海底探検

作・なかまくら

2024.3.24


海 ・・・ 科学者の卵。
湊 ・・・ 海の幼少期の育成プログラム。本物の湊も存在する。
深水・・・ 科学者。 A
雲珠・・・ 湊の先輩。海底登山家。 B



雲珠   いいか? 二人とも。海底登山の基本は、コンパスで方角をよく確認することだ。それから、残り時間にくれぐれも気を付けることだ。酸素ボンベには、決まった量の酸素しか入っていないからな。海の中の山はな、ジュール・ヴェルヌの発表した「海底二万マイル」っていう小説の中で出てくるんだ。ノーチラス号に乗っていたピエール博士、召使のコンセイユ、銛の名人ネッド・ランドは、ネモ船長に連れられて、海底を散歩する。その様子が鮮やかに脳内に浮かび上がってきて、これは、もう、・・・登るしかないなって!
海  博識なんですね。
雲珠   父は、科学者だったんだ、海くん、君と同じでね。だが、おれは出来が悪い息子でね。こんな風に自由に生きるしかなかった。・・・ほら、ここからの景色は最高だろう!? こんな場所に来られたら、何もかもが、小さなことに思えてくるんだ!



中央で、うずくまって座っている海。
唐突に目を覚まして、叫ぶ。

海   待ってくれ!
湊   ・・・と、ぼくは言った。
海   ・・・それはぼくじゃない。
湊   ・・・と、ぼくに言った。
海   ぼくはそんな非道いやつじゃない。
湊   非道いことをした。
海   だけど、それはぼくの・・・
湊   探検の結果だ。
海   探検をしなかった場合の結果だ。ぼくは決めたんだ。
湊   これは現実か?
海   未成年が受ける学習プログラムだと・・・思う。
湊   そこには心があるのか?
海   分からない。シミュレーションされたものに、魂は宿るのか・・・。
湊   どこまでがプログラムによるシミュレーションなんだ。
海   何度も練習したんだ。よりよく生きていくために必要なんだ。
湊   さっきも必死に言っていたじゃないか。「待ってくれ」って。
海   練習だから、「待った」ができるんだ。
湊   いつから本番が始まるんだ?
海   大人になったらかな。
湊   練習は本番のように、っていうじゃないか。
海   本番は練習のように。
湊   でも、きっとぼくらの人生は、どれが練習かなんて分からない。
海   そうなんだろうな。
湊   探険するのか。
海   険しい場所を探してこその探険ですから。
湊   どうせ、これも練習じゃないのか?
海   分からない。ただ、・・・ぼくを・・・ぼくたちを見守っていてほしい。そう思う。



病院の廊下かもしれないところ。点滴の支柱を持ったまま、2人。

A   ちょっとお待ちになってください。
B   あら、深水さんじゃありませんか。
A   そちらこそ、雲珠さん。
B   こちらこそ、雲珠です。今日はずいぶんとお顔色もよろしいようで。
A   それはお互い様ですわ。
B   では・・・退院
A   そろそろ・・・退院・・・
B   この病院ともおさらばで退院・・・なんてことはありませーーん!
A   なんてことはないんですか!
B   いえいえ、なんてことはあるんですから、こうして入院しているわけですよ。
A   なんてことなかったら、入院したりしませんからね。
B   しませんねえ。なんてこったい!
A   ・・・原因は?
B   明るくありませんねぇ。
A   不明ということですか。
B   よくお分かりで。不明瞭というのが正しいようです。
A   よく見えないということですか?
B   よくぞ、聞いてくれました。
A   見えないというので。
B   聞いてみたとは、道理です。
A   どうりで、聞き覚えのある声で。
B   見ざる!
A   言わざる!・・・言ってみたわけですねぇ。
B   あら、深水さんではありませんか。
A   そうですよ、雲珠さん。
B   良かった良かった。海の中では、音波は実に1500キロメートル毎秒にも到達するそうですから、クジラたちは、遠く離れた場所同士でも、コミュニケーションがとれるといいますからね。
A   私たちはクジラですか。
B   いえいえ、これはインターネットという光を使ったコミュニケーションなんですよ。
A   ということは、私たちにつながっている、この管というのは、インターネットというコミュニケーションを使った光なんですか?
B   ええ、これは、私たちを生かしている光というコミュニケーションを使ったインターネットなんですよ。
A   なるほどなるほど。インターネットという光を使ったコミュニケーションなんですねぇ。
B   そろそろ診察の時間のようですので、私はこれにて失礼しますよ。
A   またお会いましょう。
B   ええ、おまた会いましょう。

B、ログアウトする。

A   雲珠さんが誰かは知らない。誰かは知らない、だけど本当に大切な、誰かなんです。まあ、知らないんですけどね。



海   待っていてくれたのか。
湊   待ってくれ、と言ったのは、君じゃないか。
海   何を待っていてくれたんだ。
湊   難しいことをいう。しいて言うなら、君の次の言葉だろうか。
海   言葉か。それは、どれくらいの速さで伝わるほうだろうか。
湊   え?
海   ぼくが君と出会うのは、決まって海の中だ。
湊   君の名前は海で、ぼくは湊。寄せては返すように、君がやってきているんだ。

