末裔
巨人 ・・・ 安堂ユウサク。
博士 ・・・ 兼業でマネージャー業みたいなもの。名前は森畑凛南。
記者 ・・・ SARUテレビの浅草。たかしくん。キャスター。怪獣マニア。カメラマン兼任。
師匠 ・・・ 師匠。太陽系外の動向を監視している。記者2、監督を兼ねる。
若鶴 ・・・ 記者。世界を記す者である。武器の商人。記者3も兼任。赤牛上院議員も兼任。怪獣。
#0 プロローグあるいはエピローグ
巨人 未来のビジョンが見えるときがある。そこでは、巨人の私はひとり座っている。地球は、随分と暗い。空の星々を眺めている。戦いは終わっていて、隣には飲み物を2本持った怪獣が近づいてくる。それがどれだけ遠い未来なのかはわからない。明日の出来事なのか、はたまた太陽が燃え尽きた後の未来の出来事なのか。それまで私が戦いに勝ち続けていたのかさえも。
巨人 暗い場所だ。
怪獣 ご苦労様でした。
怪獣は隣に座る。
巨人 座談会でもしようというのか。
怪獣 まあ、そう言わずに。君も一枚食べないか。ふるさとの味なんだ。
巨人 いただこう。
怪獣 ・・・どうだ。
巨人 ・・・永らく忘れていた味のような気がする。これは、だが、血が覚えている。雲母だ。そう、鉱物の雲母のようだ。
怪獣 君は正しい。地球人は知らないが、これは隕石によって、かつてこの星に大量にもたらされたものだ。侵略するための我々の食料としてだ。君の祖先は、それを都合よく忘れてしまったのだ。
巨人 それはすまなかった。
怪獣 だが、仕方のないことかもしれないな。それほどに、この星は美しかった。
巨人 怪獣のお前でも、そう思うのか。
怪獣 ああ、思うね。
巨人 私は・・・私はすっかり、人の血が混じってしまったから、そう思うのだと、そう言い聞かせて生きてきた。
怪獣 随分と弱くなったものだ。
巨人 重力は小さいが、水は多い。草木は毒を持たないものも多く、生命を育んでいる。この星のその抱擁が、私を堕落させてしまった。
怪獣 お前を、ではない。お前の一族を、だ。我ら星人が、お前の一族をこの星に送ったのは、ほかでもない。力の継承を可能とする一族であったからだ。困難は世代とともに解消され、最後には、必ずや我らに第二のふるさとをもたらしてくれるものと思っていた。
巨人 それは、すまなかったと思っている。
怪獣 不要だ。その謝罪には過ちに対するものではない。
巨人 すまない・・・。
怪獣 不要だと言っている。
巨人 ああ・・・。
怪獣 なんだ、少し疲れたのか。
巨人 そうかもしれない。久しぶりに力を使ったような気がする。
怪獣 人類は力を蓄えた。お前の力など、呼び覚ます必要がないほどに。
巨人 白々しい。太陽フレアで電脳を持つ超兵器がオシャカになった、この日を何年も待ち続けていたんだろう。雲母も電気をよく遮った。
怪獣 力が衰えたといっても、まだまだ見通す目は健在か
巨人 すでに、私の代では、失われてしまった力だ。先々代の・・・祖父から借り受けた力だ。
怪獣 そうか・・・。お前たちも滅びようとしているのだな。
巨人 滅びるのではない。交じわるのだ。大切な人がたくさんできた。彼らと生きていきたい。
怪獣 必要とされているのか。それはどちらだ。その能力か、それともその為人(ひととなり)か。
巨人 自意識過剰なんだ、きっと。私も、お前も。
怪獣 我々は強いお前を歓迎するぞ! 単純な理屈、強い者たちの世界だ。楽しいぞ。
巨人 私は、力を媒介するメダルを使って、巨人の力を行使することができる。そんな弱い存在になった。・・・だが、これでいいと思っているんだ。これは、力を手放す準備なんだ。電脳の超兵器も、私がただの人になるために助力してくれている・・・。いまは、そう思えるようになったのだ。
怪獣 ただの人に成り下がりたいのか。
巨人 ああ。
怪獣 脅威の前に逃げ惑い、耳をふさいでいるしかない人間に。
巨人 ああ・・・だが、手を取り合い、立ち向かうことはできる。
怪獣 ・・・そうか。この星はまもなく電磁波の影響から、復旧する。その前に、俺は星に一度戻ることにする。
巨人 ここで生きることはできないのか。
怪獣 ここには俺の居場所はない。必要とされる場所こそが居場所なのだ。
巨人 必要とは、・・・いや、なんでもない。
怪獣 そうか。そうだな、立ち去る前にこれだけは聞いておこう。お前に何があった。
巨人 そうだな、話そう。夜が明けるまでにはもう少しだけ時間があるのだから。
暗転。
#1 燃骨怪獣、現る
記者 安堂さん。安堂さん、SARUテレビの浅草です! 一言いただきたいんですけど!
博士 はいはいー、道を開けてくださいね! メディアの皆さん、それからその視聴者たるお茶の間の皆さんも! 取材の申し込みは事務所を通してもらわないと!
記者 国民の皆さんは、ライブ感を求めてるんだ! 情報は生ものなんだぞ!
記者2 そうだそうだ!
記者3 情報における3秒ルールを知らないのか!?
記者2 なんだそれは!?
記者3 3秒以内に届けないと、情報は腐ってしまう。
記者2 くさっ!
記者3 ほれ、ほれほれ!
博士 はいはいー、こっちは遊びじゃないんです。世界の平和を守るために、やっているんです。
記者 世界の平和を守るために!
記者2 世界の平和は守られたのですか?
記者3 そこに愛と真実と悪はあるのですか?
記者2 巨人に隠された愛。
記者3 愛っていっても、人類を愛しているとかじゃ、国民は納得しない。
記者2 愛した女性がいるんでしょう!
記者3 巨人・安堂の素顔。隠された真実の愛、とは・・・!?
記者 トップニュースはそれで決まりだ!
記者達 それで、真実の愛は!?
巨人 私は・・・。
一同が注目。
巨人 安心してください。これからも戦いますよ。それが、私にできることだから。
記者 それじゃあ答えになってないんですよ、みんなが納得しないんです! 安堂さん、安堂さん!?
巨人、記者はける。
博士残って、場面が変わる。
博士 ・・・そして、巨人は我々の前からいつものように姿を消した。だってさ。
安堂、入ってくる。
安堂 博士。いつもありがとう。
博士 ウィンウィンで、行きましょうって、決めたじゃない。私は怪獣のサンプルを集める。あなたは地球を守る。
安堂 確かにそうだ。だが、私は先代の巨人と比べても、巨人化に手間がかかる面倒なやつだ。
博士 そのうち、誰よりも強くなるかもしれないわ。
安堂 父よりも?
博士 あなたのお父さん? あなたのお父さんは、人間の血のほうが色濃く出ていたけど。それでも、・・・そうね。
安堂 鍛錬に行ってくる。
博士 待って。胸の装置、交換しておいて。エネルギー、ほとんど空でしょ?
安堂 そうだな。ありがとう。
安堂 道場に入ると、師匠は既に座っていた。目を閉じ、意識を身体の外に向けている。
安堂も少し後ろに座る。
安堂 地球の上空100km程度までが、地球の内側だ。地球は宇宙を猛烈なスピードで動いている。一度置いていかれたら、そう簡単には追いつけない。肉体があるならば。私は太陽系の外に目を向ける。火星と木星の間の小惑星帯を抜け、海王星、冥王星の外側に目を凝らす。・・・師匠。
師匠 きたか。
安堂 はい。見えますか?
師匠 オールトの雲が厚くて太陽系のその向こうの宇宙が良く見えない。だが、油断はならんぞ。外星人は天体現象を予見し、その隙をついて攻めてくる・・・とお前の父はよくそう言っていた。
安堂 はい。
師匠 一方、人類は占星術に向かなかった。
安堂 適性がなかったということですか?
