肝試しに呼ばれたら
或岩くん ・・・ 科学部
周くん ・・・ 科学部の先輩。あまねくん。
千佳ちゃん ・・・ ピアノを習っている。高校は演劇部。
内田くん ・・・ 内気だった男の子。錬金術同好会代表。
誰妹 ・・・ 誰かの妹
海穂 ・・・ うみほ。千佳と同級生。演劇部。
藍 ・・・ あい。千佳ちゃんの後輩。演劇部。
雪菜 ・・・ 千佳ちゃんの後輩。演劇部。
寛仁要 ・・・ かんじんかなめ。#2では齢48才。#3ではトラックドライバー。
鬼 ・・・ 山姥みたいな見た目。
#1 肝試しに呼ばれたら
或岩 随分と昔のことだ。夏の夜。肝試しに集まった。6年生の周くん、千佳ちゃん。5年生の・・・名前を覚えていないけど、内気な男の子、そして、4年生のぼく。あと、誰かの妹だっていう子が、来ていて、それで全員だった。お墓が並んでいるその場所は、車の通る道から雑木林を抜けた先にあるお寺の前にあって、夜はいつもよりずっと暗かった。
周 怖い?
千佳 怖いんだ。
内田 怖くたって、良いと思う。
誰妹 ・・・・・・怖いよ。
或岩 怖くはない。非科学的なことの多くは、結局は妄想だって!
千佳 なにそれ、つまり怖いってことだ!
或岩 怖くない! みんなのためを思って予習してきた!
全員 おー!
或岩 少年科学マガジン。
全員 おー?
内田 例えば?
或岩 え?
内田 例えば?
或岩 例えば、肝臓について書いてある。
千佳 ああ、肝臓ね。
周 それはいかんぞう!
内田 知ってるの?
周 それはいかんぞう!
千佳 パパがいつも数字を気にしてるわ。
周 競馬みたいな? 千佳ちゃんのパパは健康診断の紙にも、赤色鉛筆で丸とか付けるってわけだ?
内田 肝臓が数字になっちゃうんだ・・・。
千佳 テストがあるのよ! お酒と健康診断の紙を見比べながら、難しい顔をしているわ!
周 これがホントの肝試し。
千佳 そうじゃないわ。
周 じゃあじゃあ、漢字テストみたいな?
千佳 テストの点が悪いと・・・再テストもあるみたい!
内田 ひぇぇえええ・・・! 放課後だけはご堪忍ください!
千佳 しかも、肝臓だけじゃないの。腎臓も、胃も、血液もそれぞれテストがあって、全部合格しないといけないみたい。
周 大人の世界も厳しいんだなぁ・・・。
或岩 えっと、子供のための少年科学マガジンによれば・・・肝臓は、
誰妹 物言わぬ臓器。本当にダメになるまで、痛みも何もない。ただ、その時が来たら、急に・・・。
ふっと暗くなってすぐに明るくなる。
千佳 ・・・どうしたの?
或岩 うん。まるで、勝亦(かつまた)くんみたいだなって。
内田 勝亦くん?
或岩 うん。転校生だったんだ、去年の夏の終わりにやってきた。遠くの街からやってきた勝亦くん。ぼくのクラスにやってきた勝亦くん。本を読むのが好きだった勝亦くん。理科が好きだった勝亦くん。
千佳 知ってる?
周 知らないな。
内田 それで勝亦くんは?
或岩 勝亦くんは、ある日を境にだんだん学校に来なくなった。
千佳 ある日って?
或岩 うーーん。
誰妹 ある日は、ある日だよ。周りからは分からないけど、その日はその人にとっては、なんとなく近づいてくるのが分かっている、或る一日のことなんだ。
或岩 分からないけど。ただ、時々、それからも時々、勝亦くんは教室に登校してきたんだ。
誰妹 死にかけた蛍が不規則に、弱弱しく明滅するように。
或岩 それで、ぼくは、思い切って声をかけたんだ。「大丈夫? 元気?」って。
千佳 うん・・・。
或岩 勝亦くんは、薄く笑って、「ありがとう、大丈夫だよ」って言ったんだ。
誰妹 それが最後の会話になったんだよ。
或岩 それが最後の会話になったんだよ・・・。
内田 それで、勝亦くんは・・・?
或岩 しばらく来てないな、と思ってたら、担任の先生が、道徳の時間の初めに言ったんだ。
誰妹 「勝亦くんはお家の都合で引っ越すことになりました」
或岩 嘘だと思った。でも、それからすぐに、教室から机もなくなっちゃった。
千佳 そっか・・・。えーっと、うん。そっか。なんでこの話になったのかと言うと・・・。
誰妹 物言わぬ臓器。
千佳 そうだ、それが、勝亦くんだったんだ・・・。
或岩 うん。ぼくはそういうの、鈍いから・・・。だから、本当は、ぼくにも、もっとできることがあったんじゃないかって・・・。
誰妹 助けて。
或岩 きっと、助けてって、言えなかったんじゃないかって。
誰妹 助けて。
或岩 言っていいのかも分からなかったんじゃないかって。
誰妹 助けて。
周 まあ、なんだ! 今度は、おれたちにも相談しろよ! そういうときは仲間に入れてやるから! な? ・・・肝試しのな!
内田、頷く。内田くんは、今回が初参加なのだ。
ほかのみんなも頷く。
或岩 ・・・うん!
内田 でも、なんだかみんながいると怖くないね。
内田をみんなが見る。それがフラグのように、暗くなる。
青い光がボウと灯る。
全員 で、でたぁああああーーー!!!
消える。
内田 何もでてませーーん!!
千佳 しまっちゃいましょうねーーー! 出てきたものは、しまっちゃいましょうねーーー!
或岩 助けてーーー! 助けてーーー!
周 えぐっ、、えぐっ・・・。
誰妹 ・・・お兄ちゃん?
再び、ボウと灯る。
全員 で、でたぁああああーーー!!!
「世界の国からこんにちは」が流れる。
みんなあちこちに逃げ回って、やがていなくなる。残される或岩。
或岩 おーい! みんなー!! おーーい! みんなーーー!! どこだーー!? どこなんだーーーい!! ・・・誰もいなくなった。おお、お墓だ。肝試しだからね。
再び、ボウと灯る。
或岩 おおう!?