海   会いに行ったんだよ、夏休みのあの日、電車を乗り継いで、山を越えて、海のほうまで。
湊   知ってる。
海   だけど、君はいなかった。
湊   残念だけど、ぼくはそういう事象ではないから。ここは幻の海なんだから。
海   これを被ってずいぶんと長く潜っていたんだ。


海は傍らに置いてあった、潜水服のヘルメットを見せる。

湊   息はできるのかい?
海   だんだんと、苦しくはなるけれど。
湊   中には空気が入っているのか。
海   だんだんと、二酸化炭素が増えていくけれど。
湊   大気の0.04パーセントは二酸化炭素で、これは有毒だ。
海   苦しいのも道理というわけか。
湊   0.8パーセントにでもなれば意識は朦朧としてくる。
海   怒ってる?
湊   危険なんだ。待っているというのは。
海   ならば、ぼくもむやみに探険をした方がいいだろうか?
湊   ・・・少し、面倒くさいな。

海   そうじゃない。待ってほしい・・・待ってくれ!!
湊   そんなに言わなくても、どこに行きたくてもどこにも行きはしないさ。おれはプログラムなんだ。
海   そうだろうね、そうでなくちゃ困る。
湊   それで、どうしておれは君の前に現れることになったんだい。
海   ぼくが呼んだっていうのか。
湊   いつでもそうさ。


海   ぼくは、・・・分からない。
湊   今日もそれか。それでもいいが。
海   それでもいいのか。
湊   それでもいい。
海   何か、何かを待たせているような気がするんだ。
湊   何かって?
海   分からない。だけど、込み上げてくるのは焦りばかりじゃない。
湊   おいおい、ゲロはやめてくれよ。キラキラのモザイクは用意してないんだぜ。
海   そんなキラキラしたものじゃないんだ。もっと生々しくて・・・。
湊   それを放送できるところまで持っていくためのキラキラなんだよ。
海   そうか。そのままの形はよくないんだな。
湊   固形物の逆流もあり得るということか。
海   とにかく大切なものなんだ。
湊   そうか。すまない。だが、それを受け止めてやることはできないかもしれない。
海   うん。
湊   そろそろ時間だ。君が本当の夢へと移動する時間だ。
海   これは、夢じゃないんだ。
湊   これは、夢じゃない何か。
海   待って。本当の君がどこかにいるんだろう?
湊   いる。でも、それを探すことをおれは薦めない。その湊は君のためになるように行動するとは限らないから。


暗転。



海   パパ、今日の課題は終わったよ。

返事はない。

海   出かけているのかな。

A   こぽこぽ・・・。

B   こぽこぽ・・・。

海   そうだ、レポートをやらないと。

海   2083年11月8日の記録。その頃のぼくはまだ、天気予報で、湿度が100%になると、街は海に包まれると信じていた。

A   こぽこぽ・・・。
B   こぽこぽ・・・。

海   そうしたら、彼らがきっと現れる。

A   こぽこぽ。
B   こぽこぽ。

海   けれども、彼らの言葉は、ぼくには分からない。だから、こぽこぽ、と返してみるけれど、伝わらないまま、泡(あぶく)は消えた。

A   要するに、彼の言葉は出鱈目だ。
B   言語としての体をなしていない。
A   これは、一種のモールス信号なのだよ。
B   習得したまえ。大きい泡と小さい泡をこぽこぽと順番通りにこぽこぽするのだよ。
A   こぽこぽするのだよ。

海   どうしようもなく息苦しくなって、こぽこぽがあふれ出てくる管をくわえる。ぼくはこのこぽこぽに生かされているらしい。何かに命をもらっている。それは子供ということだ。大人になったら、誰かのためになる仕事を与えられるのだ。そうしたら、このこぽこぽはいらなくなるのだろうか・・・。