師匠 ある意味ではそうとも言える。長く続けることができなかったのだろう。人間はこの2000年くらいでようやく形而上学、という学問を人類は発展させてきた。それは、「生きる意味とは何か?」とか「善とは何か、悪とは何か」といった、精神的な部分に重点を置いた学問だ。それは長らく暮らしを豊かにしないものであるとして、後回しにされてきたが、それこそが、この外星人との戦いにおいては重要となってくるのだ。
安堂 はい。
師匠 先日の怪獣は、どうだった。
安堂 雷(いかづち)を発する怪獣でした。雷は、地面から天へ向かって立ち昇りました。
師匠 そうだったな。
安堂 九州に上陸した怪獣は、東京を目指しました。発電所を次々と過電圧によって緊急停止に追い込みました。
師匠 怪獣との決戦はどうだった。生物である以上、電気信号で身体を制御している。雷は厄介だったろうな。
安堂 はい。しかし、博士の避雷針装置を自衛隊の協力のもと設置してもらえたので。
師匠 はい。
安堂 はい。それに・・・。
師匠 それに?
安堂 私は、外星人の血が濃いので・・・。人間と同じようには、電撃に効果がありませんでした。
師匠 今日は、もう戻ろう。
安堂 はい。
師匠 ユウサク。次に巨人になれるのは、いつだ?
安堂 3日後くらいだと思います。
師匠 そうか。短いな。
安堂 博士が、カートリッジ式を開発してくれたんです。平時に力を貯めておけます。
師匠 そうか。鍛錬は怠るな。外星人は、物理学的な攻撃から形而上学的な攻撃に切り替えるかもしれない。心を鍛えておきなさい。できることはある。
安堂 はい。
師匠 頼んだぞ。
師匠はける。安堂にスポット。
安堂 私の胸には、明かりの灯る器官がある。器官というのは、心臓や肝臓、肺といった身体の機能を調整するものだ。明かりが灯れば、私は再び戦うことができる。戦うことができるのだ・・・。それは、父の、そのまた父の、そのまた前の時代から、私の一族に与えられた使命として受け継がれてきているものなのだ。
背景に映像。ぐるぐると回る円盤。その中央には穴が開いている。それはコンパクトディスクに似ているかもしれない。
暗転。
記者 なんじゃこりゃ。
安堂 なんだろうか。骨・・・?
記者 安堂さん。こんなところで。
安堂 こんにちは。
博士 君はたしか・・・。
安堂 えっと、たしか・・・
博士 たかしくん!
記者 SARUテレビの浅草です。
博士 こういうときはだね、たかしくん。
浅草 浅草です。
博士 浅草たかし君。
浅草 浅草・・・たかしです。
博士 ほらみたことか!
安堂 博士は何を見た。
博士 わからない。ただ、言えることは、ドーナツの穴のような問答だったということだ。
浅草 私は虚空を見つめることにします。
安堂 だいたい理解した。
博士 その理解力に感謝するぞ。
浅草 はっ! そうか、安堂さんの巨人化は安堂さんではなく、博士の能力だったのかぁ!
博士 な、なんだってぇぇぇえええ!
安堂 博士、ドーナツの穴というのはつまり?
博士 いいかい、私が名前を「たしか・・・」と振っただろう、たかしくん。
安堂 いや、違うな。私は、たかしくんではない。
博士 その時点では、私が名前を覚えているかどうかは、まだ不確定な状態なのだよ。
安堂 つまり、私がたかしくんである状態とたかしくんではない状態が同時に存在しているということか? いや、私はたかし君ではないのだが。
博士 その通り。そこには可能性というエネルギーが存在している。それは、ドーナツの穴と同じだと考えることができないだろうか。
浅草 あのー・・・私がたかし君です。
博士 なんですか。
浅草 いつも、そんな感じなのですか?
博士 そんな感じというのは。
浅草 そんな感じというのはつまり、宇宙人を倒すというのは、そんな感じなんですか、ということです。
博士 たかし君には、私が何に見えるのだい。
浅草 オカルトに詳しい宇宙人、でしょうか。
博士 とんでもない。私は、超越物理学を研究しているものだ。
浅草 超越・・・物理学?
博士 不勉強だな。ニュースとは、そんな蒙昧な人間が書いていたのか? それは大衆に真実が伝わらないわけだ。
浅草 すみません。でも、伝えたいという思いはあります!
博士 ほう・・・。
浅草 ぼくは、学生の頃は、怪獣について学んでいました。
博士 ほう、たかし君は怪獣マニアなんだな。
浅草 マニアと言いますか・・・。怪獣の存在が気になるんです。
博士 いいぞ、いいぞ。怪獣の存在の何が気になるのか、詳しく教えてくれよ。
浅草 あ、良かったら、立ち話もなんですので。
博士 よかろう。ドーナツでも食べながら、無限の可能性について語ろうというのだろう? たかし君、君はよいたかし君に違いないな? いい店を知っているんだ。ささ、こっちだ。そして、君の奢りだ。
浅草 えっ、あっ、はい! 安堂さんも。・・・あれ? 安堂さん?
安堂 (何かが気になったように振り返っていたが)・・・わかった。
暗くなっていくと、落ちていた骨がポウ、と光を帯びる。
それに気づく者はいない。
浅草 ぼくが怪獣について特に興味を持ったのは、エネルギーについてなんです。
博士 それは、それは。
浅草 怪獣には、地球型怪獣と宇宙型怪獣がいます。いずれも、体内に蓄えたエネルギーが尽きるまで活動し、そして休眠状態に入ります。
博士 そして、時を経て再び目覚める。
浅草 そうです。では、彼らはどこからエネルギーを吸収し、再び目覚めるのか。あの巨体を動かすエネルギーですから、凄まじいエネルギー量です。
博士 それで、君はどう考えたんだ。
浅草 ええ。初めは、こう考えたんです。地球型怪獣は、地脈・・・つまり、マントルから。宇宙型怪獣は宇宙放射線からエネルギーを受け取っていると。
博士 定説ではそうだな。
浅草 でも、ぼくの取材によると、そうじゃないんです。会社のほうでも、信じてもらえていないんですが・・・。
博士 前置きはいい。インスピレーションが求められている世界だ。
浅草 はい。
一方、安堂は喫茶店の入り口で声をかけられていた。
記者2 安堂さんですね。
安堂 ええ。
記者2 巨人の。
安堂 まあ。あの、この前の怪獣を倒したときにいましたか。
記者2 ・・・なんと記憶力がいい。さすが巨人。でかいのは図体ばかりじゃない。あ、申し遅れました、私、記者をやっております若鶴です。
安堂 若鶴さん。いや、・・・初対面の人に言うのもなんですが、あなたは何者ですか。
ここから、並行して会話が進んでいく。
浅草 そう、でも、あなたは、大学で、メタフィジックス・・・すなわち超越物理学を研究しているという。だから、あなたにならば、理解してもらえるのでは、という期待があったのです。目に見えるものだけを勘定に入れていては決してたどり着けない。そう、多元宇宙論ですよ。
博士 ふむ。可能性の世界に踏み込むか。
浅草 はい。怪獣たちは、さまざまな選択肢のうちの一つであるこの世界に、エネルギーを集めることで、活動を維持していると、ぼくは考えています。
若鶴 さすが、現役の巨人。地球を守る存在なだけはある。
安堂 それはどうも。
若鶴 お父さんはどうしているね。
安堂 ・・・。
若鶴 相変わらず、眠ったままなのかい。
安堂 父を知っているのか。
若鶴 ああ。まあ。
安堂 なぜ。
若鶴 私はかつて、きみの父に、地球を一時預けた男だ。
安堂 お前は外星人か。
若鶴 ああ、今は違う。誤解しないでくれ。そういう力づくなのはもうやめたんだ。もう、そういう力は手放してしまった。それがきみの父との約束だったから。きみの父は、それからも少しの間は活躍したようだが、・・・問題はエネルギーだろう。君の一族はいつも、その問題を抱えている。
安堂 どうだろうな。
若鶴 おや、知らないのか。怪獣と一緒さ。次にエネルギーが蓄えられるまで、休眠する。あるいは、私のように、コストの高い器官を脱ぎ捨てるか、だ。どうだい、ミニマリスト宇宙人、流行ると思うんだけど。
安堂 器官・・・。(胸の明かりを触る)
若鶴 迂闊だな。まあ、いい。先ほども言ったように、私はコストの高い器官を捨てた。そういう敵対の仕方はもはやしないことにしたのだから。これからはスマートに侵略する時代なのさ。
安堂 この星をどうしようというのだ。
若鶴 君が怒ることではなかろう。預けているものを受け取ろうとしているだけだ。
安堂 ・・・この星は、地球人のものだ。
若鶴 聞いていないのか? かつて侵略するために母星を発った君の一族が、何を思ったか、この星を守ってきたのだ。だが、君個人としては、どうなんだ。一族の使命にその身をささげるつもりか。そんな殊勝な全体主義を、この時代に誰が求めている? 称賛される? 勝手に生きて、勝手にお節介を焼き、勝手に死んだ。それだけだ。
安堂 何が言いたい。
若鶴 こちら側につかないか。君は父君と違って、器官がちゃんと機能しているようだ。使える男だということだ。
安堂 あいにくとこの通りだ。
若鶴 君たちの一族は、人類との交配で次第にその力を失ってきた。現に君の父は、その器官を通して、うまくエネルギーを吸収できていなかった。だが、君は違う。素晴らしき先祖の血を色濃く受け継いでいる。
安堂 ・・・。
若鶴 だが、どうだろう。それは守る力であると同時に、遠ざける力ではないか?