或岩 ・・・随分と昔のことだ。夏の夜。肝試しに集まった。6年生の周くん、千佳ちゃん。5年生の・・・名前を覚えていないけど、内気な男の子、そして、4年生のぼく。あと、誰かの妹だっていう子が、来ていて、それで全員だった。お墓が並んでいるその場所で、ぼくはそれに出会った。淡く美しい青い炎だった。・・・・・・おいで。
或岩 ぼくはそれを両手で包み込んで、飲み込んだ。・・・冷たいゼリーのようだった。喉を通って、胃に落ちていく。どこか喉の奥のほうで、すっと溶けて・・・消えていくのを感じていた。
周 そりゃあ、或岩。君はまるで、鬼だな。あ、そこの炭、とって。
或岩 鬼?
周 そうそう。鬼っていうのは、人間の魂を喰らうもんだろ?
或岩 鬼かあ・・・。それ、何情報?
周 青少年のための妖怪マガジン。
或岩 そんなのあるんだ。
周 或岩だって少年科学マガジン、読んでるだろ?
或岩 科学部の部員としての嗜みですから。
周 ふーん。よし。じゃあ、塩化銅と炭をよく混ぜて・・・。完成!
或岩 (ぱちぱちぱち)
周 じゃあ、最後の仕上げに火を点けるぞ。
瓶の中で青い光が生じる。
或岩 青い炎・・・。
周 どうよ? 炎色反応。 火の玉が人の魂だって・・・? そんな非科学的な!
或岩 非科学的な! って・・・。(或岩は周を指さす)
周 青少年のための妖怪マガジン。(或岩は自分を指さして)少年科学マガジン。それよりどうだ?
或岩 うーーん、でも、あのとき、その人魂は、川を流れる桃がそうであったように、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと彷徨っているように見えたんよ。
周 そりゃあ桃太郎じゃ!
或岩 おいしい桃なら、こっちおいで! って、
周 不味い桃なら、あっちいきな!
或岩 おっ! こっちきた! こっちきた!
周 お前はばあさんか!
或岩 そんだらこっちに来たけ、こう・・・口に運んで・・・。
周 やっぱり鬼だったのか・・・!
或岩 すうっと消えたんよ。
周 ばあさんが鬼で、桃太郎を喰っちまったのか・・・。こうして、若返りを果たしたばあさんは、元気な男の子を生みまして!
或岩 おぎゃあ!
周 それが、この桃語りの主人公、桃太郎であります。鬼の力、その身に宿して。
或岩 そんな怖い話だったの!? ・・・じゃなくて!
周 お、おう。
或岩 そうじゃないんだ。こう・・・人魂はさ、肉体を失って、よりどころを失って、初めてその不安さに、気付くものじゃないかな。あっ・・・、て言ったその声が、誰にも届かずに、空気に溶けていってしまうみたいに。だんだんと拡散して、消えていってしまうような・・・。
周 ・・・ふーーん。
或岩 でも、あの時、出たでしょ?
周 何もでてませーーん!!
或岩 ごめんけど、これじゃない。
周 分かった。悪かったよ。
或岩 ・・・何がだよ。
周 分からないことが分かった。
或岩 無知の知? そんなソクラテスみたいな。
周 まあ、なんかその時がきたら相談してくれよ。
或岩 ああ、うん。
周 知ってるか? ソクラテスは「よりよく生きるための探究」としてこの言葉を残した。
或岩 より良く生きるため、かあ。難しくない?
周 お互い様。
内田 というわけで! スペシャルゲストの登場です! そういうことなんじゃないかな!
或岩 おお!?
周 あ、ごめん。登場してもらう予定だったんだけど! ちょっとそういう雰囲気じゃ・・・。
内田 申し遅れました! わたしく、こういうものであります。
或岩 内田匡史・・・、ええと・・・。
周 ああ、もういいや。ほら、小学校のときに一緒によく遊んだ・・・。
或岩 ええっと・・・?
内田 そうかもしれないし、そうであるかもしれない! ただし! 重要なのは、そこではない!
或岩 そこではない!
内田 そう、そこではない! そして、ここでもない!
或岩 ここでもない!
周 そして、あそこである!
或岩 あそこなんだ・・・。あの扉の向こうに何が・・・?
内田 真理。
或岩 心理・・・? ぼくは悩んでいるんです! ・・・の心理?
周 そうか、そうか。うん、わかるよー。大変だったんだねぇ。
或岩 ・・・の、心理ですか?
内田 いいや、それは、表面的な意味を超えて、より深い哲学的な、真実を探求した果てに存在するものだ。
或岩 うーーーん、うーーーん? ソクラテス的な?
内田 その苦悩は、素晴らしい! でも、違う。
周 ほら、いただろう? 肝試しに、少し内気な・・・。
或岩 え、・・・あれが、それが、内田くん!?
周 そう。そして彼はいま、錬金術同好会の会長なんだ。
或岩 錬金術同好会・・・。部費は・・・もしかして。
内田 もちろん! 錬金術だ! もうね、がっぽがっぽ。
或岩 がっぽがっぽ?
内田 そうさ、もうね。
2人 がっぽ、がっぽ。
或岩 禁忌を犯している顔をしているんだが。
2人 がっぽ、がっぽ。
周 質問があるという顔だね、或岩くん。
或岩 いや別に。
内田 あるでしょ、そこは。ほら。
或岩 えーっと・・・。
周 はい!
内田 はいどうぞ!
周 人間はそんなにも変わることが出来るのか?
内田 イエス。それは錬金術がぼくを変えた!
周 錬金術が!?
内田 錬金術では、物質的な変換と精神的な変革は密接に関連していると考えるんだ。
或岩 物質的な変換と精神的な変革・・・。
内田 ぼくは、ぼくの心を変革して、今の自分になったのさ!
或岩 ほえーー!
内田 或岩くん!
或岩 はい!
内田 ここで質問です。錬金術の最大の禁忌は何だと思う?
或岩 人間を作ること、とか?
内田 どうやら君の勘は良いようだ。人体錬成は確かに、究極の目標だ。賢者の石と人体錬成。うん。だが、命は弄ばれてはならないのだ。作られたものであっても無下にしてはならない。それは意識がなかったとしても、生まれる前のものであっても、死後のものであっても・・・・。そして、青い火の玉・・・霊魂であってもだ。
或岩 霊魂・・・。
内田 青い火の玉は、肉体を失った霊魂・・・そう、魂だ。魂を肉体に定着させている糸が切れることを死というのだとしたら、それは、案外広く知られている考え方だと思うんだ。ほら、死神は鎌を持っているだろう? 鎌が刈り取るのは・・・?
周 はい!
内田 はい、周くん!
周 魂を肉体に結び付ける糸です!