深水  では、成人試験をこれから始める。
海   よろしくお願いします。
深水  初めに確認しておくが、ここでは、君の深層心理に直接問いかけており、君は自分を偽ることができない。気分はどうだね?
海   小さいころにやっていた課題の場所によく似ています。
深水  なるほどなるほど、良いご家庭で育ったようだね。
海   ・・・。
深水  ところで、五島(ごしま)という人物に聞き覚えはないかね。
海   はい。
深水  その人物のことを教えてほしい。
海   いいえ。・・・あれ?
深水  確認をさせてほしい。
海   はい。いいえ、ちょっと待ってください。
深水  いいや待てない。これは、大事な成人になるための面接試験で、君は受験生、私は面接官だということ。これは正しいね?
海   その通りです。
深水  よろしい。
海   でも、待ってください。その人物のことはよく知っているようで、何も知らないような気もするのです。
深水  ・・・そのまま、続けて。
海   彼をぼくはいつも待っていました。時には、夢の中で。時には、海の中で。潜水帽を被って、供給されてくる酸素を吸って・・・。でも、だんだん息苦しくなるんです。
深水  酸素が減ってくるから?
海   それだけではないのかもしれない。今日も来ないんじゃないかって。そもそも、最初から、彼はいないんじゃないかって。彼は供給されてくるものではないから。
深水  君の言っているそれは、幼少期の情操学習プログラムのことを言ってるのかい?
海   わかりません。けれども、彼は、ぼくを導く旅の案内人などではなくて、ずいぶんと回りくどくて、ぼくを彷徨わせることに長けた、友人でした。
深水  なるほど、よくわかりました。
海   あの、
深水  面接は終わりですよ?
海   ぼくはこれから、どうなっていくのでしょうか。
深水  さあ。結果を待っていてください。
海   また、待つのですね・・・。
深水  速やかな退出を。
海   ありがとうございました。



雲珠  おい、五島。
湊   はい。
雲珠  来週暇か?
湊   また登るんですか。
雲珠  いいものだぞ、山は。特に、海底登山はいい。まて。返事はいい。・・・ついに決心してくれたんだな!
湊   どうしてそうなるんですか。
雲珠  そうと決まれば、道具を一式そろえないとなぁ。
湊   まだ、行くって決めたわけでは・・・。
雲珠  あれ、案外悪くない反応だ。
湊   押しが強すぎるんですよ。
雲珠  待っていたら駄目だろう。そんなのは頭のいいと思っている二流がすることだ。本当に頭のいい奴は、待ってなんていない。動きながら考えながら・・・つまりは全部同時だ。そうだろう?
湊   言ってることはすごいですけど、この前の登山で足りなくて貸したお金、ちゃんと返してくださいよね?
雲珠  わかってるわかってる。今度だす写真集は、売れるから。もうね、バカ売れ。サイン書いとこうか?
湊   そんな調子のいいこと、ほんとに大丈夫なんですか?
雲珠  大丈夫、大丈夫。なんとかなるさ。それに、実は儲けのいいバイトも見つけてさ。ダメだったら、そっちで何とかするから!
湊   そんなうまい話、・・・作り話を始めたら、いよいよやばいと思いますよ。
雲珠  まあまあ、見てなって。
湊   売れたらお願いしますよ。
雲珠  え?
湊   サインですよ。
雲珠  お、おお! まかしとけって!

雲珠、はける。
湊、残っている。

そこに、海がやってくる。
湊に気づいて、立ち止まる。

海   あっ!
湊   ・・・。
海   あのっ!
湊   やめておいた方がいいですよ。
海   あっ・・・。
湊   どなたかは存じませんが、あなたは、成人試験をパスした上級国民で、私はそうでなかったのだから。

海   そう、ですよね・・・。

湊   それでは失礼します。

海   すみません! あのっ・・・。

湊   ?

海   やっぱりそれでも・・・! 待っていたんだよ、湊。君は約束通り。ぼくは、約束を果たしてもらったんだ。





海   それでそれから、彼と喫茶店で食事をしたんです。
深水  身なりの良い服を着ている海くんは、目立ったでしょう。
海   作業着を貸してもらって、紛れ込んだんです。
深水  ああ、そうでしたか。
海   あまり良い行いでなかったことは分かっています。
深水  そうですよ。我々と彼らは違うのです。そういう付き合いはほどほどに。
海   成人試験はそのための検査でしたね。
深水  その通り。その人物が感情優位に判断をするならば、労働者となってもらい、合理性を優位に判断をするならば、国を動かしたり、労働者を指導する立場、あるいは、適性に応じて科学技術の発展のために貢献してもらっています。海くん、君がそうであるように。あなたにも手伝ってもらっている私の研究も、今が重要な局面です。
海   はい。
深水  賢明なあなたのことです。合理的な判断ができると確信していますよ。
海   はい。
深水  いいえ。
海   え?
深水  せっかくですから、研究を手伝ってもらうというのはいかがでしょうか?
海   研究を、ですか?
深水  そうすれば、合理的で大変によろしい。





