レット・イット・ビー・トイレット

作・なかまくら

2024.6.25


出雲    ・・・ 戸井おもちゃ製作所、後輩社員
飛騨    ・・・ 戸井おもちゃ製作所、先輩社員
トイレ王  ・・・ 戸井怜王。戸井製作所3代目社長。川和議くん(ぼっち飯の高校生)
剣崎さん  ・・・ 清掃のおばちゃん


飛騨   ま、待ってくれ!
剣崎   ほう・・・?

飛騨は、ガニ股で後ずさる。

剣崎   私を待たせるとは、いったいどういう領分なんだね?
飛騨   領分というのは、つまり、勢力範囲ということだ! ここは女子禁制の楽園・・・男子トイレなのだ!
剣崎   そんなことは理由にならないさ。なぜなら・・・私は、トイレ清掃のおばちゃんだからさ! さあ、格の違いを見せつけてやるよ!
飛騨   くっ・・・絶対的な存在・・・!
剣崎   分かったら、さっさと退いてくださいな。ほかにもトイレはたくさんあるんですから・・・。
飛騨   そうしたいのは谷々なんですが・・・、
剣崎   山々なんですね〜。
飛騨   実は、その・・・谷々しかじか・・・。
剣崎   えーーっ! 飛騨さん、痔なんですかっ!? あっはっはっは。
飛騨   恥ずかしながら・・・って、そんなに笑わなくてもいいじゃないですかっ! 
剣崎   だって・・・ごめんなさいねぇ、痔ですって! 
飛騨   そういうわけで、こういうわけなんです(ガニ股を指して)。
剣崎   いや、どういうわけですか?
飛騨   お尻のですね、2つに割れているところに、こう・・・膨らみがありましてね。
剣崎   ほうほう。
飛騨   お尻とお尻がくっつくと膨らみが刺激されて、痛みがウ! というわけなんです。
剣崎   それは恐ろしい・・・。
飛騨   でしょう・・・。
剣崎   でも、あれですよ。
飛騨   あれですか。
剣崎   そう。それ、気を付けたほうがいいですよ。痔って思っていたら、実は大腸がんとか、そういう場合もあるみたいですから・・・。
飛騨   そうなんですか。
剣崎   それに、ストレスのサイン、ってこともありますから。
飛騨   そうなんですよね・・・。
剣崎   社長、変わりましたからね。
飛騨   変わりましたね。
剣崎   新しい社長はどんな人なんですか?
飛騨   それが、トイレ王の誕生でして・・・。
剣崎   トイレ王・・・? 金色の棺の・・・
飛騨   それはファラオです。
剣崎   よくできました。
飛騨   いや・・・でも、剣崎さん、あながち間違いじゃないのが、今回の恐ろしいところなんです。
剣崎   ええっ・・・じゃあ、やっぱりトイレ王?
飛騨   そう・・・黄金のトイレを作ろうとしているのです・・・。この、戸井おもちゃ製作所の新製品として!

音楽。

飛騨   ・・・ということがあってさ。
出雲   ・・・それは、大変でしたね。
飛騨   剣崎さん、強すぎるんだよ。
出雲   清掃のおばちゃんパワーですね。ぼくも何回か、遭遇したことがありますけど、パワフルな方ですよね。
飛騨   お淑やかさ、みたいなやつがさ、必要だよな。
出雲   でも、どうします・・・? 仮に、剣崎さんが、

剣崎   ・・・トイレ掃除に参りました。きゃっ、殿方が・・・熊を狩っているところでしたわ! きゃっ!