安堂 ・・・。
若鶴 その器官こそが、君が人間ではないということの証となっているのではないかな。
映像が映る。ドーナツのようなそれだ。その中心は渦巻いており、周りに虹色の光彩を纏っている。
博士 最近だと、人為型の怪獣もいるらしいが。
浅草 ええ。私が博士のご意見を伺いたいのは、まさにそれについてです。
博士 人の空想が、実体を持ってしまったとしたら・・・。
浅草 それは雷や、地震、炎のような、自然的現象による怪獣ではなく、死者の軍団や、宇宙人、それから、異次元からの来訪者のような・・・。そういうことになりますよね。
博士 たかし君、きみの危惧していることがあるのだろう。
浅草 はい。例えば、このドーナツの穴を我々はどう認識すればよいのでしょうか。
若鶴 いや、今日は、辞めておこう。まだ、少し時間があるようだ。
安堂 待て。
若鶴 こう見えて、私は、きみのことも応援しているんだ。ビジネスとしてね。
安堂 侵略が? ビジネス? お前にとって、これは遊びなのか。
若鶴 遊びではないよ。真剣なこの眼差しを見てくれ。
安堂 どこまでもふざけたことを。
若鶴 また会おう。
安藤 待て。
若鶴は手をひらひらと振って、去る。
若鶴はける。
安堂、店に入る。
博士 ドーナツの穴はあるようでない。
浅草 そう。穴だけを残すことはできないのです。それは、囲われることによってはじめて成立する概念的なものだと思うのです。それこそが、異次元への扉となるのではないかと。
博士 突飛な話だ。
浅草 ですよね。
博士 だが、ありえないなんてことはない。巨人はいる。怪獣は暴れている。未知のエネルギーはいまだに解明されていない。それゆえに、ありえない、などという見解を述べる資格が現代の科学者には与えられていない。
浅草 それで充分です。
博士 それで?
浅草 ええ。
博士 その先は。
浅草 その先ですか。
博士 あるんだろう。
浅草 いくつかの可能性が。
安堂 ・・・博士。
浅草 あ、すみません、すっかり話し込んでしまって。
博士 安堂くん。
安堂 敵性の生命体に遭遇した。
博士 外星人か。
安堂 分からない。元・外星人というべきなのか。
浅草 危機が迫っているんですか?
博士 すまないが、たかし君。話の続きはまたの機会に。
浅草 はい。
安堂 博士、器官のメンテナンスを至急頼みたい。
博士 わかっている。
安堂 新しく開発している武器は、まだ実践投入できないか?
博士 急ごう。
2人がはけていくのを、浅草は見送る。
浅草 ・・・どんどん強くなる敵性の生命体。それに対抗するように、強化を繰り返す巨人。なんだろう、この既視感は・・・。これって、まるで・・・子供の頃、テレビにかじりつくように見ていた、特撮番組みたいな・・・いや、まさかな。
浅草はける。
安堂、ひとり。明かりの下に現れる。
他方に、キャスターが現れる。浅草である。
浅草 臨時ニュースです。昨夜未明に現れた怪獣ですが、燃える骨の生物のような形をした怪獣です。この燃骨怪獣(ねんこつかいじゅう)の出現に、巨人が現れ対峙しました。
安堂、かまえる。それは、フィギュアを回転させる台の上のよう。台が回転する(人力)。
浅草 巨人は、メダルのようなものを組み替えて、火や氷、雷などの技を繰り出して応戦しましたが、エネルギーが尽きたのか、撤退。燃骨怪獣は、現在、県東部、清水町の石油化学コンビナートを目指していますが、自衛隊の奮戦によって、その進行を食い止めています。燃骨怪獣が歩いた後には燃え盛る炎が残り、周辺の建物に大規模な火災を起こしています。この件に関しまして、ジャーナリストとして長年怪獣研究に携わってきた樋口さんにお話を伺いたいと思います。樋口さん、よろしくお願いします。
樋口 こんにちは。
浅草 今回の、巨人の敗北の原因はどこにあるとお考えですか?
樋口 そうですね、我々はこれまで、巨人に頼りすぎていたのかもしれません。なにせ、安堂という名をもつ巨人のことを我々はほとんど何も知らないわけです。何世紀にもわたって、私たちを守ってきた、という記録ばかりが残されていますが、どんな性格で、どんな思想を持っているのか。そもそも、彼は人間の味方なのか。あるいはただの怪獣なのか。
浅草 怪獣の仲間、という可能性もあるということですか。
樋口 もちろん、2つの意味を持っています。人間の皮をかぶった怪獣もいる世の中ですから。
浅草 手引きをしている人間がいると。
樋口 いえ、それに関してはまだ断定できません。しかし、現に燃骨怪獣を押しとどめているのは自衛隊です。
浅草 冷却光線を照射しつづけることで、現在、怪獣は動きを止めています。
樋口 つまり、我々も巨人の庇護のもとで生存を許されるばかりの存在ではない。つまり、すべてにおいて劣るわけではない、ということです。これからは、街の被害にに対する損害について、巨人側およびそれを巨人の行動に応じて無条件に支援している国および研究機関と話し合うなど、柔軟に交渉のカードを持つべきではないか、と感じますね。
浅草 樋口さん、ありがとうございました。
暗転。
#2 ドーナツの向こうで、怪獣を知るとすれば(前篇)
森畑(博士) おはようございます。
安堂 博士・・・。
博士 博士? 私がですか? やだなあ、まあ、詳しいといえば、詳しいですよ! 安堂さんのことについては、もはや博士の領域に到達しているといっても過言では・・・。ごほん! からかってます?
安堂 え。
博士 いえ、なんでもないんですなんでも・・・。
安堂 どうしたんだ、その話し方は。
森畑 ず、随分とうなされていたようですからねー。あはは。大変お疲れだったんですねー。えっと、最近は撮影続きでしたし。す、すいませんでした! マネージャーとしてちゃんと、調整できてなくて! 監督には私から、きっちり休みをもらうように言っておきますので!
安堂 監督・・・とは。
森畑 これは重症だ・・・! はい、これ!
安堂 お、おう!
森畑 冷えて、ピタっといろいろ良くなるやつです! もう少し休んでてください!
森畑、はける。入れ替わりで若鶴が入ってくる。
若鶴 どうも、若鶴です。
安堂 ・・・これはお前の仕業か。
若鶴 おっとっと。ビジネスライクに行きましょうよ。燃骨怪獣との戦いは?
