怪獣の住処

作・なかまくら

2024.6.10


錦田 ・・・ にしきだ。作家。誤字が多い。
渋谷 ・・・ 甥(晴希)。または姪。姪だったら遥花(はるか)

#1

錦田  ギャオオ、と遠くから、呼ぶ声がする。雷鳴。とっさに身をかがめる。ズシン、ズシン・・・ズシン・・。もう行ったか・・・?
渋谷  ・・・え?
錦田  もう行ったのか、と聞いているんだ!!
渋谷  ええっと、いま来たところなんですが・・・。
錦田  そんなわけないだろう! いま、足音は次第に遠ざかり、そして、主人公の保(たもつ)はようやく、破壊された街と犠牲になった人々を思って悲しみに暮れる暇を・・・。
渋谷  あのー・・・おじさん?
錦田  じゃなかったな。ここは、日本だ。そして、ここは、私の暮らしているアパートで。私は錦田保。小説家。それで、君は、甥の、
渋谷  晴希です。晴れる希望で、晴希です。
錦田  そうだったそうだった。弟から話は聞いているよ。あ、何か飲む?
渋谷  いただきます。
錦田  じゃあ、冷蔵庫の中から適当に出してきていいから。
渋谷  あ、はい。
錦田  えっと、それで、なんだっけ? 夏休みの宿題なんだって?
渋谷  そうなんですよ。探究学習で、職業調べ、っていうのがあって。
錦田  職業ねぇ・・・。あんまり参考にならないかもしれないよ。
渋谷  でも、お父さんが、珍しい仕事だから、見てくるといいって。
錦田  珍しいというか、晴希くんのお父さんは、ちゃんとした仕事についているじゃないか。それじゃダメなの?
渋谷  でも、いわゆる普通のサラリーマンで。たぶん、まとめても、意外性はないんです。
錦田  今どきの高校生は、夏休みの宿題に意外性が求められるのかい?
渋谷  まあ、その・・・ちょっと、この宿題は頑張りたいんですよ。
錦田  それで、頑張ろうとした結果が、こうなったわけだ。
渋谷  はい。これから、1週間、よろしくお願いします。

錦田  はい、よろしくお願いされました。・・・ところで、晴希くん。
渋谷  はい。
錦田  一つ最初に行っておくけど、うちは、セルフサービスをモットーとしているから。
渋谷  と、いいますと?
錦田  自分のことは自分でやる、ということ。食べたら自分で片づける。洗い物もする。そういうわけでよろしく。
渋谷  わかりました。・・・ただ、困ったことになりました。
錦田  困ったことになったというのは、困ったことになったね。
渋谷  ええ。お父さんからは、宿題を手伝ってもらう分、ちゃんと掃除や洗濯はお前がやりなさい、という風に言われてきたんですけど・・・。
錦田  そういうわけですか。
渋谷  そういうわけなんです。
錦田  そういうわけならば、よろしく、お頼み申します。
渋谷  あ、はい・・・! よろしくおたのまれました!


#2

セミの鳴き声。

錦田  こんなのはどうだろうか!? 凍土怪獣フローズン!
渋谷  また怪獣ですか?
錦田  魅力的な怪獣がいてこそ、盛り上がるってものさ。
渋谷  そういうものですか?
錦田  疑っているな? この怪獣はすごいぞ。聞きたいだろう?
渋谷  あー・・・。あのですね、その前に、一言いいですか?
錦田  なんだなんだ、初日に見せてくれたやる気はどこへ行ったんだ!

セミの声。

渋谷  あのエアコンは飾りですか!?
錦田  飾りです。
渋谷  ・・・飾りですか・・・。
錦田  そう、飾りなのです。
渋谷  そんな飾られちまった悲しみを、ぼくが消し飛ばしてやるっ! リモコン! ON!

錦田  怪獣と対峙する晴希隊員は、そう言って、機械を操作した!