内田 正解! 火の玉を作り出してしまったとして、その火の球は、自由にはなれない。
或岩 自由・・・。
内田 そうさ。狭い場所に閉じ込められると感じることはないか? 我々だって、この皮でできた肉体の内側の満たされた空間から外に出ることは出来ずもがいている。それと同じように、人工生命であるホムンクルス・・・あるいは、青い火の玉もフラスコの中に閉じ込められている。そうでなければ、自由すぎるんだ。
或岩 自由すぎたらどうなるんだろうか?
内田 どうだろうねえ。何もできなくなるのかもね。
或岩 何もできない・・・。(瓶を見ながら)
内田 ちなみに人魂についてだけどね。
或岩 圧力の高まりを感じるんだけど?
周 スイッチが・・・!
内田 実際の人魂は、土葬された遺体の骨に含まれるリンが、雨水などと反応して「リン化水素」というガスになり、それが空気中に漏れ出て常温で自然発火した、という説が有力であり、この炎色反応とは異なると言われているんだよ。
或岩 リン化水素
周 自然発火!
内田 この、自然現象の積み重ねによって、複雑な現象が観測され、それが生命として認識される。そこにこそ、新しい生命の輝きを感じずにはいられない、そうは思わないか。思わざるを得ないよな!
ふたり、赤べこのごとく頷く。
周 なるほど、つまりは! やっぱり若者は無知で傲慢で根拠のない自信に満ち溢れた無鉄砲であるべきってことだよな! そうじゃなくっちゃ、いけないって青い火の玉も言っているということか!
或岩 な、なるほど~、勉強になるな~~!!
内田 わかればよろしい。
周 授業って大体こんな感じだよな。
或岩 ・・・もしかしてだけどさ。
内田 うん?
或岩 昔も、実はこういうことをずっと考えていて、だけど、こういうことを話しても大丈夫な人が誰なのか、見つからなくて・・・それで、無口だったり、とか。
内田 さあ、なんのことだろうか。・・・ただ、今日は非常に有意義な時間であったよ。また語らおう!
或岩 あの日を境に、ぼくの中には、もう一つの魂があるのかもしれない。肝試しのときに、それはぼくの中に取り込まれた。これが少年漫画だったりしたら、その日から、相棒の声が聞こえて、大きな運命に巻き込まれていく・・・みたいなことが起こったりするのかもしれない。気付いていないだけで、ぼくには大きな異変が・・・起こったのかもしれない。起こっているのかもしれない。一緒にその場所にいた、内田くんには起こった。びっくりした。そうだ、それはまるで、魂が体験であるような、そんな風だと思った。
#2 人は見た目が9割だとか
千佳 私は、あの肝試しのとき、走って逃げました。本能なんだもん、仕方がないよね。今思えば、非現実的なんだけど、例えば呪われて、腕とか、顔とか人の顔の形の痣とかが浮かんできたりとかしたら、夏に海に行って皆で遊んだりとか出来ないし、例えば私の遠い親戚の叔父さんみたいな、劇作家の怨霊に憑りつかれて、書きあがることのない演劇の台本を書き続けるみたいなのも、嫌だし・・・。とにかく私は走って逃げました。私はそのことを、すっかり忘れてしまっていたんだけど、つい最近、体験した出来事がきっかけで、思い出したんです。
部室。部員たちが部活の始まるのを待っている。
千佳、入ってくる。
千佳 おはようございます。
それぞれ、挨拶を返す。
雪菜 それで、ですね。私、4月の終わりに初めてこの西山館に来たじゃないですか。
海穂 うん。
雪菜 でも、以前にもどこかで見たことがあるような、そんな気がしていたんです。
藍 あー、ちょっと分かるかも。
海穂 分かる?
藍 なんか、ドラマとかで使われてそうなボロさがあるよね。
海穂 味よ、味。
雪菜 違うの、違うのよ、藍ちゃん。海穂先輩。そうじゃなくて、そっくりそのまま、この場所に来たことあるなって・・・。この場所の少し湿った空気とか、薄暗さとか、・・・全部がそうなんだって感じるの。
海穂 そういうの、なんて言ったかな・・・。そう、デジャ・ヴュというらしいよ。
藍 デジャヴュ? なにそれ?
海穂 見たことのない未来の風景が見えたりとか。
藍 それって・・・なんか未来予知じゃん!
海穂 うん。でも、そのときにならないと、見たことあるなって気付けないみたいだけどね。
藍 ふーーん。・・・それで? 雪菜ちゃんは、そのデジャ・ヴュの中で何をみたの?
雪菜 ち、近いって!
藍 同級生同士、仲良くしようぜい! さあ、よーく思い出して・・・何か有益な情報を特に念入りに! 幕末の埋蔵金の在処とか、念入りに!
海穂 何年前の建物だよ・・・。
雪菜 それで、ひとつ、今日、思い出したことがあって・・・。
藍 うんうん!
雪菜 西山館って、2階は男子トイレと女子トイレが並んで扉があるじゃないですか。
藍 うんうん!
雪菜 夢の中だと、そこにはちゃんと女子トイレがあったの。でも、実際には1階には男子トイレしかない。
藍 うんうん?
海穂 そういえばそうだね。
藍 何が言いたいの!?
雪菜 藍はさ、1階の男子トイレの横の壁・・・ちゃんと見たことある?
藍 え・・・? まって!
雪菜 私はさ、あるよ。そこの壁は少しだけ膨らんでいて、
藍 ちょ、ちょっとま・・・
雪菜 まるでベニヤ板を後から打ち付けて埋めたみたいな・・・。まるで、
藍 まるで・・・?
雪菜 まるでそこでかつて起こった何かを隠すかのように・・・!
藍 いやあああああああ!!
海穂 はいストップーー!! あいちゃん、地震じゃないから、机の下に隠れても無駄だよ~。
藍 先輩っ! 無駄と知りつつも、やらねばならぬときがあるのです!
海穂 うん、そうだね~。
藍 ああ・・・。
雪菜 なんかすみません。
海穂 いいのいいの、元はと言えば、暑いからなんか、涼しくなるような話をしてよ、っていったのは、あいちゃんなんだから。それに、演劇部員としては、この上ない、真に迫った演技力! 将来有望だねえ!
藍 だからって、こんなガチめなやつがくるとは・・・!
雪菜 ちなみに、間取りだとその場所はポンプ室になってるみたいです。
海穂 良かったね、あいちゃん。
藍 もう、何も信じられない・・・!
海穂 ははは・・・。
海穂 ・・・千佳、どうかした?
千佳 ・・・・え、どうかした?