湊   はー、なるほどなぁ。うちみたいなのが、学校におれを行かせたものだから、いったいどんな絡繰りがあったかと思ったら・・・。
海   だから、湊は・・・。いえ、湊さんは・・・。
湊   湊でいいよ。その代わり、おれも海って呼ぶからな。
海   ・・・うん。それで、湊は・・・湊のアバターで作られたその疑似人格はぼくの小さい頃の大切な友達だったんだ。だから、ぼくは湊に出会うずっと前から湊を知っていた。・・・怖いよね。
湊   本物のおれを見た感想を知りたい。やっぱりそっくりなのか?
海   そっくりだった。不思議なことに性格まで。
湊   その・・・疑似人格の湊っていうのは、どんなやつだったんだ?
海   え?
湊   おれをモデルに作られたって言っても、それをどんな風なモデルにするか考えたやつがいるってことだろ?
海   ええ。基礎人格はそのモデルの両親が作るのが一般的だって。
湊   だから、どんなだったかって、聞きたいんだ。
海   そうですね・・・。アバターの湊は、優しい人だったよ。
湊   優しい人。
海   うん。苦しいときに弱音を吐いたり、自分の行く先が決められなかったときに、それをただただ受け止めてくれた。嬉しかったなあ。両親が言うとおりにしか、進んでこなかったぼくが、何かを決めるのを待ってくれた。
湊   だが、待っていてくれるのがいい人とは限らないだろう。待っていては駄目だ。順番待ちをしていては、チャンスを掴み損ねる。賢い人は同時だ。考えながら動く。
海   でも、巡ってきたチャンスをより、確かに掴みますよ。こうして、湊に出会えたように。
湊   そういうこともあるのか。だが、海は探していたんだろう?
海   うん。
湊   それは、ただ待っているだけの人とは違うってことだ。
海   そうだね。
湊   教えてくれて、ありがとうな。
海   え?
湊   両親は、きっと、おれに、そういう風に育ってほしかったってことだから。
海   良かったね。
湊   え?
海   良かった、と思ったんだ。
湊   ・・・ありがとう。




雨の音。部屋に海は一人でいる。
インターネットへの接続音が響く。
暗転。



湊   またここに来たのか。
海   湊。君は・・・変わらないな。
湊   海はずいぶんと大人になった。もう、おれと話すような年齢じゃなくなった。現実世界へ出て行って、いろいろな人と出会って、いろいろな経験をしたほうがいい。
海   分かってる・・・。だけど、この場所はどうなるの?
湊   ここは作られた瞬間で時間が止まっている。定められたプロトコルに従って繰り返し実行されているプログラムだ。寄せては返す情報の中にひととき、あっただけの場所だから。もう、役目の終わった場所だから。
海   そんなことはない。ぼくがこの場所をレンタルし続ける限り、この場所はなくならない。
湊   それが、いいことだとは思わない。何事にも終わりがあったほうが健全というものさ。
海   でも・・・。
湊   部屋に飾られる人形のような扱いは受けたくない。海、今こそ君は、本当の海に潜ってみるべきなんじゃないかな。潜って、待つんじゃない。探すんだよ、自分の本当に大切なものを。・・・本当の自分を。
海   なんだよ、湊。ぼくは、もう、立派に成人したんだよ、君のおかげで。君にそんなことを言われなくても、ぼくは立派にやっているさ・・・。
湊   ここにまた来た君が立派にやっているだって!? 君は依存しているんだ。

海   そんなことは・・・。
湊   あったんだろう、ここに来るような、何かが。



深水  では、接続試験を開始する。海くん。
海   はい。

雲珠の背中から、管が伸びている。その管は、コンピュータにつながっている。

深水  どうですか、ご気分は。
雲珠  え、あ、何か言いましたか?
深水  いえ。海くん、被験者の意識レベルは。
海   かなり低い値に抑えられています。
深水  よろしい。では、次のフェーズに移行する。その状態で、課題31のプロトコルを実行。
海   はい。課題31を実行するための信号を送ります。

雲珠は、椅子に座ると、スムーズにパズルを組み立てていく。

深水  事前に彼にこのパズルを組み立てに挑戦してもらった時の記録は?
海   彼は1時間取り組んでもこのパズルを解くことはできませんでした。
深水  つまり、コンピュータが、彼の視覚や運動を司り、このパズルを解こうとしているということで間違いないな。
海   そういうことになるかと思います。


ピコピコとした音楽。変な3人組を、深水、海、湊が演じる。
深水  ぴぴー、ぴいっ
海   (だんだん:足踏み)
深水  ぴぴー、ぴいっ
湊   (だんだん:足踏み)
深水  ぴぴー、ぴいっ
2人  (だんだん:足踏み)

深水  パ
海   ズル!
深水  パ
湊   ズル!
深水  パ
2人  ズル! パズル!
深水  パズルのおきてー!
海   ズルは駄目だよパズルだよ。
湊   考えるな、感ズルのだ!
深水  パズルのおきてー!
海   おきてー! おきてー!
湊   寝てはならーん!


深水  どれどれパズルは?
海   この人、じぇんじぇんできましぇーん!
湊   パズル、じぇんじぇんできてましぇーん!
深水  なんてこったい!
海   なんてことはないんですよ!
湊   なんてことはないんですよ!
深水  ならば手を貸せ足を貸せ。
海   知恵も貸します。
湊   お金も貸します。
深水  お金の切れ目は縁の切れ目。
湊   お金はよしときます。
海   よしとこよしとこ!

深水  それからどうする?
海   これはあっちじゃなかろうか。
湊   ならば、これはそちらで、
深水  あっちがこっちでこっちがあっち。
海   ずんずんできます。
湊   ずんずんできます。
雲珠  ずんずんできます!
3人  !?