渋谷  ピッ!
錦田  しかし、なんということでしょう。ピッ・・・と音がして、何も起こらない。

渋谷  そんなバカな・・・。動けっ! 動いてくれよ!
錦田  おお、その台詞、表情、いただきました。凍土怪獣フローズンと対決する隊員たち。晴希隊員の操縦するマシンは、フローズンの吐く冷却熱線によって、氷漬けに・・・! いい感じだよ、続けて!
渋谷  おじさん、小説家の労働環境がこんなにも過酷だとは・・・。
錦田  そう、前回の襲撃から、わずか1週間で再びの怪獣の出現。整備兵たちは、全力で、復旧に当たったが、この不景気で、予算を削減されたこともあり、最低限の機能を回復するところまでしか、至らなかったのだ。許せ、晴希隊員よ。
渋谷  最低限の機能とは・・・?
錦田  そう、冷風は出ないが、送風機能は使えるのだ!!
渋谷  なんと! ならば、ピッ!
錦田  ピピッ!

錦田、エアコン本体を手動で操作する。すると、ふたが開いて、風が出てくる。

渋谷  ・・・おじさん。
錦田  どうだ、風が気持ちいいだろう?
渋谷  このリモコンは・・・?
錦田  飾りです。
渋谷  飾りばかりなんですか、この部屋は!!

錦田  ・・・かき氷を食らいに行きましょう。
渋谷  喰らってやりましょう! がぶがぶ!

はける準備をしながら、

錦田  そうそう、かき氷なんだけど、ターコイズブルーのシロップが好みでさ。
渋谷  また、ピンポイントですね。
錦田  だって、なんか、怪獣みたいじゃない。青いタコの宇宙人。
渋谷  まさかとは思いますけど、タコ イズ ブルー・・・。それはちょっとどうでしょう・・・。

暗転。

#3

錦田  ヒーローがいる。
渋谷  ヒーローがいるお話なんですか?
錦田  いるね。しかも巨人がいい。怪獣は大きくて力強い。
渋谷  ロボットというのもありですか?
錦田  ロボットだと、怪獣がかわいそうじゃないか。
渋谷  かわいそうなんですか?
錦田  怪獣はいつだって、生身で戦うんだ。
渋谷  ヒーローは卑怯かもしれない。
錦田  晴希くんは、ヒーローは好みではない?
渋谷  子供っぽい感じがします。
錦田  正義の味方はいない・・・か。
渋谷  はい。
錦田  テレビに出るような、ヒーローは、そうそういるもんじゃないさ。
渋谷  え?
錦田  オリンピック選手よりも少ないかもしれない。
渋谷  それはそうでしょうけど。番組数的に、1年に数人くらいですよね。
錦田  メタいね。世界を救うヒーローがいたとしたら、きっと何年も、いいや、何世代も戦っているはずさ。そんな一族がいたとして。
渋谷  一族が・・・。
錦田  だけど、正義の血は世代を超えて、だんだんと薄まっていってしまうんだ。
渋谷  血が薄まる・・・。
錦田  そうさ。それは、魂とか、心とかそういうものと言い換えてもいい。だから、彼らは、心を鍛えるのさ。
渋谷  心を鍛える。
錦田  そうさ。そうしないと、強い怪獣に、立ち向かっていけないだろう?
渋谷  立ち向かうのは、きっと勇気がいりますね。
錦田  その一族に生まれたら、その信念をもって生まれたすべての人が、その戦いに身を投じることになるんだ。けれども、薄まった血では、平和しか知らない血では、彼らは巨人になることができない。
渋谷  それじゃあ、どうやって・・・、どうやって、おじさんの物語では、・・・ヒーローは、怪獣と戦うんですか。
錦田  人の力を借りるんだ。
渋谷  ・・・え?
錦田  最近はさ、おもちゃもいっぱい増えて、その売り上げでヒーロー番組って作られるから、一族の歴代の先輩たちの力を合わせて、巨人になるんだ。ヒーローは、常に、その一族の末裔なんだ。相談に行くと、いろいろな風に力を貸してくれる。
渋谷  難しいですね、それは。きっと、その一族の人たちはみんないい人たちなんだ。それが信じられるから、力を貸してもらえるんだ。・・・あ、いや、おじさんの物語の中のことですよね?
錦田  ほう・・・。晴希くんも、力が欲しいか・・・?
渋谷  いや、それ、なんか変な契約とか結んじゃう系のやつじゃないですか!?
錦田  バレたか・・・。
渋谷  おじさんは、どちらかというと、怪人ってことですね!
錦田  ・・・。
渋谷  あ、今日はちょっと用事があって、少し早いですけど、これで帰りますね。
錦田  あ、ああ。
渋谷  それじゃあ、また明日。
錦田  ああ。また明日。