海穂 ううん、なんでもなかった。
千佳 ・・・そっか。
海穂 うん。今日、2場完成させたいね。
千佳 そうだね。文化祭まであと3週間で、・・・途中に、あれ、あるもんね・・・。
藍 待ってください! 千佳先輩、もしかして! いま、奴の話をしようとしていませんか!?
海穂 落ち着いて、あいちゃん! この前、雪菜ちゃんからお土産にもらったクッキーの袋をちゃんと封をしないで帰ったときの、その時の話はしてないのよ!
藍 帰ったときは問題がなかったんです! 事件は次に部活に来た時に起こったんですから!
海穂 犯人は現場に戻ってくる・・・!
雪菜 犯人はこの中にいる・・・!
藍 半透明なクッキーの袋の中に蠢く影・・・。繊細に動き回る触覚・・・それは・・・!!
雪菜 G!
千佳 落ち着いて! これはあくまで中間テスト・・・Tの話だから。
藍 どっちもいやなんだあああ!
千佳 あはは・・・。
海穂 まあまあ、あいちゃん、どっちも頑張ろ。やればできる!
藍 私だって、YDKだって信じていた時期もありましたよ!
雪菜 今は?
藍 自信とは信頼に似た特徴を持つものなのです。
雪菜 つまり?
藍 積み上げるのは大変で、崩れ去るのは一瞬なのです。
それぞれ、おーー! とか 整ってますなー! とか サウナ通ってますなー! とかなんか言う。
千佳 ・・・・・・。ごめんけど、やっぱ聞いてもらっていい?
海穂 ・・・うん。
千佳 あ、居てくれていいから。どうせなら、みんなに聞いてみたいから。
椅子を動かしたりして、集まったりとかして・・・。
千佳 ・・・じゃあ、聞くけど。『人は見た目が9割』っていう人、どう思う?
音楽が流れて、暗くなる。
音楽終わり。
千佳 ほら、『人は見た目が9割』っていうじゃない。大企業の入社式の映像なんて、総合職から果てはエンジニアまで、美男美女がずらり勢ぞろいしてるってもんじゃない?
藍 私も見たことあります! はっ! 勝ち組がぁ! って、思って、拳、握りました!
海穂 あいちゃん、ぬいぐるみはこれを使って。
千佳 分かるのよ。学校で優秀だったからっていって、社会で通用するかは、分からない。だったら、駄目だった場合に、見た目でも勝負できるほうが良いという、保険がかけられるんだろうし。
雪菜 ナチュラルボーン保険。
藍 どこまでも人生勝ち組かーーい!
雪菜 今からでも入れる保険、ありますか・・・?
海穂 ちょっと、雪菜ちゃんまで・・・。
千佳 いいのいいの、こういう感じのほうが、私って感じでしょ? そのほうが話しやすいから。海穂だって、思ったことない?
海穂 うーーん・・・。まあ、ないことはないよ? でも、まあそれはそれで苦労もあるでしょ。
千佳 ごめん、・・・なんか、ごめん。
海穂 え、ええと、こちらこそ、ごめんね? ・・・それで?
千佳 うん。それで、私、この前、出会っちゃったの。そういう人に。
千佳、ピアノを弾いている。モーツァルト「アンダンテ」。
そこに、寛仁 要(かんじんかなめ)がノックをする。
寛仁 すみません。
千佳 ・・・はい。
寛仁 栗原さんですね。沙理先生のレッスンの・・・。
千佳 はい。
寛仁 すみません、沙理先生なんですが、急病でして。
千佳 急病ですか。
寛仁 ええ。なので、今日は私が来たということの次第なんです。あ、申し遅れましたが、私、このマウンテンリーフ音楽教室で講師を務めております寛仁要(かんじんかなめ)です。
千佳 ええっと・・・。
寛仁 ああ、私の名前、殊の外世上に広まっておりまして。即ち文字には、
千佳 もんじ?
寛仁 寛政の改革の「寛」、仁義なき戦いの「仁」、そして要石の「要」と書いて、寛仁要と申します。
千佳 あのー・・・。
寛仁 はい。
千佳 今日は、その、帰ってみようと思います。
寛仁 ええ?!
千佳 え、だって、その・・・私、人見知り強いほうでして。
寛仁 見た目ですか!? 見た目が問題ですか?
千佳 いや、人見知りってそういうのじゃないかもです。
寛仁 じゃあ、なんですか。
千佳 それに、先生って、あまり、私と年齢変わらない・・・よね・・・?
寛仁 ・・・・・・。
千佳 高校生のアルバイトかなんか? いや、ちょっと老け顔で、大学生って可能性も・・・。
寛仁 私はこう見えて、今年で48才です。
藍 ありえなくないですか!? あの見た目で48才っていうのは!
千佳 私もそう思ったよ。
海穂 千佳、これって、大丈夫な話?
藍 分かった。これ、ホラーなんですよね。雪菜ちゃんに対抗して・・・
千佳 大丈夫。みんなを嫌な気分にさせるような話、いつもしないでしょ?
海穂 千佳はたまにそういうのもあってもいいけどね。
千佳 うん。それで、私は寛仁要(かんじんかなめ)を改めて、観察することにしたの。
千佳 ピアノを長く弾く人の手って、血管が浮き出ていることが多いの。それに、手のひらや手の甲は筋肉が発達して厚みがあって、指もしっかりした感じ。それに、親指は上向きに生えている・・・鍵盤を親指の腹でしっかり押さえるようにね。練習するうちにそうやって変化するものなの。寛仁要の手は、まさしく何十年もピアノを弾いている手だった。でも、見た目は違った。若すぎる。48才にはとても見えなくて、そのちぐはぐさは気味が悪かったわ。でも、同時に、目が離せなかったの。
千佳 48才って・・・。
寛仁 冗談を言ってる顔かな。
千佳 あいにく人見知りでして。
寛仁 なるほど。人見知りは、人の表情を伺いすぎる人がなるものだと思っていたけど。
千佳 その言葉に、さらに、この人への興味が高まったの。
千佳 ひとつ聞いてもいいですか?
寛仁 どうぞ。
千佳 アンチエイジングのコツってあるんですか?
