ん？ んーん。
ちひろ ホントですかっ！
ふたば ホントホント。お腹壊さなかったでしょ？
ちひろ まあ･･･そうですけど。
ふたば ここでいいよ。
ちひろ え。
ふたば 大切な話。
ちひろ え、でも。なんか･･･大切な話するのにコンビニってどうなんです？
ふたば でも、わたしたちは、ずっとここにいたんだよ。
ちひろ え？
ふたば 楽しいときも、悲しいときも、ずっとここにいたんだ。
ちひろ そうですね。
ふたば わたし、今、わりと幸せだよ。
ちひろ 俺もです。
ふたば ･･････ずっとこのままだったらいいのに。
ちひろ そうですね。
ふたば ･･･そうだよ、まったく。
ちひろ じゃあ、･･････大切な話があるんですけど。
ふたば ･･････聞くよ。
ちひろ 俺、･･･その･･･
ふたば うん。
ちひろ その･･･地元のほうで、警察官の追加募集があるみたいなんです。
ふたば うん。
ふたば いらっしゃいませー。
ちひろ いらっしゃいませー。
ふたば ･･････実家ってどこだっけ。
ちひろ ･･････鹿児島です。
ふたば ･･･鹿児島かぁ･･･。
ちひろ はい。
ふたば いつ試験？
ちひろ 来月です。
ふたば 来月･･･すぐだね。
ちひろ ･･･はい。
ちひろ ･･･。
ふたば うん。それで？
ちひろ それで、合格したら鹿児島に帰らなくちゃいけません。
ふたば 合格したくないの？
ちひろ ･･･いいえ
ふたば じゃあ、頑張って。
ちひろ ･･･いいんですか？
ふたば いいんですかって、わたしに聞かないでよ。いらっしゃいませー。
三谷 ７６番。
ふたば お弁当、温めますか？
ちひろ こちらの商品でお間違いないでしょうか？
三谷 ビッグバンドリームに飲み込まれるな。
ちひろ 会計お先に失礼します。
三谷 あ･･･はい。あっ･･･（硬貨をばらまく）
ふたば 大丈夫ですか？（拾う）
三谷 ビッグバンドリームに飲み込まれるな！
ちひろ えっ？
三谷 私は幸せになった。私はとりあえず幸せになった。だが、あのときより幸せなのか、あの時選ばなかった未来より幸せなのかは分からない！
ちひろ え･･･え、え･･･
ふたば え、ちょっと、 なんなの！ 店長呼んでくる！
三谷 ビッグバンドリームに飲み込まれるな！ 君の瞳に映った百億の光のすべてが君を導く君だけの星座となって空に浮かぶ！
店長 ふたばちゃん、どこ？
ふたば あそこです！
店長 ちょっとぉ･･･ごめんなさいねぇええー
三谷 いつだって見上げていてくれ！ それは君だけの夢だろう！ 何を恐れることがある！ 何を恐れることがある！
ちひろ ･･････ビッグバンドリームに飲み込まれるな。
ふたば なんだったの？
ちひろ ･･･なんでしょう。
ふたば なんでしょう。
ちひろ ･･･何を恐れることがある･･･
ふたば 意味わかんないけど、好き勝手なこと言うよね。あーいうのってさ、準備してきてるのかな？
ちひろ ･･･どうなんでしょうか？
ふたば あ。
ちひろ どうしました？
ふたば 分かった。今のが叫び男だ。
ちひろ 叫び男？
ふたば そう。実在したんだねぇ。
ちひろ そうなんですね。あ、ありがとうございます、店長。
店長 大丈夫？
ふたば 叫び男は･･･？
店長 私としたことが、逃げられちゃったわ。なんか不思議な感じ。カメラに映像が残ってないか、調べてみるわ。警察にはまだ連絡しないでおいて。
ふたば 分かりました。
ちひろ あの･･･大事な話の続きなんですけど。
ふたば 試験･･･だっけ？ 合格したくないの？
ちひろ ･･･いいえ。
ふたば 本当は？
ちひろ ･･････わからないんです。
ふたば わからないんだ。分からなくて、そうやってじたばたして、君はひとつの答えを見つけたんだ。
ちひろ でも、それが合ってるかどうか･･･
ふたば でも、そう決めたんでしょ？
ちひろ ･･･はい。
ふたば だったら、頑張って。
ちひろ ･･･でも、バンドはどうす･･･
ふたば バンド、解散しよう。
ちひろ いいんですか！？
ふたば よくはないよ。優秀なギタリストを失うのは、大きな痛手だよ。
ちひろ だったら･･･
ふたば でも、私はちひろの足を引っ張りたくはないの。
ちひろ 俺も･･･です。
ふたば じゃあ、決まりだね。
ちひろ ･･･はい。
ふたば そんな顔しないの。
ちひろ はい、すみません。
ふたば 謝らないの。
ちひろ はい。･･･すみません。
ふたば じゃあ、今日はこの後解散ライブだね！ ブログ更新しなくちゃ。
ちひろ はい･････すみません。
ふたば こら。
ちひろ はい･･･すみません。
ふたば そういう時は、ありがとうございます、だよ。