安堂 覚えている。
若鶴 強かったでしょう? 燃骨怪獣は。
安堂 手応えはあった。だが、勝つことができなかった。
若鶴 よい回答です。燃骨怪獣は、可能性の怪獣です。
安堂 可能性の・・・。
若鶴 ええ。地球が蓄えこんできたエネルギーの結晶です。あれはいろいろな形に変わることができる。例えば、現生人類の文明。でも、どうでしょうか。あなたがいなかったら、人類はとっくに外星人に征服され、より効率の良い、エネルギー資源を用いた動力へと移り変わっていたかもしれない。そうしたら、いま問題となっている温暖化や、先進国のみならず世界中で密かに進んでいる少子化も、また違う様相だったかもしれない。あなたの持つ可能性よりも、燃骨怪獣のもつ可能性が上回ったのです。
安堂 いまの世界の危機は、私のせいだとでも。
若鶴 いいえ。ただ、私は招き入れたのです。エネルギーが尽きかけたあなたなら、いまの私でも、ドーナツのこちら側へ招き入れることができました。別の可能性もあるのだと、あなたにお教えしたくて。
安堂 なぜそんなことを。
若鶴 やだなあ、言っているじゃないですか。ビジネスのためですよ。
安堂 何を売る? 武器か? 平和か?
若鶴 この世界では、テレビの中のヒーローなんですよ、あなたは。そして、おもちゃ会社の販売戦略によって、巨人の能力が決まっているんです。徒手空拳で、一人で戦えては駄目なんですよ。儲からないですからね。例えば、メダルを集めて力が高まるとしたら。そう。子供たちは、メダルを買い集めるでしょう。そして、例えば。あなたが、その影響を受けているとしたら。それがあなたの可能性です。その場合のあなたは資本主義の巨人なんです。
安堂 私の力は父や祖父から受け継いだもので・・・。
若鶴 こちらの世界では、それはそういう設定でして。
安堂 設定だというのか。父が、命を賭して、守った、あの戦いも。
若鶴 主人公の悲しい過去。大好物ですよ。どうしたら売れるか。子供が夢中になるヒーローになるか。文芸企画室のメンバーで頭をひねって生み出した、みたいな。
安堂 これは売りものではないし、見世物でもない。
若鶴 それが、あなたという虚像。その像が、カメラのピンホールのように、ドーナツの向こうの世界に、投影されていた、みたいな。
安堂 話にならない。どうやったら戻れる。
若鶴 今のあなたでは、戻っても勝てませんよ。
安堂 ・・・その通りだ。認めよう。
若鶴 すみません。オブラートの包み方が分からなくて。
安堂 だが、どうすればいい?
若鶴 私に聞きますか?
安堂 ・・・ビジネスなんだろう? 最後はヒーローが勝たないと、終われないだろう。
若鶴 思ったよりも面白い人だ。いいでしょう。
森畑、入ってくる。
森畑 すみません、監督が、「あと少しだから、なんとか撮影できないか」って。先週の天候不順もあって、機材のレンタル期間がギリギリらしくて・・・って、あれ?
若鶴 こんにちは。
森畑 安堂さんのお知合いですか?
若鶴 ファンであり、ビジネスパートナーでもある。
安堂 否定はしないが、得体の知れないものであることも間違いない。
森畑 はぁ・・・。得体の知れないの、良くないですねー。
若鶴 良くないですか。
森畑 良くないですよー。出てってもらっちゃいますよー。はいはいー。
若鶴、追い出される。
安堂 ここは、別の世界・・・。
森畑 えっと、台本、あります? さっき、置いてっちゃったから・・・えっと、これだ。
安堂 ありがとう。
森畑 あ、え、どういたしまして。
安堂 何か?
森畑 いやー、そういう感じだったっけ? と思いまして。
安堂 え?
森畑 えーっと、普段はもうちょっと・・・。傍若無人? みたいな。
安堂 それは、いままですまなかった。
森畑 待ってください! とりあえず、今日を乗り切りましょう! 状況は分かってます??
安堂 実は、あまり。
森畑 任せてください! いいですか、いま、安堂さんは、特撮ドラマの撮影中です。
安堂 うん。
森畑 で、なんと主役です。
安堂 うん。敵は・・・?
森畑 敵。そう、これまで何体もの怪人を生み出してきたマッドサイコロジストが・・・。
安堂 サイエンティストではなくて?
森畑 サイコロジスト。心理学者です。合ってます。そしてギャンブルが好きです。・・・それで、その悪の親玉の居場所を突き止められそうだ! と、いうところからです。そしてそのまま最終決戦です。大丈夫です?
安堂 だいたい、分かった。ありがとう。
森畑 では、よろしくお願いします。
安堂 うん。
安堂、はける。
撮影が始まる。監督(師匠)、プロデューサー(若鶴)、カメラマン役(記者)に。
議員役は、怪獣。
監督 では、行きます。議員の居場所を突き止めた主人公の安堂の台詞から。
議員 随分と早かったな。
安堂 あなただったんですね。赤牛上院議員。
議員 随分と私のことを知っているような言い草だな。
安堂 ・・・私はあなたのことを知っていると思っていた。
議員 ほう、良かったら聞かせてくれないか。私は、どんな人間に見えていた。
安堂 昨今、頻発している怪人事件。それに伴う社会の混乱。その対策チームをいち早く結成したのはあなただ。初期に起きた透明人間による殺人の立証に手を貸し、裁判で怪人を裁く前例を作ることに尽力してくれた。そのために、命を狙われたことも一度や二度ではない。政治家生命をかけて、この問題に向き合ってくれていたと思っていた。
議員 なるほど。まったく、見当外れな評価だよ。礼を言っておこう。
安堂 どうしてこんなことを。
議員 君はまさか、この期に及んで話し合えば、どうにかなるとでも思っているのかね。賽は投げられたのだよ。私はサイコロジストの技量を使って、何人もの人間に闇を注ぎ込んできた。彼らはまもなく怪人として目覚めるだろう。
安堂 私は・・・人間を守りたいと思う。
議員 その中に私も含もうとするか。傲慢だな。お前がその命を懸けて、力を振るえば、すべての命を救えるとでも思っているのか。透明人間が、どうして透明人間になったのか。なりたくて透明になったとでも思うのか。社会に居場所をなくし、誰からも必要とされていないと感じたとき、彼女の中には透明人間の素質が宿ったのだ・・・。
安堂 だが、最後に崖っぷちで、その背中を押したのはあんただろう!!
議員 それは本当に、崖だったのか?
安堂 何が言いたい。
議員 本当は君にもわかっているはずだ。楽になりたかった。生き方、在り方を決めてほしかった。そうすれば、これ以上、何も考えなくてすむ・・・。
安堂 ふざけるな!!
議員 社会が悪いんだ! こんな風にしたのは誰だ! そのくせ、自己責任だという! そんな風に考えているのは、お前だけだと、世間は、薄情にもそう言ってのけるんだ! お前たちのことだ! そうやって! いま、この出来事をサイエンスフィクションか何かのように、他人事だと思って、愉快そうにあるいは退屈そうに眺めているお前たちのことだよ!
安堂 すまない・・・。
議員 謝罪は不要だ。その謝罪は過ちに対するものではない。
安堂 すまない・・・。
議員 不要だと言っている。そうだな、君のやる気が出る言葉を最後に付け加えてやろう。透明人間になった彼女が最初に言った言葉は「それでも生きていたい」だったよ。可哀そうで、顔がニヤけるのを我慢するのがどれほど大変だったか! そんな風に彼らを怪人にするのは中毒性があって、ヤめらんないんだよぉ!
安堂 ああ・・・変身。
暗転。音が鳴り、戦いが終わる。
明るくなると、議員は倒れている。
監督 カット!
森畑 お疲れさまでしたー!
若鶴P お疲れさまでした。
議員 お疲れさまでした。
安堂 ・・・ありがとうございました。
監督 いやあ、最後、良かったね! 赤牛上院議員、迫真の演技だったよ! 哀しみの中で最後の戦いに臨まざるを得ない感じが、すごくよく出てた!
議員 ありがとうございます。
若鶴P おつかれさま。
安堂 ありがとう。
若鶴P こちらの世界には、怪獣なんて存在しない。
安堂 いや、いるさ・・・。
若鶴P ほう?
安堂 いるんだ・・・。
森畑 安堂さん! このあと、18時から簡単な打ち上げがあるんですけど、行きますよね!