寛仁 君もすぐにできるようになる。続けるのは大変だが・・・でも、とりあえずレッスンを始めよう。沙理先生に怒られるのは御免だからね。
千佳 そのあと何回かレッスンで教えてもらう機会があって。例によって、沙理先生は急病・・・いいえ、たぶん5月病なのよ。文化祭の公演もあるから、来週はお休みしますって、伝えたら、寛仁要先生、そろそろ秘訣を教えましょうって。
寛仁 簡単なことです。自分の魂を磨くのです。顔パックをしたり、日傘をさすとか、・・・そうじゃない。それじゃあ、お気に入りの鞄みたいなものです。
千佳 お気に入りの鞄。
寛仁 表面の皮をきれいに保っても、中身がちゃんとしてなかったら、だんだん形が崩れていくものです。肉体が精神に引っ張られて、そのズレこそが若さを失う原因なのだと、私は考えた。そして実践している・・・。
雪菜 随分と哲学的で、具体性のない話ですね・・・。
藍 なんか勿体ぶって、それだけっていう。
雪菜 ほんと、そうですね!
藍 インチキ野郎ってことじゃん!
海穂 あいちゃん、ね、ホントのことだとしても、もうちょっと、ほら、オブラートってものが。
千佳 でもね、だからこそ、みんなにも聞いてみたいって思ったの。『人は見た目が9割』っていうじゃない。・・・どう思うって。彼は、不思議と魅力のある人だった。それは見た目がかっこいいとか、内面が素敵、とか、なんかそういうのじゃないんだけど、とても魅力のある人だったの。それが、なんだか無性に腹が立ったんだ。
海穂 ・・・千佳は、きっと悔しかったんだね。
千佳 悔しかった・・・?
海穂 あいちゃん、どうぞ。
藍 JKの外見維持のコスパの悪さなめるなぁっ!!
雪菜 前髪は!?
藍 10分に一回、櫛で整える!
雪菜 ナチュラルメイクは!?
藍 鏡を見ながら反復練習!
雪菜 リップは?
藍 新色が出たら必ずチェック!
雪菜 勉強は?!
藍 翌日、隈が出来ない程度に頑張る!
千佳 ・・・いや、勉強はガチでやるよ!?
口々に、私も、いや私は・・・などと言う。
千佳 あはは・・・。みんなそうなんだよね。
海穂 そうなんだよ。見た目だけ着飾って・・・って、大人は言うかもしれないけど、その見た目を着飾るために、
藍 どれだけ甘いものの誘惑と戦っているかとか、
雪菜 肌のお手入れに時間をかけてるかとか、
海穂 そういうものが、かわいい自分を作るってこと、そうやってかわいいを磨こうとするとき、表面だけじゃなくて、かわいいを目指す魂も磨かれてると、私は思うなぁ。
千佳 うん。・・・ありがとね。何からしくないこと、言っちゃった! さて。練習しますか!
それぞれ返事をする。
千佳 あの肝試しのことがなければ、これからの日々も変わらずやり過ごせたのかもしれない。でも、私たちは安直なハッピーエンドを受け入れられる単純さをもはや持ち合わせていないんだ。私たちは皮を被っている。それは皮膚というばかりではなく、私たち一人一人が猫を被るように、過酷な社会を生きていくための宇宙服のような、分厚い皮。有害な言葉が、心を少しも傷つけないように・・・。それこそが人見知りというもので、寛仁要が磨かなければならないと言ったのは、それのことかもしれない。
雪菜 ・・・だとしても、やはり不可解なのは、見た目とかけはなれた実年齢。じゅるり。
千佳 雪菜ちゃん?
雪菜 鬼は、魂を喰らって若さを保つという・・・。人の魂の経験を奪って、魂を豊かに・・・磨いていく・・・のかもしれない。先輩、寛仁要という人、私にも紹介してください。
千佳 え、でも・・・。
雪菜 いいから。
千佳 あ、うん・・・。
雪菜 ・・・。
千佳 雪菜ちゃん・・・。もしかしてなんだけどさ、いや、もう、全然違うって、言ってくれていいんだけどさ、・・・あの時の、妹ちゃん? だったりする?(暗転)
#3 命大事に、体を大切に。それは私を動かしているもの
或岩、段ボールをもって入ってくる。
トラックの荷台にいる寛仁に渡す。さっきと違う人が面白いかも。
或岩 寛仁さん。お願いします。
寛仁 はい。
或岩 離します。
寛仁 受け取りました。
一旦はけて、別の段ボールを持ってくる。
或岩 これで、最後です。
寛仁 はい。お疲れさん。じゃあ、とりあえず、お客さんの新居の近くまで移動しちゃうよ。昼は途中のサービスエリアでご飯でいい?
或岩 はい。
互いにフードコートで注文の札を持っている。
寛仁 いやあ、とりあえずこれで半分。
或岩 沢山運びました・・・。
寛仁 結構きついでしょ。
或岩 結構きついですね。
寛仁 或岩くん、部活とかやってるの?
或岩 科学部です。
寛仁 科学部! それは引っ越しのアルバイトに似つかわしくない部活動で!
或岩 いや、てこの原理、使いましたから。
寛仁 おおー・・・。なるほど?
或岩 てこの原理。
寛仁 冷蔵庫を運ぶときは?
或岩 てこの原理!
寛仁 重たい荷物に?
或岩 てこの原理!
寛仁 水回りのお困りごとに?
或岩 てこの原理!
寛仁 いやあ、それは無理でしょう。てこでも動かないものもあるでしょう~。
或岩 すみません、ちょっと過信しました・・・!
寛仁 根拠のない自信は若者の特権だよ! いいなあ、科学部かぁ。あれ、好きだったな。リアカーなきK村・・・
或岩 炎色反応ですね。リチウムが・・・
寛仁 赤色!
或岩 正解です! ナトリウムが・・・
寛仁 リアカーなき・・・だから、黄色!
或岩 これまた正解です! では、銅はどうですか?
寛仁 どうでしょうねえ。
或岩 どうでしょうねえ。
寛仁 (膝を叩いて、)青緑色(せいりょくしょく)・・・美しい、青い炎だ。
或岩 ・・・正解です! ちなみに、お墓に現れる青い火の玉は、リンが自然発火したものだと言われているそうです。
寛仁 へえー、流石、科学部。
或岩 友人の受け売りですけど。
寛仁 いや、いいよ。すごくいい。そういう友人がいるのは、本当に。
或岩 そうですね。
或岩 ・・・理科、好きだったんですか?
寛仁 好きだったなあ。小学校から、ずっと好きだった。残念ながら、私の高校に科学部はなかったけど、あったら、別の未来があったかもなぁ・・・。
或岩 別の未来・・・ですか。
寛仁 うん。
ぴぴー! 呼び出し音。或岩が取りに行く。
続いて、寛仁も呼び出し音。それぞれ帰ってくる。
或岩 水、持ってきました。
寛仁 ありがとう。
或岩 足、大丈夫ですか?