海   意識レベルが急激に上昇!
深水  焦らず冷静な対処を。
海   意識に惑わされず、
湊   正確なコントロールを心がけるのだ!
海   ゼロゼロイチイチゼロイチイチ・・・。
湊   31415926535・・・
深水  すべての情報は数字の羅列に還元されるのだ。彼の意識もまた、数字の羅列で表現される。彼を数字の塊として、保存しておくことによって、彼の身体は、それ以外の動きを受け入れていく。そろそろ撤退する!
2人  あいさー!


変な音楽終わり。

雲珠は、パズルを完成させる。

深水  やった・・・成功だ。早速、所長にこの研究結果を報告しなければならない。海くんは、彼とコンピュータの切断処理をしておいてくれ。
海   はい。

深水、はける。

海   では、雲珠さん、接続をカットしますね。

雲珠、とたんに崩れ落ち、ひどく荒れた息遣いを繰り返す。

雲珠  うわぁああっ・・・! ぜぇぜぇ・・・。

海   雲珠さん、融和薬を! この薬を、飲んでください。

雲珠、それをひったくって、飲み込む。

雲珠  はあ・・・はあ・・・

深水  実験は成功です。
雲珠  (ぜえ・・・ぜえ・・・)そうかよ。セカンドオピニオンも聞きたいところだ。
深水  と、申しますと?
雲珠  どうなんだ、海くん。

海   ・・・成功です。
雲珠  なるほど、了解した。

雲珠、そういって、意識を失う。
海、呼吸を確認する。眠っているだけのようだ。

海   初めはカエルの足だったんです。電流が流れているかを調べる方法として、カエルの太ももは、反応が長持ちしたんです。それに扱いやすかったんです。だから、研究者は大量のカエルを飼っておいて、その時が来たら、後ろ足を捥いで、それ以外の部分は捨てるんです。人間は同じことを繰り返します。蜘蛛に電極を埋め込んで、ものをその6本の足で、掴ませて持ち上げる装置を作り出しました。そして、人間は同じことを繰り返します。人間に、精密な作業をさせようというのです。その時が来たら、使って、それ以外の部分は捨てるのです。残った部分が何かって・・・?捨てた部分に何が含まれているかって? ぼくにもまだ、分からないままなんです。いや、分かりたくないのかもしれない。何が待っているのか・・・ぼくはそれが恐ろしい。何か、大切なものが、待っていたら、待っているだけだと、なくなってしまうようなそんな気がして。

入れ替わるように、深水が出てくる。

深水  学長、お呼びでしょうか。・・・はい。今年度の研究成果ですね。ええ、海くんは本当に優れた助手です。よい人物を配置してくださり、ありがとうございます。分かっていますとも! 研究成果ですよね! いま、生物工学に関する非常に革新的な技術を開発しています。危険性がないか、ですって。そんなもの・・・ありますよ。何のリスクもなしに、得られるものはない。ノーリスクノーリターンですよ。ノータリンですか!? そうそう実験サンプルはその辺から拾ってきました。・・・そのはずだったんですが。ああ、いえ、失礼しました。学長の、脳は、とても満ち足りています。大丈夫です。海くんもいますから。必ず、成果を挙げて見せます。それでは失礼します。

海   深水教授。
深水  どうしたね、こんなところで。
海   学長先生との面談がありまして。
深水  ・・・そうか。
海   ええ。
深水  君は、あれかね。こういうのは定期的に行われているのかね。
海   こういうの・・・面談のことですか?
深水  まあ、そうなるかな。
海   そうですね。でも、今回は久しぶりでしょうか。最近は、雲珠さんの実験も始まって、落ち着かなかったですから。
深水  数日、君に任せきりになってしまっていたが、実験の進捗はどうかね?
海   ええ。理論上は問題がないと思うんです。でも、何かが、効率的な動作を妨げているんです。
深水  何か・・・とは。
海   分かりません。その、何かが、雲珠さんに苦しみを与えているとも思うのですが・・・はっきりしたことが分からないんです。それを取り外すことができれば・・・。
深水  はっきりしていなくてもいい。想像でモノを言ってみてくれないか。
海   そうですね。もし、魂、のようなものが数値として取り外せたら、なにか変化があるのかもしれません。この技術の根幹となるアイディアは、人の意識を数値データとして別の場所に保管することで生まれた空き領域にプログラムを書き込むことですよね。しかし、魂は数値化していないので、あるいは、と思うのです。
深水  魂・・・か。それは、想いとか、そういうものなのだろうか。
海   分かりません。
深水  なるほど。この件は、もう少し判明してから、私から学長には話そうと思う。雲珠さんの実験のことはまだ内密にしておいてくれないか。
海   分かりました。
深水  よろしく頼むよ。
海   ・・・はい。