出雲   なんて、感じだったら。
飛騨   尿意がどこかへ行ってしまうわ。
出雲   ですよねー・・・。だから、いいんじゃないですか? お互いに。
飛騨   そうかもなー。ところで、出雲くん。
出雲   はい、飛騨さん。
飛騨   熊を狩るというのは、どういう比喩表現なんだね?
出雲   ほら、女子が「お花を摘みに行ってきます」だったら、男子はやっぱり「熊を狩りに行ってきます」ぐらいが、つり合いが取れているかと。
飛騨   尿意がどこかへ行ってしまうわ。
出雲   ですよねー・・・。じゃあ、これはどうですか? ジェットコースターに乗りに行ってきます。
飛騨   それも、ひゅんっ! って、なって・・・尿意がどこかへ行ってしまうわ。
出雲   ですかー。なかなか尿意も気難しいですね。
飛騨   難しいなー・・・。
出雲   難しいといえば、怜王新社長のあれ、どうしたらいいんですか?
飛騨   トイレ王か。それも難しいなー・・・。
出雲   飛騨さん、気を付けたほうがいいですよ。
飛騨   ええ?
出雲   トイレ王、って言ってるのを聞かれちゃった社員がいるそうなんです。
飛騨   おおう、ついに本人の耳にも入ったか。
出雲   トイレ清掃の部署に飛ばされたそうです。
飛騨   それは恐ろしい。
出雲   なんていう恐怖政治・・・。
飛騨   いや、案外、真実というのは、思いもよらぬ展開を見せたりするものだったりするのだよ。
出雲   と、言いますと?
飛騨   トイレ王は、我らが戸井おもちゃ製作所の危機を憂いていた。
出雲   はい。
飛騨   そこで、打ち出したのが、アミューズメントトイレット。つまり、忘れられないトイレ体験! 楽しいトイレ! もう一度、足を運びたくなるトイレ!
出雲   頭がおかしくなりそうですが。
飛騨   要は、トイレ王の肝いりの部署に、飛ばされたといっても過言ではないわけだ。
出雲   そんなこと言ってると、飛騨さんも、異動になりますよ。
飛騨   それは御免被りたい。
出雲   だったら、状況を見極めて、お互い生き残りましょう。
飛騨   そうだな。



大便器に座る男。

怜王   私が戸井怜王だ。

怜王   私にも、悲しみが訪れることがある。

剣崎   社長、お約束との方が見えています。
怜王   来訪者か。それは、悲しみを携えてくるのか、喜びを携えてくるのか。

怜王   分かった。行くとしよう。けれども、少し待ってくれ、先客がいるんだ。いま、悲しみが訪れているのだ。

ドンドコドンドコ、太鼓の音が鳴り始める。

飛騨   ゴゴゴゴゴ・・・。
出雲   ゴゴゴゴゴゴゴ・・・。

怜王   昨日食べた、牛肉カルビの油が多すぎたのか、それとも、そのあと行った銭湯の、風呂上がりに飲んだ牛乳が悪かったのか・・・。私は指揮を振るう! 社長とは、指揮を執るものである。そして、会社に革命を起こしていく、単独の演奏者でもある。それは、ソリスト・・・。だが、今の私はどちらかというと、下痢である・・・。

ドンドコドンドコ・・・だんだん音が小さくなる。

怜王   悲しい気分になる。だが・・・幸せだ。どこかの詩人のようになってしまったが、彼はトイレで読んだわけではないだろう。この時間が、最も辛いと思うのは、辛いことがよっぽどないことの裏返しであると思うから。だから、私は幸せなのだ。

剣崎   社長、まだですか?

怜王   まもなくだ・・・。もうちょっとなんだ。

暗転。



飛騨   考えたんだがな・・・。
出雲   このタイミングで考えましたか。
飛騨   そうだ。第二弾のテレビCMは、「へそくりを隠す男」編・・・というのは、どうだろう。
出雲   どうして、学校施設に、売り込みをかけているこのタイミングで、その題材になるんですか!
飛騨   庶民の感覚はこれだから困る・・・。
出雲   CMを見るのも庶民なんですが。
飛騨   いいかね、出雲くん。へそくりというのは、綜麻(へそ)と呼ばれる麻糸を巻いたつくった塊のことでもなくて、臍周りに巻いた腹巻の内側にお金を忍ばせておくことでもない!
出雲   いや、そのどっちかから来ていると思うのですが。
飛騨   へそくりとは、ヤマシイ思いから来ているはずだ。臍に垢がたまってしまった。それは、身体の洗い方が不十分だった証拠。そんな証拠は、隠しておきたい。きれいではないものだ。ならば、トイレにでも隠してしまおう、流してしまおう!
出雲   それで、へそくり編・・・というわけですか。それ、15秒CMで、視聴者に伝わります?
飛騨   俺の財宝か・・・?
出雲   あ、それは駄目な奴です。
飛騨   やっぱりか。
出雲   やっぱりです。
飛騨   ・・・と、気を取り直して、ここが例のトイレか。
出雲   視察と言っても、まあ普通のトイレですね。
飛騨   学校のトイレって、こんな感じだったな。ええっと・・・花子さんは、
出雲   女子トイレですね。
飛騨   ふむ。

ぎいっ、と音がして、大便器の扉が開く。

川和議  ・・・こんにちは。
出雲   こ、こんにちは。
川和議  何か言ってくださいよ。
出雲   こ、困ったなあ。あははは・・・。
飛騨   我々は、新しいトイレの設置のための視察に来ていたんだ。でも、もう、済んだ。済んだんだ。
出雲   そ、そうなんです! もう、充分に満喫したっていうか。大満足!? そう、大満足って感じで。
川和議  川和議って言います。

間。

川和議  何か言ってください。

出雲   川和議くんというのだね。ぼくは出雲。それで、こっちは、先輩の飛騨さん。
飛騨   飛騨でーす! って、何をやっているんだ。
出雲   とにかく、お食事の邪魔をして悪かったね。

川和議  こういうの、なんていうか、知っていますか?