安堂 ああ。うん・・・。
安堂 それは、現実としか思えないリアリティで。ドーナツの向こうの世界での私は虚像。そうだ、燃骨怪獣はどうなった。外星人から、この星を守らなければならない。父がそうしてくれたように。祖父がそうしてくれたように。そして、私の、脈々と受け継がれてきた血が、この星を守れと言っている。だが、何のために。私は何のために戦えというのか。
暗転。
#3 ドーナツの向こうで、怪獣を知るとすれば(後篇)
森畑(博士)が一人で立っている。
森畑 私の話をします! 私が彼と出会った、そんな話です。私がまだ、小さな子どもだった頃、おじさんに出会いました。おじさんは戦う人でした。私は役に立ちたかったけれど、私は無知で無力な、ただの子どもでした。ほどなくして、おじさんは姿を消しました。世の中は何も変わらなかった。私は子どもであることを辞めることにしました。人の何倍も勉強して、何倍も早く大人に追いつくことにしたのです。それは、今思えば、怪人的な行動だったのかもしれません。私はだから、怪人が好きになった。あの人の、自分の命で贖おうとするのを、なんとかしたかった。もし、今度があるなら、必ずそうする。私だって、全力で。それでも駄目だったときは、そのときは・・・。あ、大切なことを言い忘れていました! このお話はフィクションです! ファンクションではないから、因果律なんかも関係なくて、実際の人物、場所、事件なんかにも関係なくて、なんなら、たぶんこの後の物語にも関係しないかもです! なにせ、フィクションなんだから。さて。打ち上げの準備しなくっちゃね!
森畑 打ち上げ会場は、近くの公民館です。
監督の奥さん あら、森畑さん。
森畑 あ、監督の奥さん。
監督の奥さん 私、遅れちゃったかしら?
森畑 いえ。オードブルの受け取りが思ったより早く終わりまして。電話、来たんですよ。もうできてるからじゃんじゃん持ってって! って。
監督の奥さん 何から何まで、地元の皆さんがいろいろ親切にしてくれて。
森畑 ほんとですよね。
監督の奥さん お手伝いするわ。
森畑 ありがとうございます。
監督の奥さん 撮影は、無事に終わった?
森畑 何とか終わってよかったです。
監督の奥さん 皆さんに迷惑かけて、あの人はまったくごめんなさいね。
森畑 一番大変なのは、それを支える奥さんだったり・・・しますよね。
監督の奥さん そうね。でも、あの人は、「きっと売れる。信じてくれ」って、その目にすっかり騙されちゃって。
森畑 奥さんも監督に、騙されちゃったクチですか。
監督の奥さん そう、コロッとね。
森畑 監督、人を魅了する怪人って感じですよ。
監督の奥さん 怪人?
森畑 あ、ごめんなさい。映画の話しでして。んー、才能・・・みたいな?
監督の奥さん そうね。そうかもしれないわ。いつも、みんなに助けられて。主人は、目の前のやりたいこと以外、全部疎かになっちゃうんだから。着替えだって、シャワーだって、食べることだって忘れちゃうことがあるくらいなんだから。信じられないでしょ?
森畑 いえ、まあ・・・あはは。
監督の奥さん それに共感できちゃったら、一般的な幸せを掴むのは困難を極めるから覚悟したほうがいいわ。・・・でもまあ、だから、一緒にお仕事されているんでしょうけど。
森畑 あははは・・・はぁ。
監督の奥さん ほら、元気出して! ほかに、まだやることあるかしら?
森畑 いえ、大丈夫です。ありがとうございました。助かりました。
監督の奥さん 始まるまでには時間があるわ。少し休んだら?
森畑 あ、そうですね・・・少し、仮眠をとろうと思います。
監督の奥さん 隣に6畳の和室があったわね。・・・でもその恰好じゃ、風邪引きそうね。
森畑 大丈夫です。車に寝袋あるので、それで。
監督の奥さん そう・・・?
森畑 はい。
監督の奥さん じゃあ、お休みなさい。
森畑 お休みなさい。
監督の奥さん、はける。
監督、現れる。撮影隊一同現れる。
監督の説明に合わせて、シーンを再現する。
監督 ぼくが、噂の監督です。彼女が睡眠不足になったのは、昨晩の過酷な撮影のためです。そう! 昨夜は、まず、最終章ド頭のシーン。海面から上がってくる怪獣のシーンを撮影した! 夕焼けを背景に撮影し、夜の更けた街を舞台に怪獣と人造機械との決戦シーン、そして朝焼けを背景に怪獣がとどめの一撃を放つシーン・・・とスタッフ一同、決死の撮影が敢行された! その撮影の果てに、誰もかれもが、カフェイン塗れになりながら、得られた映像に獰猛な雄たけびを上げ、そして、撮影は終了したのだ。もちろん、怪獣の着ぐるみのアクターも、雄たけびを上げていた!
アクター ぐおーー!!
安堂だけ、一度はける。
監督 ・・・ということがあったのですよ。起こすのも悪いし、始めちゃいましょう! 乾杯!
森畑 気が付けば、日が傾いて、和室は薄暗くなっていました。曇りガラスの戸をそっと開けると、スタッフの方々が思い思いの場所に座っていました。私は・・・。
助監督 監督が作ると結局、また怪獣が町を破壊しちゃうんだよなあ。
監督 いいの! 怪獣映画は神話なんだと、ぼくは思うんだよね。だから、怪獣には人間が、人間の道理で戦おうとしている限りは決して敵わないと思うんだ。
カメラマン で、監督は怪獣の伝道者ってわけだ。
アクター 怪獣の魅力を人類に思い知らせるがお!
監督 怪獣映画はさ、見て分かりやすく! だけど、どこかホッとするようなものにしたいんだよね。
安堂、現れる。
博士 あ、安堂さん! 遅いじゃないですか。ここ、空いてますよ!
監督 主役の登場だ!
赤牛 あ、監督! そのレッドブル、俺の!
監督 えー、いいじゃん!
赤牛 監督は7話のイカロス怪人から何も学ばなかったんですか? 翼を求めた傲慢な人間の末路を。
監督 おいおいー、良くないぞー。13話の地獄耳怪人の脚本担当として、人の悪口はね、聞き過ごせないぞ。泥を打てば、面へはねる。という教訓がだね。
助監督 早速始まりましたね、怪人談義。
安堂 よくあることなんですか。
カメラマン いっつもこうなんですよ。
監督 ぼくはね、怪獣映画は、究極的には、ホッとする話がいいと思ってるんだな。
安堂 ホッとする話ですか。怪獣なのに?
監督 うん。怪獣は、最後は倒される運命にあるのかもしれない。それはきっと、人間が作る怪獣だからなんだ。でも、そうじゃない。ぼくたちの中にだって、怪獣は潜んでいる。その怪獣は、そんな風には割り切れない。誰かに対する憎しみだったり、妬みだったり、自分のコントロールできない、見たくない部分の種を持っている。それはもしかしたら、すべての生命体が持っている、滅びの種みたいなものかもしれない。その滅びの種がさ、映画の向こうで暴れてさ、街を壊すわけ。
アクター 今回も気持ちよく壊しまくりましたよ!
監督 そうそう。派手にね! そうすると、怪獣も少しは溜飲が下がるのかもね。仲間の怪獣が代わりに怒ってくれたって。・・・最近、奄美大島でマングースが根絶されたんだって。
カメラマン あれって、ハブを駆除するために、マングースを連れてきたんでしたっけ。
監督 うん。でも、マングースはハブとは戦わなかった。代わりに、島の固有種を食べてどんどん繁殖したんだ。
安堂 そうだったんですね。人間の都合で連れてこられて、それで、今度は人間の都合で処分される。
監督 それで、思ったんだ。誰が人間で、誰がハブで、誰がマングースなんだろうって。
安堂 それは・・・。
アクター そりゃあ、普通は外来種のマングースが悪者・・・つまり怪獣になるわけで。
監督 うん。でもね、怪獣は本当にマングースなんだろうか、あるいはハブなんだろうか。人間の都合で作られて、人間の都合で退治される。違うね。怪獣は神話なんだ。ぼくたち人間こそがマングースかもしれない。怪獣が人間の役で、怪獣が連れてきたマングース役の人間が、ハブと戦わないから、もういいよって、愛想をつかされそうになっている。それで、ぼくたちの心の中の怪獣が、あちこちで姿を現そうとしている・・・。
若鶴 もはや、ヤマタノオロチのごとく、酒に酔った我々には少々、刺激が強すぎるようですな。
監督 あ、森畑さん。こっちだよ! こっちこっち!