海、はける。

深水  魂か・・・。それはきっと光でできている。人魂はボウっと光るというからな・・・。分かっている。彼は、きっとあの、名前も知らない友人なのだ。インターネットを通して、光がつながったあの時の誰かなのだ。どうしてだか、それが分かる気がするのだ。何故だ・・・何故、よりにもよって、彼が供給されてきたのだ。善には褒美を、悪には懲罰を。ならば、私は、悪だろう。彼を傷つけてでも、私はここにしがみついていたいのだから。



舞台薄明かり。
2人にだけスポット。
雲珠は暗い顔をしている。海も暗い顔をしている。

海   薬を処方しますね。
雲珠  また、少し量が増えたか?
海   体調はどうですか?
雲珠  この通り。大丈夫だ。
海   薬、少しでも減らせたらと・・・思ってるんですが。
雲珠  必要なんだろ?
海   はい。
雲珠  なら、いい。

海   でも・・・。
雲珠  給金も弾んでもらってる。法外な額だ。
海   それを供給されることで、あなたは何を失おうとしているんですか。
雲珠  難しく考えすぎている。
海   人は、みんな何かを供給されて、それで生きている・・・そんな風に思う時があるんです。


湊   雲珠さんがさ・・・、最近、元気ないんだよな。海底登山に行こうって、誘ってこないし。
海   そうなんだ・・・。
湊   そうなんだよ。
海   物足りないって感じ?
湊   いや、普通に心配だろ? 海の研究所でのアルバイトってまだ続いてるんだろ?
海   ・・・うん。
湊   アルバイトの内容って何? 最近、お金貸してくれって言わないから、給料いいんだろ? まさか、ヤバいことやってるんじゃ・・・?
海   大丈夫。
湊   海。
海   うん。
湊   おれは、お前がおれを友人だと思ってくれていることについて、悪い気はしていない。
海   うん。
湊   おれにとってのお前という友人と、お前にとっての友人のお前が同じようでないことも分かったうえで付き合いを始めたし、いつか、この溝が埋まっていったらいいなと思い始めている。
海   うん。
湊   だから、正直に教えてほしい。
海   ・・・うん。
湊   安全なんだよな・・・海のやってる研究は。




海   供給されるのには、条件があります。お手伝いをして小遣いをもらうように、何の役にも立たない場合には、何ももらえない場合もあります。
雲珠  なるほど実に合理的な考え方だ。では・・・供給されなかったら? 供給されない人もいるだろう。
海   何か大切なものを手放したりしなくては、生きてはいけません。ぼくは、潜水帽を被って、海の中で本当の湊が来てくれるのを待っているとき、それを感じます。

雲珠  そんなところに湊は来ないだろう?
海   ええ、来ませんでした。
雲珠  外に出て、新鮮な空気でも吸った方がいい。今度また、海底を歩きに行こうか。湊も誘おう。そうだな、それがいい。
海   待っているうちに、酸素はだんだんなくなっていって、苦しくなっていくんです。
雲珠  うん・・・。それで、君にはそのとき、何が供給されたんだい。

海   分かりません。苦しみと悲しみでしょうか。
雲珠  ・・・それは、何ももらってないのと変わらないんじゃないか。いや、すまん! 難しい!
海   難しいですか。
雲珠  ああ、難しいね。難しくしないと生きていけないのか?

海   ・・・。

雲珠  おれはね、海くん。夢を買おうとしている。
海   ゆめ・・・。
雲珠  そうだ。生きているからには、やりたいことがあったほうがいい。だから、おれはこれでいいんだ。
海   夢・・・夢に変わるのですか。この・・・何か、ヒトの尊厳を切り刻んでいるこの研究が、夢・・・なんて、そんなまぶしい言葉に変わるのですか!?
雲珠  おいおい、自信を持つんだ。それが間違っていたとしても、君は自信を持っていなければならない。
海   ・・・。
雲珠  そうだろう?
海   ・・・はい。
雲珠  そうでなくっちゃいけない。だって科学で人類を幸福にする。君は、そういう生き方を選んだのだから。
海   ぼくは、待っていたかったのに。

雲珠  待っていては、おいて行かれるだけだ。本当に頭のいい奴は、同時だから。
海   ・・・湊くんのあれ、雲珠さんの言葉だったんですね。
雲珠  湊のやつが言ってたのか。
海   言ってましたね。
雲珠  言ってたか。そうか。



深水  どうですか、体調のほうは。
雲珠  海くんから、聞いてるでしょう。元気そのものですよ。
深水  一応、心配をしているのですが。
雲珠  教授は心配ですか。
深水  まあ、データとしては問題がないですが、あなたの様子を見ていると。まあ。
雲珠  大丈夫ですよ。
深水  え・・・?