寛仁 心配してくれてありがとう。それで水を?
或岩 お節介な性分でして。
寛仁 優しいね。今日はいいアルバイトに恵まれたよ。
或岩 いえ、そんな。全然です。引っ越しの仕事で、足の怪我だと大変ですね。痛みますか?
寛仁 うーーん、違和感って感じなの。痛みはもうないんだけどね。
或岩 違和感ですか。
寛仁 時々、自分のものじゃない気がするというか・・・。力を籠めようとすると、身体が応えてくれないんじゃないかって、思うときがあるんだな。ぐにゃりそうな感じ、分かる?
或岩 熱っ・・・。
寛仁 大丈夫?
或岩 あ、飲み込もうとしたら喉の奥で意外と熱くて・・・。
寛仁 うん。痛かったりすると、見えない自分の身体の中も存在するんだなって、思ったりするんだ。
或岩 寛仁さん?
寛仁 ああ、なんてね。・・・怪我したときさ、その瞬間ってあんまり痛くないのよ。ただ、経験からして、あー、これはやっちまったかも・・・って、思うわけ。
或岩 アドレナリンです、それ。
寛仁 そう。1時間とかして、だんだん肉体が追いついてきて、思い出したみたいに腫れるの。それで痛いのが確定して、もうね、全然治らないんだ。今はさ、寛解を目指してるって感じ。分かる? 寛解。
或岩 えーーっと。
寛仁 昔、好きなプロ野球選手がいてね。その人がふと、インタビュアに漏らしたわけ。「もう良かった時のことを思い出せない」って。今だってテレビに取り上げられるくらいに活躍してるんだよ? だけど、そうなんだ。きっと、生きれば生きるほど、いろんな違和感が、身体の中に蓄積されていくんだ。
或岩 それが寛解ですか?
寛仁 私が、勝手にそういうことだと思って使っているだけかも・・・だけど。怪我をして、動かさないうちに足が見る見るうちに細くなっちゃって・・・。
或岩 それは怖い。
寛仁 怖かったね。歩いているとね、精神が、筋肉の存在を感じてたんだ。それが、感じられなくなっていく。自分を動かしているものが何なのか分からなくなってね。心が戸惑っているというか。そうすると、不思議とメンタルが不安定になるんだよ。あの頃は大変だったな。
或岩 ・・・ぼく、今日アルバイトに来て良かったと思います。
寛仁 そう?
或岩 寛仁さんは、知ってたんじゃないですか?
寛仁 ・・・知ってたよ。
或岩 大人はそうやって、若者に道を教えたがる。
寛仁 ごめんごめん、そういう役回りなんだ。それで、もう少し踏み込んだことを聞いても?
或岩 その足で?
寛仁 言うね。
或岩 すみません。
寛仁 引っ越し業者って、一人の時間も多い仕事でね。空気を読まないのは割と得意分野なんだ。
或岩 ・・・学校で、ぼくは幼馴染を見かけたんです。ふと、そういう風景が浮かんできたんです。
寛仁 それは、デジャ・ヴュかもしれないね。
音楽。暗転。
色のおかしい学校の廊下。セピア色。
遠くからピアノの音。
千佳 雪菜ちゃん。
雪菜 こっちだよ。
千佳 3階の社会科準備室の前は行き止まり・・・じゃない。え、ええ・・・。
窓。窓の外は黒い。
千佳 雪菜ちゃん、これ、おかしいって。一旦戻ろ? 戻ったほうがいいって。
雪菜 ・・・どこへ?
千佳 どこって、・・・ここじゃなければどこでもいいよ! 演劇部のみんなのところとか! クラスのみんなが朝、教室で笑いあっている、他愛のない場所とか! 私にはそういう場所がちゃんとあるの! あるんだ・・・。
雪菜 でも、気付いちゃったんでしょう?
千佳 何に!?
或岩 あれ? ・・・千佳ちゃん?
周 おう、或岩! どうした?
或岩 いや、千佳ちゃんって、覚えてる?
周 小学校が一緒だった、千佳ちゃん?
或岩 そうそう。
周 覚えてるも何も、高校、一緒だぞ?
或岩 あ、ああ、そうなんだ。
周 1年と3年だとそんなものか。
或岩 中学生になって、いろいろと男女が別々になって、それっきりだなぁ。
周 他にも、いただろう、仲良かった奴。結構みんな、うちの高校にいるぞ。
或岩 内田くんとか。
周 そうそう。4人で肝試し行ったり。
或岩 あれ? もう一人いなかった?
周 おい、怖いこと言うなよ。
或岩 ほら、誰か妹を連れてきたでしょ? 誰かの妹・・・。まだ小さくて、千佳ちゃんとぼくが手を引いて、歩いた・・・。
周 いなかったぞ。いや、もう6年も前のことだからな・・・ちょっと待てよ。
千佳と雪菜の影が一瞬、うつる。
或岩 千佳ちゃん・・・?
周 いや、やっぱりいなかった。偶数だったはずだ。途中のコンビニで買ったパピコを半分こしたろ? それがちょうどだった・・・って、おい!
或岩 あ、・・・周。
周 どうした、なんかお前、さっきから変だぞ! いるはずのない人がいると言ったり・・・。
或岩 いや、確かにいたんだ。みんなが誰かの妹だと思っていたその、女の子が。千佳ちゃんが、今、その子の面影と一緒に階段の裏側に揺らめいて映ったんだよ!
周 なるほど・・・。『青少年のための妖怪マガジン』を読んできた経験値がついに生かされる時が来たというわけだ。
或岩 書を捨てよ! 町へ出よう!
周 ああっ! では、ここで、先生を呼んでみましょう。先生ーー!
内田 私が先生です。錬金術同好会会長の、内田です。どうしましたか、副会長の周の錬金術師さん。
或岩 なんかやばい二つ名みたいなのもらってる!?
周 実はかくかくしかじかで・・・。
内田 なるほど、それは、私のこの性格について尋ねていることに他ならない。
周 そうだったんだーー!
或岩 急いでるんですが!
内田 この性格は、私自身のキャラメイクのときに、私自身によって設定されました~~! つまり、ほとんどデカルトですね。「我思ふ、故に我有り」。それゆえに私は存在を許されているのです! これがどういう意味か分かりますか?
或岩 さっぱりです!
内田 さっぱりでは困りますね・・・。
或岩 すみません。
内田 では、ここで、先生を呼んでみましょう! 先生―ー!
寛仁 はーーい。
或岩 待ってください、これ、どうなってますか?
寛仁 ・・・と、言いますと?