間。

川和議  便所飯・・・って言うらしいですよ。

出雲   そ、そうなんだね。

川和議  知らないわけないでしょう。大人なんだから。
出雲   いや、その、知らなかったんだ、君がここで、こうしているのを。ほら、ぼくらは、外部の人間だから・・・この学校に来たのも、まだ今日が初めてで・・・。
川和議  大人はみんなそうやって、納得できそうな言い訳を考えて、知らなかったんだ、というんだ。学校の先生もそうだ。知らなかった、知らなかった、ごめんよ、これからは気を付けるから、なんて。知らないわけがないでしょう。大人なんだから。
出雲   何があったのか、教えてくれないかな。力になれるかはわからないけど。
川和議  大したことは何もないんですよ。ただ、入学してすぐに、病気で休んでしまって。1か月ぶりに登校したら、もう、みんなグループができていた、ただそれだけのこと。くだらないことだってわかっているんですけど、話しかけるきっかけが見つからなくて。
出雲   そう、なんだ・・・。あ、そうだ! こんなのはどうだろう。今度、この学校のトイレは、工事が入るんだ。それで、すごい革命的なトイレになる!っていうのをきっかけに・・・。
川和議  トイレの話で、盛り上がると思います?
出雲   あ、いや・・・それは。

剣崎   はいはい、ごめんなさいね、トイレ掃除に来たんだよ!
出雲   え、剣崎さん?
飛騨   どうしてここに・・・?

剣崎   そこにトイレがあれば、綺麗にするのが、私の仕事だからねぇ。
川和議  ちょっと、勝手に入ってこないでくれます? ここ、男子トイレなんですけど。
剣崎   甘ったれたことを言っているんじゃないよ! だったら、自分で掃除したらどうなんだい! 無理だろうね、子供だから。子供は汚いものに触れない子ばかりだよ! 汚いものを嫌ってる。汚いもの? 好きじゃないね。汚いやつも好きじゃない。だけどさ、なんとかかんとか、折り合いをつけて、生きていくのが、大人になるってことじゃないのかね!

川和議  大人になる・・・。
剣崎   大人ぶっても、しょうがないだろう。大人のせいにしても、しょうがないだろう。いろんな大人がいるさ。信頼できる大人を見つけな! それで、ちゃんと相談しな! わかったかい!
川和議  ・・・はい。
剣崎   分かったら、さっさと退きな! 掃除の邪魔だよ!
川和議  あの・・・
剣崎   まだなんかあるのかい!?
川和議  また、掃除に来てくれますか?
剣崎   当たり前だろ、ここにトイレがあるのなら。



出雲   いやー、びっくりしましたね。
飛騨   本当に、剣崎さん、何者!?
出雲   時空、超越しちゃってません?
飛騨   時をかける少女。
出雲   いや、少女はちょっと・・・。
飛騨   お、言うようになったね、出雲くん。
出雲   あ、いや、今のはズルいですよ・・・。
飛騨   本心を引き出した、と言ってもらおう。
出雲   なんということだ・・・。

出雲   あの・・・。ちょっと思ったことがあったんですけど。
飛騨   なんだ、出雲くんもか。実は、俺もなんだ。
出雲   あ、じゃあ、どうぞ。
飛騨   いや、後輩に譲るのが、先輩というものであってだな。
出雲   では。・・・川和議くん、社長に似てましたね。
飛騨   ・・・うん。



出雲   例の産業スパイの人、どうなったんですかね。
飛騨   お、知らないのか。あの人が派遣されたんだ。長くはないね。
出雲   あの人って・・・?
飛騨   総務部の、小田真理子さん、知らないか。
出雲   知らないです。
飛騨   剣崎さんの紹介で、トイレに呼ばれてさ。
出雲   小田真理子さんが? 産業スパイの人が?
飛騨   二人ともさ。
出雲   二人とも。