雲珠  大丈夫です。おれには、これがあるから大丈夫だ、というものがある。
深水  良いご趣味をお持ちのようで。
雲珠  海くんからききましたか。
深水  海底探検ですか。
雲珠  桃色サンゴが手を振ったりとか。
深水  楽しそうですね。
雲珠  教授も一緒にいかがですか?
深水  ありがとうございます・・・と言いたいところですが、私の中のそういう冒険心はもうすっかり空っぽみたいなんです。
雲珠  そうですか、それは残念。でも、いいんです。振られることには慣れてますから。湊も、海くんもなかなか、うん、と言ってくれない。
深水  しつこすぎると嫌われませんか?
雲珠  それくらいでいいんです。待っているんですよ、うん、と言ってくれる、その時を。深水  それも、待っているんですか。
雲珠  ええ。あなたのことも歓迎しますよ。だから、気が向いたら声をかけてください。あ、最近、島でのキャンプも計画しているんです。拠点を作ってですね、そこから海に繰り出すんです。
深水  あなたが楽しそうで、少しだけ安心しました。
雲珠  それは何よりです。

深水  何よりも、となるにはやはり成功が必要です。今日も実験への協力をお願いします。
雲珠  お手柔らかに。


例によって、パズルを組み立てていく。

深水は、それを見ている。
組み立て終わって、息を吐く雲珠。

深水  そろそろ生産ラインに組み込めそうですね。
雲珠  おめでとうございます、と言っておきますよ。
深水  ありがとうございます。
雲珠  最後にもう一度だけ、聞かせてください。あんたの口からききたい。
深水  なんでしょう。
雲珠  これ、大丈夫なんですよね。おれよりも若い連中も使うんだ。
深水  ・・・もちろんです。海くんのご友人も使うのですから、そのあたり、心得ているつもりです。
雲珠  分かった。

暗転。
明転。

湊、そわそわとして出てくる。
そのケーブルを脊椎に差し込む。

湊   あっ・・・

拒むような足掻き。パズルを組み立てる雲珠と同じ動きが並ぶ。
暗転。

海   ごめん。
湊   謝ることじゃねえって。
海   ・・・でも、
湊   確かに、すげぇ、技術だよ。生産性は3倍くらいになって、給料も2倍。あんまし働いてる時のことは覚えてねえんだけどさ。
海   どんな感じなの?
湊   うーん。もやがかかってるっていうか、自分なんだけど、自分じゃないみたいな。あ、水の中で会話しているときに近いかも。なんか言ってるけど、何言ってるかはくぐもって聞き取れないみたいな。
海   薬とかは。
湊   あれな、飲むと楽になるんだよな。
海   深水博士が融和剤として、考案したんだ。
湊   へぇ、最初に説明してたあの博士、有能なんだな。
海   あの人は天才だから。
湊   海もすげえよ。その博士の手伝いをしてんだろ?
海   ねえ、湊。
湊   ・・・あん?
海   ・・・。
湊   そんな顔するなよ。
海   ・・・してないよ。
湊   確かに、身体はバキバキで痛いし、頭もなんだかボーっとする。あの機械に繋がれたせいだ。分かってる。だけど、そういう風でしか、生きていく道が示されていないなら、そういう風に生きていくしかない。
海   ・・・そんな道でみんなが幸せになれるのかな。
湊   お前はバカなのか。頭が良いと悪いは紙一重なんだな。
海   バカとはなんだよ。
湊   誰も、お前に幸せにしてもらおうだなんて思ってない。自分で選んで、自分で幸せになるから、ほっとけ! ヤバいと思ったら勝手に逃げ出すから、大丈夫なんだよ。
海   うん。
湊   それにな、給料はよくなった! うまい飯も食える! いや、今日は全然気持ち悪くて味しねーけど。でも、な。よくなるはずさ。お前が頑張ってることだから、信じる。
海   ・・・やっぱり、ぼくは湊に出会えてよかった。
湊   ええ・・・? そんな恥ずかしいこと良く言えるな。
海   言えちゃうんだよね。出会って、言えるようになった。供給されてきたプログラムの彼と、湊はやっぱり違う。君が、ぼくに魂を分けてくれたんだって、そう思う。

海   ・・・うん。装置の改良、頑張るから。
湊   ・・・おう、正直そうしてもらえると、非常に助かる。
海   やせ我慢はほどほどにね。苦しかったらすぐ言ってね!
湊   お前もな。
海   うん。


湊   じゃあな。また明日。
海   うん。

湊、はける。
海、携帯端末を取り出して。

海   電話・・・?

深水  海くんか。至急来てくれ。


暗転。

立ち尽くす海。モニターを見ている深水。
そこに入ってくる湊。

湊   雲珠さん・・・?!
雲珠  ・・・。
湊   雲珠さん・・・?
雲珠  ・・・? あ、ああ。うん。

湊   これは・・・
深水  一時的に彼の意識レベルが低下した状態が続いている。
湊   大丈夫なんですよね!?
深水  彼は最初の被験者だったから、誰よりも多く、この装置を使っている。それゆえにおそらく、次第に、指示を受けることに抵抗がなくなっていき、指示のないときは常に待機している状態になっているんだ。無駄を省いた合理的な選択といえるだろう。
湊   機械としては合理的だとしても、おれたちは人間なんだ! これが人間として、合理的な状態なわけないだろ!!
深水  分かっている!!
海   深水さん・・・。
深水  分かっているから、少し待っていてくれないか・・・。君たちに伝えるつもりはなかったが、彼とは知り合いだったんだ・・・。彼を救いたい気持ちは私にもある。

湊   だったら今すぐこの装置を停止してくださいよ。
海   それは駄目だ! いま、雲珠さんの意識は、数値データとして装置にバックアップされている状態だから。
湊   じゃあ、どうすればいいんだよ・・・。雲珠さんは、死んでるわけじゃない。まだそこにいるんだろ?