森畑、呼ばれて、部屋に入ってくる。
森畑 あ、すみません! 私、すっかり! うっかり! してしまって!
監督 いいのいいの。準備、万端だったから、もう、いい感じに始めちゃったよ! ありがとね。
助監督 で、監督。ヤマタノオロチと化した若鶴さんにもわかるように、ここはひとつ。
監督 そうだなぁ。ぼくにも、すごくはっきりしているわけじゃないんだけど。だけど、なんとなく、なんとなくなんだけど、怪獣がいないっていうことのほうがよっぽど、空想なんじゃないかって。
安堂 怪獣はいる。
監督 そう! 怪獣はいる。街を壊さない。けれども、怪獣はいる。それは、物理的に建物が壊れるとか、そういう被害じゃないんだけどさ。人間の心の中に、怪獣はいて。毎日の満員電車に乗っているときにも、視界のどこかにきっと怪獣の片鱗は映っているんだよ。それを、人間は器用に見ないようにして、それで、怪獣はいないって、そう言ってるような、そんな気がしてさ。
赤牛 それで、そんな社会に、赤牛議員は反旗を翻したわけですね。
森畑 そして、正義のヒーローにやられてしまうのでした。
赤牛 ぐはー。
一同 あはは。
監督 でもたぶん、実際にはそんな簡単にはいかないんだよね。目に見えれば、退治できるかもしれないけど。正義のヒーローが正しいとは限らないし。
安堂 正義のヒーローが正しいとは限らない。
監督 そうだよ。それに、これから、あの世界のみんなは、どうするんだろうね。赤牛上院議員は倒したよ。でも、社会が変わったわけじゃない。きっと、目に見える部分だけを削り取っても、また同じことの繰り返しなんだ。
若鶴 じゃあ、これはハッピーエンドじゃないんですね。監督、もしかして続編、考えてます?
監督 若鶴さん、プロデューサーの顔になってるよ!
若鶴 おっとっと。どうも、プロデューサーです。
監督 怖いなあ。怪獣がここにもいたよ。
若鶴 私のことも倒します?
監督 出演希望ですか?
若鶴 あー、でもやられ役は嫌だなあ。倒されるより、倒したい。
監督 はいはい。・・・それで、なんだっけ。ハッピーエンドかって? それは、見た人が決めてくれれば、いいのかなって。たぶん、ぼくは、赤牛上院議員なんだ。そう、そうなんだよ。ぼくは、マッドサイコロジストで、テレビの向こうで放映を楽しみにしている子どもたちに、怪獣の、あるいはヒーローの心の種を蒔いたり、刺激したりする役なんだよ。それでも、何とか生きていけるようにね。
話は続いている。
安堂、少し離れたところにいる。
森畑 大丈夫ですか?
安堂 ああ。大丈夫だ。
森畑 なんだか、あの休憩所で目が覚めた時から、ずっと何か悩んでいるみたいです。
安堂 すまなかった。少し、内省的な気持ちになっていたようだ、撮影もクライマックスで。
森畑 そう、・・・ですね。でも、今度何かあったら、すぐに言ってくださいね! 今日のことも社長、めっちゃ怖い顔してましたからね!
安堂 はは・・・。すみませんって、言っといて。
森畑 それは、自分で言ってください。
安堂 そこをなんとか。
森畑 ・・・もう、今回だけですよー。
いつの間にか、話している人たちははけている。森畑もはけて。
安堂 ああ、頼むよ。
若鶴 安堂さん。
安堂 若鶴。
若鶴 そんなに警戒しなくてもいいじゃないですか。私はあなたのファンであり、ビジネスパートナーなんですよ。
安堂 自称な。
若鶴 そして、協力だって、惜しまない。どうですか。このまま、すべて忘れてこの世界で生きていくというのは。外星人はやってこない。怪獣たちは人の心の中にいるだけで、この世界にも存在している・・・という、監督の洞察は大変に優れたものです。その、怪獣たちから人々を守る。立派じゃないですか。
安堂 あんたは、外星人だ。
若鶴 ええ。
安堂 この星をどうにかしようと、ここにいる。
若鶴 それはどうでしょう? 言ったでしょう、ビジネスだからですよ。
安堂 信用ならないな。
若鶴 私の目的はあくまで、ビジネス。長い年月の中で、侵略に対する情熱は失ってしまった。なにせ、もう、こうやって住んでいますし。なんなら、人間の作る料理、好きですよ。我々の故郷の、あの、雲母でしたっけ? 黒い、ぺりぺりとへき開して、ポテトチップスみたいに食べるやつ。人間は食文化に関しては、すでに我々の技術力を遥かに超越していますからね。だから、あなたが勝利を収めても一向にかまわないんですよ。最終的にあなたが、儲けさせてくれればね。だから、協力したでしょう?
安堂 そうだな。
若鶴 今なら、燃骨怪獣と渡り合える。怪獣への理解の深まったあなたなら。
安堂 ・・・元の世界に戻る。途中で投げ出してきてしまった。私がやらないといけないことなんだ。
若鶴 真面目ですねえ。分かりましたよ。では、このドーナツの穴を良くのぞき込んでくださいね。
一瞬暗転、明転。
若鶴 ごきげんよう。引き続き、頑張ってください。
若鶴、はける。
#4 超電磁ロボ
博士 戻ったか。
安堂 ・・・。
博士 どうした?
安堂 いや・・・。顔を見て、少しだけ安心しただけだ。
博士 なんだ、柄にもない。
安堂 状況は。
博士 ああ。自衛隊はそろそろ限界。対策会議に呼ばれていたところだ。
安堂 それで、あれは?
安堂、見上げる。
博士 新兵器を作ったんだよ。あとで見せる。私の超電脳ロボだ。 どうした?