渋谷、はける。

錦田  ・・・バレたか。


#4

錦田、ファミレスから出てくる。

渋谷  おじさん。
錦田  お待たせ。打ち合わせ、終わったよ。
渋谷  お疲れさまでした。
錦田  アパートで待っていても良かったのに。
渋谷  いえ、宿題を完成させるためには、歴史的に重要な1ページなのです。
錦田  そうかい?
渋谷  それにしても、遠目でしたけど、編集の方、綺麗な方ですね! 歳もおじさんと同じくらいで、そういう感じになったりとかは、ないんですか?
錦田  あまり、そういう感じではないね。一生懸命にやってくれているけれど、彼女の思う怪獣と、私の思う怪獣はおそらく違うんだ。だから、たぶん、晴希くんが期待しているようなことにはならない。
渋谷  価値観が違っても、お互い相手の良いところを知って、うまく折り合いをつけることだってあるじゃないですか。
錦田  それじゃあ駄目なんだよ。直すのが彼女の仕事さ。だけど、それはもう、怪獣ではない。人間が捏ねて作り出した怪獣の形をした何かになってしまう。それじゃあ私は、嫌なんだ。
渋谷  すみません・・・。
錦田  いや・・・。君に言っても仕方ないことを言ってしまった。ここは、宿題としては、オフレコで頼むよ。
渋谷  はい。
錦田  ところで、晴希くん、これは私の勘なのだけどね・・・?
渋谷  な、なんでしょうか?
錦田  宿題を頑張りたい理由はもしかして、誰かにいいところを見せたいからとか? そういう感じではございませんか?
渋谷  名探偵 錦田保さん、その心は・・・?
錦田  ただの勘です。
渋谷  ぼくはまんまとおびき出されてしまったのか!?
錦田  そういうことです。自分からその話題をふった迂闊さに気付くべきだったね。
渋谷  罠だった・・・。これは巧妙な罠だったのか・・・!?
錦田  そうさ、私は搾りたての悪人だからね・・・。
渋谷  なんですか、搾りたての悪人って!? 一回つかまってるやつじゃないですか!?
錦田  だからこそ、単純なパワーだけでの勝負では敵わないとみて、人間関係をかき乱しに来るのさ!
渋谷  なんて卑劣な・・・! 色恋沙汰を悪用しようだなんてっ!
錦田  さてさて。そのあたり、本編の地球を守る戦いと並行して、隊員たちの恋愛事情もそろそろ書いていきたいところですので、ぜひぜひ、ご教授いただけますかね?
渋谷  どっちが宿題やってるのか、わからなくなってきてますって!