或岩 いま、ぼくは、過去にあった出来事が原因で、困ったことになってしまっていて。
寛仁 うんうん。
或岩 それで、アルバイトなんかをしてみようと思い立ちまして。
寛仁 ほうほう。
或岩 その結果として、寛仁さんの経営する会社で、引っ越し業を手伝って、いま、話を聞いてもらっている現代が、あるんじゃないんですか?
寛仁 ないよ。もう、ない。
或岩 ・・・もう、ない?
寛仁 ここは、ここにしかないからさ。或岩くんも、いまは今を生きるしかないんだよ。それに、君が言ったんだろう? 大人は道を教えたがるって。同じ過ちを繰り返してほしくない、なんて思ってしまう生き物なんだ。
或岩 どっちへ行ったらハッピーエンドになるんですか?
寛仁 君の自由に。君の思うとおりに。
或岩 それは、どっち、ということなんですか?
寛仁 君は作られた偽物の命じゃない。君自身の青い炎が、君の中にはちゃんと宿っている。その炎が望むなら、君を千佳ちゃんのいるところまで導いてくれるはずだ。
或岩 結局、教えてくれないじゃないですか。自分で考えろって。大人の悪い口癖だ。
寛仁 (微笑んでいる)
内田 先生も来てくれますか?
寛仁 今から君たちが踏み込もうとしている、裏返った校舎の中では、因果律が役に立たない。私はそれを悪化させてしまう存在だろう。・・・君たちに、任せようと思う。
或岩 困っているときに助けてくれるのが大人ってものじゃないんですか?
寛仁 甘えるな。今度こそ友人を救うんだろう。救えなかった君が私の前に現れた、・・・魂を喰われた抜け殻のような姿だったんだろう! 自分をしっかりと持て。ここにいて良いんだというそれを、誰にも渡すんじゃない。そうでなければ、結末はきっとまた同じ場所に行きついてしまう・・・。
雪菜 ・・・でも、気付いちゃったんでしょう?
千佳 なんのこと? 私は何も気づいてないわ。
雪菜 そうやって、また、しまっちゃおうとする。で、でたーーー! しまっちゃおうねー! しまっちゃおうねーーー!!
千佳 ・・・肝試しってこと?
雪菜 ・・・。
千佳 それ、いま関係ないよね。関係ないよね!
雪菜 ・・・何をしまおうとしてたの?
千佳 ・・・・・・。あ、はい! 分かりました! 私、しゃべっていいですか? これは手の込んだ肝試しで? 私が・・・私がこんなんで怖がると思う? もう高校生なんですけど? あーー、びっくりした。これ、テレビか何か? 随分と手が込んだ・・・。
刃が、床を傷つける音。
現れる山姥(やまんば)みたいな恰好の何者かが現れる。
千佳 いや、もう意味わかんないんですけど! やばい・・・やばいって! 雪菜ちゃん!? 雪菜ちゃん、目を覚まして!! 逃げなきゃ!
雪菜 千佳ちゃんこそ、目を覚まして。曇りなき眼(まなこ)で、自分の心と向き合って。
千佳 もののけ姫かよ! 私じゃ、救えないって!!
雪菜 助けて。
千佳 狙われてるの、雪菜ちゃんなのね・・・。
山姥 ・・・・・・。
千佳 あなたには渡さない。演劇部でできた、かわいい後輩なの。思えば、ようやく私も、私以外のことも、大切にしていきたいと思ったの。だから、あなたには渡さない!
千佳、引き摺るように手を引いて、はける。
藍 先輩・・・。
海穂 何?
藍 わたし、気付いちゃったことがあるんです。
海穂 何?
藍 ここ、地獄です・・・。
海穂 なんでそう思うの?
藍 だって・・・、
海穂 まって・・・!
藍 ・・・・・・(口にばってんを当てている)!
海穂 ・・・おっけい。覚悟できたよ。
藍 あのですね、さっき、暗い教室にさ・・・わたしにそっくりの誰かが、サインがなんちゃら、コサインがなんちゃらって・・・うつろな目をしてずっと呟きながら、書き取りしてたんです! わたし、思わず、大変そうだな―・・・とか呟いちゃった! こんなの・・・もう地獄じゃん!
海穂 ・・・・・・えい!
藍 あいたっ!! わたしの頭脳明晰な頭脳になんてことを!
海穂 いや、感謝のしるし、みたいな。
藍 あ、え? あ、ならいいんです。でも、なんで感謝です?
海穂 居てくれてよかったなって。
藍 こちらこそ、です。なんか、千佳先輩が校舎の鏡に映ってるのを見つけて、
海穂 うんうん。
藍 それでそれで、追いかけてきたら、なんかここ、気味が悪いんですよね。
海穂 本当はない場所なのかも。私、本でそういうの、読んだことあるよ。現実にならない可能性が、集まってしまった、澱み? みたいな。
藍 ということは、私が赤点を取って、補習で残される未来もあったということですね・・・。
海穂 そうしたら、練習が出来なくて、今日、私は一人で千佳を救出に来てたかもね。
藍 恐ろしいこと言わないでくださいよ!
海穂 冗談だよ。
藍 ところで、この廊下、終わらないんですけど・・・。だって・・・ちょっと見ててくださいね!
藍、はける。
ホールの袖が裏でつながっているようだったら、舞台裏を猛烈にダッシュして、反対側から出てくる。
後ろにパネルがあってもいい。なければ、同じところから勢いよく出てくる。ひどい顔をしている。
藍 ・・・!!
海穂 ・・・ほんとだ。って・・・どうしたの!? ひどい顔じゃない!
藍 あの・・・海穂先輩。雪菜ちゃんの話、覚えてます?
海穂 ええっと・・・。
藍 未来予知の話ですよ・・・。
海穂 デジャ・ヴュの・・・ええっと、西山館1階のトイレが男子トイレしかない・・・っていう?
藍 それ、きっとここのことなんですよ・・・。
海穂 女子トイレ、あるね。
藍 あるんですよぉ・・・。
海穂 ・・・入ってみようか。
藍 せ、先輩・・・!
海穂 も、もちろん、一緒に、だよ。
藍 せ、先輩・・・!!
ふたり、女子トイレに入る。
藍 ・・・・・・。
海穂 異常なし。
藍 そういうの、フラグって言うんですよ・・・。
海穂 奥まで入ってみようか。
藍 うわあん・・・。
海穂 静かに・・・!
藍 (ハッとして)・・・!(コクコク)
ふたり、中を見て回って・・・。
海穂 ・・・どうして、千佳はこんなところに来たんだろう。
藍 何か言いました?