安堂 いや、急だな、と思って。
博士 ブレイクスルーというわけだ。こいつはブレイク間違いなしだ。人気出るぞ。
安堂 お、おう。
博士 ふふん・・・まあ、見ていたまえ。
安堂 テンションが、おかしい。
場面は変わって、キャスター(浅草)が登場する。
浅草 こうして、先日発表された人類の新兵器・超電磁ロボは、燃骨怪獣と対峙したわけですが。
樋口 自衛隊と異なるのは、ロボと名称が付けられていますが、動力があるわけでもなく、その実体は土偶に近く、呪術的、儀式的なものだということですね。文様にそって電気回路が形成され、回路が形成されるということ自体がエネルギーを発生させているとかなんとか、
浅草 実際に、巨人が撤退を余儀なくされた燃骨怪獣を撃退できたわけですが、このあたりについては、樋口さんはどのようにお考えになりますか。
樋口 そうですね。少し危ない場面もあり、巨人の助けも借りたわけですが、中心となったのは、人類の兵器でした。以前も申した通り、そろそろ人間だけでも、怪獣に対処できるときが近づいているのだと思います。
浅草 なるほど。人類の安全保障を人類の手に取り戻す・・・これは、人類の悲願と言えるでしょう。一日も早く、実現されることが期待されています。
暗転。明転。
博士、安堂、キャスター(浅草)が、舞台上にいる。
博士に照明が当たる。
博士 それに答えるためには、まず、その人物との関係性というものを知っておく必要がある。それは、大切な人・・・例えば恋人のような、あるいは家族のような。いいや、そういうものではないのだ。宿命・・・とも違うし、腐れ縁・・・でもない。そうだな・・・、同じ運命に立ち向かう、使命があると気付いてしまった間柄、とでも言っておこうか。それは、苦しい運命であり、これまで磨き上げてきた才能を、最大限発揮しても、この運命の行く末は、想像が及ばない。だが、それゆえに、震えるのだ。これまで、何を見ても、何をやっても、こんな感情は、生まれなかった。全身全霊をかけてぶつかっていける、その対象に。そのうえで、考えなければならない。可能かどうか、ということになる。敵は燃える怪獣である。理科室に飾られた標本骨格のようなその骸(むくろ)が炎を纏う。差乍(さなが)ら、がしゃどくろといったところである。この怪獣は、燃骨怪獣と呼称されることになった。さて。対する人類は、巨人の力でもって、これに対処してきた。しかし、これはこれ。それはそれだ。それに答えるための、人物というのは、他でもない当代の巨人・安堂のことだ。巨人は世襲制で、彼の父も、巨人だった。エネルギーを使い果たし、今は、永い眠りについている。巨人の血は代を重ねるごとに、薄まり、ついには、一人の力では変化できなくなった。彼は、祖先の力が封じ込められたコインを組み合わせ、変化し、戦う術を身につけた。もちろん、そこに登場するのが、私である。形而上学的な観念である巨人という存在に人の科学を当てはめた。だが、次々と現れる敵はいよいよ強大になっていく。だが、巨人は・・・安堂は、立ち向かうのだ。立ち向かうことをやめないのだ。力が及ばないかもしれない。二度と癒えぬ傷を負うかもしれない。父のように、永い眠りにつくかもしれない。だが、彼は、彼に向けられた期待や、彼に託された希望に答えようとするのだ。彼は、あまりにも不器用な、・・・そういう男なのだ。ならば、私ができることは、2つある。ひとつは、彼の強化である。血が薄いならば、輸血してやればいい。あらかじめ採血してあった彼の血を濃縮し、血清として打ち込んでやれば、巨人の血が濃くなり、力は増すだろう。無茶なドーピングは、命を削るだろう。だが、彼の願いは叶えることができる。ふたつめは、彼のに託された希望を奪い去ることである。巨人としての彼の力が必要ない世界を作り出すことができたら・・・人類だけでも、怪獣を打ち倒すことができたなら・・・。だが、どうして私は彼のために、そこまでするのだろう。その理由が、自分でも説明できないのだ。しかし、それはそれ、これはこれだ。私は開発した。その土偶人形は、その文様を電気回路として、自然エネルギーを肉体に変換し、動く広義のロボットだ。そのロボットは、自衛隊を一蹴した燃骨怪獣を倒すことに成功したのだが・・・。
安堂 燃骨怪獣を博士が操ったロボットが倒した。私も協力したが、それは偉大な進歩であった。私は安堵した。私は動揺した。そのふたつの感情は、奇妙なことに同時に私に訪れた。人間社会に訪れたこの度の脅威は去った。だが、これでよいのであれば、最早、巨人は必要ないということになる。それは、私は人間社会に受け入れられるだろうか、という不安だ。役に立つから必要とされているという、不安定さに改めて気が付いたといえる。人類はいつか摘みにくるだろう・・・巨人という、最後に残された不安の芽を。だが、私は、気が付いてしまった。自衛隊を、私は攻撃しなければならないということに。燃骨怪獣が倒されたと聞いた、1週間後の夜のことだった。微睡(まどろ)む私の意識の中に、奴は現れた。奴は、言う。私は不滅なのだと。対峙する相手の可能性を燃やすことで、生きながらえ続けてきたのだという。それは、生命存在そのものへの冒涜的な行為だと私が責めると、やつは鼻で笑った。英霊となった先祖の力を消費しながら、戦うお前に言われる筋合いはない、と。鼻で笑うやつを、私は今度こそ滅ぼすために、覚悟を決めた。
浅草 私は、ひとりのキャスターとして、起こった出来事を正しく、報道したい。まず、初めにスタジオに飛び込んできたニュースは、自衛隊による巨人攻撃を検討する、というニュースだった。そして、間もなく、攻撃は始まってしまった。怪獣に効果があった攻撃も、巨人には効果が薄いように見えた。それどころか、自衛隊は巨人による反撃を受けたのだ。「やはり、巨人は人類の味方ではなかったのだ」と、スタジオのスタッフ達がささやきあう声を聴きながら、私は、何を伝えればよいのか、分からなくなってしまった。私は、真実を伝えることを職業として、生きてきたつもりだった。だが、どうだろう。人類が反撃を受けるのは、当然のことではないか。いままで、巨人の庇護のもとで、生き永らえ、文明を発展させてきた人類が、感謝するどころか、後ろ脚で泥をかけてきたのだ。報道席から、私は追い出され、政府のエージェントを名乗る、見目麗しい美人が、巨人の攻撃による悲惨な被害状況を国民に訴えている。用意されたコメンテーターが、用意された原稿を読み上げていく。そこに、真実はなかった。私は、その目で見たことを報道することにした。人の波をかき分けて、東京タワーの展望デッキへとたどり着く。戦いは続いていた。巨人と、土偶人形が、自衛隊と対峙していた。その光景は、私の心を竦み上がらせた。人類こそが、怪獣なのではないか。私たちの発するこの電磁波で広く伝わるこの声は、この報道は、おどろおどろしい怪獣の鳴き声とは違うが、狡猾な怪獣のそれなのではないか、と、そう思った。そのとき、自衛隊の布陣する一帯が、突如として燃え上がった。そして、その瓦礫が一所(ひとところ)に集まると、先日、土偶人形が倒したはずの燃骨怪獣が再び蘇ったのだった。そこにすかさず、攻撃を繰り出す巨人と土偶人形。その攻撃を受けて、明らかによろめく燃骨怪獣。私の脳裏に、ある可能性が浮かんだ。燃骨怪獣に倒されたものは、怨霊となり、燃骨怪獣復活のための生贄になるのではないか。そして、それに気が付いた、巨人は一度、燃骨怪獣に敗北した自衛隊の一団を、攻撃したのではないか。私はその可能性を想像した。そして、それは現実のものとなった。私は、国民の皆さんに伝えたい。我々は、巨人に気を遣いながら生きていかなければならないのだ。それは、決して、恐怖などといった理由からではない。人類の超兵器、土偶人形の登場によって、巨人は考えなければならなかったはずだ、己の在り様(よう)を。気を遣われる側から、気を遣う側にならねばならない、そういうことも考えただろう。だが、巨人の英知に対して、人類はまだ遠く及ばない。気を遣われる側になるには遠く及ばないのだ。その力だけではなく、覚悟という意味合いでも、だ。以上が、キャスターである私からのレポートでした。
暗転。
若鶴 外宇宙の動向はいかがですか?
師匠 こんなところまで、たどり着いたか。
若鶴 別ルートで来ていまして、ここ、意外と近いんですよ。
師匠 わけのわからないことを。それで、何の用だ?
若鶴 ああ・・・聞きたいことがあるんだ。
師匠 なんだ。
若鶴 巨人の弱点は何だと思う?
師匠 さあな。
若鶴 簡単なことだ。
師匠 簡単なんだろうな。あいつは、まだ、若すぎる。
若鶴 そうだな。だが、そろそろ幕引きでもいい頃だ。
師匠 ・・・。
若鶴 世界を広げてやればいい。
師匠 ・・・そうだろうな。
若鶴 世界を広げてやれば、あっけなく、世界は守れなくなる。手の届く範囲で最善を尽くそうとしている。だから、分かっている世界を広げてやれば、あっけなくそれを守り切れなくなる、という寸法さ。
師匠 あいつはどうすると思う。
若鶴 それは観てのお楽しみ。だけどね、私のこれは、ビジネスなんだ。最後が、ハッピーエンドじゃなかったら、円盤は売れず、商売は上がったりってもんだ。
師匠 分からないやつだな。
若鶴 そうだろうよ。自分でも、時々自分が分からないときがあるんだ。
*
博士 お前の巨人の力と、私の超電導ロボがあれば、どんな怪獣が現れても、怖くないな。
安堂 ああ・・・頼りにさせてもらう。
博士 なんだ、随分と眠そうだな。
安堂 いや、問題ない。
博士 眠れないのか・・・?
安堂 夢を見るんだ。真っ暗な星に、私と怪獣が、二人だけで。
博士 私は?
安堂 いない。星は真っ暗闇に包まれていて、私と怪獣だけがいるんだ。
博士 そうか・・・。それは、時々、お前が言っていた、未来のビジョン、というやつか?