#5

錦田  フローズンという怪獣はね、氷点下条件において、不老不死というのはどうだろう。歳を取らない。だから、永久凍土から発掘された個体がそのまま、現代にも生息しているってわけ。
渋谷  それが、どうしてまた、人を襲うようになるんです?
錦田  それは、人類の罪なんだ。地球温暖化で、フローズンの生息地はどんどん追いやられていった。その結果が、これなんだ。
渋谷  不老と、氷のフローズンをかけているんですね。
錦田  そう、ダブルミーミングってやつ。
渋谷  それは、いい意味でかかってるやつですね。
錦田  その・・・いい意味というのは。
渋谷  あ・・・。すみません。
錦田  謝ることはない。知ってるんだ。
渋谷  はい。
錦田  そうさ、私は誤字の多い怪獣のような人間だ。しばしば言っていることが正しく伝わらない。
渋谷  ・・・。
錦田  誤字が多すぎて、国語の漢字テストは全然だめだった。というか、国語が駄目だった。付いたあだ名は『誤字羅』・・・怪獣扱いさ。
渋谷  おじさんは、それが嫌だったんですね。
錦田  当時から怪獣は好きだった。だから、そう呼ばれても気にしなかった。だけど、怪獣が意味不明なやつに対する蔑称として使われるのが、とてつもなく嫌だった。だから、私は、当時はまだあまり知られていなかった通信制の高校に途中から転校したんだ。いまでは、そうして本当に良かったと思ってる。私の怪獣を、守ることができたから。
渋谷  おじさんは、でも、その怪獣を好きなおじさんは、それを仕事にしたから、また苦しんでるんじゃないですか・・・?
錦田  そうなんだろうね。先日も編集の彼女に、それじゃあ読者に伝わらない、直すべきだ、と。このままでは刊行できない。打ち切りも考えざるをえない、と言われたよ。
渋谷  でも、ぼく、分かったんです。
錦田  何がだい?
渋谷  おじさんと話していて。おじさんは、おじさんの怪獣の世界は、誤字で拡がっていく・・・って、そう思ったんです。
錦田  え?
渋谷  言葉を自由に組み合わせて、世界がどんどん広がっていく。怪獣たちは自由になれる。物理法則に縛られず、社会の常識にも縛られない。搾りたての悪人が登場したり、ターコイズブルーの色合いのタコ型宇宙人が襲来したり、すごく楽しい世界だった。それは、おじさんの世界で、この世界に合わせて矯正してはいけないと思う。おじさんに見えている世界を、おじさんに見えているままに言葉にするのが、本当に素敵なことだって、思えるから。
錦田  そうか・・・ありがとう。
渋谷  え?
錦田  ありがとう。私の中の怪獣を、怪獣でいいんだ、と言ってくれて。実は、晴希くんの夏休みの宿題は、私の高校生だった頃からの宿題でも、あったのかもしれないな。
渋谷  え?
錦田  いや、ただの勘さ。さて、締め切りは近いから、一気に完成させないと! いろいろとアイディアも出してくれるだろう?

渋谷  はいっ!

音楽。
それから、あれこれと怪獣と戦うシーンを考える2人。
渋谷、はけて。音楽、小さくなる。

錦田、書いている。筆を止める。

錦田  晴希くん。
渋谷  はい?
錦田  ちょっと、聞いててくれないか。
渋谷  はい。
錦田  ラストシーンなんだ。
渋谷  書きあがったんですね。
錦田  とりあえず、ここまではね。
渋谷  とりあえず、ここまで・・・ですか。
錦田  そうさ。書ける日が来たら、また続きを書くのかもね。
渋谷  そういうものですか?
錦田  そういうものさ。うん・・・じゃあ、行くよ。

音楽が大きくなる。

錦田  晴希くんが、夏休みに訪ねてきたことは偶然かもしれない。
渋谷  あれ、ぼくの話ですか?
錦田  そこは、脳内変換しておいて。とりあえず、晴希隊員ということで。
渋谷  合点です。
錦田  偶然かもしれない。・・・でも、物語には結末がある。どうせならハッピーエンドがいい。この夏は、ハッピーエンドにつながる大切な夏だった。
渋谷  ぼくにとっても、大切な夏でした。
錦田  うん。遠くのほうに、海がある。

ふたりは海の向こうを見つめる。

錦田  海の向こうで、誰かが叫んでいる。
渋谷  「君はこっちに来るべきじゃない! そっちで頑張っていてくれよ!」
錦田  そう叫んでいる。
渋谷  そうさ。確かに私は怪獣だ。こちらに来たら、私は君を喰らってしまうだろう。いいや、直接は無理なのだ。私はそちらへは行きたくても行けないのだから。

渋谷  終わりですか?
錦田  終わりだね。
渋谷  ヒーローが怪獣をやっつける話だと思っていたんですが。
錦田  そのほうがお好み?
渋谷  いえ・・・。怪獣も、怪獣でいられたらいいのにって、思います。

錦田  だから、この本は怪獣の化身として出版される。そして、多くの人を喰らうのだ。
渋谷  がぶがぶ!って感じですか?
錦田  そう、たぶん、そんな感じなんだ。

渋谷  出版されたら、絶対買いますね。
錦田  うん。
渋谷  じゃあ、ぼくはこれで。
錦田  うん。頑張ってね!
渋谷  ・・・はい。ありがとうございました。

渋谷、はける。
おわり。