間。

飛騨   それで、困惑するトイレ王と、小田真理子さんと、産業スパイの人が、トイレ前に集結したわけ。
出雲   それって、状況分かっている人、いたんです?
飛騨   剣崎さん。
出雲   ああ、流石というかなんというか。
飛騨   それから、女子トイレの中の話だから、あくまでこれは聞いた話なんだが。
出雲   えっと、それは剣崎さんから?
飛騨   いいや、産業スパイの人から。
出雲   いやいやいや・・・もう全然話が分からなくなってきてますって。産業スパイの人が、なんで飛騨さんと話してるんですか。しかも、その時の状況みたいなのを。
飛騨   それが、・・・正直に言うと、俺にもよくわからないんだ。ただ、事実として知っていることは、小田真理子さんが、「おだまりっ!」っていうと、産業スパイは、ゲロリストへと変貌したんだ。
出雲   なにちょっと、うまいこと言おうとしているんですか。
飛騨   いや、もうね、見たらわかる。あれは、普通じゃなかった。トイレに向かって吐かせるんだが、そこは女子トイレ。仕方がないので、おまるを用意して、そこに吐いてもらったんだ。
出雲   トイレじゃなくて、おまるでもいいんだ・・・。
飛騨   もうね、一瞬の出来事だったんだ。それはもう、マーライオンのように・・・
出雲   マーライオーーン!!
飛騨   口からとめどなくあふれ出してくるんだ。言葉といい、ゲロと言い、大変なことになっていたね。彼女ももう、許しを請うのだけれど、まだ吐け、まだ吐けと言われて、いや、言われてないな。
出雲   「おだまり!」ですからねえ。
飛騨   そう、だが、余罪は多くて、すべてが終わったのは、ついさっきのことだったんだ。だぱだぱ、だぱだぱ、とそう・・・こんな音と苦しい嗚咽の音がして、・・・ん?

暗転。

出雲   気のせいじゃないですか?
飛騨   今何か聞こえなかったか?
出雲   そうですか。
飛騨   気のせいじゃないか?
出雲   いま、何か聞こえませんでした?
飛騨   だぱだぱ、だぱだぱ、と。
出雲   苦しい嗚咽の音ですか?
出・飛  「おだまり!」

間。

飛騨   気のせいだな。
出雲   なんだか、SF的な世界観になりつつありません? この会社。
飛騨   なにせ、トイレ王は、アミューズメントトイレットを目指しているからな。
出雲   そういうことなんですかね?

川和議が入ってくる。

川和議  あれ、どこかでお会いしましたよね。

飛騨   トイレ王・・・。
出雲   じゃなくて! 確か、川和議くん! 元気にしてた?
川和議  元気そうに見えますか?
出雲   うーーん、前よりはずっと!
川和議  だったら、そうなんだと思います。あれからも、剣崎さんにはよくしてもらってて。
出雲   剣崎さん、本当に、あの学校のトイレ掃除もしてるんだ。
川和議  そうみたいです。ほかにも、いろんなところで、掃除されているみたいですよ。
出雲   そうなの!?
川和議  例えば、ぼくが芸術鑑賞会の幕間の休憩時間に、トイレに行ったら、剣崎さんが掃除していて・・・。
飛騨   それは怖すぎるな・・・。
出雲   世の中には、似た顔の人が3人はいるっていうからな。
川和議  いえ、話しかけてみたら、ちゃんと、剣崎さんでした。それで、ちゃんと友人はできたのか、とか、いろいろ心配してくれて・・・。
出雲   そっかあ。じゃあ、友達、できたんだ。
川和議  ええ、一応。いま、一番仲良くさせてもらってるのが、小田真理子さんという人なんです。
出雲   ・・・え?

川和議  え? 知合いですか?

飛騨   いや、知らないな。
川和議  そうですか? そういう風には見えなかったのですが。
飛騨   すまないな。同じ名前の、別の人物に心当たりがあって。少し、動揺してしまったんだ。小田真理子さんは、君の・・・これ(小指)か?
川和議  い、いえ・・・!
飛騨   でも、そうなったらいいと、思ってる、とか。
川和議  剣崎さんにも、相談したんです。
飛騨   そうしたら、なんて?
川和議  「滅相もない!」って。
飛騨   つまりどういうこと?
川和議  そんなこと有り得るはずがないって。
飛騨   それはひどい。
川和議  でも、剣崎さんがそういうのだから、何か意味があるんだと思うんです。きっと、ぼくが、ふさわしい大人にまだなれてないってことですよね。
飛騨   君、少し変わったかな。
川和議  そうだと、いいなと思ってます。もうすぐ大学受験なんです!
飛騨   おお・・・もうそんなに時間が経ったのか。
川和議  頑張りますね!
飛騨   おう!