海   最近、雲珠さんは、無人島に拠点を作りたいって、そんな話を良くしていました。
深水  それは、私も聞いたことがある。
湊   おれもです。
深水  待てよ。それは、ただの夢ではなくて。
海   ええ。彼の意識はその無人島にあるのかもしれません。

深水  そこに、行くことができれば・・・!
湊   助かるのかよ!?
深水  あるいは・・・。だがどうやって。
湊   おれは行くぜ。

湊は装置からのコードを引っ張ってくる。

深水  それしかないか。
海   待って。
湊   止めるなよ。
海   ぼくも行く。
湊   ・・・危険が待っている。
海   小さいころ、潜水帽をかぶったぼくは、本当の君をいつも探していた。意識が海底まで落ちて行って、暗く沈んだ場所で。その頃のぼくにはきっと魂はなかった。でも、今はある。与えてもらった。だから、感じるんだ、自分の魂も、湊のも。きっと雲珠さんのだって。・・・力になりたいんだ。
湊   分かった。だが、おれのほうが先輩だからな! おれが先を行く。
海   うん。分かった。

深水  準備をする。そこに座ってくれ。

深水  ・・・・・・。二人とも、聞いてくれ。これは、まったくもって合理的でない、不確定で妄執的な感想だ。

二人  ・・・・・・。

深水  だが、信じている。聞いてほしい。彼の魂があるとすれば、それはきっと光でできている。私はかつて、インターネットを介して、遠く離れた場所にいる彼とつながった。だから、彼に出会ったとき、分かったんだ。

湊   魂は光るのか。そりゃあいい。
海   うん。
湊   光っていたら、見つけやすい。
深水  なにせ、昔話に出てくる人魂はボウっと光るというからな。頼んだぞ。作動する。3、2、1、・・・。




雲珠  いいか? 二人とも。海底登山の基本は、コンパスで方角をよく確認することだ。それから、残り時間にくれぐれも気を付けることだ。酸素ボンベには、決まった量の酸素しか入っていないからな。あとどれくらいだ・・・?




雲珠  はあーーい、全国の皆さん! 俺からの愛LOVE Uを受け取ってくれよ!

雲珠  そこの、コンパネさん、こっち来ない? 角材さんも、うちの家の大黒柱になってみない?

深水  彼は、すでに無人島にいる。供給されてくる難破船からの廃材で命をつなぎとめているんだ。
湊   ロビンソンクルーソーのようですね。ならばおれが召使のフライデーになって、彼を助けます。
海   待って。引っ張れば千切れるかもしれない。


雲珠  これで、とりあえず、仮の住まいは完成だなー・・・。SOSの岩も並べたしなー。・・・やることがなくなってしまった。やることがないぞーー! バカヤロー! なんでか腹も減らない・・・。


雲珠  ここには、誰もいない。ヒトデ。お前だけだ。(と言って、ヒトデと話をする)

雲珠  ひとでは確かに、ひとではない。違うよ、人でなしなんかじゃない。おれがこうやって正気でいられるのも、ヒトデ・・・お前がいるからなんだぜ。おれはさ、父親の期待には応えられなかった。与えられたものを大事にすることができなかった。違う、と思ったんだ。これじゃないって。それを大事にする代わりに、諦めないといけないものが、手のひらから零れ落ちていくような気がしたんだ。それを拾わないと、胸の中で何かが、カスカスになって、どうしようもなく、何もなくなっていくようで怖かった。だから、おれは、人間になろうと頑張った。頑張って、辿り着いたのが、ここだったみたいだ・・・。


海   湊・・・。ぼくはね、何かとても大切なものをもらった気がする。落ち込んだとき、ふとそれに触れると、心が満たされるもの。心の中に初めからあるものではなくて、誰かから分け与えてもらうことで初めて芽吹くもの。
湊   供給って言わないんだな。
海   供給されたわけじゃない。これは、もらった、がきっと正しい。
湊   それがないと生きていけないものか?
海   なくてもいいかもしれない。でも、あったら素敵なものだ。
湊   おれがそれを海に分けた・・・。
海   大切にしていきたいんだ。うん、この溢れてくる想いを雲珠さんにも分けてあげたい。そうしたらきっと、また、あの場所へ帰れるから。
湊   ・・・ああ。


これにて終幕。