安堂 そうだな・・・そうかもしれない。そこでは、巨人の私はひとり座っている。地球は、随分と暗い。空の星々を眺めている。戦いが終わっていて、隣には飲み物を2本持った怪獣が近づいてくる。
博士 どちらが勝ったんだ。
安堂 分からない。だが、夢の中では、やつは最後にこの星を離れていく。
博士 お前はどうなるんだ。
安堂 いつも見る結末と一緒だ。この星に残った。
博士 そうか。
安堂 博士・・・。
博士 なんだ。
安堂 私は、私を大切にしてくれる人たちを大切にしたいと思っている。
博士 どうした、改まって。
安堂 聞いてくれ。私は、私自身も、怪獣というカテゴリに属している。それは、外星人の侵略のための生物兵器という理解だった。
博士 なるほど?
安堂 だが、人間の中にも怪獣はいる。それが分かった。それをすべて倒していくことはできない。付き合っていくしかないんだ。
博士 ・・・。
安堂 そのためには、信じられる人を増やすしかない。無条件に、信じられる、そういう人を、私は求めている。
博士 ・・・信頼できないか?
安堂 いや、そうじゃない。博士は、私が巨人の力を行使しなくても良いように、普通の人間として生きていけるように、努力してくれている。私はあなたを尊敬しているし、信頼に値すると思っている。
博士 それは、ありがとう。でもそれだけじゃ、不服というわけだ。
安堂 それも違う。ただ、自分でも、何故こんな話を始めたのか、よく分からなくなっているのだが、だが、博士には、一番に聞いておいてほしかった、というだけだと思う。
博士 森畑だ。
安堂 え?
博士 森畑凛南、私の名前だ。
安堂 凛南さん。
博士 お、おう。
安堂 これからもよろしく。それで、ちょっとした贈り物を考えたんだが・・・。
博士 お、おう。
安堂 受け取ってもらえないか。
博士 お、おう。・・・これは、鉱石のネックレス・・・雲母か。
安堂 え?
博士 奇麗な黒雲母の結晶だ。
安堂 すまない、凛南さん。急用を思い出した。
博士 お、おう。
安堂 また連絡する!
安堂、はける。
博士 ・・・いろいろ分かっててやってんのかね、あれは。
暗転。
#5 決戦
夕暮れ。次第に辺りは暗くなっていく。街には明かりが点き始める。
師匠 来たか。
安堂 はい。
師匠 来る頃じゃないかと、思っていた。
安堂 師匠。
師匠 以前よりも、良い顔をしている。お前がここで鍛錬を始めたとき、お前には理由がなかった。
安堂 はい。
師匠 強くなりたい理由がなかった。父が何故戦ったのか、そして、自分は何のために戦うのか。
安堂 父には分かっていたのだと思います。命を繋ぐこと、その命を育む場所を、そして人の心を守ること。
師匠 それを会得することは難しい。理性ではなく、本能としてそれを得たとき、それは圧倒的劣性においても、お前から逃げず、正しいことを成すための力となって現れる。
安堂 はい。
師匠 そういうことのようだが、どうするかね。
若鶴が現れる。
若鶴 参ったね、これは参った。
安堂 若鶴。やはりお前か。
若鶴 分かっていたから、君はここへ来たんだと思ったが。
安堂 未来のビジョンで、雲母が使われることは分かっていた。しかし、使ったものは分からなかった。それは誰かの顔となって現れる。それが、お前かどうかは。ただ、違うのではないかと、思っていた。
若鶴 どうして、苦しそうな顔をする。
安堂 お前は、私に、可能性を見せた。それは、私の行動がすべて仕組まれていたもので、すべては、筋書き通りの物語で、玩具会社の戦略のままに、最終局面へと突き進んでいく。
若鶴 そうだ。強化が繰り返され、エスカレートして・・・それは一つの物語に収束していく。それは・・・努力の結果だ。しかし同時に、可能性が失われていくことだ。怪獣が、生きる道が失われていく。怪獣とは、その秩序だった世界に反旗を翻すために生まれてくるのだ。
安堂 そんな世界を、お前は、どうにかしたかった。だから、教えてくれた。それは、私を立ち止まらせ、そして、学びを得た。私はそれを感謝している。
若鶴 君を倒すのは、私だと信じていただけだ。
安堂 諦めたのではなかったのか、父との約束だったはずだ。
若鶴 もう一度お前に学びをくれてやろう。時代は変わっていくのだ。戦場は、精神力で決まるようになった。強い肉体ばかりがもてはやされる時代ではなくなったのだ。君は、その戦いについてこられるか? さあ、時代の最先端の、誰にも理解されない戦いを始めようじゃないか。
そう言って、若鶴は、雲母を取り出す。それをぺりぺりと剥がして、撒く。
若鶴 人類が開発した、ロボット。あれは厄介だからね、予(あらかじ)め、封じさせてもらう。
安堂 それで何をするつもりだ!
若鶴 この日を何年も待ち続けていた! まもなく太陽フレアが地球を襲う! それで電脳を持つ超兵器がオシャカになり、この星にばら撒いた雲母の欠片は電気を遮り、その復旧を許さないだろう!
安堂 それでは、電気を必要とする多くの人が・・・!
若鶴 これで、君は、一人だ・・・!
若鶴、はける。
怪獣の唸り声が響き渡る。影が大写しになる。
安堂、呟くように。
安堂 ・・・凛南さん、そっちは頼みます。
安堂 ・・・一人ではない!
安堂もはける。
舞台のあちこちで。
操作盤を叩く博士。ネックレスを見て。
博士 肝心な時に、何故動かない!! ・・・これか。これなのか。まさか、街中が・・・?
そう言って、飛び出す博士。
マイクを持っている浅草。
浅草 フリーキャスターの浅草です。皆さん、ご覧ください! 生中継でお送りしています! 巨人が、巨人が怪獣から、いま、この街を、この星を守ろうとしてくれています。頑張れ。
頑張れ、という声援がだんだん増えていく。
暗闇の中で影絵が動き、そして、消えた。
暗転。
#6 エピローグ
巨人と怪獣が座っている。
巨人 暗い場所だ。
怪獣 そうだったな。そういえば、もう、私は・・・。
巨人 ・・・。
怪獣 もう一枚食べないか。雲母は私のふるさとの味なんだ。
巨人 いただこう。
怪獣 ・・・。
巨人 ・・・君が勝っていたならば、この星はどうなったんだ。
怪獣 ・・・同情はいらないのだが。
巨人 可能性の話だ。
怪獣 変わらないさ。ただ、怪獣はこの星に居場所を見つけたかもしれない。この星は美しかった。
巨人 そうか。
怪獣 ああ。だが、余計なことは考えるべきではない。君は、悪を倒し、罰する存在だ。それでいい。
巨人 私は・・・私はすっかり、人の血が混じってしまったから、そう思うのかもしれない。
怪獣 随分と弱くなったものだ。
巨人 ああ・・・。
怪獣 なんだ、少し疲れたのか。
巨人 そうかもしれない。
怪獣 人類は力を蓄えた。お前も、もう休め。
巨人 白々しい。
怪獣 力が衰えたといっても、まだまだ見通す目は健在か。
巨人 やがて、私たちも人類史以前の超文明の仲間入りをするのだろうな。だが、滅びるのではない。交じわるのだ。大切な人がたくさんできた。彼らと生きていきたい。
怪獣 ただの人に成り下がりたいのか。
巨人 ああ。
怪獣 脅威の前に逃げ惑い、不安から攻撃し、耳をふさいでいるしかない人間に。
巨人 お前が教えてくれたことだろう。それこそが一人一人が胸の内に抱える怪獣であり・・・だが、手を取り合い、立ち向かうことはできって。
怪獣 ・・・そうだったか。
怪獣、去ろうとして。
巨人 どこへ行く?
怪獣 さあ。
巨人 ここで生きることはできないのか。
怪獣 今度こそ、お別れだ。だが、忘れるな。
巨人 ああ、忘れないでいよう。そして、伝え続けるつもりだ。
暗転。
これにて閉幕。