川和議、はける。

出雲   ・・・飛騨さん。
飛騨   言うな。
出雲   飛騨さん!!
飛騨   分かってる!! 分かってるんだ・・・。
出雲   いいや、分かってないですよ。たった2か月前の話ですよ、入学式の後の彼に出会ったのは!
飛騨   そうだ。だが、彼は、もうすぐ大学受験をするんだ。それが、彼の時間なんだ。
出雲   ぼく、大学、哲学専攻だったんですけど・・・。
飛騨   ああ・・・そうか。
出雲   「滅相」はもともと仏教の言葉で、生・住・異・滅の四相の一つなんです。それで、・・・その意味は・・・っ!
飛騨   待て! 言うな!! 言えば、取り返しのつかないところまで、俺たちは行ってしまうかもしれない。いま、俺たちは、ギリギリ、こっち側にいるんだ! この、ギリギリ、俺が、痔が痛いって、苦しんだり、そういう、普通の・・・! いま・・・
出雲   「滅相」というのは・・・っ!!

暗転。



剣崎が立っている。

剣崎   「滅相」というのは、現在の境界に生じた一切の存在は過去へと滅し去るという無常を説く言葉です。転じて、すべてのものがなくなってしまった姿、あるはずがない状態をいい、「滅相もない」は「滅相」の状態をさらに強めていうのです。

川和議が、それを聞いている。

川和議  そうなんですね。

間。

川和議  でも、ぼくは思ったんですよ、剣崎さん。
剣崎   言ってごらんなさい。
川和議  剣崎さんは、あのとき、トイレで出会ったときから、ずっとぼくを見守ってくれていた。そして、ぼくはこれから、あるおもちゃ製作所の創業家の跡取りとして、社長になる。
剣崎   そうですね。
川和議  ぼくは、若くて、柔軟な発想を発揮しようとするんです。
剣崎   いま、子供が少なくなっていて、おもちゃは売れない時代です。新しい事業を始めるのも、いいかもしれませんね。
川和議  ぼくは、いつも大人になろうとして、牛乳をたくさん飲んでいました。
剣崎   え?
川和議  早く大人になりたかったんです。けれども、牛乳をぼくの身体は受け入れられなかった。いつも下痢だったんです。
剣崎   それはお気の毒。
川和議  そう、毒だったのかもしれない。無理な成長は、ぼくにとっては毒だったのかもしれない。準備ができていなかったんです。
剣崎   今なら、準備ができている?
川和議  そうかもしれない。でも、・・・だからこそ思ったんですよ。
剣崎   思ったんですね。
川和議  ええ。最初は柔らかい。けれども、時代は変わっていきます。上から上から堆積してくる。組織の中で、だんだんと年月が降り積もっていく。それは、動物が化石になるように、動物は石、ヒトは銅の像が立つように、硬いものへと変わっていく。それが礎なんです。これまでを見ないで、これからだけを見ていたら、多くの人を雇い、生活を支える礎にはなれない。だから、結局、硬いものも大事なんです。そう思ったんです。
剣崎   それは・・・自分で考えたのかしら?
川和議  ええ・・・たぶん。トイレで考えたんです。

音楽。
飛騨と出雲が出てくる。
二人で、トイレに立つ。

出雲   飛騨さん、知ってます?
飛騨   お?
出雲   今度、社長が変わるらしいですよ。
飛騨   そうらしいな。
出雲   あまり、驚かないんですね。
飛騨   俺たちは、楽しいおもちゃを作って、売る。できるだけ、楽しいものがいい。それは変わらないだろ?
出雲   それは確かに。
飛騨   それに、驚いたら、ひゅんってなって、尿意がどこかに行ってしまう。
出雲   それは難しいですねー。
飛騨   難しいんだ。だから、とりあえず、そのままでいいんだ、きっと。
出雲   飛騨さん。
飛騨   ん?
出雲   午後も頑張りましょう!
飛騨   そうだな。

二人がはけて、大便器の扉が開く。そこには、川和議 新社長の姿がある。

川和議  とりあえず、そのままで・・・か。


剣崎が、掃除に入ってくる。川和議、追い出される。
そんなコミカルな動きの中で、溶暗。

これにて閉幕。