海穂 ううん、なんでもない。
藍 もう、何もなかったですって。
海穂 ・・・ほんとね。待って!
藍 はい!!
海穂 ・・・その持ってるの、何?
藍、爆弾を持っている。
藍 ひぃ! ・・・爆弾みたいです。
海穂 待って! なんで爆弾なの!? 世界観、あってないよ!?
藍 さっきから、世界観って何ですか!?
海穂 だって、和風ホラーの世界観じゃん!
藍 でも、国語の白岩先生から聞いたことあります! 100億を突破するには、やっぱり爆発しないとね! って。あと、キック力も増強しないとだし・・・。
海穂 なんのこと!? 100億は突破しなくていいけど、この廊下を早く突破しなくちゃ!
藍 うまい!(と言って、爆弾を振りかぶる)
暗転。爆発音。
或岩 なんか、地響きみたいなの、聞こえなかった?
周 いや、気のせいだろ・・・。
内田 なんだか、懐かしい気分だ。
或岩 え?
周 そうだな。
内田 あの日、みんなで肝試しに行った。肝は、精神や感情を司る言葉だ。ぼくらはあの日、出会った。
周 青い火の玉に。
或岩 あるいは、誰かの人魂に。
内田 ぼくらは試しにいったつもりで、同時に試されたんだと思う。昔、『つりばしわたれ』って、国語でやらなかった?
周 やったような?
内田 都会から転校してきたトッコは、つりばしが怖くてなかなか渡れなかった。でも、ふとしたきっかけで渡れて、村のみんなの仲間になれた。ぼくたちは、あの肝試しで、仲間になった。
或岩 だから、呼ばれた?
内田 これからも呼ばれるかもね?
周 困ったお誘いだなあ・・・。
或岩 誰が呼んだんだろう?
周 とにかく早く千佳ちゃんを探そう。
爆発音。
藍と海穂が現れる。
藍 あ、人だ! 海穂ちゃん、人がいる!
海穂 えーっと、同じ制服ですね。
周 ええ。千佳さんを探してここに。
海穂 千佳ちゃんの友達です?
周 ぼくら、幼馴染でして。
海穂 なるほど。
周 ええ。そちらは?
海穂 演劇部の仲間です。
藍 後輩です!
或岩 それで、千佳さんは?
海穂 それが・・・。
千佳、現れる。雪菜も連れている。
千佳 え、みんな!? とにかく、逃げろ―――!
後ろから、山姥みたいなのが、鉈をもって追いかけてくる。
内田 え、何!? あれ、何!?
周 みんな、逃げろ―――!
一旦全員はけて、反対側から出てくる。
周 ていうか、あれ、鬼じゃね!? 知らんけど、すごく取って喰われそうだぞ!
或岩 やっぱり桃太郎のばあちゃんは鬼だったか。
周 ということは桃太郎が必要だな・・・。
藍 何の話です!?
周 桃太郎はこの中にいる・・・!
藍 先輩!?
海穂 千佳、大丈夫?
千佳 あ、うん・・・。なんか、安心しちゃって。みんな、ありがとね。
藍 お安い御用だよ! たとえ火の中!水の中! 愛する先輩のためなら駆けつけますぜ!
海穂 なんかごめんね。
千佳 え、なんも悪いことないよ・・・?
海穂 こんな場所に来たのには、きっと何か理由があったんだと思うから・・・。それに気付けなくて、ごめんね。
千佳 あーー! 海穂、もうね、私、なんか、いいの。なんか、いろいろ言われすぎて、逆にいろいろ頭の中とか整理されて、すっきりしてきちゃった感じだから! もうここに迷い込んだ理由とか、ほとんど吹っ飛んでるから! あとはちょっと様子がおかしくて、そんでもって、なんか鬼に狙われてる雪菜ちゃんを何とか連れて、脱出するだけだから!
周 お、おう。
千佳 ていうか、よく見たら、周じゃん。あとは、或岩くんと、内気な・・・
内田 内田だぁあああ!
千佳 あれ、これ、偽物?
内田 本物だ! ぼくは、ぼくの心を変革して、今のぼくになったのさ!
千佳 そうかー。みんな変わってないね・・・。
内田 そんなことはないぞ!
千佳 それで、みんなして迎えに来てくれたんだ。周たちもありがとね、純粋に嬉しいわ。
周 で、鬼なんだが・・・。
千佳 え、藍ちゃん、その手に持ってる爆弾でやっつけられない? こう、どーーん! と。
鬼、現れる。
藍 え、えーーい!
どーーーん、と爆発。
一同 や、やったか!?
暗転。明転すると姿はない。
海穂 な、なんというか、すごく演劇的な解決法というか・・・。演劇に理解のある鬼だった?
藍 うん、手ごたえはなかった・・・! でも、演劇部としての武器を最大限活用できたと思う!
千佳 うん、でもなんかちょっと、これはこれで、可哀そうだったかも・・・。
周 ちなみに先ほどから使用されている白リン弾(はくリンだん)は内部に充填されている白リンが大気中の酸素と反応して自然燃焼してだな・・・。
或岩 青い火の玉を作った実験と似てるね。
内田 ほう・・・。それはつまり、人魂に通じるものがあるということだな・・・?!
藍 本物の魂はあげられないけど、人工の人魂で、我慢してくれたってことかな。もう一個お供えするんで、成仏お願いします!(もう一個投げる)
千佳 鬼だからなあ・・・どうかなあ。
千佳 ・・・それで、出口は見つけてあるの?
周 いや、それが・・・まだ。
千佳 ちょっとーー!!
千佳 いや・・・みんな、来てくれてありがとね。助かったわ。
海穂 あれ、どうしたの?
千佳 ん?
海穂 千佳、なんか変わったね。
千佳 うん。もう、しまっちゃうのはやめにしようって決めたんだ。
或岩 あ・・・待って・・・。(そう言って、胸のあたりを抑える)
寛仁 あのとき、溶け合って、ひとつになった自分が、自分を助けに現れることが、人生の中で何度かある。体験とはそういうもので、或いは、人はそういうときに、何を言えたかとか、どんなことが出来るか。そういうことが、肝が試されるということなのだろう。
或岩、胸のあたりが輝いて、それが、青い火の玉となる。それに導かれるように、彼らは歩き出す。
寛仁 ――――その、魂の輝きが道標になる。それはまだいまは、儚く彷徨える魂たちなのかもしれない。だが、それは確かに彼らの行く末を照らしているのだ。
これにて終幕。