ちひろ はい･･････ありがとうございます。
ふたば うん。いつでも帰っておいで。
ちひろ いいえ。
ふたば ？
ちひろ いつか、迎えに行きます。必ず。
ふたば そっか。じゃあ･･･指きり。
男 ビックバンドリームに飲み込まれるな。誰かが笑ってもそれが君の夢であることに変わりはない。誰が笑ってくれなくてもそれが君の夢であることに変わりはない。
【エピローグ】
ＭＣ ･･････先生の作品にたびたび出てくる謎の「男」がいますよね。あの、ビッグバンドリームを語る男です。
三谷 ええ。
ＭＣ あのキャラクターはどこから生まれてきたんですか？
三谷 あの男は、いつの間にか私の中に、私の周りにいたんですよ。
ＭＣ それは実生活で、ということですか？
三谷 ええ。
ＭＣ でも、実際にいたわけではないでしょう？
三谷 ･････そうですね。不思議なことに。
ＭＣ ･･･そのあなたがこれまで身近に感じてきた「男」が、登場人物たちを時には導き、時には惑わせて行くわけですが、これまでの漫画とは少し異なったヒーロー像だと思うんですが。
三谷 そうですね。ヒーローと捉えるのが正しいのかは分かりませんが、彼は今でも私の側にいますよ。
ＭＣ 漫画家として成功されている先生にも「男」は同じように言うわけですか。「ビッグバンドリームに飲み込まれるな」って。この台詞も象徴的ですよね。
三谷 ええ。私は今でも夢見ているのかもしれません。
ＭＣ 夢ですか？
三谷 ええ。
ＭＣ それは、漫画家じゃなくて？
三谷 まだ、･･･分かりません。
ＭＣ 秘密ですかぁ･･･。じゃあ、もうひとつ。
三谷 はい。
ＭＣ 物語はこれからひとつの転機に向かって、核心へと進んでいくのではないかと思うのですが、ビッグバンドリームを語る男って、なんなんでしょうか。
三谷 それは･･････
男 こちら第十九機動部隊！ こちら第十九機動部隊！ 本部、本部聞こえるか！ 至急対策チームを組んでこちらに転送してくれ！ 本部。本部･･････いや、もういい。ここはもうダメだ。ビッグバンドリームの崩壊が始まっている。
三谷 今はまだ･･･。
ＭＣ そうですかぁ。
三谷 そうですね。
ＭＣ いや、まあ、ダメもとでアタックするってのも大事ですよね！
三谷 そうですね。まあ、ひとつ言えることは･･･
ＭＣ はい。
三谷 きっと皆さん、会ったことがあると思いますよ、いつかどこかで。
ＭＣ はい。謎は深まるばかりですね。
三谷 そうですか？
ＭＣ そろそろですね。あっという間の９０分でした。最後にファンの皆さんに一言。
三谷 そうですね。･･･今はまだ今後の展開についてはなんとも言えません。ただ･･･この物語が終わる頃には、その答えが出ていると思います。それが正しいのかどうかは分かりません。ただ、私はまだまだこれから始まるんだ。って、そう思ってます。良い夢を。
男 こちら第十九機動部隊。新たなビッグバンドリームの発生を確認。ラガンドル曲率空間に座標を固定。只今から亜高速潜行にはいる。次の連絡は･･･（第一宇宙時間で３０００を数えた頃から４０００までの時間領域で可能になるだろう。それ以降の連絡は、前線基地へ送信して欲しい。それではあなたが良い夢の下に暮らさんことを。）
音楽がＦＩしてきて、途中からはよく聞き取れない。
ふたばとちひろが解散ライブをしている。
少し気に留めて、立ち止まる人々。
集まってくる人々。
暗転。
これにて閉幕。
作者あとがき
こんな話はどうだろう、と考えたのは、去年の11月。大学祭で、喫茶ショートストーリーズと冠して、11本のお話を生み出していた最中でした。ただ、あのときの自分には、それを形にする力を感じませんでした。３月。学習図鑑が終わって、追いコンが終わって、逃げ続けてきた現実と目を合わせないといけなくなって、教員採用試験が迫ってきていて、本当は去年の夏くらいから勉強しなくちゃいけなかったと知って、でも、大学祭も、学習図鑑も、やれなかった自分は、ここにはいないはずなのです。それは後悔しか生まなかったはずなんです。だから、もし、あの時、と考えるのはやめにしました。そして、勉強を始めて、ココロが震えるように、この物語を起こしました。私はそれを文字にしなければ、と何かに取り付かれるように４日間、ただひたすらに書き続けました。
これが、私のけじめになるなら。と、私は書き続けました。
未来が見えません。どうしたらいいですか？
最後に三谷が言った言葉。この物語が終わる頃には見えてくるその「答え」は、この台本が世界をすこしだけ揺らすときまでに、見えているはずです。そのときの私にしか出来ない芝居にしてもらいたいです。４月４日。なかまくら。